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Ep.24後半

 いつもの仕事用の革ジャンコーデに着替え、グロリアに巧登と共に乗り込み、みなとみらいに向かう愛華。

 急いで條一郎を見つけて、目的などを聞きだしたいところだが、あいにく街の中心部の帰宅ラッシュ、そう簡単には進ませてくれない。

 巧登がスマホでモニタールームの監視員や敷島達とやり取りをしているが、條一郎の姿はまだ見つからないようだ。

 電話越しに「赤いボロボロのコルベットだ、すぐ見つかるはずだ。探せ!」と、焦った様子で言う敷島の声が聞こえてくる。通話相手の暮葉はあまりその場を離れすぎない場所で立っているそうだ。

「愛華さんが尾行していた男の詳細は?」

《まだ届いてないわ…明らかな殺人事件扱いだから、捜査本部が建てられたりで、伊達さん達も忙しいんでしょうね…》

 すると、電話の向こうから、先程愛華に声を掛けてきた監視員の女性の声が聞こえてきた。

《見つけました!赤いコルベットです!場所はみなとみらい…》と、住所の詳細を伝えてくる。

《聞こえた?》

「えぇ、聞こえました。これから向かいます」

 巧登は耳からスマホを遠ざけて愛華の方を向いて、住所を伝える。

 丁度渋滞の列が進み、愛華達が向かう方向は比較的空き始めていた。



 * * *



 やがて住所の場所に向かうと、あるビルの周りに植えられている高い塀の陰に、隠す様にコルベットが置かれていた。間違いなく、條一郎が乗っていた物だ。

 ビルの正面に回り込み、地下駐車場の出入口に辿り着いた。

 そこには、窒息して倒れた一人の監視員の男が倒れていた。それに気づいた二人はグロリアから降車し、彼に駆け寄る。愛華がしゃがんで脈を確認するが、既に死んでいるようだ。

「西門の仕業ですかね…」

「そうとしか考えられないわ…」

 愛華は1911、巧登はP320を取り出し、セーフティーを解除し、駐車場に駆け足で侵入する。

 駐車場を進んでいくと、警備員、そして武器を持った男達の無残な死体が次々と現れる。

 身体の急所を撃ち抜かれた者も居れば、車の窓に投げられて鋭利なガラス片が脳に直撃している者、壁や床に叩きつけられて頭が裂けて脳みそを垂れ流している者まで居る。

 一般人が見たら正気を保てないだろう。二人も少し引いている。

「ちょっ…これ、本当にあの男が一人で…っ!!?」

 驚愕する巧登だが、愛華も、香港の一件で似た様な現場を作り上げた前科があるため、あまり否定的な言葉が出ようとしない。

 死体の山はビルの中にまで転がっており、白い壁紙は返り血で染まっている。

 警戒しながら進んでいく二人だったが、ビルの上の方から、銃の発砲音が聞こえてきた。

 拳銃だけではない。サブマシンガンのフルオート射撃の音も聞こえてくる。

 急いで階段を見つけ、駆け上がっていく二人。もはやどこを歩いても死体が転がっているのではないかと思える程惨たらしい死体まみれだ。

 次の階へと上がっていくにつれ、発砲音が大きくなっていく。西門がたった一人でこのビルを占拠するのも時間の問題かもしれない。



 ビルの最上階に近いある一室で、返り血を浴び続けて赤黒く染まった條一郎は、床にへたり込んでいる一人の男の額に、まだ硝煙が立ち込めるガバメントの熱い銃口を向けていた。右手でガバメントを握り、左手には彼らから奪ったAK-74を握っている。

 二人の居る部屋も、手前の廊下も、死体と血だまりに塗れていた。鉄の様な臭いがまるでビルを包み込んでいるかの様に強く漂っている。

 銃口を当てられている男は酷く怯え、今にも泣き出しそうだ。大の大人が、と言いたくなるところだが、ここまで多くの武装した男達を相手にしてきたのに、傷一つない男に銃を突きつけられているともなれば、湧き上がる恐怖は抑えきれないだろう。

 そして何より一番恐怖を感じているのは、自分に向けられている銃よりも、條一郎の眼だ。

 光を失い濁り切った冷酷な瞳は、吸い込まれてしまいそうなほど濃く、まるで深い闇がそこに存在しているかの様だった。

 そして、條一郎は男に尋ねた。

「…ジェンセンは何処に居る?」

 その問いに、男は黙るという選択肢を選ぶ気になれなかった。

「か、カリフォルニア…ッ!!カリフォルニアの別荘に居る…ッ!!

