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補習三日目 スペシャル授業

 絶句。

 こういう時に使うのだろうか。

 呆れて声もでないのだろう、みんな黙りこくってしまった。

「よーし、みんな読んだか?」

 チャイムと共に尾路先生は楽しそうに入ってきた。

「尾路さん、これ何?」

「ラジオドラマの脚本」

「先生が書いたの?」

「うん」

「これどうするの?」

「え」

「配役まで決まってるけど、やるんですか?」

 四人は、冷静に先生を尋問した。 

「あ、あのね。う、うん。えー。ううん(咳払い)あれは、五月のことだった。中学時代の同窓会が開かれ、同じ放送部だった憧れの幸っちゃんに十年ぶりに再会した。想いを打ち明けることなく過ぎ去った初恋の人。彼女は、ラジオ局に勤めており、今、中学生ラジオドラマコンクールの企画チーフとして活躍しているという。酒の勢いもあって、中学の体育教師をしている俺は、放送部の顧問もやってるんだと口走った」

 先生は語りながら歩き窓辺に行き空を見つめた。相当恥ずかしいのだろう、わたしたちと目を合わせない。

「放送部ってなに?」

「委員会?」

「部活? クラブ? 愛好会?」

「うちの中学ないですよね」

「そして、ラジオドラマコンクールがあるって聞いて、そういう芝居っぽいこともやってるって言っちゃったんだよ。俺が脚本書いて録音して放送してるって・・・…そしたら是非、応募してほしいってな、その、絶対出すって約束してしまったんだよ」

 先生に四人の疑問形の文句は聞こえないのか、聞こえてるけど無視してるのか、語り続ける。男のくだらない見栄による勝手な口約束のようだ。

「あ! もしかして、二学期の体育甘くしてくれるって話、補習じゃなくて、これに協力したらってことですか?」

 二逆が謎解きの答えが分かったかのように、いつになく大きな声で先生を問い詰めた。

「え、あ、」

「なんだそれ。え、じゃあ、もしかして、俺たち尾路さんにハメられた? 本当は補習受けなくていいのに。これをやるために集められたとか?」

「だから、補習って言っておきながら課題やるだけなのか」

「なんだよ。え? 補習なんて最初からないかったってこと?」

「先生、そうなんですか?」

 え?

 そうなの?

「それは違う。少なくとも、作間、多田、山田、お前ら三人は、完全に補習だ。課題も補習として各教科の先生に渡された。他のクラスでも同じように補習をやってる」

「ってことは、二逆と渡辺さんは違うの?」

「やっぱり、そうだよなー、二人ともオレらよりは絶対頭いいし」

 まあ 、わたしは志願したから……。

「二逆はギリギリだった。受けなくても良かった。でも、な。波多野先生に聞いたんだ。二逆の兄ちゃんがオーディオマニアで、いい録音機材持ってるって」

 はああ? 録音機材が目的? 波多野先生は学年主任で、この学校にもう八年近く居る。何歳上か知らないけど、二逆君のお兄さんも受け持ったのかも。

「確かに僕の兄はそういうの好きです。今、大学生で一人暮らししてます。波多野先生と年賀状のやり取りしてるみたいだから、それで知ってるんですかね。ええ、じゃあ、先生は兄の機材目当てに僕を騙したんですか」

「騙してない。騙してない。体育の授業、二学期はハードルの予定だから、お前にコツをいっぱい教えるつもりだった」

「ええ、じゃあ渡辺さんは?」

 タダシ君が聞く。

「渡辺は、ものすげえマジメなんだよ。明らかに回答欄ズレてただけだし、体調悪かっただけかもしれないのに、悪い点取ったのは事実だから、受験では言い訳できないから、特別扱いはしないで欲しい。補習を受けるって言ってきたんだ」

 うん。悪い点をわざと取るってところがマジメじゃないんだけど、マジメに真実を言った。

「なんか、そういう姿をお前らに三人に見せてやりたかった。ちょっとはマジメにやれって。だから、お前らに補習をきちんとやらせるために参加させた」

 先生にそんなもくろみがあるとは思わなかった。

「このラジオドラマさ、本当は無理だと思ってたよ。脚本なんか書けないし。でも、この補習の国語で朗読した渡辺の声を聴いて、やっぱりやりたいなって思ったんだ」

「え、声?」

「ああ、お前、いい声してる」

 わたしの声がいい?

