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Ep.5後半

映画のオマージュシーンが多めに入っちゃった。全部分かるかな?

 翌日の朝。

 白いバンに宝石を隠したブリーフケースを持って男達が乗り込み、先頭を真悟が運転する銀色のセダン車、その二台の間に愛華の運転するグロリアが着く。

 三台連なってPM-9の本部を出て成田航空へと向かう。

 東京都内に入り、街中を列を乱すことなく走り続けた。


 そこから少し離れた大通りで、一台の銀色のジャガー・Xタイプが走っており、運転しているのはウォーレンだ。紺のワイシャツの上に黒いベストを羽織っている。左耳にはワイヤレスイヤホンを掛けており、そこから湾の声が流れてくる。

 《ウォーレン、見覚えのある車を見つけた》

「ほう?車種は?」

 《Y31型グロリアのクラシックSV。街中の防犯カメラだから音声の質が悪くてはっきりしないが、多分RB26だ》

「あらら?駿斗くんの車でしょ?PM-9の誰かが勝手に乗ってんのかな…」

 《前見た時はタクシーに化けてたが、今は黒塗りの自家用っぽい見た目してる》

「了解。

 澪、響鬼、ボブさん、聞こえた?」

 《聞いた》《聞こえた》

「湾さん、場所は?」

 《海岸通りを北へ。ボブさんと澪さん達が居る所から近いよ。三台連なってる》

「そっか…じゃあボブさん先行して、先頭を襲撃。澪と響鬼は後方から襲撃」

 《了解》

 ウォーレンの運転するXタイプを北に向けて走らせる。


 海沿いの大通りの十字の交差点で赤信号に引っかかり、真悟はセダンを停止線の手前で停止させる。後続のグロリアとバンもそれに続いて停車する。

 信号を見つめながら変わるのを待っている真悟。

 すると、左の道から、マットブラックで極太のグリルガードを装着したトヨタ・ランドクルーザーが現れ、ブレーキを掛けることなく歩道に乗り上げ、そのまま真悟の乗るセダンに横から衝突してようやく停止した。

「__!?」

 その光景を見ていた愛華やバンの男達が驚愕する。

 ランドクルーザーの運転席から、ダットサイト付きのH&K・MP5を持ったボブが何事も無かったかの様に降車し、すぐにグロリアやバンに向けて発砲し始めた。

「ウソでしょっ!?」

「あいつら白昼堂々ぶっ放してきやがった!!」

 愛華はすぐに身を屈める。防弾仕様のグロリアに乗っていても急な襲撃にはやはり恐怖してしまう。

 真悟がよろめきながら、大破したセダンから降車し、車の陰に身を潜め、SIG SAUER・P320のセーフティーを解除する。

「後退後退!!」愛華は無線でバンの男達に指示を出す。

 バンとグロリアはすぐにバック走行を始める。

 しかし、バンの後ろから二台のマウンテンバイクがやってきていた。黒いフルフェイスのヘルメットを被り黒いライダースーツに身を包んだ澪と響鬼だ。

 響鬼はバイクから飛び降り、運転手を失ったバイクはそのまま倒れて滑っていき、バンのリアバンパーの下に潜り込む。バンは後退できなくなり、それに気づいていない愛華は思わずグロリアで追突してしまった。幸いにもグロリアは頑丈なボディのお陰で凹みや傷は出来てない。

 しかしこの状況はマズい。

 バイクから飛び降りた響鬼は受け身を取っていたため怪我一つ無く余裕で立ち上がり、ヘルメットを脱いで地面に落とし、背中に掛けていた長いバッグから、荷物を抜き出した。

 黒い鞘に納められた、青を基調とした柄をした持ち手をしている日本刀だ。その刀を握る時の響鬼の目は、あの寝ぼけて瞼を開けられない様なおっとりした少女の面影は無く、青空の様な淡く澄んだ青い瞳を見せ、眼前の相手を鋭く見つめ、名前に恥じない程の”鬼”の様な眼差しをしている。

