Ep.22後半
最寄りの公園のベンチで、澪は巧登から傷の手当てを受けていた。近場のコンビニにある物だけだが、気休め程度よりはマシだ。
愛華がピースメイカーのビルから戻ってくる間待たなければならない二人は、隣同士でベンチに座って話をした。
「戸塚がまた陽里ちゃんを…なんで今更…!」
彼女を助けられなかった悔しさに駆られる澪は、脚の上に置いた拳を固く握り締めた。
「…もうすぐ愛華さんが準備を整えて戻ってくる。それまでの辛抱だよ…」
「っ…ふざけんなよ…ッ!!こんなことしてる間にも…陽里ちゃんは…ッ!!」
激昂して錯乱する澪の肩を、巧登は押さえつける様にガシッと掴んで引き留める。
「落ち着いて…!まだ何かされたと決まったわけじゃ…!」
そう言う巧登の手を、澪は勢いよく引き剥がし、彼を睨みつけながら答えた。
「あの子のことを何もしらないくせに…ッ!!」
「知らないよ…知らないけど、同じクラスメイトだし、あの子は堅気の人間だろ!?助けたいのは同じだ!!」
夜の公園に二人の怒鳴り合う声が響き渡った頃、ノートオーラに乗った愛華と、急いで調達してきたと思われる黒塗りの日産・キックスに乗った暮葉がやってきた。
降車した二人は急いで彼らに駆け寄る。
暮葉は上着のポケットから、巧登の顔写真が貼られた、普通自動車の免許証と、キックスのスマートキーを取り出す。
「車は持ってきたわ。あとこれ、偽装の免許証。緊急だから作りは荒いし、どちらにせよ警察にバレないようにね」
そう言って免許証とスマートキーを巧登に手渡した。
「ありがとうございます…!」
「それと、後部座席に色々置いておいたから、必要なのを使って」
「わかりました!
行こう澪くん!」
「っ…あぁ!」
二人は暮葉が乗ってきたキックスに乗り込み、手当たり次第に捜索すべく勢いよく発進した。
愛華と暮葉はノートオーラに乗り込んで発車させ、助手席に乗り込んだ暮葉が敷島達と通信する。
「巧登くんに車と銃器を渡しました。
状況は?」
《例のコンパクトカーは、特定は難しいな…何しろ人気の車種だし、ナンバーも見てないんだろ?》
「あの子、撥ねられたって言ってましたよね?それっぽい凹みがある個体を見つけられませんか?」
《そう思って今やってみてるが…期待はするな》
「…分かりました」
通信を終えた暮葉は、「フーッ…」と息を吐いた。
「人気があって特定しずらいし、スポーツタイプな上小回りが利く車種…あの男、厄介なチョイスしてくれたわね…」
「とりあえず、人が忍べそうな場所を周ってみましょうか」
「そうね…」
* * *
一方。
ウォーレンは横浜市内にある高級ビジネスホテルのスイートルームで、純白のバスローブに身を包み、白革のソファの上で横になり、ブランデーの入ったグラスを片手に寛いでいた。
すると、テーブルに置いていたスマホに着信が入り、ウォーレンはグラスをテーブルに置き、スマホを手に取って電話に出た。
相手はどうやら、澪の母親だ。落ち着きのある澄んだ声がスピーカーから流れてくる。
「もしもし」
《ウォーレンさん?息子がいつもお世話になってます…》
「いえいえ、こちらこそ。彼にはよく助けられてます。
それで、どうしました?急に電話なんて珍しい…」
そう尋ねながら、ウォーレンはソファから足を降ろして上半身を起こした。
《それが…今日はウォーレンさんとの仕事は無いはずなのに、帰ってきてないのよ…》
「帰ってない?彼に連絡は?」
雲行きが怪しくなったと感じたウォーレンは、立ち上がってバスローブを脱ぎ、クローゼットを開いて衣服を取り出しつつ、彼女との通話を続ける。
《電話にも出なくて…陽里ちゃんなら何か知ってると思って、あの子とあの子の親にも電話してみたんですけど…陽里ちゃんも帰ってないって…》
「…陽里ちゃんも?」
嫌な予感が一層増してきた。
ウォーレンはベレッタを収めたショルダーホルスターも身に着け、ベレッタを手に取って残弾を確認し、ホルスターに納める。
「ちょっとこっちでも探してみます。日を跨いでも連絡が無ければ、警察に」