 だが俺も、日本(こんなとこ)に固定された下っ端の使い捨ての人員に過ぎない…ッ!!詳しい場所は知らない…ッ!!」

「…そうか。

 じゃあ、最後にもう一つ…。

 俺と広実の子供は何処だ?」

「こ、子供…?何のことだ__」

 コイツも子供の居場所を知らないのだろう。即座にそう判断した條一郎は、一切の迷いも無くガバメントの引き金を引いた。

 男の額から弾丸が入り後頭部を突き抜け、床に着弾する。男の身体は横に倒れ、辺りは静寂が迷い込む。

 やがて、二人の足音が近づいていることに気づいた。

 條一郎は、連中の生き残りかと一瞬思ったが、直後に聞こえてきた声で、違うと感じた。

「じゅ…銃声が止んだ…?」

「油断しちゃダメ。私達も撃たれるかも…」

 特に、二言目の声に聞き覚えがあった。

 日中、ほんの少しだが聞いた、愛華の声だ。

 條一郎はガバメントにセーフティーを掛けて降ろし、大声で言った。

「そこに居るのは、神海駿斗の妻か?」

 そう言うと、少ししてから、條一郎の居る部屋に、愛華と巧登が、銃を片手に、恐る恐る入室してきた。

愛華は、室内に條一郎しか生きてる人間が居ないと気づき、彼に1911のセーフティーを掛け、引き金から指を離して見せる。戦う意志は無いというサインだ。

 そして彼に歩み寄り、話を始める。

「えぇ…でも正確に言えば、神海駿斗じゃなくて…天羽修作。私と居る時はそう名乗ってた」

「…そうか。君の名前は?」

「天羽愛華…」

「愛華さん、か…。

 君も、PM-9なのか?」

「…今はね。組織に入ったのは、修作さんが亡くなってからだけど…。あと、今は名前が変わってピースメイカーになってる」

「そうか…」

「…アナタ、ショッピングモールの時もそうだったけど…なんで私が、彼の妻って分かったの?」

 そう質問されて、條一郎は、愛華の左手の薬指にはめられている指輪に視線を移して答える。

「…その指輪。三年前の去り際に、アイツが見せてきた物と同じだ」

「…なるほど」

 すると、巧登が二人に割って入ってきた。

「な、なぁ…ここの連中って何者なんだ?全員武装してたみたいだが…」

「…ここはコブラ部隊の拠点の一つだ」

「コブラ部隊…!」

 それを聞いて二人は辺りを見回す。だが、先の任務で見た顔は居ないと愛華は気づく。

「まぁここの連中は下っ端みたいなモンだ。雑魚に過ぎない」

「…コブラ部隊って、アンタの雇い主だったよな?」

 それを聞いた條一郎は黙り込もうとしたが、話しておくべきだと感じ口を開いた。

「…妻を殺された。生まれる前の子供も、恐らく攫われた…多くの人が巻き込まれ、友人も失った…。

 俺は、ジェンセンを殺し、子供を取り返す…」

 微かに交じる怒りの声音に気づき、愛華はある考えが浮かび、彼に提案した。

「…ねぇ、西門さん。

 私達…特に、私とは…アナタと利害が一致している。

 私の狙いは、ジェンセン・ランカスターと、彼と共謀していた「ヘッドハンター」のリーダー…。

 一緒に組んで、私達と彼らを倒さない?」

 そう言いながら、愛華は條一郎の手を取り、彼の眼を真剣な眼差しで見つめる。

 彼女の強い意志に、條一郎は自分と同じ、復讐に燃える熱を感じた。

 もしかしたら…と、少しの間沈黙して考えた。

 だが…彼は愛華に握られた手を離させた。

「…悪いが、これは俺の問題だ。

 それに君達は、元々俺の敵だろう?君達の組織のトップが許すか?」

「…今のアナタは、一度死んだことになって、敵でも味方でもないはず…!それにコブラ部隊にダメージを与える側に立っているのなら、私達と__」


