補習一日目 補習メンバー
ああ神様、乃璃香の恋が実りますように? いや、みのりは嫌。
乃璃香の恋を成就させたまえ!!
夏休み初日。
クーラーを入れたばっかりでまだ冷えてない教室で、わたしは待っていた。
「あちー」
「クーラー効いてないの?」
タダシ君と作間が入ってきた。当然だけど、みのりはいない。
「おはようございます」
その後ろに、ひょろりと背の高いメガネ君、二逆眞守が来た。一人称漢字の「僕」タイプ。この人、ここに来るような人には見えなかった。
「二逆、暑くないの。第一ボタンまで全部しめて」
第三ボタンまで開けて、下敷きで仰ぎまくる作間が聞く。
「ちょっと暑いですけど、閉めてないと落ち着かなくて」
「へー。ってか、なんで二逆、補習にいるんだよ。お前、確か理科98点とか取ってたよな」
作間、今気付いたのか。けど、わたしも疑問。98点は学年トップだもん。理科ができるってことは、数学もそこそこできるでしょうに。
「ああ、僕、理科以外は全然ダメで。特に体育は最悪で」
「え、でも、体育補習に関係なくない?」
「尾路先生が、補習に出たら二学期の体育、甘くしてくれるって」
「え。何それ?」
タダシ君は驚きつつも、なにか納得したような顔をしてわたしを見た。
「あ、だから渡辺さんもいるんだ」
「え」
まあ、体育はどちらかというと苦手だけど。そんな話知らない。
「渡辺さん、頭いいのにおかしいと思ったんだよ」
「うん。ちょっとね……」
はああ、タダシ君と目が合った。喋った。
なにがちょっとなのか分からないけど、わたし、会話したよね? タダシ君を意識し始めてから、まともに会話したことがない。とくに中学になってからは、みのりがいない所で話すなんて初めて。
って、わたしが頭いいってなんで? 悪くはないけど、そんな目立ったことしてないから分からなくない? 一学期の成績って各教科高得点だった人しか発表されてないし。あ、小学校の時、作文コンクールとかに入選してたから、勉強できる子のイメージついてるのかな。
それとも、もしかして、タダシ君わたしに興味ある?
授業中とか、実はわたしのこと見てる?
なんかドキドキしてきた。
わたしが思っているよりも近くにいたのかな。
ささやかな幸せに浸っていると、教室のドアが勢いよく開いた。
「よーし。補習はじめるぞ」
体育教師で担任の尾路先生が入ってきた。
「なに、尾路さんが監視?」
「そうだ各クラス担任がやるんだ。文句あるか、って、作間、その呼び方やめろと言っただろう。俺はまだ二十代だ」
「苗字にさんづけしてるだけじゃないですか。尾路先生」
確かにそうだ。
尾路先生って先生っていう肩書きなかったら、みんなに「尾路さん」って呼ばれてたのかな。なんて、どうでもいいや。
尾路先生と二逆との闇の取引を聞き出したいところだが、ここで聞かれると、わたしの設定に矛盾が出てくる。
作間、余計なこと聞くなよ。
わたしの祈りが届いたかのように、廊下から勢いよく走ってくる足音がした。
「すみません、遅れました」
坊主頭の山田が体操着で走ってきた。
山田繁之。弟妹がいっぱいいて面倒見がいいお兄ちゃんだけど、勉強が全然できない。まともに話したことないけど結構有名人。一人称は漢字で「俺」タイプ。
「なんだ山田、体育の補習はないぞ」
尾路先生は普通に言った。やっぱり体育関係ないの? まあ、山田は純粋に勉強できない補習だろうけど。
「制服母ちゃんがクリーニングだしちゃって。弟まで使えるようにキレイにしておくんだって。だから体操着にしました」
「そうか、じゃあしょうがないな。早く座れ」
「すんません」
「よし、じゃあ出席とるぞ、作間」
「ほい!」
「多田」
「はーい」
「二逆」
「は、はいっ」
「山田」
「うぃすっ」
「渡辺」
「はい」
「えー、今から1時間。このプリントをやってください。タブレットはロッカーに閉まってカギかけてあるので使えません。分かってると思うけど、スマホは学校には持ってきてはいけないからね。使ったってバレたらどうなるかな。課題は自力で解きましょう」
尾路先生は小学校低学年の先生みたいな言い方で、ズルをさせないように圧力をかけた。
「尾路さんその言い方気持ち悪い」
「だから、その呼び方やめろ。じゃ、俺はプール行ってくるからな。相談してもいいから解けよ」
「はあ?? 尾路さんずるい」
「ずるくない。いいか、人間同士なら相談していい。その現場にいないでやるって言ってるんだ。じゃあ1時間後に回収しにくるからな。勝手に帰ったら課題増やすからな」
なに、これが補習なの?
二逆の体育は?
わたしは四人を見た。
「しょーがねーな。尾路さんは」
「相談してもいいって言うけど」
「俺たちが相談して解けるもんか」
「難しいですね……」
「無理です!!」
そんな卒業式の呼びかけみたいに分担して言って、最後声そろえられても。なんか変なチームワークがデキている。わたし、どうすればいいの。
「とりあえず、やろう」
わたしはダルそうに言ってみた。本当はこの時間がずっと続けばいいと思ってるけど、早く帰りたそうなふりをした。場違いなわたしが、ふざけちゃいけない空気を作ってしまったか、しかたなさそうに、分からないなりにおのおのがプリントに向かい始めた。
全部、授業でやったやつ。半分ぐらいは算数の領域。とくに応用もない。
……ああ、お母さん、美玖に詩歩、ごめんなさい。
乃璃香は、乃璃香は愛のためにわざと英国数の三教科、悪い点を取って補習に参加しています。
二逆の体育の件は謎として、わたしは補習を受けるべき点を取りました。たまたま体調が悪かったから実力じゃないよねとか、ただ単に回答欄ズレてただけだから○にしてあげるとか、何か悩み事があるなら時間作るからとか、各教科の先生には言われたけど、うっかりしてただけなので補習を受けますと自分で志願した。そのマジメさを買ってくれたのか、通知表の評価にはあまり響かなかったので、親には心配されることはなかった。お母さんには、今日の補習は自主的に行く自由参加の授業だと言って出てきた。
ああ、神様。渡辺乃璃香は、愛しの多田志明君、彼に少しでも近づきたい思いで、頭のいいみのりが絶対にいない時間、夏休みの補習を狙ったわけです。この瞬間だけでもいいから、わたしを見てー!!
ああ、タダシ君。タダシ君は悩んでるみたい……ああ、教えてあげたいけど、他の人が邪魔。今はこうして後姿を見つめるしかできない。タダシ君……。
ファンファンファンファン・・・・・・
タダシ「渡辺さん」
乃璃香「多田君」
タダシ「渡辺さんが補習なんてどうしたの?」
乃璃香「え。実はわたし……多田君」
タダシ「タダシでいいよ」
乃璃香「タダシ君に近づきたい一心で」
タダシ「オレに?」
乃璃香「わたし、ずっと前から、小学校の頃から」
タダシ「待って、その先は」
乃璃香「え、ああ、そうか。そんなこと言われても困るよね。やっぱりタダシ君はみのりのことが好きなんでしょ。分かってる。でも」
タダシ「そういう意味じゃない。こういうことは、オレの方から」
乃璃香「え?」
タダシ「渡辺さん、いや、乃璃香」
乃璃香「タダシ君」
作間「なあ、タダシ」
あああ。なんなのよ、作間。
せっかく、いいところだったのに。
妄想終了。