 バンに向かって瞬時に駆け寄り、スライドドアをあっという間に斬り落とす。彼女はバンに乗り込み、車内から男達の悲鳴が届いてくる。

 愛華は1911をホルスターから取り出し、グロリアのドアを開け身を屈めながら降車する。

 ボブMP-5の弾幕は一度止み、ランドクルーザーの陰に身を潜めてリロードを行う。

 バンからブリーフケースを持って降車した響鬼だったが、降車した途端愛華に発砲され、すぐにバンの後ろに回る。

 その間、澪が自身のバイクの陰から身を乗り出し、シート下の収納スペースに隠されていたグロック19を取り出して、愛華に向けて発砲した。愛華はすぐにグロリアの車内に退避し、グロックの弾丸はグロリアのドアの内張りに着弾する。

「みお、パス!」と、響鬼は澪の方に向かってブリーフケースを蹴り飛ばす。自身の方に滑り込んできたケースを澪は受け取り、バイクの荷台に即座に固定し、グロックも出した場所に仕舞って、バイクに再び跨ってエンジンを吹かした。

 真悟がグロリアの方に移ってきたのと同時にボブのリロードが終わり、再びMP-5の弾幕がグロリアのフロントに浴びせられる。

 澪はバイクの後輪をスピンさせて、スロットルを全開にしてウィリーをしながら勢いよく走り出し、北の方に向かって去って行こうとする。

「真悟くん乗って!」

 愛華がそう言うと、真悟はグロリアの後部座席から乗り込んで助手席に移り、愛華はドアを閉めて、グロリアを前進させ、澪の後を追い始める。横からMP-5の弾幕を受けながらもグロリアは損傷することなくその場から離れた。

 走り去っていくグロリアを見送ると、ボブはMP-5のセーフティーを掛け、響鬼の居る方に向かって大声を出した。

「響鬼!俺らは戻るぞ!乗れ!」

 そう言われた響鬼はバンの陰から飛び出し、ランドクルーザーに向かって走り出した。

 バンの車内に居る男達は、皆大きな怪我や出血はしていない。響鬼は峰打ちで済ませたのだ。それでもかなりの痛みがあるのか、当てられた場所を抑えながら、おぼつかない足取りでバンから降りる。

 その頃にはボブ達の乗るランドクルーザーは姿を消していた。

「クソッ…!」


 澪と彼を追う愛華達は、海沿いを離れ街の中心部に向かっていた。澪のバイクは混雑する車列をスイスイと走り抜けていく。愛華はクラクションを何度も鳴らしながら、前方の車を避けさせて、ねじ込む様に無理矢理追い越していく。