 すると、廊下の向こうから、こちらに向かってくる駆け足の音が聞こえてくる。

 ハッと我に返った三人は、敵の生き残りかと思い、それぞれ所持している銃のセーフティーを再び解除して音の鳴る方へ銃を向け、音の主の到着を待つ。

 足音が部屋の間近で止み、不審に思い三人は引き金に力を込めようとする。

 しかしその直後、廊下から何か手のひらサイズの丸い物が投げ込まれた。宙を飛んでいる最中、三人はそれが手榴弾だと気づき、咄嗟に後方に振り返って遮蔽物の陰に飛び込んだ。

 遮蔽物に身を潜めた途端、手榴弾は炸裂し、激しい爆風と飛び散る破片で部屋の窓ガラスに亀裂が入る。割れたら空気圧で外に吸い出されるだろう。

 爆発が収まり、辺りが煙で充満すると、先程の音の主であろう者が部屋に入ってくる。姿は見えないが、手榴弾を投げ込んできた辺りやはり敵の生き残りだろう。

 條一郎は窓ガラスに発砲し、弾丸はガラスを粉々にし、空気が勢いよく外に流れていく。

 その空気の流れに逆らえず、侵入してきた音の主は身体を崩し、窓ガラスがあった場所に滑っていき、そのまま外に吐き出されていった。

 風が収まると、三人は立ち上がり、遮蔽物の陰から出る。

 すると、條一郎は二人を置き去りにするように一足先に部屋を出て行った。

「ちょ、ちょっと待って!!西門さん!!」

 二人は慌てて彼の後を追う。

「西門さん待って!!ここは三人で協力して、残りの敵を__」

「いや、ここの雑魚どもにもう用は無い。俺はここを出る。残った奴らを始末したいなら勝手にやれ」

「っ…生き残ってる奴が居たら、ジェンセンにアナタに追われてるって報告されるはず…!そしたら待ち伏せされて__」

「結構だ、それで構わない。あっちから出てきてくれるのなら…ッ!」

 そう言って彼は、階段に辿り着くと、段を使わず手すりに掴まって飛び上がり、そのまま下の階にショートカットして降りて行った。

「っ…西門さん!!」

 愛華と巧登が懸命に追いかけるが、流石に修作と戦えると送り込まれたことのある男だ。追いつけそうにない程素早い。

 彼を追いかけていると、通路の向こうから、三人を探し回っていた敵の残党に見つかり、こちらに向かって駆け出しながら拳銃を発砲してきた。

「あぶなっ!!」

 巧登は咄嗟に愛華を庇い、彼女を抱いて壁の陰に飛び込む。愛華に向かってきた弾丸は彼が庇ってくれたお陰で階段の手すりに着弾した。

「あっ、ありがとう…!」

「いえ…それより、條一郎(かれ)を追うか、残った奴らを倒すか、どうします?」

「…倒すしかないわね」

 二人は態勢を立て直し、こちらに向かってくる男達を待ち構える。

 足音が近づくと、二人は彼らより先に発砲しながら、壁の陰から飛び出した。



 * * *



 先に地上に降り立った條一郎。正面の出入口には、銃声などの通報で駆けつけてきたであろうパトカーが到着したところだった。

 裏口に周り、塀を乗り越え、隠す様に停めていたコルベットに乗り込む。カーチェイスでエンジンがダメージを受けたのか、一発でエンジンは掛からなかった。

 すると、警察の目を搔い潜り、辺りを捜索していた敵の残党である一人の男が、コルベットに乗り込んだ條一郎を見つけ、塀を乗り越えてコルベットの前に立ち塞がった。

「動くなッ!!」と叫び銃を構える男だったが、直後コルベットのエンジンが掛かり、條一郎はギアを入れてアクセルを踏み込み、容赦なく男を撥ね飛ばし、ハンドルを限界まで切って、力強いアクセルワークでスピンターンをして車道に飛び出て発進した。

