ガールズトークからの……
「なにそれ~」
「いつの間に!!」
ずっと二人で図書館にいたことを美玖と詩歩に話した。
結局、その日に脚本は出来上がらなかったけど、タダシ君の読書感想文をわたしが見て直してあげたりして、もう、最高の時間だった。と。
「で、どうするの?」
「次の約束とかは?」
「ないよ。脚本が出来上がれば、先に見せるとか思ったけど、ぜんぜん書けないし」
そう。全くもって書けない。
あの日が最大のクライマックスで、もうそれ以上はない気がしてくる。
どんなに夢のような時間を過ごしても、それが今に続かなきゃ虚しさが残るだけ。
映画館から出て現実世界に引き戻されたみたい。
「二逆や尾路先生の新しい話もないし、今は、ただ星の王子さまをどうするかしかないんだよね」
この間のような希望にあふれたガールズトークには発展しない。
「そっか」
二逆情報を期待した、詩歩はしかたなさそうに笑う。
「あたし、先生やめた」
美玖がファミレスのメニューを変えるみたいに、あっさり言いだした。
「なんで? なんかあったの?」
「もしかしてもう告白したの?」
わたしと詩歩は驚きつつも、冷静に聞いた。
「いや、どちらかと言うとコクられた」
「え? 尾路先生に?」
「そんなわけないじゃん。二年の、宮下先輩に」
「宮下先輩って?」
「サッカー部の?」
中学生のくせに、がたいのいい先輩だ。
カッコイイって言って見に行ってる女子をみたことある。へえ。
「うん。小学校一緒でさ、まあ顔見知りぐらいだったんだけど、ずっと好きだったって言われて」
「ええええ。いいなー。で、付き合うの?」
「一応」
「いいなー」
詩歩はいいなを連呼して美玖にぐいぐい聞く。
何がいいんだろう。
ただ、彼氏がいるということが羨ましいってこと?
尾路先生への好きはどこへいってしまうの?
自分の好きな人が自分のこと最初から好きなんてこと、そんなにないよね。
他に好きな人がいても、その人が自分のこと好きになることなかったら、好きって言ってくれた人と付き合うのは、別に悪いことじゃない。
美玖には言ってないけど、尾路先生は憧れの幸っちゃんがいるから、本気になったら振られるの目に見えてた。
なのに応援したかった。自分と同じ場所にいると思ってたから。
宮下先輩と付き合うと聞いて、美玖がすごく遠い所にいってしまうような気になった。
山田が美玖や詩歩が大人っぽくて見下されてる気がするって言ってたっていうけど、わたしもそんなふうに見られちゃうのかな。
付き合うって、なんだろう。
わたしは、いろんな妄想してたけど、リアルに付き合うということがどんなことなのか、本当のところよく分からない。
わたしは、タダシ君とどうしたいんだろう。
もしも、タダシ君もみのりに相手にされないから、わたしの好きを受け入れてくれたとしたら、付き合うの?
それで、わたし嬉しいのかな。
美玖と詩歩と別れて家に帰ると途中、タダシ君がいた。
そして、みのりもいた。
なんで、ここにいるんだと見渡したら、近くの建物の二階の窓にピアノ教室の看板を見つけた。みのりの通っているピアノ教室がここなのかな。
わたしは、とっさに隠れた。
「みのりちゃん、本、ありがとう」
「もう読んだんだ」
「うん。借りてすぐ読んだ。これで読書感想文まで書いちゃったよ」
借りてって、図書館とかじゃなくてみのりに借りたんだ。
「へえ。星の王子さまにハマちゃったね」
「うん。だって、みのりちゃんもこの話大好きだっていってたから、オレ、一生懸命理解しようって思って、自分が納得いくまで読んだよ」
「そっか」
みのりは無邪気に笑う。
そっか、ってそれだけ?
今のってさあ、みのりちゃんのこと好きだから少しでも近づきたくてっていう、半分告白してるようなもんじゃないの? そういうこと言われ慣れてる人はさらっと流すんだね。アイドルの塩対応か。
「みのりちゃんが応援してくれてると思うと、ものすごく頑張ろうって思ったし。ラジオドラマ完成したら、絶対聞いてよ」
「うん」
みのりは、どうも思ってない。
タダシ君はみのりのことが好き。
前と変わってない。
みのりのピアノの時間に合わせて、わざわざ来たのかな。
みのりとタダシ君の距離はぜんぜん縮まってない。
乃璃香とタダシ君の距離もぜんぜん縮まってない。
なのに、
バカだ。わたし。
バラは渡辺さんじゃなくて、好きな人って意味だったんだよ。
あの時の、タダシ君のはにかみ笑顔は、横にいたわたしに照れたんじゃなくて、みのりを想ってデレデレしてただけだ。
きっと、作間と三人でラジオドラマの話になって、みのりに「私も星の王子さま大好き」とか言われて、それで、気合い入ってここまで来たんだろうな。
わたしの存在なんて関係ない。
何、付き合うことになったら自分は嬉しいかとか心配してるの。
ほんと、バカみたい。
バカだ。
家に帰って脚本用ノートを開いて、しばらくぼーっとしていた。
自分一人で盛り上がって勝手に失恋して、最初から分かってたのに、傷ついてる自分にイライラする。書く目的を失った自分をどうすればいいか分からない。
なんで脚本書くなんて言ったんだろう。
心のどこかでタダシ君に褒められたくて、みのりに勝ちたくて、自分はスゴいんだって、他の人巻き込んでタダシ君の前で証明したかっただけ。
最低だ。
尾路先生の勝手な約束だったから責任感じることもなかったのに、わたしがやるって言ってみんな巻き込んだ。今さらできませんなんてズルいよね。
山田だって楽しみにしてるって言ってくれた。
裏切った。
タダシ君に近づきたかっただけだから、みんなの前で言ってるほど、星の王子さまのこと好きだったわけじゃない。ぜんぜん分かってないし。
この話を大事にしたい気持ちはあったけど、結局みのりが関わってると思ったら、向き合うのが辛くなってきた。
美玖や詩歩にも、タダシ君といい感じになったって言ったばかりだから、この気持ち愚痴るなんてかっこ悪くてできない。先輩と付き合うことになった美玖にどう思われるのかなとか、想像すると話したくないし。
脚本なんか書けない。そんな才能ない。
作文得意だからって、調子に乗ってた。
元々書けないのに気力もなくなったら、どうにもならない。
みんなに申し訳ないって気持ちもあるけど、書けない。
ああ、どうにか完成できない理由が他にできないかな。
自分も家族も病気や事故にはしたくない。ウソもつきたくない。
カバンに入れてたのに、ゲリラ豪雨でびちょびちょになったとか。
突風がきて飛ばされちゃったとか。
あまりの暑さに太陽光で燃えたとか。
そんな都合のいい自然災害は期待できない。
一生懸命書いたけど電車に忘れてきた、とか。
いやあ、原作があるものは、一度出来上がってたら、書き直しできちゃいそうだし。
出来上がってたのにダメになったって言ったら、尾路先生はどうにかしようとしそうだし。夏休みの宿題が出来なかったときの言い訳と同じで、どうにも逃れられなそうにない。
ああああ。
結局、脚本は書けなかった。