Ep.22前半
愛華は伊達の運転する覆面パトカーに乗り、埼玉県警察の本部に居た。
面会室で、沢田の経歴書や調書に目を通しながら彼を待っていると、しばらくして彼がやってきた。
髭をろくに剃っておらず、食事もあまり摂ってないのか痩せており、目の下には濃い隈が浮かんでいる。
「…沢田竜二、四十八歳…間違いないですね?」
伊達のその質問に、彼は覇気のない声で「はい…」と答えた。
「…私は横浜県警の伊達、こちらは私の関係者である天羽さんだ」
愛華は軽く会釈する。
すると、沢田の視線は、愛華の胸元や、革に包まれた魅惑的な下半身に向かっていた。太ももの上に置かれた左手の指輪にも気づいている。
それに気づいた愛華はジトっとした目で彼を見つめ、伊達は窓を小突いて自分に視線を向けさせた。
沢田は妙に気味の悪い微笑を浮かべる。
「へへっ…そこの奥さん、良い女だねぇ…結婚できた旦那が羨ましいよ…」
「…それはどうも」愛華は素っ気ない感じの態度で応対する。
伊達は咳ばらいをして、話を再開させる。
「…沢田さん、いくつか質問させていただきます。
ご自宅で発見された銃器と麻薬は、どちらで入手されましたか?」
「え~…それもう話したでしょ?」と、沢田は背中をポリポリと搔きながら気だるげに言う。
「もう一度改めて、できればより詳しくお話して頂きたいんです…」
「ふ~ん…」
そう言う沢田の視線は、また愛華の方を向く。顔から足まで、隅々まで見回す。その視線を感じる愛華は、背筋がゾワっとする感覚にしばらくの間苛まれることになると予想した。
そして沢田は椅子の背もたれに寄りかかり、口を開いた。
「…一週間前、横浜に仕事で行ってる時にさ、公園で会ったんだよ」
「…どこの公園ですか?」
「それは知らないよ、テキトーにブラブラ歩いてたんだし。
んで、夜中に酒飲みながらそこに居たら声掛けてきたんだよ。「銃が欲しくないか?」って。
てっきりモデルガンかと思ってたんだけどな、出されたやつがこれまた本物なんだよ。試しにその…サイレンサー?だっけ?それ付けて撃ったんだよ」
「…その人の容姿や服装は?」
「さぁ…夜だし、全身黒ずくめで分かんねぇよ。でも俺より背は高かったな~」
伊達の手元にある沢田の書類を見ると、彼の身長は170cmと書いてある。それより高い人ということだ。
「…幾らで買ったんですか?」
そう聞かれた沢田は、片手を二人の前に出し、三本の指を立てた。
「…三万円?」
「そっ。やっすいだろぉ?」
「…買った拳銃をどう使おうとしましたか?」
沢田は肩をすくめた。
「別に?ただ本物の銃が買えるなら買ってみただけ。
いっそクソ上司を撃ち殺してみようとか思ってた時もあったけどな~」
「…麻薬の方は?」
「そっちは別にフツーに、中華街で売り捌いていたチンピラから買ったよ。まぁあの様子だと、すぐ捕まってそうだけどな」
「…そうですか。
天羽さん、他に何か聞きたいことはありますか?」
伊達はそう言って愛華の方を見る。
「…銃を購入する時、他に人は居ましたか?」
そう聞かれた沢田は、視線を天井に向けながら記憶を探る。
「あ~…なんか居た様な気がするなぁ…
な~んか風呂に入ってないんじゃないかってくらい臭くて、髪もボッサボサで、ホームレスみたいな奴」
愛華は紙とペンを取り出す。
「可能な限りで良いので、顔とか細かい所を話していただけますか?」
…その質問に、沢田は答えないどころか、白けた様な顔を見せた。
「…なんかさ、つまんなくない?
おっさんさぁ、こっから出てって、この奥さんと二人にしてくれない?なんならこっちに奥さん連れてきてよ?