 撥ね飛ばされた男は強打した場所を摩りながら痛そうな表情で立ち上がると、前方から生き残った味方の乗ったSクラスが到着し、彼の隣で停車する。男は後部座席に急いで乗り込み、運転手は走り去ろうとするコルベットの後を追い始めた。

 後部座席に乗り込んだ男は「リーダーには?」と尋ね、助手席に座っている男が「まだだ」と答え、後部座席の男は懐からスマホを取り出し、ジェンセンに電話を掛ける。

 応答を待っている間、道路上の案内図が視界に入った。條一郎が向かっているのが、羽田空港ではないかと推測する。



 同じ頃。アメリカ・カリフォルニア州にある、とある街。時差の関係でこちらは深夜だ。

 カジノなどの華やかにライトアップされた街並みを見下ろすことができる、とある高層ビルの一室に、ジェンセンは居た。

 月明かりだけが部屋を照らしており、彼はシャワールームから姿を現す。清潔な白いバスローブを身に纏い、シャワーで濡れた髪をオールバックにかきあげ、首に掛けたタオルで垂れる水を拭き取る。

 視線をベッドに移すとそこには、全裸のエレンが、真っ白なシーツにくるまりながら眠っていた。はだけたシーツから彼の身体が露出している。男の子とは思えない程、華奢で細く、女の子の様な身体だ。

 ジェンセンはテーブルに置かれているグラスにブランデーを注ぎ、グラスを手に取って飲み始めようとした。

 その時、ドレッサーの上に置いていたスマホに着信が入る。鬱陶しいとでも言いたげな嫌悪的な表情をし、グラスを置いてスマホを手に取る。

 着信の音で目が覚めたのか、エレンが寝ぼけ眼で起き上がる。

 ジェンセンは起きたエレンに気づきつつも彼に何も声を掛けず、そのまま電話に出た。

「俺だ」

《リーダー、西門だッ!!西門條一郎が現れたッ!!》

「西門…?」

 一体誰のことだ?と一瞬思ったが、すぐに思い出した。

「あ~…今までどこに隠れてたのかと思ったら…」

《あの野郎、みなとみらい拠点の連中を殺しまわって、今追いかけてるッ!!

 奴は今、羽田空港に向かってるようだッ!!》

「羽田、かぁ…誰かが俺の居場所を吐いたのかねぇ~」と、呑気な口調でそう言う。

《呑気で居られる場合じゃないぞリーダーッ!!このままじゃアンタが殺され__》

 話を最後まで聞く前に、電話越しの男の声は途切れ、変わりにガラスが砕け散る音、車の衝突音などの激しい音が聞こえ、やがて静寂が訪れる。

「…やられたか」

 そう呟いてジェンセンは、フッと笑いを零した。



 場所を戻ってみなとみらい周辺。

 人通りの少ない交差点の真ん中で、フロントが潰れてラジエーターが破損し白煙を上げているコルベットと、横からコルベットに勢いよく突っ込まれて横転したであろう大破したSクラスが転がっていた。

 條一郎はコルベットから降車し、Sクラスに静かな足取りで歩み寄る。Sクラスのガソリンタンクも破損したのか、ガソリンが漏れて地面に垂れている。

 條一郎は車内を覗くようにしゃがみ、先程まで後部座席に座っていた男が使っていたスマホを見つけ、手に取って立ち上がり、まだ通話が切られていないことを確認し、スマホを耳に当てながらコルベットに戻ろうとする。