《分かりました…》
通話を終えたウォーレンは、スマホをポケットに仕舞って部屋を出て鍵を掛け、隣室のインターホンを押す。
少し経つと、湾がドアを開けた。その部屋のリビングでは、ボブがルームサービスで注文したであろうピザを食べながら、ノートパソコンを開いて何かを閲覧している。
「どうしました?」
「澪くんのお母さんから電話が来て、彼が帰ってこない、と…陽里ちゃんも帰ってないらしい。様子がおかしいから、ちょっと出てくる」
「え…?分かりました、こっちでも情報収集を」
「うん、よろしく」
ウォーレンはドアを閉めてエレベーターに向かい、湾は部屋に戻ってボブを呼び、彼のノートパソコンを借りてキーボードを打ち始める。
エレベーターで一度ロビーに行き、スタッフに出掛けると言って部屋の鍵を預けると、地下にある駐車場に向かった。
何台もの高級車が駐車されてる中から、一台の車に駆け付け、スマートキーで開錠して乗り込む。黒塗りの最新型のベンツ・Aクラス AMGだ。
エンジンを掛けてタイヤを鳴らしながら発進し、駐車場を飛び出した。
* * *
巧登の運転で走り続けるキックスは、澪の指示で、隠れるのに打ってつけな廃ビルや廃屋を周っていた。
しかし、どこにも戸塚と陽里は居ない。
ふと、巧登はあることが気になって澪に話しかけた。
「ウォーレンが陽里ちゃんの身の安全を保障してただろうに、なんで戸塚の動向に気づけなかったんだ…?」
「うぅっ…そ、それは…」
どうやら澪はその理由について知っている上、あまり良い内容ではないと分かる。
「…何があったの?」
「アイツ…会う度に”僕と陽里ちゃんがこれこれこうやっていちゃついてた”とか、煽ってきてたんだよ…!それに、監視させてる奴、否定はしてるけど、陽里ちゃんのいやらしいとこ見てるかもしれなくて…だから…」
「あぁ…”そこまで過剰にやるな”って言っちゃったのか…」
すると、噂をすれば、と、澪のスマホにウォーレンからの着信が入った。スマホの画面を開くと、今まで大慌てだったのもあって気づけなかった大量の不在着信履歴があった。
「やっべ…家に電話するの忘れてた…」
とりあえず澪はウォーレンからの電話に出た。
「ウォーレン!今どこだ!?」
《それはこっちのセリフ。お母さんから電話が来たよ》
「色々あって今気づいたんだ…」
《…”陽里ちゃんに何かあった”、違う?》
「…そうだよ。
あの戸塚がまた現れて、陽里ちゃんを攫ったんだよ!!」
《戸塚が…?あの男、また懲りずに…》
ひとまず澪は、戸塚の今の容姿、彼が乗っていた車の情報を話した。
《OK。湾さんとボブさんにも伝えておく。二人は僕やピースメイカーからの指示を…って、そんなことしてられないか》
「分かってるじゃん…」
《とはいえ見つかるまで何の指示も出せない。とりあえず、今やってることを続けててね》
「…分かった。そうする」
通話を終えようとした澪だったが、巧登が咄嗟に声を上げた。
「あ、あの!ピースメイカーの手を貸してくれるのなら、愛華さんに電話してもらえますか!?」
《そうしたいけど、Mrs.天羽の電話番号知らないんだよねぇ。
とりあえず、君の提案だって言って、おたくんとこの偉い人に電話してみるよ》
「…お願いします」
通話を終え、澪はやり場のない怒りと悔しさを露わにさせながら、スマホをポケットに仕舞った。
* * *
どこかも分からない、木の壁の建物。
縁起が悪いと感じる隙間風が板の隙間から流れ、中に居る二人の髪を小さく靡かせる。
戸塚は陽里の、綺麗で滑らかな脚を撫で回しては、時折顔を当て香りを嗅ぐ。
陽里は悲痛な鳴き声を小さく上げ、冷や汗が止まらない。彼の身体が動く度、ゾワッと鳥肌が全身に立つ。
彼を振り払おうと脚を動かすと、スカートの暗闇の中から純白のショーツが彼の視界に入り、より彼を高ぶらせてしまう。
「はぁ…本当に可愛いな君は…!」
そう言いながら、陽里のスカートを捲り、純白のショーツを暗闇から解放する。
「はぁ…これでようやく、あの時の続きができる…!