 やがて片側一車線の道が見え、何台もの車が赤信号で停止していた。

 バイクは真っすぐ車列を走り抜けていく。グロリアでは通ることはできない程狭い。

「逃げられる…!」

 そう呟いた真悟を他所に、愛華は辺りを見回した。

 すると、自分の居る車線の交差点手前に、縁石があるのが見えた。

 愛華はグロリアを縁石に向かってハンドルを切ってアクセルを踏み込む。

「愛華さん!?何考えてるんです!?」

「しっかり掴まって!!」

 グロリアは縁石に勢いよく乗り上げ、グロリアは片輪が宙に浮く。

 そのまま運転席側の二輪だけで走行し始め、グロリアは澪のバイクが通った車列の隙間に入り込む。

「ひぃぃいぃぃいっ!!!?」

 悲鳴を上げる真悟を気にも留めず、愛華はハンドルを必死に制御させながらグロリアの片輪走行を続けさせる。

 やがて車列を抜け、愛華はグロリアを元の体勢に戻して、再びアクセルを踏み込んだ。

 その光景を走りつつサイドミラーで見ていた澪は驚愕した。ヘルメットの下で冷や汗をかいている。

「ウソでしょ…!?くそっ…!」

 澪はギアを上げて更に加速していく。

 すると、前方からサイレンを鳴らしながら二台のパトカーがやってきて、道を塞ぐように横向きで停車した。

 澪はバイクを一気に減速させてから右折し、歩道を走り抜けて広く長い階段を下り始める。マウンテンバイクのため余裕で下っていく。

 愛華はサイドブレーキを掛け、ドリフトをしながら階段の方に向かって右折する。

「階段!?階段階段階段階段…っ!!」

 泣きそうな声で叫ぶ真悟を無視して、愛華はグロリアで階段を勢いよく下っていく。何度も下部から火花を散らし、揺れ動くハンドルをしっかり掴んで制御する。

 階段が終わると、左に向けてハンドルを切って加速する。

 そのまま二台は次々と来るパトカーを交わしながら走り続けた。

「真悟くん、ハンドル持ってて!」と真悟にお願いしながら、シートを後ろに思い切り倒す。

 真悟が助手席からグロリアのハンドルを必死に制御する傍ら、愛華は後部座席の下にある隠れた引き出しから、ダットサイトとフォアグリップとフラッシュライトが装着された黒いSIG・SG552を取り出し、それを抱えたままシートを戻し、運転席の窓を開け、上半身から身を乗り出して箱乗りし始め、SG552を構えて澪のバイクのタイヤを狙う。

 引き金を引くと弾丸が次々と発射され、澪のバイクの後輪タイヤに着弾する。

 澪はバランスを崩し始め、そのまま左に向かって行き、路肩に停まっていた軽トラックの後部に突っ込んだ。突っ込んだ勢いで澪は前に投げ出され、近くにあったゴミ集積所のゴミ袋の山をクッションにして地面に転がり込んだ。

 愛華はグロリアを停車させ、SG552を置いて1911を取り出して降車した。真悟はこれまでの彼女の過激な走行のせいでかなり疲弊している。

 投げ出された澪は、ゴミ袋がクッションになり、丈夫なライダースーツに身を包んでいたため一見して怪我は見えないが、それでも左腕を強打したのかそこを抑えて倒れたまま悶え苦しんでいる。

 愛華は壊れたバイクに歩み寄り、ケースを手に取ろうとした。バイクの燃料タンクが破損してガソリンが漏れ出し始めていた。

 その時だった。激しいスキール音と重々しいエンジン音が聞こえた瞬間、彼女は横から突然現れた、ウォーレンの運転するXタイプに撥ね飛ばされた。フロントウィンドウに身体を強く打ち、ルーフとトランクを伝って地面に落下する。

 幸い彼女も丈夫な革ジャンとレザーパンツを着ており打ちどころも大したことはない。しかし激痛は感じており、すぐに起き上がることができなかった。

「愛華さん!?」

 ハッと我に返った真悟がすぐに降車して彼女に駆け寄る。

 ウォーレンはXタイプを壊れたバイクの真横で停め、澪のバイクの荷台に固定されたケースを取り上げてから車内に戻り、今度は澪の方に車を走らせて停止した。

「大丈夫?歩ける?」とウォーレンはドアを開けながら澪に聞く。

「来るのが遅い…っ!」と澪は言いながらユラユラと立ち上がり、Xタイプの後部座席のドアを開け、崩れる様に倒れつつ乗り込んだ。

 ウォーレンはXタイプを少しだけバックさせると、窓を開け、懐から取り出した、明るい木目調グリップをしたベレッタ・M92FS INOXを、澪のバイクの方に向けて発砲した。