 やがてSクラスに炎が上がり始める。

「…ジェンセン・ランカスター」

 そう言うと、電話越しのジェンセンは笑いながら答えた。

《そうさ、久しぶりだな。話すのは三年ぶりか?》


「…何が久しぶりだ、このクソ野郎…。

 お前を殺してやる」


 それだけ伝えると、條一郎はスマホを真後ろに放り投げる。

 放り投げられたスマホはSクラスの車体に当たって止まった。その直後、漏れていたガソリンに炎が延焼し、Sクラスは炎に包まれ、盛大に爆発した。

 條一郎は再びコルベットに乗り込み、今度こそ羽田空港へと向かった。



 電話越しで爆破音が聞こえた途端、通話は切れ、ジェンセンはスマホをドレッサーに置いた。

 シーツを身体に巻いたエレンが、そっと彼の隣に立ち、彼の腕に妖しく身を捩じらせながら抱きつく。

「大丈夫~…?」

「フッ…死人と電話しただけさ。

 忙しくなるぞ、エレン…」

 そう言いながらジェンセンは、エレンの肩を左手で抱き、右手で彼の頭を撫で回した。



 * * *



「西門はどこに行ったの!?ジェンセンはどこに居るの!!?」

 愛華は最後に生き残った敵の男を捕まえ、胸倉を掴みながらそう怒号を上げて問い詰めていた。

「カ、カリフォルニア…」

「カリフォルニア…のどこよ!!?」

「し、知らない…俺らは下っ端にすぎない…」

 愛華は彼を力強く床に叩き落として男を気絶させ、辺りを見回した。

 巧登が下の階段から駆け足で上がってきた。焦った様子をしている。

「愛華さん急ぎましょう!警察が来ます!」

「伊達さんは?」

「来てないみたいです…」

「そう…じゃあ裏から出ましょう」

 二人は警察との鉢合わせを避けながら、地上へと向かっていった。



 警察の目を掻い潜り、地上に降り立った二人。パトカーだけでなく救急車のサイレンも混ざり、辺りは混沌としている。

 停めていたグロリアに乗り込んでその場に離れ、羽田空港に向かいつつインパネに内臓されたデジタル時計を見る。時計は二十時になろうとしていた。

「巧登君、羽田空港で、今から乗れる飛行機はあるか調べてくれる?」

「調べてって…まさか行くつもりですか!?」

「このまま彼一人で向かわせたって、ジェンセンを倒せるか分らない…それにあの人なら、もっと話し合えば、協力しあえるはず…!」

「む、無茶ですよ…!さっきの話し合いでもう分かったでしょう!?」

「それでも…!!同じ目的を持った物同士…きっと分かり合える…!」

「っ……。」

 巧登は黙り込むと、スマホを取り出して羽田空港のフライトの一覧を検索する。

 しばらくすると、見つけたようだが…。

「…ダメです。カリフォルニア州サンフランシスコへの最終便は二十一時発、ロサンゼルスはもう全部飛び立ってます…今からじゃ間に合いません…」

「えぇっ…!」

「恐らく、何十分も先にビルを脱出したであろうあの男(條一郎)は、既に飛行機に乗る手筈を済ませているはず…鉢合わせも、難しいですね…」

 愛華は幹線道路に出てグロリアのアクセルを踏み込みながら、何か策は無いかと思考を巡らせる。

「ピース・メイカーの所有機は?」

「今からじゃ空港の閉鎖時間に間に合いませんよ…!職員への根回しとかも必要なんですから…!」

「そう…困ったわね…」


 万事休すか…と感じたその時、あることが閃いた。

「…巧登君、澪君の電話番号は?」

「えっ…?何で急に…一応交換はしてありますけど…」

「お願い、電話して…」

「あ、はい…」

 巧登はインターネットアプリを閉じ、電話帳を開いて、登録したばかりの澪の携帯の電話番号を押して、電話を掛ける。

 数回のコールの後、電話が繋がった。

《…何の用だこんな夜中に》と、電話越しから澪の不機嫌そうな低い声音が流れてきた。

「ごめん…ちょっと、愛華さんが電話してほしいって…」

《はぁ…?》

 愛華はハザードランプを焚き、グロリアを路肩に停車させる。

「代わりますか?」

「えぇ。スマホ借りるね」

 巧登は愛華にスマホを手渡し、彼女が澪との通話を始める。

「ごめんね澪君…」

《そんな呼ばれ方する程の中だったっけ…?まぁいいや…》

「ウォーレンは近くに居る?居ないなら、彼の電話番号を教えて」

《…アイツに何の用?》

「頼みたいことがあるの…」

《…ちょっと待ってて》