澪も、ウォーレンも居ない…!これから、二人だけの時間を、たぁ~っぷり、味わえるよ…!」
戸塚はそう言いながら、陽里のショーツのゴム紐に指を掛ける。戸塚の指が肌に触れた瞬間、陽里はまた身体を酷く震わせる。
「やだっ…!やめて…っ!」
「何故嫌がるんだい?俺は君のことを、こんなにも愛してるのに…」
少し悲し気な表情を見せる戸塚だったが、怯え切って泣いている陽里の姿を見ると、落ち込んだ気分は再び高まり、また気色の悪い笑みを浮かべる。
「大丈夫…おじさんが、君を、あのガキなんかよりよ~っぽど、大切にしてあげるよ…」
そう言って、戸塚は陽里のショーツをずらそうとした。
その時だった。
外から物音が響いてきた。側溝を塞ぐ錆びつき少々歪んでいるグレーチングが、車か何かが乗り上げて動いた音だ。
微かに、ハイブリッドカーと思われるモーター音も聞こえてくる。
「ッ…!?」
陽里のショーツから指を解き、身を低くしながら、木の板の壁に忍び歩きで近づき、僅かな隙間から外を覗き見る。
そこには、ノートオーラから降車した愛華と暮葉の姿があった。どうやら偶然ここに辿り着いた様だが、まだ戸塚が居るという確信は無さそうだ。
戸塚と陽里が居るのは、愛華達の目の前にそびえる古びた木造家屋で、あちこち傷んでおり、壁は歪んで隙間風が入り続け、トタン屋根には穴が開き、隣接している車庫も雑多に物が積まれ、シートカバーを掛けられた車が停められている。
そして戸塚が居るのは二階。愛華は二階の一室に灯りが点いてることに気が付いた。
「二階に灯りが点いてますよ…」
「単なる浮浪者かもしれないから、確認するならこっそりとね…」
二人はそれぞれの拳銃を取り出して装填し、暮葉が建物に入ろうとする。
すると、愛華はふと車庫に目線を再び向ける。
シートカバーが掛けられている車…よく見ると、スイフトクラスのコンパクトカーのフォルムに見える。
車庫に歩み寄り、愛華はシートカバーを掛けられた車に歩み寄る。家屋に入ろうとしていた暮葉は愛華の様子に気づいて手を止めた。
「どうしたの?」
「ちょっと…あの車っぽいのが気になって…」
愛華はシートカバーの端を掴み、少しだけ捲り上げる。
すると、黒いカラーリングのスイフトスポーツのバンパーが見え、まさかと思って、シートカバーを引っ張って車を露わにさせた。
そこには、明らかに人を撥ねた様な凹みがボンネットやフロントバンパーにある、黒塗りのスイフトスポーツが佇んでいた。
これが戸塚の車だという確証は無いが、状況と様子から察するに、ほぼ黒と思って間違いないだろう。
愛華は暮葉に駆け寄りつつ、敷島に電話した。
「敷島さん、手配中の車と思われる車両を発見しました。スマホのGPSで場所を__」
すると、暮葉は家屋の中から、妙な金属音を聞き取った。
「…?」
音は鳴らなくなったが、聞いた音を思い出して、前に聞いたことのある音か探る。
そして気づいた。手榴弾のピンを抜く音だ。
「ッ__やばい!!」
暮葉がそう叫んで、家屋の出入り口から勢いよく駆け出した。
電話に気を取られて音を耳にしなかった愛華は何があったのか分からぬまま、とりあえず暮葉の後を追おうとした。
その直後、家屋の玄関にひっそりと放られた手榴弾が炸裂し、出入口のボロボロの扉を吹き飛ばし、爆風と黒煙が二人を包み込んだ。
「うわぁっ!!?」
二人が煙に包まれて周りの様子が見えなくなっている間に、戸塚が陽里を背負って家屋から脱出した。陽里を拘束している物はほとんど取り外され、今は両手を縛るロープだけだが、ひ弱な彼女にはそれだけでも身動きがとれない。
戸塚はスイフトに駆け寄り、後部座席に陽里を乗せ、運転席に駆け込む。
彼が運転席のドアを開けた頃、煙が晴れていき、二人の視界が戻る。そして戸塚の姿を捉えた。
