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Ep.4後半

 青葉区に入り、再び敷島に連絡を入れると、仮拠点の具体的な場所が伝えられ、愛華はそこに向かった。

 廃墟と化した町工場に入り、倉庫だった場所に入って停車すると、待っていた作業員が倉庫の入り口を閉めた。

 倉庫では敷島も待っており、グロリアから降車した愛華に駆け寄ってきた。

「愛華くん、娘さんは無事か?」

「はい、なんとか…

 それよりも…」

 愛華はグロリアの後ろに回り込んで、グロリアのトランクを開けた。苦しそうな唸り声を上げている男を引きずり降ろし、敷島に差し出した。

「襲撃犯の運転手です…何か聞き出せるかも」

「あぁ…よくやった。コイツは本部で尋問する」

 敷島は近くに居た作業員を呼び止め、男を縛って車に乗せるよう命令した。引き受けた作業員は男を掴んで倉庫の奥へと向かって行った。

 それを見届けると、愛華はグロリアを見つめた。敵に付けられた傷と、自分が敵の車に当てて付いた傷を見つめる。亡き修作の形見の車を酷く損傷させたことで、胸が痛んだ。

 そんな愛華の背を敷島は優しく摩って、笑いを交えながら言った。

「そう落ち込むな。事が事なんだからしょうがないさ。それに、修作(アイツ)の方が酷い扱いをしてたんだぞ?亀裂が入ったフロントガラスを「邪魔だから」と蹴り落としたり、運転席のドアを開けたまま急ブレーキかけて相手のバイクを妨害して飛び出させてドア落としたり、酷い時は車体全体が原型留めてないこともあったんだぞ?」

「でも…」

「気にするな。それに、うちの整備員は優秀だ。すぐに元通りになるさ」

「…はい」

 敷島はポケットから他の車の鍵を取り出して愛華に手渡した。

「暫くこの車を使え。グロリアは修理に回す」

「…お願いします」

 愛華は受け取った鍵をポケットに入れ、敷島と別れて、後部座席のドアを開けた。実恋が不安そうな顔をしながら待っていた。

 愛華は実恋の隣に座って、静かに口を開いた。

「怖い想いさせてごめんね…どこか痛いところとか無い?」

「うぅん…だいじょうぶ」

「…車乗り換えるから、降りて」

「うん…」

 二人は降車し、敷島が用意した車に向かって行った。

「おねえちゃん、みれん、がっこうどうしよう…」

 愛華は立ち止まり、ゆっくりとしゃがんで実恋と顔を合わせる。

「今日は朝から大変だったから、早くおうちに帰ろ?」

 そう促すが、実恋の表情は晴れない。

 愛華は実恋の両手をそっと優しく包み込んだ。

「大丈夫、何かあったら、お姉さんが守ってあげるから!」

「…うん!」

 愛華は立ち上がり、二人は再び車へと向かって行った。

 その道中、実恋は愛華の手をギュッと握ってきた。あの襲撃から救ってくれた人として、本格的に心を開いてくれたのだろう。


 敷島が新たに用意した車、黒塗りの日産・フーガ Y50型で、実恋を矢倉宅まで送り届けた。

 家に入ると、龍市と栄子、真悟がすぐに駆け付け、栄子は涙を流しながら実恋に抱きついた。ずっと心配していたのだろう。

「実恋…!無事でよかった…!」

「うんっ…おねえさんがまもってくれたから…」実恋は笑顔を見せながらそう言った。

 龍市は愛華に深々と頭を下げる。

「ありがとう天羽さん…!」

「いえ…仕事なので」愛華はそう冷静に返し、彼に頭を上げるよう言った。

 愛華は真悟に借り部屋に行くことを促し、二人で部屋に入った。

「暮葉さんから聞きましたよ。派手にやったみたいですね」

「あの場じゃどうしようもなかった…」

「それは分かってます…」

「追手があと二人居たはずだけどどうなった?」

「警察が確保しました。一応、”暴走事故”として処理されるそうです」

「そう…」

 部屋のテーブルには、何か新しい書類が広げられていた。

「これは?」

「あの…あまり大声で言えないんですけど…」

 そう言って真悟は愛華の耳元で小声で話始めた。

「暮葉さんが持ってきた、”矢倉龍市の汚職”についての資料です…」

「汚職?」

「依頼者が何故命を狙われることになったのか…それを追っていたら、辿り着いたみたいで…」

 愛華は書類の一枚を手に取って黙読し始めた。

 三か月前にある慈善団体と組んで集めた多額の寄付金の内30%を龍市が手中に収めたこと、所属する党内の悪事を賄賂を渡して揉み消したこと、対立している党への公になっていない妨害行為など…。