 保留音が流れ始め、少し経つと、陽気なウォーレンの声が流れ始める。

《もしも~し、Mrs.天羽~。この前はうちの子のために、ありがとうねぇ~。

 にしても君からの電話なんて以外だねぇ~》

「不本意だけどね…」

《頼みたいことってな~んだい?》


「…アナタ、プライベートジェット持ってるでしょ?」

 その一言を聞いて、隣に座っている巧登は、嫌な予感を感じて顔を引きつらせた。

《持ってるよ~。

 でも残念だね~、僕らこれからアメリカに戻るの~。日本での仕事も切りが良いし、陽里ちゃんのことも万事解決でみ~んな気分がいいからね~》

 それを聞いて愛華は、フッ…と乾きつつもどこか嬉しそうな笑い声を漏らした。

「丁度良いわ…。

 その飛行機、私達も乗せてちょうだい」

 やっぱり~~!!と巧登は頭を抱えながら青ざめて蹲った。

《あら、アメリカ行きたいの?》

「急な用が出来てね…羽田の最終便も、うちの所有機も間に合いそうに無くて…でも、アナタがこれからアメリカに立つなら…」

《ふ~む…何人?君と巧登君?》

「そう…。

 この前、アナタの部下の友達を助けてあげたでしょう?ここで借りを返すチャンスよ…」

 と、愛華は先の陽里の一件を持ち出してきた。

《…ん~…あの子はうちに直接関係してるわけじゃないんだけど…》

 電話越しのウォーレンは、恐らく澪の顔色を伺っているのだろうか、黙り込んだ。

 しばらくすると…。

《…しょうがないなぁ。

 アメリカっていっても超広いけど、どこに行きたいの?》

「カリフォルニアってことしかまだ…」

《カリフォルニアか~…。

 …僕らはニューヨークに向かう。君達はカリフォルニアのサンフランシスコ国際空港で降ろす。給油も兼ねてね。それでいいかい?》

「…良いわ。それでお願い」

《OK~。んじゃ、そのまま羽田に来てね~》

 そう言うとウォーレンは通話を切った。

 愛華は巧登にスマホを返し、グロリアを再び発進させた。

 青ざめている巧登は、恐る恐る愛華に尋ねる。

「あ…あの、ホントに行くんですか…?」

「えぇ…敷島さんに伝えておいてくれる?」

 巧登は真剣な顔つきをしている愛華の横顔に負け、深々と辛そうな溜め息を吐きながら、敷島に電話を掛ける。

「もしもし敷さん…」

《やっと電話してきたな…心配したぞ、全然連絡を寄越さないで…》

「すみません…実はこれから、二人でアメリカに向かうことになりました…」

《アメリカに!?何故だ!?》

「愛華さんが西門を追おうとしてるんですよ…それで羽田の最終便に間に合わないから、スパイダー・ウェブのプライベートジェットに乗り合わせようとしてて…」

《スパイダー…ウォーレンか!!?一体何を考えてる!!?》

「ま、まぁまぁ…この前の一件で、彼らも愛華さんに借りがありますし…ここで返しておけば、後でチャラですから…」と巧登はハハハッ…と乾いた笑いをする。

《…全く、仕方ない。

 アメリカ支部にはこちらから連絡しておく。どこで降りる?》

「サンフランシスコ国際空港です…」

《分かった…今からだと…ブツブツ…よし、到着時刻までに迎えを用意しておくように言っておく…。

 …気をつけて行けよ》

「はい…分かってます」

 通話を終え、巧登はスマホを懐に仕舞った。

 二人を乗せたグロリアは、そのまま羽田空港へと走り続けた。



 * * *



 羽田空港に到着した頃。

 條一郎が乗ったであろうサンフランシスコ行きの最終便の旅客機は、既に飛び立っていた。

 グロリアを有料駐車場に停め、ロビーへと駆け足で向かう。

 正面の入り口には、スーツ姿のウォーレンと、普通の落ち着いた普段着の澪が待っていた。

 ウォーレンは駆け寄ってくる二人に気づいて大きく手を振って笑顔を見せた。

「ようこそ~二人共!皆待ってるよ~!」

「ありがとう、ウォーレン…」

 そう言って愛華は、彼に対して微笑みを見せた。それを見て巧登も澪も、お互いが敵同士だという自覚はもう無いのかと心の中で呆れるのだった。


 ウォーレン所有の、スパイダー・ウェブのロゴが入った白いプライベートジェットに乗り込み、高い給料を貰っていそうな二人の専属のプロパイロットが、急に乗り込んできた二人の重さなども素早く計算してバランスを考慮し、スムーズな動きでジェットを発進、離陸させる。