「戸塚…!?」
愛華は戸塚に1911の銃口を向けるが、戸塚はスイフトに乗り込んでエンジンを掛け、勢いよく発進した。
愛華は1911の引き金を引き、弾丸が運転席側のフロントウィンドウに着弾するが、弾丸は弾かれ、愛華は迫りくるスイフトを避けて後ろに転げる。転げる直前、リアシートに陽里が乗せられているのが見えた。
戸塚はスイフトのアクセルを踏み込み、道を阻む様に停まるノートオーラのリアバンパーに突っ込んで撥ね飛ばす。
そのまま戸塚はどこかへ走り去ろうとした。
暮葉は愛華に「ここの処理は任せて、アナタはアイツを追いなさい!!」と指示を出し、愛華は「分かりました!」と返事して、ノートオーラに乗り込む。幸いスイフトにぶつけられた影響はほぼ無いようだ。
愛華はバックターンをして道路に出て、戸塚と陽里を乗せたスイフトの後を追い始めた。
《どうした!?何があった!?》と愛華のスマホのスピーカーから敷島の声が流れる。
「戸塚が逃走しました!女の子も乗ってます!」
《よし分かった!巧登に君のスマホの位置情報を送る!》
「お願いします!」
通話を終え、愛華はスイフトの追跡に専念し始めた。
* * *
敷島からの電話を受け、巧登はキックスをUターンさせ、愛華が居る地区に向けて走り出した。
やがて広い幹線道路に出て、二台の姿を探し回る。
すると、住宅街に通ずる交差点から、戸塚が運転するスイフトが勢いよく飛び出し、キックスの横を通り過ぎていった。
澪はその姿を捉えると、目を見開いて巧登に言った。
「あれだ!!追え!!」
「了解っ!!」
巧登はキックスを手前の交差点でスピンターンさせ、アクセルを踏み込んでスイフトの後を追う。その後ろから、愛華のノートオーラも素早く追走していく。
巧登のキックスはスイフトの助手席側に回り込み、澪は突然シートベルトを外し、窓を開けて身を乗り出そうとした。思わず巧登が驚愕する。
「何しようとしてんのっ!?」
「飛び移るッ!!陽里ちゃんを助けるッ!!」
仕方ない…巧登はスイフトに並走し続けられるよう速度を調整していき、澪はキックスのルーフに上がる。
その澪の姿を、後部座席に居る陽里は見た。そして、最初に戸塚に攫われた時の、澪が助けに来てくれたあの時の様な、強い安心感が沸き上がり、思わず目が潤んだ。
「澪くん…っ!助けに来てくれたんだね…っ!」
だが戸塚は当然そんなことは気に入らない。
額に青筋を浮かべながらハンドルを強く握り締め、キックスに向けてハンドルを切る。
二台は接触し、同車の間に激しい火花が舞い、ルーフに居る澪にも降りかかる。
「くっ…!!」
キックスは路肩に押し出され、運悪く縁石に乗り上げ、片輪が盛大に浮き上がり、片輪走行し始める。思わず澪が振り落とされそうになり、陽里は目を背けるが、澪はルーフレールにガッシリと掴んで事なきを得た。
しばらく片輪のまま走っていくと、キックスの前方に路上駐車の車列が現れる。
巧登はバランスを崩さないかつ車列に突っ込まないように適切にハンドルを切り、スイフトに接触して押し出しながら、車列の横を通り抜けて行こうとする。キックスのタイヤが車列の車両達のドアの窓を猛スピードで押し砕いていく。
車列を抜けると、スペースに余裕ができたためキックスは浮いた片輪を降ろして再び四輪で走行し始める。
そして澪は、スイフトのルーフに飛び移った。
右手でルーフの縁を掴みながら、左腕の肘打ちで助手席の窓を破り、車内に侵入する。
戸塚は激怒を露わにしながら、ハンドルを片手に澪に殴り掛かる。澪はそれを受け流し、戸塚の顔面に力強く握り締めた拳を叩きこむ。
そして両手で戸塚の首を掴み、思い切り締め上げようとする。戸塚は澪を遠心力で引き剥がそうと、ハンドルを左右に激しく切ってスイフトの車体を大きく揺らす。