 ベレッタから放たれた弾丸はバイクのフレームに当たり、その際に発生した火花が、漏れて地面に溜まったガソリンに降り注いだ。

 その瞬間、澪のバイクと突っ込まれた軽トラックは瞬く間に炎に包まれた。

「ま、まずい…!」

 真悟は愛華を抱えて、二台の傍から急いで離れようとする。

 やがて軽トラックの燃料タンクに炎が燃え移り、軽トラックは盛大に爆発した。大破した澪のバイクが壁に向かって飛んでいき四散する。

 炎を背にして愛華を抱え爆風に耐える真悟。

 やがて爆風が止み、ウォーレン達が居た場所を見ると、そこにはもうXタイプは居らず、いつの間にか道の奥へと走り去っていた。

「っ……!!」

 詰まる言葉を飲み込んで、真悟は愛華を抱えてグロリアに駆け寄った。



 * * *



 その日の夕方。雨雲が空を覆い、いつ雨が降り始めてもおかしくない様子になっている。

 PM-9の本部に戻ってきた愛華達は、敷島の部屋に集められ、彼と共に頭を悩ませていた。

 現場に出ていた誰もが、敷島からお叱りを受けると思っていたが、相手が相手故か、彼も今回の件に関しては同情している様だ。

 愛華はウォーレンの車に撥ね飛ばされた際の打撲した場所を、真悟の手を借りて手当している。

「どうする…?スパイダー・ウェブの日本支部ビルに忍び込んで奪還するか…?」

「敵の、しかもうちらが恐れる程の相手の拠点にノコノコ入るとかバカじゃねぇのか?」

「約束の日まで残り5日…連中とまともにやり合うには時間が足りな過ぎる…」

 と、愛華達二人を他所に各々言い合っている中、愛華は手当を終えて立ち上がった。

「昨日のパーティーの時、ウォーレンから名刺を受け取ったんですけど…あれを使って潜入できませんか?」

「四ノ宮凛子としてか?やめとけやめとけ、どうせバレてる」

「では、取材をする記者として__」

「愛華、諦めろ。アイツはそう甘くない…」

 敷島は突き放すようにそう言って、しばらくの間一人で考え事をしながら天井を見つめた。

「にしても、なんで俺達の居場所がバレたんだ?」

 男の一人がふとそう呟くと、暮葉が呆れた様な顔つきで答えた。

「なんでって、理由は明白みたいなものでしょ…」そう言って暮葉は愛華を見つめる。

「え?私?」と、愛華は何も分かってない様に焦り出した。

「いやだって、修作くんをよく知ってる奴が相手なのに、あのグロリアに乗っていったらねぇ…」

「あ、あぁ~そっかぁ…あ、あはは……すみません」

 やがて敷島が天井から視線を移して皆に向き直る。

「…A班。スパイダー・ウェブ日本支部ビルの張り込みをして宝石の移動が行われないか確認しろ」

「分かりました!」バンに乗っていた男達A班はすぐに敷島の部屋を出て出動していく。

 残された愛華、真悟、暮葉は、頭を抱えながら机に突っ伏している敷島を見つめた。ここまで追い込まれた彼を見るのは、愛華が序盤の訓練で挫折しなくて悩んでいた時以来だ。

 …すると、敷島のスマホに着信が入った。ゆっくりとスマホを手に取り、着信に出る。

「もしもし、敷島です…

 あぁ…その件に関しましては…

 ……はい?今なんと?」


 スパイダー・ウェブ日本支部のビル。

 リビングで待機していたボブと響鬼と湾のもとに、ケースを抱えて笑顔を振りまくウォーレンと、疲れ果てた様にクタクタな様子の澪がやってきた。

「ご苦労諸君!これで”女神の口づけ”は我々の物だ!」

 ボブと湾が唇を震わせてヒューヒューいわせたり、響鬼が小さな音で拍手をして迎えた。

 テーブルにケースを置き、中を開け、宝石と対面する。あれだけ激しい逃走劇を繰り広げた後でも、この宝石には欠けや傷は全く見当たらない。鮮やかで美しい赤い輝きを維持し続けており、見ている皆の目を釘付けにする。

 ウォーレンは宝石を手に取って、皆の方に向いてあることを語り始めた。

「皆、この宝石についての、”表に出てない不思議な噂話”を知ってるかい?」

「噂話?いや、知らないですね…」

 それを聞いたウォーレンは、踊るかの様な足取りをしながら語り始める。

「時は1968年、太平洋に浮かぶ小さな島国”ルーデンシア共和国”!国の南西部の砂漠地帯で隕石の落下と思われる事象が起きていた!巨大なクレーターの中央には、正にこの、女神の口づけが発見された!

