その上のクライマックス
「ねえ、ヒツジの絵を描いてよ」
その声に、わたしは砂漠の真ん中で目を覚ました。
「え!」
目の前に絵本から出てきた、あの星の王子さまがいた。
わたしは、どうやら熱中症で死んだのかもしれない。
「ヒツジの絵」
「ごめん。わたし、絵は描けない」
「じゃあ、お話書いて」
「お話も、書けない」
「ちゃんと書けてるじゃないか。ボク、こういうのが欲しかったんだ」
王子さまはなぜか補習のプリントを持って言った。
「え?」
「出来ないと思うのは、いいところ見せたくて一人で頑張るからだよ。頼れる人には頼ってみればいいのに、ズルい大人みたいにさ」
「王子さまのくせに、大人みたいなこと言うんだね」
「だって、君にとっての王子さまって」
王子さまの顔がだんだん、立体的になってタダシ君になっていった。
わたしの数学の答えを書き写して、申し訳ないけど嬉しいって笑ってるタダシ君の顔。
タダシ君。
やっぱり、好き。
さっきは嫌いって言ったけど、ウソだ。
この笑顔にもっと近づきたくて頑張ってた。
涙で顔だけタダシ君の王子さまがぼやけていく。
「タダシ君……」
思わず名前を口ずさむ。
「渡辺さん」
え?
ぼやけたタダシ君の顔がだんだん鮮明になってきた。
のぞき込んでいるタダシ君の顔の背景に、蛍光灯と白いカーテンが見えた。
「渡辺さん、気がついた」
「え?」
わたしは、夢を見ていて目を覚ましたんだと自覚した。
保健室のベッドで寝ているわたしのそばに、タダシ君がいる。
「わたし」
「校庭で倒れたんだ。なんか発狂してて、びっくりしたよ」
「そうなんだ……」
「気分は大丈夫?」
「うん。みんなは?」
「ああ、保健室にみんなでいるとうるさいから、オレだけいろって尾路先生が」
「尾路先生が?」
「うん。ちょっと反省してるみたいだよ。うわばみに丸飲みされちゃって言われて」
「そっか」
先生にはバレてるかも。わたしがタダシ君のこと好きだってこと。
やっぱり、補習受けたがる時点で不自然だもんね。
せめてもの罪滅ぼしか?
運んでくれたのは尾路先生だろうな。でも、
倒れて保健室に運ばれて、タダシ君が目を覚ますまでそばにいた。
何これ。
この状況。
図書館で勉強の上を行くじゃん。
いや、寝顔見られた。あ、タダシ君とか、寝言みたいに言っちゃったじゃん。
「みんな呼んでこようか」
「もうちょっと」
「え?」
「もう少しこのまま、二人で」
みのりのことが好きな、鈍感なタダシ君には深い意味なんてない。
静かにしていたいぐらいに思ってくれればいい。
もう少しだけ、この二人の時間を楽しませて。
「分かった。あ、そうだ、これ渡辺さんの」
タダシ君はペットボトルをカバンから出した。
「ありがとう」
わたしは起き上がりミネラルウォーターを飲んだ。ぬるい。
「どれくらい寝てた?」
「1時間半くらいかな」
「そっか。夢、見てた」
「どんな夢?」
「星の王子さまがね、補習のプリント持ってて、お話書けるじゃんって言うの」
「へえ。面白い」
「それで、いいところ見せたくて一人で頑張るからダメなんだって」
「大人みたいなこと言うね」
「うん。でもその通りだなって。脚本、みんなでもう一度作れないかな」
「みんなって、補習メンバー?」
「うん」
一人で頑張って自分のスゴいところ見せるより、一緒に頑張って作り上げた方がタダシ君の笑顔に近づける。なんで気付かなかったんだろう。
心のどこかでタダシ君を一方的に好きでいることに安心して、自分の世界に踏み込まれることは拒否してたのかもしれない。リアルなタダシ君と向き合ってなかった。
枯れた大地が水を吸って、新しい芽が出ていくように、いろんな想いが爆発して、脚本のアイデアが浮かんだ。
「いい考えがあるんだ。みんなで一緒に作る方法」
「どんなの?」
「あのね『ホシのおじさま』をやるの」
「えええ。マジで」
「また、みんなに集まってもらえるかな」
「みんな喜んでやるよ」
そして、わたしたちは脚本を完成させた。