ついでに手錠も外して。
そしたら話す」
そう言って沢田は椅子に座り込んで両手を組み、ふてぶてしい顔つきで二人を嘲笑する。
愛華は、溜息を吐いてから答えた。
「…分かりました。
伊達さん、彼のとこに連れて行ってください」
その言葉に、流石の伊達も動揺した。
「奥さん、やめなさい…!彼の言葉に__」
「私が行くことですんなり話してくれるなら、私は行きます」
彼女を沢田の所に行かせたくない伊達だったが、このままでは状況が進展できない。
肩を落とし、愛華を連れて面会室の向こうに案内する。
面会室に、愛華は入室した。
伊達は警備員に沢田の手錠を外させてから彼も退室させ、愛華と沢田を二人にする。
沢田はまた、愛華へのいやらしい視線を、今度はより間近でくまなく向けていく。
手錠で解き放たれた沢田の手は、愛華に向けられる。
「ほら、こっち来いよ…」
そう言われた愛華は、沢田に歩み寄る。
沢田は、肌に張り付く様なピッタリとした黒革に包まれた愛華の脚を触り始める。
「へへっ…良いねぇ…」
そして沢田は立ち上がり、愛華に急接近し、彼女の尻や背中に手を回そうとする。
「こんな女を毎晩抱けるなんて、アンタの旦那はほんっと羨ましい__」
その瞬間、愛華は右手で沢田の左手を、左手で右手を掴み、自分の身体から引き離し、そのまま彼を壁に向かって投げ飛ばした。
突然の出来事で何が起きたか分からないまま、沢田は彼女に胸倉を掴まれながら立ち上がり、そしてもう一度力強く投げ飛ばされ、今度は床に叩きつけられる。
「ガッ…!!!て、てめぇ何しやがる__」
愛華は沢田に飛び掛かり、右手の二本の指を立てた手を、放たれた矢の様に勢いよく、彼の眼球の手前まで接近させる。
眼球の手前で手を止め、愛華は沢田の顔に自分の顔を近づける。
彼女の表情は、静かな怒りに満ちており、愛らしい丸い目は冷酷な眼差しをして彼を見つめる。
二人の真上にある面会室の僅かな灯りによって、彼女の顔は濃い影で覆われる。自分に向けられた冷たく鋭い視線が、沢田の恐怖心をより一層煽っていく。
そして愛華は声を低くして言った。
「アナタの言う通りにしてあげたわよ?伊達さんに離れてもらって手錠も外して、私もここに来た…
これ以上好き勝手させる権利は無い…
それに、私の身体にそんな触り方をして良いのは、私の夫だけよ…」
愛華はそう言って、左手を沢田の首を包む様に当てる。これでいつでも、彼の首を絞めることは可能だ。
沢田は全身が恐怖で激しく震え、涙目になって必死に抵抗しようとした。
「わ、分かった…!!!話す!!!話すから!!!」
少し経った頃。
ピースメイカー日本支部のオフィスに置かれているFAXに一枚の写真が届いた。
愛華が沢田から聞いた話を元に、伊達を通して埼玉県警の物に作ってもらったモンタージュ写真だ。
ボサっとした伸びた髪、常時半目の様な細い目つき、その目の下には濃い隈、顔立ちはごく普通に見えるが、少し肉が付いている様に見える、中年の男性だ。
敷島と暮葉は愛華と通話しながらそのことについて話した。
「当時の現場に居た男…か」
《どうやら、その男も銃を購入したみたいです。沢田と同じ45口径を》
「ふむ…」
「手がかりはこれだけ?」
《いえ、モンタージュ写真には載ってませんが…
”後頭部に深い傷の痕”があったそうです》
「後頭部に?刃物か?」
《そこまでは分からないそうです…》
敷島はモンタージュ写真を見つめ、何か考え込んだ。
《…どうしました?》
「…見覚えがある気がするんだ」
「え?」
《何かの任務でですか?》
「いや…
まぁいい。とりあえず、各所に送って手配させる。
君はこれからどうする?」
《伊達さんと一緒に横浜に戻ります》
「そうか。気をつけて帰ってこい」
敷島は通話を終え、改めてモンタージュ写真の男を見つめる。
「…うむ…思い出せん…」
「何かのニュースで見たとかでは?」
…暮葉のその一言で、敷島は何か思い出したのか、顔を上げて、暮葉を連れてオフィスを出ていった。
* * *
放課後。
澪と陽里は学校を出た。今日はウォーレンは居ない様で、二人は徒歩で自宅に向かおうとした。
すると、二人を見つけた巧登が二人に駆け寄ってきた。
「澪くん、陽里ちゃん!」
「お前…ちょっと馴れ馴れしすぎないか?」呆れた様な目で彼を見る澪だが、陽里はあまり悪い気はしないのか微笑んで見せる。
「ははっ…ちょっと悪い癖が出て…
それより、二人に聞きたいことがあって」
「何だよ?」
巧登は人気のない場所に二人を連れて行く。
辺りに誰も居ないことを確認すると、巧登は鞄からスマホを取り出し、ある写真を開く。
「敷島さんが電話してきたついでに送ってきたんだ。
…この男、もし見つけたら知らせてほしい」
そう言って巧登はスマホの画面を見せる。
「知らせてほしいって、僕等はお前の味方じゃ…」
巧登のスマホの画面を見た瞬間、澪と陽里は静止した。
そして、震えだす声音で、澪は巧登に聞いた。
「お…お前…!?なんでそいつを…!?」
「…?