「…私達の依頼者がこんな奴だったなんて…」

「愛華さん、こんなのよくある話ですよ。悪人から仕事を受けて悪人のサポートをする…まともな人からの依頼なんて、そう来ません」

 全てを悟って諦めているかの様に話す彼からそう聞かされても、やはり心は晴れない…。

 これが公になれば、矢倉龍市は世間から多大なバッシングを受け、政界から降りることになるだろう。

 それに実恋が、自分の父親がこんなことをしてると知ったら…。

 愛華は虚ろな眼差しをしながら、書類をテーブルに置いた。

「あぁ、あとこれ」

 真悟はそう言って、テーブルの傍に置いてあったビジネスバッグから、数枚の写真を取り出した。

「暮葉さんが「愛華さんに」って…」

「私に?」

 その写真を受け取った愛華は、一枚ずつ写真に目を通していく。

 そこには、修作と、どこかで見たことのある男達が映っていた。どれも修作の表情は暗く、周りの人々は笑顔や微笑みを浮かべている。

 恐らく、昨夜暮葉が言っていた、自分と出会う前の辛気臭かった修作と、当時のMP-9のメンバー達だろう。そして愛華が見覚えがあると感じた理由はすぐに分かった。修作との結婚前に彼が忘れ物をして届けに行った時に、何人かとは顔を合わせていたからだ。

 ある一枚の写真には、ガッシリとした体格をした丸顔の中年男性が、修作の横に並んで彼の肩に手を回して、白い歯を輝かせながらニッと笑う様子が映っていた。その男にも見覚えがある。

 写真の裏を見ると、「アナタと出会った後の修作くんと、小摩木さん」と黒いボールペンで走り書きされていた。暮葉が書いたのだろう。

「この人が小摩木さんだったんだ…」

 写真をもう一度見返し、修作の方を見た。彼はあまり楽しそうでは無い様に見えるが、口元が少し緩んでいて目つきも優し気だ。

 やはり、小摩木とは親しかったのだろう。彼の訃報を聞いた時の修作はきっと…。



 * * *



 翌日。これで三日目になる。

 フーガで実恋の送り迎えをし、下校した実恋を後部座席に座らせて、矢倉宅へと向かい始めた。

 一日何事も無く終えそうで安心しているのか、実恋は眠そうな顔をしている。

 赤信号の手前でフーガをゆっくり停止させて待っていると、愛華のスマホが鳴って、突然の着信音で実恋の目が覚めてしまった。

 愛華はすぐにポケットからスマホを取り出して電話に出る。

「もしもし?」

 《愛華くん、無事か!?》

「はい…何かありましたか?」

 《昨日の襲撃の時、もう一台追跡してきた車は居なかったか!?》

 そう聞かれて、昨日の襲撃の時のことを思い返してみる。だが、あのワゴン車以外追跡してきた車は覚えがない。

「居なかったと思います…」

 《昨日君が捕まえてきた男を尋問したら、警察に捕まった二人以外にもう一組仲間が居たと吐いた!周りに気をつけろ!》

「気をつけろって、そんな___」

 その時だった。

 対向車線から一台の白いバンがやってきて、赤信号にも関わらず交差点に進入し、そのまま二人の乗るフーガに向かって来た。

「__!?」

 バンはフーガの正面に突っ込んできた。フーガのハンドルからエアバッグが膨らみ愛華に襲い掛かる負担を軽減させるが、それもつかの間、フーガは勢い余って後続の一般車にバックで突っ込んだ。