一方、巧登は少し先にビルの建設現場を見つけ、スイフトの前に出て、建設現場の出入り口を少し過ぎた先で横向きに急停車し、スイフトを建設現場の敷地に誘い込もうとする。
戸塚は突然前方を塞いだキックスに驚愕しつつハンドルを切り、スイフトを建設現場の敷地に入れていった。
キックスはその後を追い、愛華は戸塚が反対側から脱出するかもしれないと思い、ノートオーラを敷地の裏手に向けて走らせた。
戸塚はまだスイフトのハンドルを切りながら足掻いている。
澪の両腕を掴んで引き剥がし、彼の頬を殴り飛ばし、服の襟を掴んで後部座席に押し込む。
そして懐から、例の銃取引で買ったと思われるガバメントを取り出し、セーフティーを解除し、銃口を澪に向けた。
陽里は咄嗟に澪に覆いかぶさり、「やめて…っ!!撃たないでっ!!」と戸塚に向かって必死に泣き叫ぶ。
その姿を見て、戸塚はより一層怒りが沸き上がった。
「何で…俺なんかより、そんなガキに肩入れするんだよぉぉぉッ!!!」
と怒号を上げ、戸塚は陽里が射線上に居ることにも関わらず、引き金を引こうとした。
そこにキックスがスイフトに勢いよく体当たりをした影響で、戸塚はバランスを崩して、ガバメントは明後日の方向を向いて思わず引き金が引かれ、窓を突き破った。
そして戸塚が怯んだ隙に、澪は陽里を抱き抱えてドアを開け、彼女に「行くよ…!」と目で訴え、陽里は恐怖で怯えながらも覚悟を決めて小さく頷き、澪は陽里を抱えたままスイフトから飛び降りた。
澪は陽里が怪我をしないよう自分が最初に地面に着くように落ち、そのまま抱き合ったまま、砂埃を舞わせながら転がっていく。
そして、二人に気を取られていた戸塚は、スイフトの前方に、積み重なった鉄板が置かれていることに気づかず、スイフトはそれに乗り上げ、盛大に横転し、砂埃に包まれながら激しく転がっていく。
やがてベコベコに変形したスイフトは、停められていたダンプカーに接触して静止し、戸塚は身体の節々から血を流しながら、スイフトの車内から脱出した。
巧登はキックスを停車させ、澪と陽里の方に大急ぎで駆け寄る。
「二人共大丈夫!?」
彼がそう尋ねると、澪は最初に地面に打ち付けた箇所を痛そうに擦りつつ、もう片方の手で陽里の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
そして巧登の方を向き、澪は彼の目を真っすぐ見つめながら、何かを言おうと口を開いた。
すると、ヨロヨロと歩きながらこちらへ向かってくる戸塚が、三人に向けて怒号を浴びせた。
「”俺の天使ちゃん”から離れろぉぉぉッ!!!」
そう叫ぶ戸塚の手には、先程のガバメントが握られており、腕を上げて、銃口を、まずは澪に向けていた。
自分に銃口が向けられているにも関わらず、澪は陽里を自分の後ろに連れて彼女の盾になろうとする。
巧登は、戸塚の言動に、ジワジワと怒りを湧き上がらせていた。
「天使…?」
「あぁ…こんなクソみたいな世界に生きる俺の前に現れた、たった一人の天使…ッ!!
ようやく俺のモノにできるのに…親なんかより…そこのガキよりも、たっくさん愛してあげるのに…ッ!!
テメェらは…ッ!!」
巧登はそれを聞いて、堪忍袋の緒が切れた。
戸塚を睨み、眉間に皺を寄せ、力強い足取りで、彼に歩み寄ろうとする。
「ふざけるな…」
重々しい声音でそう言いながら、両手の拳を固く握り締める。
戸塚はガバメントの銃口を巧登の額に向けるが、巧登は全く恐れる様子が無い。
「不純な気持ちが無いワケじゃない…自分のモノにするためなら、他人を傷つける…そして、あの子を攫って、その汚い手で気持ち悪いことをして、銃も向けて…っ!!
あの子を命懸けで助けたことも、あの子のためになることを何もしない…っ!!