 調査団がすぐに駆け付け、この宝石を都市部の研究所に運ぶ…はずだったが、謎のカルト宗教団体の襲撃を受け、一時はこの宝石が姿を現すことは無くなった…

 しかし!その宝石を取り戻すために、三人の戦士が立ち向かった!

 あらゆる国で秘宝や秘境を探す勇敢な冒険家!ルーデンシア共和国に尽くす優秀な刑事!たまにおかしなことをやり始めるが膨大な知識と巧みな技術力で二人を支えた凄腕のガンマン!

 彼らは強大な悪のカルト宗教団体から見事この宝石を奪還した!」

 ウォーレンは宝石を両手に持ち天高く上げ、それを見つめながら話を続けようとした。

「その後この宝石は、ルーデンシア共和国所有の国立博物館に展…じ…?」

 すると、ウォーレンは突然、宝石を見つめたまま硬直した。何か妙なことに気づいた様だが、周りの誰もが不思議に思った。

「…どうしたんだよウォーレン?そんな”奪った金がよく見たらゴート札だったって気づいたルパンみたいな顔”して…」と言いながら澪はウォーレンに歩み寄る。

 ウォーレンはその宝石を見つめたままゆっくりと腕を降ろし、しばし見つめ続けた後、湾の方を向いて言った。

「湾さん、特注の顕微鏡まだ仕舞ってない?」

「いいえ、まだ出してありますけど…」

「ちょっと借りるよ…あ、あと湾さんちょっと手伝って」

 そう言ってウォーレンは湾を連れて部屋へと歩いて行った。

「……?」

 数十分後。

 ウォーレンと湾が部屋から出て来て、リビングに戻ってきた。

 響鬼はソファに横になって静かに眠っている。刀を握っていた時の様な恐ろしい形相はとっくに消え失せ、おっとりとした少女の姿に戻っている。

 部屋から出てきた二人は、どこか残念そうな顔つきをしている。

「どうしたんだよ二人共?」

 澪にそう聞かれたウォーレンは、手に持っていた宝石を澪の方に向けて言った。

「…これ、()()だ」

 それを聞いた湾と寝ている響鬼以外は驚愕した。目を見開いてその光輝く宝石を再び見つめ、先程とは違い今度は凝視し続ける。

「に、偽物ぉっ!?」

「危うく騙されるところだったよ…気泡も無いしとても精巧だ…

 もしこれが60年代に作られたものだとしたらオーパーツなレベル、だけど…本物程の価値は無いなぁ…」

 そう話していると、部屋の窓にポツポツと雨粒が当たり始める。遠くでは雷も鳴っているようだ。

「もしかして僕ら、PM-9の連中に騙されて…!?」

「いや、多分それは無いと思うなぁ。あの弦田も、これが本物だと思い込んでるはずさ」

「本物はあるって分かるのか?」

「あくまで俺の予想だけどね…

 それにこの中に入っている物…何だと思う?」

 そう言われた澪とボブは、宝石に間近に迫って、中にある()()にしっかりと目を凝らす。

 よく見てみると、形的には。魚の稚魚の様な物だった。色は白だろうと予想する。

「何かの生き物…?」

「顕微鏡で見ると、これは動物の骨をベースに作った小物だった。

 でもさ…模造品を作るとして、なんでこんなのを入れたんだろう、って思わない?」

「まぁ…確かに疑問に思うけど…」

 ウォーレンは窓に歩み寄り、カーテンを少しだけ開けて、濃い灰色の空の下の暗い東京の街並みを見つめて言った。

「もしかしたら、”本物はあまりにも危険すぎるから、偽物を作って、世間にはそれを本物に思わせようとした”…って、考えられない?」

「危険すぎるって…一体なんで?」

 東京の街から目を離し、皆の方を向いて自分の想像を語り始める。