 そんなに具体的に自分のことを褒められたことがなかった。

 顔だってブスじゃないけど、取り立てて美人じゃないし。

 目とか口とかパーツを褒められたことない。

 肌や髪がキレイなんて、化粧やパーマで荒れてる大人から見れば当たり前でしょって思うし。

 作文や字のきれいさは褒められても、それは努力で誰でも真似できる。わたしの作文にはオリジナリティはないし。

「確かに、渡辺さんの声って他の女子みたいにキンキンしてないかも」

 作間が言う。

 そうなの? 自分じゃ分からない。自分で聞いてる声と人が聞く声って違うって言うからな。

「オレも思った。渡辺さんちに電話した時、女子に電話ってちょっと恥ずかしかったけど、なんかすごく話しやすかった。声の響きとか関係あるのかも」

 タダシ君が賛同する。

 わたしの声が。

 タダシ君にそんなふうに思われたなんて。

 好きだっていわれたぐらい、嬉しい。

 やだ、泣きそう。

 この脚本、酷すぎるけど、やりたい。

 わたしの声が魅力なら、これを武器にタダシ君にもっと近づきたい。

 わたしは「星のおじさま」を見た。

 「星の王子さま」のパクリ? にもなってない物語。わたしは思わず聞いた。

「先生、どうして『星の王子さま』を選んだんですか? 英語のプリントを見て?」

「いや、それは違う。もっと前から考えてた」

「え。尾路さん、星の王子さま知ってる?」

「当たり前だろう。大好きな本だ」

 男子は驚いた。

 尾路先生は意外とロマンチストだ。

「わたしもこの本、好きです。でもすごく奥が深くて読み方難しいなって。あえて難しい作品をやろうとしてませんか」

「難しい……そうだな。『大切なことは目に見えない』って台詞が好きでさ。子供か大人か分からな中学生という時期に相応しい題材じゃあないかなと思って。俺、文才ないからな、上手く書けなくてごめんな。なんてな。ちょっと、かっこよかったか。ははは」

「先生……」

「だったら、もう少しマジメに書けよ」

「実業屋であるちょっと自惚れ屋な地理学者、点燈夫呑み助って何だよ」

「そもそも、おじさまって誰だよ。そんなに自分主役にしたいのか」

 青春ドラマみたいに浸る尾路先生に、三人は冷ややかな視線を送ってる。

「僕、ちょっとやってみたいです。兄も夏休みで帰って来るので、録音機材貸してくれるか聞いてはみます」

 二逆が現実的なことを言い出した。

「本当か、二逆!」

「はい、あ、でも、この脚本では無理だと思います」

「ああ。う、うん。だから、お前たちの手でいいものにしてくれ」

「いいものって、俺たち芝居とかやったことないんだから無理だよ」

「丸投げすんなよ」

「無理です」

 また、卒業式の呼びかけのようなチームワークでたたみかける。

「何、言ってんだ、星の王子さまになぞらえてるから、ストーリーは完璧なはずだ」

「どこか!!!!」

 四人の声が揃った。

 わたしも、心の中で叫んだ。

「斉藤先生に脚本書いてもらったらどうですか」

「だめ。だめ、だめ、あのおばちゃんはダメ。あいつに頼むぐらいなら、原作そのままやる」

 みんな一瞬、黙った。

 二逆の提案に反論する尾路先生の言葉に気付いた。

「そっか。変に話変える必要ないじゃん」

「そうだ。原作そのままやればいい」

「そもそもパクってるんだから、オリジナリティとか今更ないもんな」

「はい。問題はラジオドラマ用にどう書き換えるかですね」

 みんなが気付いたのは、斉藤先生には頼めないということじゃなくて、原作をそのままやるということ。

 そうか。

 王子さまがバラの花を一番愛してるのは原作でも変わらない。

 タダシ君が王子さま。わたしがバラの花。

 脚本家がキャスティングまでしちゃえばいい。

 だったら、わたしの思い通り。

 やる。やる。やるよ。

「わたし、脚本書きます!!」

 わたしは思わず立ち上がった。

「渡辺……」

「けど、ここにいるメンバーが全員参加っていうのが条件です。一人欠けても、他の人に変わってもダメ。この補習メンバーで作り上げるなら、わたし書きます」

 そう、こうしておけば、みのりが助っ人に入ってバラの花やるなんてこともない。

 補習メンバーでやるというわたしが出した条件にみんな驚いている。きっとわたしに嫌がられてると思ってるんだろう。タダシ君に近づけるという秘密の企みがバレないように、わたしは先生の意見に賛成するふりをした。

「さっきの先生の言葉、ちょっといいなと思いました。『大切なものは目に見えない』って、今のわたしたちに考えさせられることいっぱいあるなって。脚本を書くことで、この本についてもっと読み込んでいこうかなって。あの、わたし、読書感想文とか結構得意なんで」

「渡辺ぇええええ。ありがとう」

 勢いで先生に手を握られそうになったので、軽くよけると山田が立ち上がった。

「俺、やるよ」

 いつになく真剣な表情にみんな山田を見た。

「俺、やりたい。渡辺さんが脚本書くならちゃんとしてるだろうし」

「山田ああああ」

「僕も、やります。機材もなんとか相談してみます」

「二逆! ありがとう」 

 先生は山田に抱きつきながら二逆の手を握った。

 涙をにじませる尾路先生に笑いかけるように作間とタダシ君が言う。

「やらないわけないじゃん。あ。尾路さんのためじゃないよ」

「オレも、星の王子さま、ちゃんと知りたいし」

 タダシ君が、星の王子さまをちゃんと知りたい……。

 わたしが言った言葉でそう思えるようになったのかな。

「それじゃ、脚本、お盆休み明けまでに書きます。夏休み後半に練習、二学期に録音ということでいいですか? 大学生は九月でもまだ夏休みだから大丈夫だよね?」

 わたしはざっくりとして予定を言いつつ、二逆に同意を求めた。

「多分、大丈夫です」

「ありがとうー! 頼むよぉ」

 尾路先生はもう作品が完成したかのように、顔をぐちゃぐちゃにして泣いている。

 よく分からない盛り上がりのなか、補習は終わった。


 これで、補習が終わっても、みのりが居ないところでタダシ君に会える!!!


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