脚本完成予定日
「ごめんなさい」
書けなかったわたしはまず謝ることにした。
尾路先生はまだ来ていない。
「わたしが脚本書く、なんて大きなこと言ったけど、書けませんでした。ごめんなさい。夏休みなのに、こうして集まってもらったのに何もなくて、ごめんなさい」
わたしは、みんなの顔が見られなくて頭を下げ続けた。
「なんで渡辺さんが謝るの?」
タダシ君が本当に疑問そうに聞いてきた。
彼なりの優しさだ。そういう無邪気さが、今は悲しい。
「だって」
顔を上げると、みんなタダシ君と同じ表情をしていた。
「うん。謝る必要なくない? そもそも、尾路さんが勝手に約束したことだし」
作間が言う。
このまま逃げても大丈夫、そんなふうに聞こえたので、思わず二逆を見た。
「あ、機材のことだったら問題ないですよ。兄がもう使わない古いのが家にあるので、それは勝手に使っていいってことなので、わざわざ許可もらう必要もないし」
ただ事実を言ってるだけだけど、二逆もフォローしてくれてるように聞こえる。
機材手配の心配はいらない。でも問題はそれだけじゃないよね、と思って山田を見た。
「俺、勘違いしてた。星の王子さまって、幼児用の絵本じゃなかったんだね。妹の保育園で読んでたのしか知らなくて、この間、タダシが読んでるの見て、ええ、渡辺さんこれを脚本にしようとしてたの? うわああ、俺たち、すごいプレシャーかけちゃったかもって思った。むしろ謝るの俺の方かも」
山田は申し訳なさそうに言う。
「うん。オレたちこそ、ごめん」
タダシ君が代表して謝る。みんなも頭を下げる。
この人達に責められるわけないとは思ったけど、謝られるとは思わなかった。
自分が勝手にやるっていったのに、出来なかったことが恥ずかしくて、最悪なことばっかり考えてた。
「でも、わたし」
このままで終わってしまうのが嫌になってきた。
タダシ君だけじゃない。この人たちと「星の王子さま」を作り上げたい。
途中で投げ出したくない。
そういう思いが強くなっていく。
これを完成させなければ、この補習授業が終わらない気がしてきた。
ここで、しょうがないよって解散したくない。
「わたしが、書くって言ったのに」
声が震えた。
「オレ、楽しかったよ。自分でも星の王子さまの本読んでいろんなこと考えたりして。渡辺さんが書くって言ってくれなかったら、あのまま意味の分からない英語の課題で終わってた。ラジオドラマ出来なくても無駄な時間だったなんて思わない。ありがとう」
タダシ君が慰めるように言う。けど、その間にはみのりがいると思うと素直に喜べなかった。おかげで、みのりとの共通項が増えたってことでしょ。
「僕も興味がわいて何冊か読みました。いろんな解説本みたいなのもあって、すごく面白かったです。目に見えない大切なモノを実証する本とかもあって、世界が広がりました。ありがとうございます」
二逆、そんな応用してたの。それは、わたしは関係ないよ。
「俺も絵本以外も読んで楽しかった。正直、どんな話なのかって言われたらよく分からないけど、ああ、分かるって思うセリフとかあって面白かった。ありがとう」
山田まで、だから、わたしは何もしてないんだってば。
「おれも、タダシも読んでるんだから読めって言われて、みのりに読まされて、予想外に面白かった。渡辺さんがきっかけをくれたんだよ。なんかさ、おれら渡辺さんに勉強の仕方を教えてもらったんだなって思った。ありがとう」
みのりは、作間にも貸したのね。そんな上手にまとめたって、わたしは本当に何も、何もしてないよ。
みんなして、何がありがとうなのよ。
「でも、わたし」
書きたいけど、書けないから、次の言葉が出ない。
「おお、みんな揃ってるか」
勢いよくドアをあけ、尾路先生が来た。
「渡辺、脚本できたかーい? この夏、先生は星の王子さまにどっぷりハマっていました。先生、思わず、ゾウを飲み込んだウワバミのぬいぐるみをネットで買ってしまったよ。ちゃんと中に入ってるんだ。もう最高」
先生は一人でしゃべり続け、ペットボトルを配りだした。
渡辺、脚本できたかーい? じゃないよ。
書けなくて、みんなに謝ったわたしの気持ち。
謝って、みんなに慰められたわたしの気持ち。
書かないと補習メンバーとのつながりがなくなる悲しい気持ち。
少しは空気読んで登場してよ。
「何これ、尾路さん」
「ミネラルウォーター、水だ」
「そりゃ、見ればわかるだろう」
「いやね、先生、何度も何度も本を読んで水だなーと思ってな。王子さまも、水は、心にもいいのかもしれないな・・・・・・って言ってて。水が表しているものが深い」
海底でも泳いでいるのか、わけのわからないジェスチャーで説明している。深いんだか浅いんだか誰かの受け売りか分からないけど、分かってる風な星の王子さま論を語る無邪気な先生の姿にだんだん腹が立ってきた。
この夏休みいろんなこと考えてた。
物語の中の王子さまの気持ちをいっぱい考えて、自分は子供なのか、大人なのか分からなくなって不安になった。悩んだ日々は、最終的にこのふさげた大人を喜ばせるためなの?
わたしが脚本書上げたってタダシ君との関係は変わらない。バラはわたしじゃないもん。出来上がる前に思い知った。
なんなのよ。
簡単に書けるわけないでしょ。
何、自分のいいところ見せるために生徒使ってんのよ。
大好きとか言って、本当に星の王子さまのこと分かってんの?
何が大切なことは目に見えないだ。
そもそも、何が大切なのよ。
水ってなによ。
目から水が流れそうになるのをこらえた。
だんだん誰に対してイラついてるのか、自分でも分からなくなってきた。
書けない自分。人に頼る先生。優しすぎる補習メンバー。告白されたからってあっさり好きな人変える美玖。それをうらやましがる詩歩。やっぱりみのりちゃんなタダシ君。
みんな嫌い。
わたしのぐちゃぐちゃの感情がマグマみたいに、湧き出してくる。
一生懸命、悩んでるわたしがバカみたいに思えてくる。
「わたし」
妙に響いたわたしの声に、一瞬シーンとなった。
きっとものすごい怖い顔してたんだと思う。みんな黙ってわたしを見てる。
「脚本書けませんでした。みんな、ごめんなさい。そして、先生」
「ど、どうした渡辺」
「うわばみに丸飲みされちゃえ!!!」
わたしは、そう叫んで教室を飛び出した。
校舎から出ると、ものすごい太陽が照りつけていた。
校庭が砂漠みたいに熱い。
勢いで出てきて、ミネラルウォーター置いてきてしまった。
追いかけ欲しいからこういうことしてる女子だと思われたくなくて、全力で走った。
頭の中もぐちゃぐちゃで自分でも何がしたいのか分からない。
その場から逃げ出したくて走った。
いろいろ疲れた。
もう星の王子さまのこと、考えなくていいんだよね。
悔しいけど、寂しいけど、終わりだよ。
楽になれるよ。
わたしは校庭の真ん中で、意識を失った。
一本の木が倒れでもするように、静かに。
自分ではそう思った。