「例えば…本物はこの中の白い物が生き物…それも地球外から来た謎の生物で、もし仮に宝石から解き放たれたら、人類に害を為す恐ろしい怪獣と化すから…とかね?」

 そう語ったウォーレンの背後が一瞬光に満ち、やがて大きな雷の音が鳴り響いた。

 響鬼以外の、周りの誰もが、自分達が今”危ない何か”に近づいているのではないかという恐怖が、一瞬彼らを包み込んだ。

 時が止まったかの様に皆が黙り込んで静まり返り、耐えきれなくなった澪が口を開いた。

「…そんなオカルトとかSFみたいな話、あり得るか?」

「分からないよ~?でも『事実は小説よりも奇なり』っていうしねぇ~。

『信じるか信じないかはあなた次第です』とも言うんでしょこの国じゃ?」

 ウォーレンはそう言いながら、宝石をケースに静かにそっと戻した。

「どうすんの?PM-9も弦田も騙されてるんだったら、報復の対象も無いよ?」

「必要無いよそんなの」

 そう言ってウォーレンはケースを閉じて立ち上がって皆の方を向く。

「これ、ルーデンシア共和国の博物館に届けよう」

 それを聞いた皆はまた我が耳を疑った。

「え!?博物館に!?」

「それ本来PM-9の連中がやることじゃ…」

「そうだけどね~。僕らが”輸送品に盗品が紛れ込んでいたから元の場所に返す”ってことにすれば、世間からの評価もうなぎ上がり、博物館からの信頼も得られるしねぇ~」

「はぁ~、あくどいなぁ…」

 ウォーレンはケースを持ち上げ、奥にある自室に向かって歩き始めた。

「弦田に渡すという選択肢は?」

「ん~?別にいいよあんなの。

 それに、退屈なパーティーに招待してきた報いを受けてもらいたいしさ」

 笑いながらそう言うウォーレンの後ろ姿を見送り、皆顔を見合わせた。

「しょうがないかぁ…」

「博物館の責任者に連絡してこよ」湾はそう言って隣の部屋に向かって行った。



 * * *



 翌日。

 ルーデンシア共和国国立博物館が、二年前にパリで奪われた宝石『女神の口づけ』が、スパイダー・ウェブ社の所有するコンテナ船に積まれた荷物から発見され、博物館の責任者が受け取ったと報じられた。

 その記事が載っている新聞を敷島はデスクに叩きつけ、深いため息を吐きながら椅子にもたれかかった。

 デスクの隣で立っている暮葉が苦笑しながら口を開く。

「まぁ良かったじゃないですか。一応品物は博物館の手に渡りましたし…」

「バカ言うな…俺達の面目丸潰れなんだぞ…

 これでスパイダー・ウェブの世間からの評判は上がり博物館もすっかり連中を信頼した…」

「それはそうですけど…」

「それにしても、どういう風の吹き回しなんだか…だからあの男の相手は面倒くさいんだ…」


 夜。

 横浜の街をグロリアに一人乗って走っていた愛華。打撲した痛みはすっかり治まっている。

 とはいえ、敷島も頭を悩ませていた今回の件の結末に、彼女も納得がいってない。

 ラジオで流れているニュースでも例の件が伝えられている。それほどの大事だということは間違いない。

(私達から盗んだくせして自分達で博物館(あっち)に返すってどういうことよ…)

 そう思いながらグロリアを走らせていると、後ろからパッシングされていることに気づいた。

 ルームミラーを見ると、一台の白いテスラ・モデルXが追走していた。

 パッシングされるような運転はしてないはずなのに、と思いながら少しアクセルを強く踏もうとした時、テスラは左にウインカーを上げた。それに気づいて愛華も左にウインカーを上げ、近くにあった川沿いの公園の駐車場に入る。