さっき話してた、武器バイヤーの件に関わってるかもし…れ…」
ふと視界に入った陽里の様子が、明らかにおかしい。
顔が青ざめ、動悸が起き、呼吸が荒くなっている。
身体はまるで、極寒に当てられているかの様に激しく震え、鞄を落として両手で自分の身体を抱きしめる様に両腕を掴み、冷たい汗が、頬を伝って、力んだ腕に零れ落ちる。
「はっ…あっ…はっ…!!」
「ひ、陽里ちゃん…!?どうしたの!?」
彼女に歩み寄ろうとする巧登を、澪は突き飛ばし、陽里を力一杯抱き締め、巧登を睨みつける。
その表情は、まるで怒り狂った番犬の様に、鋭い歯を剥き出しにし、これまで向けてきたどの視線よりも恐ろしい。
「お前…ッ!!!なんのつもりだッ!!?」
「まっ…待って!!何のこと!?」
澪に抱きしめられた陽里は、一向に動悸が収まる気配が無い。
それどころか、涙を流している。
だがそれでも、彼女は澪の腕を手に取り、彼に弱々しい声で言う。
「お、落ち着いて…澪くん…っ!
紫雨くんだって…知ってて見せたわけじゃ__」
「あの話をした後に出すってことは…そういうことだろっ!?」
「待って二人共!?一体何のこと!?」巧登はどうにかして話を聞きたいが、澪は明らかに、彼に向けて本物の殺意を剥き出しにしていた。
「とぼけるなッ!!!」
澪は陽里を抱いたまま、巧登から遠ざかろうとする。
「お前が見せた、その写真の男は…
六年前、陽里ちゃんを誘拐した男だ…ッ!!!」
その言葉を聞いて、巧登は愕然とした。
偶然だったとはいえ、そんなことを聞かされるとは…。
「えっ…!?ゆ、誘拐犯…!?」
巧登はスマホの画面に映っている男を改めて凝視する。
澪はその間に陽里の鞄を拾い上げ、再び陽里を抱きしめながら、巧登から遠ざかっていく。
「これ以上、僕等に関わるな…ッ!!!
絶対に…ッ!!!」
そう言い残し、澪は陽里を連れて走り去っていった。
「ま、待って…!!」
二人の姿が目の前から消え去り、一人呆然と立ち尽くす巧登。
すると、彼の背後から、一人の少女がユラユラとした足取りで現れた。響鬼だ。眠たげな眼は冷えており、開かれた目の先にある瞳は、輝きを消している。
「…触れちゃいけないとこをうっかり触っちゃったね」
「あ、アナタは…!?」
響鬼は、巧登のスマホの画面を覗き込む。
「ふむふむ…確かによく似てる…」
「本当に…そうなんですか…?」
「うん。
”戸塚比呂久”。昔この辺りで逃がし屋をしてた」
「逃がし屋…!?」
「澪くんと陽里ちゃんの一件以来、姿を消してたけど…
何かあったの?私が代わりに伝えておこうか?」
「そうしてくれると助かります…」
「…もう本当に、敵だと思わなくなったね」
「あはは…一応同じ学校の人間だと思うと、あんまり敵対心が湧かなくて…
…例の武器バイヤーの件で、この男も関わってるみたいなんです。取引現場に居合わせたみたいで…
この男からも話を聞ければと思って、二人にも、見かけたら連絡してくれるようにお願いしようと思ったんですけど…」
「ほんとに偶然が重なっちゃったんだね~。
じゃあ伝えておくよ」
そう言って響鬼は巧登の前から立ち去ろうとする。
「あ、響鬼さん!」
「ん?何?」
「…誤解…解いてもらえるでしょうか…?」
「……さぁ?澪くんが落ち着いて冷静になってくれれば良いけど、陽里ちゃんがあんな様子になると…難しいかな」
「…分かりました…
僕がなんとかします…!」
「…がんばれ~」
響鬼は微笑んでそう言い残し、巧登の前から歩き去って行った。
* * *
敷島と暮葉は資料室で書類を漁っていた。
主に探しているのは、ニュース番組と関連付けが添付された、同じ業界人の資料だ。
「逃がし屋逃がし屋…
あった!ありました!」
暮葉が六年前に作られた青い大判のファイルを持って敷島のもとに駆け寄ってきた。
彼女が開いているページには、”戸塚 比呂久”の経歴書と、新聞に記載された
、ある事件の記事の切り抜き、その記事に貼られたモンタージュ写真が収められている。細かい所は違えど、敷島達に送られていたモンタージュ写真の男とよく似ている。
「そうだコイツだ…!