 客室には愛華達の他に、ボブ、湾、響鬼も居る。ボブは黒いハンドグリップを両手で握りながら握力を鍛えつつ、湾と共にノートパソコンの画面を見て仕事に勤しんでいる。響鬼は毛布にくるまりながら相変わらず眠っている。

 愛華は窓際の席に座って、遠ざかっていく日本の夜景を静かに眺めている。巧登は一度肩の力を抜き、澪に陽里のことや世間話を吹っ掛けているが、澪は眠たいのかあまり愛想よく答える様子はない。

 ウォーレンは客室の奥にある物置から、二人分の細長いグラスと栓抜き、そして冷蔵庫から取り出した良い具合に冷えたシャンパンを持って愛華のもとにやってきた。

「Mrs.天羽、シャンパンでもいかが?」

「…飲む気分じゃないわ」

「そっか~、じゃあ一人で飲~んじゃおっ」

 ウォーレンはグラスをテーブルに置き、栓抜きを使って瓶のコルクを抜き取り、勢いよく鳴ったポンッという音にも一切動じず、一人分のグラスにシャンパンを注ぐ。

 コルクが抜ける音で響鬼が一瞬ハッと目を覚ましたが、何事もなかったかの様にまたスッと眠りに就いた。

 ウォーレンはシャンパンを注ぎ終えて瓶を置き、グラスを片手にしつつ、再び愛華に歩み寄る。

「それにしても、西門が生きてたとはね。それに結婚も…まっ、結婚に関しては噂は流れてたけど」

 離陸する前、二人はウォーレンに事情を話したのだった。西門の生存に、ウォーレンは少し驚いた様子を見せたが、それも束の間、すぐにいつもの様子に戻った。

「…西門さんってどんな人?」

「ん~…なんていうか、修作と同じ感じかな」そう言いながら、彼はグラスに口を当てシャンパンを飲み始める。

「修作さんと?」

「まぁあくまで、僕の体感ではね。

 変なところにこだわりが強くて、それでいて戦闘は突き抜けるような豪快さで…。

 時期が時期なら、同じ新婚者同士ってのも!」

「…修作さんは、西門さんをわざと逃がしたと思う?」

「だね…彼がそう簡単に敵を殺し損ねることはまず無いはずだし」

「…裏取引をしたなんて話もある」

「ないないwwww」とウォーレンは爆笑する。

「そう言い切れる確証はあるの?」

「長い付き合いだからねぇ~。

 そういう君は、どう思ってるの?」

「…してないと思う。修作さんは、そんな人じゃないはず…仕事をしてる時のあの人を見たことは無いけど」

「うん、君がそう感じるなら、それが正解だと思うよ。

 だって修作(かれ)が”仕事抜きで”結婚したくなる相手だもの~君は。

 西門を逃がして敢えて殺しておいたって報告は、多分新婚同士ってところで感じた情だと思うよ、俺は」

 愛華はそれを聞き、左手の結婚指輪に、そっと手を当てる。

 自分との結婚が、修作(かれ)に、それほど強い影響を与えていたのかと考えると、不思議な気持ちが湧いてくる。

「…ウォーレン。やっぱり、私にも一杯くれる?」

「…よろこんで」

 ウォーレンは微笑みながら、愛華に用意していたグラスに丁寧にシャンパンを注ぎ、グラスを彼女に手渡す。

「”楽しいフライト”と、”男達の熱い友情”に」

「ふふっ…一体誰と誰の友情よ」

「僕と、修作…それに修作と、西門。

 かんぱ~いっ」

 ウォーレンと愛華はグラスを軽く当て、グラスに注がれたシャンパンを飲み干した。

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