 駐車場には他に車も人も居ない。

 前向きでグロリアを停車すると、テスラはグロリアの右側に前向きで停車する。

 愛華は降車して、テスラの車内を覗こうとした。

 すると、テスラの運転席と助手席のドアが開いて、乗っていた二人が降車する。

 運転席からウォーレン、助手席から澪が降りてきた。

「やぁ、”麗しの化け狐さん”♪」

「っ__!?」

 愛華は即座に距離を置いて、懐にある1911を取り出そうとした。

「のんのん、落ち着いて”四ノ宮さん”…いや、違うか。

 君、名前は?」

「敵に明かす名前なんて無い…!」

「まぁまぁそう言わずに。折角君達の代わりに、博物館に女神の口づけを届けたんだからさ~」

「アナタ達が邪魔しなければ私達がやってた!!」

「それはそうだけどさ~…

 …ま、それは置いといて」

 ウォーレンは警戒し続ける愛華の後ろに静かに佇むグロリアを見つめ、そして彼女が懐から取り出そうとしている物も、見覚えのある1911だと気づく。

「…君さ、なんでその車と、懐に入れてるスプリングフィールドを持ってるの?」

「…なんでって…」

 するとウォーレンは、愛華にズカズカと詰め寄ってきた。愛華は懐から1911を取り出す余裕すらなく間近に詰められる。

「その車と銃は、かつてPM-9に在籍していた”神海駿斗くん”の物でしょ?何で君が使ってるの?」

 そう言って見下ろしてくるウォーレンの表情は、道端に四散する踏み潰された虫の死骸を見つめるかの様な冷たく鋭い目つきをしていた。

 だが愛華は、その目つきに恐れることなく、真剣な眼差しで見つめ返す。

「だったら何?」

「私と駿斗くんは古い仲でね…よくそのグロリアとカーチェイスしたり、そのスプリングフィールドで激しい銃撃戦を繰り広げた…

 彼と共に、殺し合い同然の激しい勝負をする瞬間は、最高に楽しかった…!」

 ウォーレンは口角を思い切り上げ、瞳孔を開きながら、怒鳴っている様な大声で語り始める。

「君は見たことあるかい!?

 彼がそのグロリアの機銃に”7.62mm装甲貫徹弾”を積んで、僕が乗っていた装甲車を蜂の巣にした!ボンネットに僕がしがみついたまま、僕のお気に入りだった真っ赤なボディに白のラインが入ったシェルビーマスタングに突っ込んで大破させた!

 その手に握られたスプリングフィールド・アーモリー1911に、45口径ホローポイント弾を装填し、草木が生い茂る深い森の中を走り回る僕に向かって引き金を引いてきた!」

 そう言ってウォーレンは上着を脱ぎ始め、左肩を露出させる。

 そこには、古い弾痕があった。荒い縫い方をされているようだ。

「ここ!ここに当てられた!部下を失い一人で逃げていて、知らない土地で右も左も分からなかったから、偶然見つけた無人の家に忍び込んで、僕一人で弾丸を取り出して縫い合わせた!

 あの時感じた、彼と、死に対する恐怖は、未だに忘れられない…!!だがそれと同時に、最高にテンションの上がる楽しいひと時だった…!!」

 ウォーレンは脱いだ服を元に戻し、皺を伸ばしながらフーッと息を吐く。

「そんな彼が愛用していた物を、彼以外の者が使うなんて…」

 急に彼の身体が震えだし、目が涙で潤み始めた。右手で溢れる涙を押さえつけ、話を続ける。

「一体何の権限があって、それを使っている…!?もし無断でそれを使っているのなら、彼に対する冒涜だ!!」

 そして今度は、目に添えていた右手を瞬時に懐に入れ、そこからベレッタを取り出して、愛華の額に銃口を当てた。

 そして、セーフティーを外して撃鉄を起こして見せた。”いつでも引き金を引いてもいい”という意思表示だろう。

 だがそんなことをされても、愛華は眉一つ動かさなかった。

 それを見て、ウォーレンの震えがピタリと止まった。さっきまでの荒々しい口調や動きが嘘の様だ。

「…君ぜんっぜん動じないね?凄い」

 愛華はゆっくりと目を閉じ、小さく息を吐き、静かに口を開いた。

「アナタの彼に対する気持ちはよく分かりました。

 それに…私はあの人の行いを冒涜したも同然のことをやってきた…

 もし出来るなら、今から彼に会って、面と向かって謝りたい…」

 そう言うと、愛華はウォーレンのベレッタを両手で握りだした。

「だから、引き金を引いて、私を殺したければ、私を殺せ!!