お前に…誰かを天使扱いする権利はないっ!!」
巧登がそう訴える理由を、澪は察した。
天羽修作も、きっと、天羽愛華のことを…
それも、戸塚よりも、まともで…
巧登は戸塚のガバメントの銃口の手前まで歩み寄る。戸塚は、銃を恐れない、自分への強烈な殺意を一切隠そうとしない彼に、次第に恐怖を抱き始める。
「くっ…くそぉッ!!!偉そうな口叩くんじゃねぇ__」
ガバメントの引き金に力を込めようとしたその時、巧登が一瞬視線を右に移すと、咄嗟に身を屈めた。
その瞬間、右から45口径の弾丸が迫り、戸塚の持つガバメントに直撃した。
彼の手からガバメントが離れ、屈んだ巧登はそのまま下から戸塚にタックルし、彼を押し倒して、硬く握り締めた拳を彼の顔面に叩きつけた。
そんな二人のもとに、銃口から硝煙が立っている1911を持った愛華が駆け寄ってきた。先程の発砲は愛華だったのだ。
「皆大丈夫!?」と彼女は三人を一瞥する。澪は身体を強打して先程は痛がっていたが、今は陽里の身の安全が優先なのか、表情に一切痛みが現れていない。
巧登は戸塚の服の襟を左手で掴んで持ち上げ、右手で再び拳を叩きつける。
愛華は1911を仕舞い、巧登の肩にポンッと手を置いて彼を止める。
「もう十分よ…あとは連行して、情報を聞き出さないと…」
その言葉で冷静さを取り戻した巧登は、固く握り締めた拳を緩め、戸塚の襟を掴んだまま立ち上がり、振り向いて澪と陽里に視線を移す。
そして、二人に向けて小さく微笑んだ。それを見て、陽里は笑顔で返し、澪は安堵の息を吐いた。
そこに、ウォーレンの運転するベンツが到着し、澪と陽里の近くで停車した。
ウォーレンは降車するやいなや、愛華達を見てニヤニヤしている。
「あらら、先を越されちゃった~」
「おせーよ来るのが…」と澪は呆れ顔で言う。
「君がもうちょっと早く連絡を寄こしてれば良かったんだけどね~」
巧登は戸塚をキックスの後部座席に叩き込み、武器と一緒に置かれていたロープで彼の手足を拘束し、頭を武器と共に大判の布で覆い隠した。
それを終えると、巧登はウォーレンに歩み寄る。
「どうも…」
「いえいえこちらこそ~。助手の彼女を助けてくれてありが__」
突然澪がウォーレンの脇腹に力強い肘打ちを喰らわせた。彼女発言が気に入らなかったのだろう。
「お゛っ゛…!お友達を助けてくれて、ありがとう…!」
「…ここから先は、僕らが対処します。二人を家に送ってください…」
「いいよ。こっちは戸塚に用は無いからね」
そう言うとウォーレンは、澪と陽里の方を向いて「じゃ、帰ろっか」と言って、ベンツに再び乗り込んだ。
澪と陽里も、ベンツの後部座席に乗り込もうとする。
陽里は愛華と巧登に、深々とお辞儀をして、顔を上げてニッコリと笑顔を見せる。澪は笑顔を見せないが、陽里の救出を手伝ってくれたこともあってか、二人に小さく頭を下げてから、ベンツに乗り込んだ。
* * *
翌日。
横浜市内にあるとある小さな古びた商業ビル。
四階にある倉庫スペースには何箱もの木箱が積まれており、中を開ければそれは、密造の銃火器や、大量の麻薬が入った小袋が納められている。
その部屋で、厚手のカーテンを捲り、窓の様子を眺めながら、タバコを吹かしている男が居る。身長は180cmはあり、黒いジャージとチノパンに身を包んでいる。沢田が言っていた例の男だろう。
すると、何台ものパトカーがやってきて、ビルを囲う様に停まっていた。
それを目にした彼は、思わず吹き出してタバコを口から落とし、部屋を出てビルから脱走しようとした。
だが廊下では、部下の男達が倒れており、愛華や巧登が彼を即座に取り押さえ、そのまま壁に叩きつけて気絶させた。
二人は両手を叩いて払い、「フーッ」と息を吐いて身体を力を抜く。
「これで終わりましたね…」
「えぇ…」
その後、男達は横浜県警の警察官達に連行され、銃や麻薬は押収されたのだった。
その一方。
ピースメイカー日本支部のビル内で尋問を受け、情報を吐いた後気絶していた戸塚は、冷たい檻の中で目を覚ました。
「ここは…あぁクソ…!俺は捕まって…」
気絶する前のことを思い出しながら上半身を起こし、辺りを見回す。
すると、戸塚は気づいた。
ここはピースメイカーのビルではない。
警察署の留置所だ。制服の警察官が留置所を見張っており、戸塚の居る檻の前では、伊達と山辺が堂々とした佇まいで立って彼を見つめていた。
「よぉ、起きたか」
「こ、ここは…警察署…!?
