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プロローグ

 教科書って、どうして面白くないんだろう。 

 中学一年、一学期、国語の時間。わたし渡辺乃璃香(わたなべのりか)は思った。

 教科書は悪くないのかな。同じ物語や詩を雑誌の一部として読んだら、もっと興味をもてそうな気がする。本を読むのは大好きなのに、ぜんぜん面白くない。

 このおばちゃん先生が面白くなくさせてるのか。

 わたしは几帳面に書かれた黒板の文字と国語の斉藤先生を見た。

 中学に入って、急に大人たちの対応が変わった気がする。子供扱いしないで対等に見てくれるってことなのかもしれないけど、小学校までの丁寧さがなくなって、つまらない先生の喋り方は全然耳に入ってこない。

「じゃあ、次。多田君読んで」

 けど、

「はい」

 この人の声は、どんな小さな声でも聞き逃さない。

「山に登ると海は天まで上がってくる」

 多田志明(ただしあき)男子の間での通称は「タダシ」

 小学校の時、無料という意味の「ただ」を連呼するCMが流行って、軽く名前によるイジメみたいなことが起きて、「ただしあき」を略して「タダシ」に落ち着いた。

 女子でもタダシって呼ぶ人いるけど、わたしはそんなに親しい関係じゃないので、ずっと多田君。友達の間では、全然興味のないフリして多田って呼んでる。

でも心の中ではいつもタダシ君。

 わたしの斜め前の席にいます。

「風に吹かれて高いところにたつと……」

 めちゃくちゃ下手くそ。

 でも、でも、でも、サイコー。

 授業中の唯一の楽しみ。

 タダシ君。

 片想い二年目。

 小五の運動会でハートをわしづかみにされてしまった。

 小学校は三クラスあってクラス替えは二回しかないから、同じクラスになることはなかったけど、中学で同じクラスになれた。

 運動は人並み。勉強はどの教科もまんべんなくできない。顔もイケメンとは言えないけど、ものすごく人なつっこい笑顔が子犬みたいに可愛い。一人称はカタカナの「オレ」タイプ。「ボク」でも似合うけど、本人はオレって言ってる。

 もう、あの笑顔、乃璃香のドストライク。

「水平線を見たことがあるか?!」

 海上保安庁保安官募集みたいな熱いノリに、つまらない国語の授業に笑いが起きた。

 彼自身は狙ってないけど、クラスのムードメーカー的な存在。

「多田君、もういいです」

 斉藤先生の冷たいあしらいに、席に座るタダシ君。かわいそう。

「タダシ、ふざけんなよ」

 わたしの隣、タダシ君の後の席の作間悠人(さくまゆうと)が笑いながら言った。典型的バカ男子って感じ、一人称ひらがなの「おれ」タイプ。この二人はいつも一緒にいる仲良し。

「オレ的には超マジメにやったんだけど」

「それじゃあ、同じ詩を、佐倉さん読んで」

 斉藤先生は、教室を見渡して頭良さそうな女子を指名した。

「はい」

 佐倉みのりが立った。

 教室の空気が一瞬変わった気がした。

 こんな子、少女マンガの世界だけだろってツッコミたくなるぐらいのパーフェクトガール。頭いいし、美人だし、スタイル抜群、スポーツ万能。なんかいい匂いするし。それを全然自覚してないらしく、自分の才能を全く鼻にかけないちょっと天然な性格。プライベートは謎っぽそうな、一人称漢字で「私」タイプ。

 みのりは作間の幼なじみ。そして、多分、おそらく、残念ながら、わたしの妄想だったらと願うけど、間違いなく、誰が見ても、タダシ君の好きな人。みのり本人は全く気付いてないのか、分かってて気付かないふりしてるのか、幼なじみの親友、同じ小学校出身、ただのクラスメイトとして仲良くしてる。「タダシ君」って呼んでる絶妙な距離感が、男女を意識してるように見える。だからわたしも、心の中で「タダシ君」って呼ぶことにした。

 アナウンサーかってぐらいスラスラと進むみのりの音読。ほどよい抑揚で機械的な冷たさはなく、みのりの声が教室中の空気を穏やかにしていく。

 タダシ君も聞き惚れてる。

 みのり。名前がひらがなの時点で、万人に愛される女優みたいで別次元の人に思えてくる。

 乃璃香なんて、やたら画数多くてテストの時、時間損してる。それなりに可愛い名前けど、親世代の大人に名乗ると、お父さんが好きな女優からとったでしょと絶対言われる。なぜだか名前負けしたような気にさせられる。所詮わたしは、女優に憧れるだけでなれない一般市民です。

 何より「のりか」だと多田との音の相性が最悪。タダのりか。ただ乗りか。無賃乗車かよ。

 同じ「のり」でも前に「み」が付くだけでなんかしっくりくる。

「タダみのり」選挙ポスターとかにありそう。

 作間とみのりとタダシ君、小学校では別クラスだったのに、中学で三人揃ってしまい、いつも一緒にいる。

 わたしもタダシ君と同じになったんだから、どうにかしてもうちょっと近づきたいのに入る隙が無い。作間はいてもいなくても別に変わりないけど、みのり。みのりがいない時はないものか。

「なあ、タダシ、期末の点数悪かったら補習らしいよ」

「補習?」

「中間でヤバかったおれらは、すでにノミネートされてるから、相当スゴい一発逆転がなければ、確実らしい」

「マジで」

 ノミネートってそういう時、使うの言葉じゃないだろう。

「タダシ、一緒に頑張ろうな」

「どっちを?」

「もちろん補習」

「もう間に合わなそうだし、開き直るか」

「さすがタダシ」

 ええ、期末頑張れよ。

 ん、待てよ。

 補習?

 そうか、それなら、みのりはいない。

 確実にみのりはいない。

 補習。

 ホシュウだ!!!


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