 さぁ、早く!!」

 息を荒げながら彼を睨みつけてそう叫ぶ愛華を、ウォーレンは静かに見つめた。

「…君は相当覚悟が決まってるようだね」

 そう言ってウォーレンはベレッタを愛華の手から引き剥がし、誤って発砲しない様に撃鉄を戻し、セーフティーを掛けて懐に戻した。

「よし、認めよう。君が、彼の銃と車を使うことをね」

 そう告げてウォーレンは愛華に向かってニッコリと微笑んだ。その微笑みからは邪悪な雰囲気も漂ってくる。

「また会えるのを楽しみにしてるよ」

 ウォーレンはそう言って足を後ろに運んでテスラのドアに近づいた。

「最後に一つ良いかな?」

「…何?」

「最初の質問に答えてほしい。名前は?」

 愛華は仕方なく、その質問に答えることにした。

「…天羽愛華」

「ふ~ん…天羽愛華…良い名前だ」

 ウォーレンと澪はテスラのドアを開け、車内に入ろうとした。

 すると、愛華が言った。

「ついでに言っておきますけど…私、”神海駿斗”としての彼はよく知りません…その名前を知ったのは、彼が亡くなった後ですから…」

「…じゃあ、君の知ってる彼の名前は?」

「…”天羽修作”。私と過ごしている時はそう言ってた…」

「天羽修作…あまはね…ん?」

 ウォーレンはあることに気づいてテスラから離れ、再び愛華に詰め寄った。

「き、君もしかして…彼のワイフ…いやいや、妻!?奥さん!!?」

「…そうですけど」

 それを聞いたウォーレンは、少しの間硬直したかと思うと、ジワジワと身体が震えあがり、やがてゲラゲラと腹を抱えながら笑い始めた。

「ははっ…あははっ!!あっはっはっはっはっ!!!

 そっか!!そうか、あははははっ!!!!」

「なっ…何がおかしいの!?」

「い、いや、実はね、僕アイツのこと、心の中で、”理想が高すぎて一生結婚できない奴”って思ってたからあっはっはっはっはっはっ!!!!まさか僕より先に結婚してたとはあははははっ!!!

 そうかそうか、遂に”()使()”を見つけちゃったんだなアイツ!!!あっはっはっはっはっ!!!」

 腹を抱えながらテスラのルーフを平手でバンバン叩きながら笑い続けるウォーレンを、愛華と澪はキョトンとしながら見つめた。

 笑い過ぎて咽たウォーレンは、咳払いや深呼吸をして落ち着きを取り戻し、愛華に向き直って、優しい笑顔を見せた。

「…彼は、君と過ごしてる時、幸せそうだったかい?」

 そう聞かれた愛華は、修作と過ごした時の光景がフラッシュバックする。

 どれも、どの瞬間も…彼は幸せそうに、自分に笑顔を向けていた。

「…幸せだったんだと、思います…あくまで、私の想像ですけど…」

「…そっか」

 それを聞いて、安心した様に微笑んだウォーレンは、澪と共にテスラに乗り込んだ。

 運転席のドアの窓を開け、愛華とまた話し始める。

「きっと…いや、間違いなく、彼は君と居て幸せだったと思うよ」

「……。」

「じゃあ、またね~」

 ウォーレンはテスラをバックさせて、その場から離れて道路に出て走り去っていった。

 一人取り残された愛華は、走り去るテスラを目で追い続け、やがて見えなくなると、横にある横浜のビル群に目を向ける。美しい灯りの輝きが街を彩っている。

 愛華はグロリアに乗り込み、エンジンを掛けてバックし、自身の自宅マンションへと向かい始めた。

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