戸塚比呂久、当時三十七歳。強盗や殺人の犯人の逃走を手助けしていた逃がし屋…」
「それに対して、ニュースの記事は全然関係ない事ですね…
”十歳の女の子を誘拐した容疑で指名手配中”…」
敷島はスマホを取り出し、伊達に電話を掛ける。
「もしもし!」
《おうどうした?》
「モンタージュ写真の男に近い男が居たぞ」
《何!?》
「昔、県内で活動していた逃がし屋の男、戸塚比呂久。六年前に十歳の少女を誘拐した容疑で指名手配されてる」
《あ~、あったな》
「覚えてるか!?」
《あぁ。
ただ、戸塚はその後姿を晦まして、消息不明だ…》
「そうか…」
《だがこれは大きな収穫だな…もし本当に同じ奴なら、二つの事件の進展が起きる…》
「あぁ…
二人共、あとどれくらいで横浜に着く?」
《三十分くらいはかかるぞ》
「愛華くんには、すぐにこっちに戻ってくれるように伝えておいてくれ!」
《分かった》
通話を終えてスマホを仕舞うと、敷島はファイルから書類を取り出し、コピー機に通して、A4サイズで何枚もコピーさせていった。
* * *
陽里を連れて巧登の所から急いで離れていた澪。
二人は人気のない路地まで辿り着いて立ち止まった。
「澪くん…もう、大丈夫だから…」
「う、うん…」
澪は陽里を解放し、陽里は呼吸を整えるため深呼吸する。
しばらく黙り込むと、澪の方を向いて言った。
「澪くん…明日、紫雨くんに謝ろう…?」
「……。」
「紫雨くんだって、きっと、知っててあんなことしたワケじゃないかもしれないし、そんなことする人には見えないし__」
「陽里ちゃん…
悪いけど、僕はアイツを信用できない…
君にあんな想いをさせた…僕は、アイツを許せない…!」
「澪くん…!」
陽里は澪の胸に手を当てて、彼の顔を間近にしながら続ける。
「落ち着いて…!」
キラキラと輝く陽里の瞳が、真っすぐに見つめる澪の強張った心を、じんわりとだが溶かしていく。
「…早く帰ろう。
日が暮れる前に…」
「…うん」
二人は手を繋いで、改めて、家路を歩き始めようとした。
その時だった。
一台の車が、二人の後ろに迫ってきた。黒塗りのスズキ・スイフトスポーツだ。
勢いよく加速してきて、それも、二人に向かってくる。
それに気づいた澪は「危ない!!」と叫んで陽里を道路の向こう側に突き飛ばした。
陽里が地面に倒れた瞬間、澪はそのスイフトに撥ね飛ばされ、ルーフを伝って地面に叩きつけられた。
「澪くん…!?」
スイフトは停車し、運転席から人が降りる。
顔は黒い覆面で覆い、身体は真っ黒なジャージに身を包んでいる。体格からして男だ。
彼は澪を無視し、後部座席のドアを開け、倒れて動けない陽里に歩み寄る。
「え…?」
そして男は、陽里をお姫様抱っこで持ち抱え、スイフトの後部座席に乗せようとする。
「い、いや…!!離して…!!」
抵抗しようと藻掻き始める陽里だったが、彼女のひ弱な力では全く歯が立たない。
後部座席に座らせられると、男はポケットから、湿ったハンカチを取り出す。
それを彼女の口と鼻に押し付け、ハンカチに染み込んだ液体を吸い込ませる。
「ん~…っ!!んぅ~…っ!!