お前ら…ピースメイカーと内通してんのか!?」
「ピースメイカー?何のこっちゃ?」と、二人はしらを切った。
二人は警備員に檻を開けさせ、戸塚の両手に手錠を掛け、彼を立ち上がらせる。
「お前には聞きたい事が山程ある」
「久しぶりに書類仕事が楽しみだぞ」
そう言いながら二人は戸塚を引っ張り、取調室へと向かって行った。
* * *
事態が完全に終息し、やっと通常通り学校に登校した巧登。
その日の昼休みに、また屋上へと足を踏み入れる。今日は購買で買ったおにぎりや、お茶のペットボトルが入っている袋を持っている。
やはり、今日も澪と陽里、それに響鬼も、屋上で昼食を摂っていた。
静かに三人に歩み寄ると、澪と陽里は顔を上げて巧登の顔を見る。
「やっと来た~。隣座る?」
と、陽里はこの前よりも明るい表情で声を掛けてきた。戸塚が警察に明け渡されて、もうあの男と会うことはないと確信したからだろう。
だが澪は、巧登が陽里の隣に座るのを嫌悪して、彼を睨みつけた。
巧登は二人の様子を見て「フッ」と微笑んだ。
「やめておくよ。澪くんに殴られそうだし」
そう言いながら澪の隣に座り、持っていた袋からおにぎりとお茶を取り出し、昼食を摂り始めた。
「分かってるじゃん…」と澪は呟いて、紙パックの牛乳のストローに口を付ける。
そんな二人を見て陽里は思わず笑い声が零れた。
「ふふふっ…これからもっと仲良くなれるよいいね~」
「なるかこんな奴と…」
そう返した澪だったが、ストローから口を離し、少しの間沈黙が走ると、小さく口を開いた。
「……でも、この前は助かった。
おかげで…陽里ちゃんを無事に助けられたし…今度こそ、あの男は捕まった…
…感謝はしておく」
それを聞いた巧登は、ニッコリと笑って見せた。
「ありがとう。愛華さんにも伝えておくよ」
「…その人なんだけど…」
「ん?」
「…修作も、その人のことを、天使だと思ってたのか?」
その問いに、巧登は静かに答え始めた。
「…うん。よく自慢してた…。
戸塚と同じで、”この世界に嫌気が差してたところに現れた”、って…。
”縁を作る策”はちょっと強引だったみたいだけど…それ以外は戸塚とは全然違う…。
自分の命を惜しまずに助けて、ただひたむきに、あの人を追い続けて…愛華さんも、それに応えてくれた…」
「…そっか。
その人の背中を追ってたからこそ、あの時あんな怒ってたのか…」
それを聞いて、巧登は少し小恥ずかしそうに照れた。
「ま、まぁ…ちょっとあれは危なかったけどね…愛華さんが来なかったら、多分撃たれてたし…」
すると、巧登のスマホにメッセージが届いた。スマホを取り出して開くと、愛華から『今日は普通に帰れると思うから、夕食何が良いかな?』と送られて来ていた。
巧登は微笑みながら、そのメッセージに返信する。
それを見た陽里は、「そうだ!」と言って、自分のスマホを取り出した。
「連絡先交換しない?この前みたいなことになっちゃった時のために…!」
澪は「え~…」と呟きながら嫌そうな顔をした。とはいえ、自分の連絡先を教えることが嫌というより、やっぱり陽里が巧登と電話番号を交換することの方が心地よくないのだろう。
だが、深々と溜息を吐いて「しょうがないか…」と呟いて、澪もスマホを取り出して、自分の電話番号を巧登に見せた。
三人が連絡先を交換し終えると、先程まで無言で昼食を摂っていた響鬼も会話に割り込んできた。
「私も陽里ちゃんの電話番号知りたい~」
「あっ、いいですよ!」と陽里は快く電話番号を教え始める。
「いや、響鬼さんが陽里ちゃんの電話番号知ってもすることないんじゃ…」
「仕事中に澪くんに何かあったときのため」
「あ~…いや、それウォーレンに言っておけば…」
四人はそのまま談笑しながら、穏やかな気持ちで昼休みを過ごしていった。
来週からまた長編です。