 愛華は強い衝撃を体中に受けてすぐに動けない。

 落としたスマホから《愛華くん!?どうした!?》と声が微かに聞こえてくるが、今の愛華には届かない。

 すると、停車したバンから、黒いガスマスクを付けた二人組の男が降車し、フーガの運転席側の後部座席のドアを開けた。

「み、実恋ちゃん、逃げて…!」

 愛華がどうにかして声を上げてそう言うと、実恋は今にも泣きだしそうになりながらも、シートベルトを外して助手席側のドアを開けようとした。しかし、男の一人が実恋の足を掴んで力強く引っ張り、車から引きずり出した。

「実恋ちゃん…っ!」

 愛華は痛む左腕を懸命に動かしてシートベルトを外し、フーガのドアを開けた。

 だが降車しようとした時、もう一人の男が彼女の後頭部を、メリケンサックを装着した握り拳で叩き落とした。

「うぁあっ…!!」

 激しい痛みに襲われて倒れ込む愛華を他所に、「おねえさん…!おねえさん…!」と泣け叫ぶ実恋を、男は容赦なくバンの荷室に叩き込んだ。

 立ち上がろうとする愛華をもう一人の男が彼女の長い黒髪を掴んで、フーガのピラーに顔面を叩きつけた。

 頭に強い衝撃を受けて意識が朦朧とし始める愛華。男が彼女の髪から手を離すと、愛華はその場に崩れ落ち、頭部からの出血と鼻血がコンクリートの地面に零れ落ちる。

 二人の男はバンに戻り、運転手はバックターンをして走り去っていこうとする。

 意識が遠のく様な感覚に襲われながらも愛華はフーガに掴まりながら立ち上がり、

「逃がすかぁぁっ!!!」と怒号を上げて、バンに向かって走り出した。

 発進しようとしたバンのリアゲートのミラーに掴まり、リアバンパーの上に両足を載せた。

 バンが発進して、愛華を振り落とそうとするが、愛華はミラーを左手で掴んだまま、右手を握りしめてリアゲートの窓を割った。ガラス片が固く握られた右拳に刺さっているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 ガラスが割れたリアゲートから車内に侵入し、殴り掛かってくる男達に立ち向かう。

 一人が彼女に向かって拳を振り、愛華はそれを受け流して彼の背中に肘打ちを喰らわす。

 もう一人が飛び掛かって来ようとしたところで愛華はソイツの腹に前蹴りをしてドアに叩きつけた。

 肘打ちを受けた男が後ろから愛華に掴みかかって両腕で首を絞めようとしてきた。愛華は革ジャンの手の近くにあるチャックの持ち手を立たせる様に握って、それを男の太ももに叩き込む。めり込んだチャックの持ち手が太ももに刺さり、痛みで男の締める腕が一瞬緩むと屈んで抜け出し、刺した足に回し蹴りを喰らわせて男を倒れさせる。

 ドアに叩きつけられた男が再び襲い掛かり、愛華の左頬に拳を入れた。勢いよく倒れた愛華に、先程回し蹴りを喰らわされた男がまた掴みかかり、愛華は激しく抵抗する。

「離せっ!!この__」

 掴みかかってきた男が愛華の後頭部を掴んで床に叩きつける。

 一人がロープを手に取って愛華に近づいていった。

 実恋は酷く怯えながら、ドアを背にして震えて泣いている。

「おねえさん…!」

「み、実恋ちゃん…!」

 どうにかして立ち上がろうとする愛華に、掴みかかっている男は更に力を加える。

 ロープを手にした男が彼女の両手を縛ろうとしたその時、バンに強い衝撃が走った。

 外を見ると、スカイラインの覆面パトカーが居た。運転席には山辺、助手席には伊達が居る。

 そして辺りを見回すと、バンはいつの間にかパトカーに囲まれていた。

 スカイラインのスピーカーから伊達の声が流れる。

 《そこの白いバン、直ちに停車しなさい!!》

 バンの運転手はアクセルを踏み込んだ。急な加速でバランスを崩してロープを持った男は倒れ、愛華に掴みかかっていた男も彼女を抱えたまま転がっていった。その隙に愛華は男の手から逃れ、彼の顔面に拳を思い切り振って渾身の一撃を喰らわせた。

 バンの運転手は左右に居るパトカーに何度も体当たりをする。それと同時に車内が大きく揺れ、男はまともに立つことができなくなる。

 愛華は男の膝に蹴りを入れた。当たり所が悪かったのか、鈍い音を立て、男は絶叫しながらその場に倒れ込む。関節を折ってしまったのだろう。

 愛華はすぐに運転手に背後から飛び掛かって首を絞めた。運転手はハンドルから手を離して愛華の腕を掴んで引き剥がそうとする。

 すると、制御を失ったバンはそのまま左に寄っていった。その先には道路工事の看板があり、それを撥ね飛ばして少しすると、工事現場が見えて手前にはコーンや誘導の掲示板が立っており、その後ろには小型の機械が置かれている。

 愛華はそれに気づいて運転手から腕を離し、震える実恋を抱き抱える。

 すぐにハンドルを握った運転手だったが、間に合わなかった。バンは掲示板に接触し、機械を台にして乗り上げ、横転した。激しい火花が散り、車内にはガラスが舞う。やがてバンは道の奥で待機していたパトカーと衝突して停止した。

 実恋は愛華に抱き抱えられているおかげで衝撃を直接受けることは無かった。

 バンが停止すると、愛華は実恋を抱える腕を緩め、彼女の顔を覗き込んだ。

「実恋ちゃん、大丈夫!?」

「うん…!ありがとうおねえさん…!」

 安心したように満面の笑みをする実恋を見て、愛華は安堵の息を漏らしながら、「よかったぁ…!」と言いながら、実恋の頭をそっと撫でた。



 * * *



 誘拐犯達が逮捕され、愛華は病院に搬送された。実恋は伊達達によって矢倉宅へと送られた。

 愛華の手当が終わって暫くすると、敷島が病室にやってきた。

「お疲れ様。災難だったな」

「えぇ…でも、実恋ちゃんは無事でしたし、誘拐犯も逮捕されましたし…

 尋問はどうなりました?」

 敷島は近くにあった椅子をベッドの近くに置いて腰を落ち着かせた。

「尋問は終わって、警察に引き渡した。

 連中の雇い主は、対立している政党の幹部だった。近々、横浜県警がガサ入れに行く。夜逃げとかしないように監視を手配してある」

「爆弾の作り手は?」

「それなんだがな…手がかり無しだ」

「え?」

「ディープウェブの匿名掲示板で発注して、次の日に、防犯カメラも無い山奥に置かれた車の中に隠してあって、それを持っていったそうだ…。

 掲示板のデータは既に削除され、爆弾を受け取った場所にはタイヤの轍が薄くあるだけであとは草木だけ…これじゃ探しようがない…

 まぁともかく、爆弾作った奴は自分の意志で今回のようなことを起こしたワケじゃないだろうし、犯人グループも全員捕まえて、元凶も押さえたし、ひとまずは一件落着だ」

「そうですか…」

「ま、ゆっくり休め」

 敷島は立ち上がり、病室を出ようとした。ドアを開けると、何かを思い出したのか立ち止まって愛華の方に振り向いて笑顔を見せた。

「そうそう、一つ伝言があってな。

「おねえさんありがとう」、だってさ」

 伝言の主は実恋だろう。それを聞いた愛華はフフッと笑みを零した。


 翌日。

 退院した愛華は、修理を終えたグロリアでやってきた真悟と合流し、助手席に座って、真悟の運転で病院を後にする。

 グロリアのオーディオから流れてくるラジオではニュースを放送しており、矢倉龍市の所属している党と対立している党の幹部が逮捕されたことが報じられていた。

 自宅のマンションに向かう道中、矢倉宅の前を通りかかって様子を伺った。

 リビングのカーテンが開けられており、そこから三人が穏やかに生活している様子が見えた。

 すると、窓の近くを歩いていた実恋が、愛華に気づいたのか、無邪気な笑顔を見せながら手を振ってきた。

 愛華はグロリアの窓を降ろして、ニッコリと笑いながら実恋に手を振り返した。

 実恋の様子で龍市と栄子も気づいた様で、二人共愛華に向かって頭を下げた。実恋を助けて守ってくれたことに心の底から感謝しているようだ。

 三人に見送られながら、グロリアは愛華の自宅マンションへと向かって再び走り出した。

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