うっ…」
次第に陽里の意識が遠のき、やがて意識がプツリと途切れる。
男はハンカチを彼女から離して仕舞うと、シートベルトを締めさせ、ドアを閉める。そして陽里が落とした鞄を拾い上げ、助手席のシートの上に放り投げる。
すると、頭から血を流している澪が、這いずりながら男に近づこうとしていた。
「お前…ッ!!陽里ちゃんを、どうする気だ…ッ!!?」
男は黙り込むと、やがて、覆面を捲り始めた。
覆面に覆われていた顔を視界に入れた瞬間、澪は驚愕し、そして、激しい怒りが込み上げてきた。
「お前は…ッ!!?」
男は覆面を元に戻すと、澪に駆け寄り、間近に迫ったその瞬間、彼の頭を横から勢いよく蹴り飛ばした。
* * *
巧登はピースメイカーのビルにやってきた。
着いて早々、愛華と合流した。
「お疲れ様…どうしたの?」
巧登の浮かない様子に気づいて、心配そうに顔を覗かせる。
「ちょっと色々あって…
…送られてきたモンタージュ写真を、澪と、その子の恋人の陽里って子に見せたんです…」
「ちょっと…アナタ__」
「言いたいことは分かります…!でも、一応、最近の傾向を考えると、彼らに協力を持ちかけるのも一つの手だと思って…
…そしたら、その陽里ちゃんって子が…
昔、自分を攫った男と、あのモンタージュ写真の男が似てたみたいで…」
「…え?」
「…それから、あの子は怯えて、澪くんも、彼女を連れてどこかに…」
「そうだったの…」
「一応、響鬼さんに伝言を受けてもらったので、後で何か分かるかも…」
「あの子もあの学校に居るの…?
一体どうなってんのよ…」
愛華は溜息を吐いてそう言って、巧登と共にオフィスに向かおうとする。
すると、巧登はオフィスに行かず、ガレージに向かって行った。
「どうしたの?」
「ガレージで、車を出してきます。必要になるかもしれないので。
ただまぁ…使えるかは分かりませんけど…」
「あ~…」
ガレージに行き、巧登は整備員の一人に、自分の車の在りかを尋ねた。
どうやら、下の階にある倉庫に保管してあるらしい。
下の階に行き、整備員の先導で、薄暗い倉庫へと足を運ぶ。
何台もの車にシートカバーがかけられ、どれも埃を被っている。
ある車の前で整備員は立ち止まり、巧登と二人がかりで、シートカバーを外していく。
そこに静かに眠っていたのは、シルバーメタリックの日産・スカイラインGT-R R32型だった。
ボンネットは軽量のカーボン製に交換されており、GT風のリアウィングも取り付けられている。車高も低めにされ、履いているアルミホイールは大口径でマットブラック塗装の六本スポークだ。
ボンネットを開けるとそこには、極限までチューンされたRB28ツインターボエンジンが納められていた。
「おぉ~…」愛華は目を輝かせながらエンジンを見渡す。数年前はエンジンなどを見ても全然理解できなかったというのに、今はもう見違える程だ。
「RB26を弄り倒して28にパワーアップ、32の弱点だった重さも可能な限りの軽量化で補い、リアウィングの取り付けやらなにやらで重量配分も完璧…修作に教わりながら作ってただけのことはあるな」整備員はまるで自分の車かの様に誇らしげな口調でそう語った。
「とはいえ、何年も動かしてませんからね…」
巧登は試しに、バケットシートに交換された運転席に座り、辺りのトグルスイッチを入れるなどをし、プッシュ式に換装されたスターターを押す。
しかし、シェルは回るが全くエンジンが掛かる気配はない。
「ま、そりゃそうだよな…」
「これ、整備お願いしても良いですか?」
「構わないよ。これからまた君がうちで働くんだし」整備員は笑顔でそう答えた。
巧登は降車する前にトランクのレバーを動かし、トランクを開くようにする。
後ろに回り込んでトランクを開けると、そこには黒い少し薄めのブリーフケースが置かれていた。
「これは?」
「銃です。これも修作さんに教わりながら作ったやつです」
そう言って巧登はケースを開ける。そこには、少しくすんではいるものの、錆などは生じていない、カスタマイズされたFN・M1935、所謂ブローニングハイパワーが、空の予備弾倉二本と共に納められていた。
シルバーメッキのスライドに交換され、サイレンサー装着用のネジ式のマズルを取り付けており、マウントレールも装着され、延長マガジンも取り付けられている。
「ブローニングハイパワー…!」
「ジョン・モーゼス・ブローニングが最後に作った、優秀な拳銃ですよ…!」
巧登はそう語りながら、かつて自分が愛用していたブローニングハイパワーを手に取り、動作や中の状態をチェックする。
「うん…このままでも使えそうだ…!」
「一応予備で他に持ってった方が良いんじゃない?」
「そうですね…」
すると、三人のもとに、敷島と暮葉がやってきた。
「ここに居たか…オフィスに来ないから心配したぞ…」
「あっ、すみません…」
オフィスに集まり、敷島は皆に話を進める。オフィスで話すということは、皆に関係することかつ、緊急性が高い内容ということだ。
皆の手元には、敷島が印刷した資料と、愛華が送ってきたモンタージュ写真がそれぞれ握られている。
「戸塚比呂久、現在四十三歳。六年前まで逃がし屋として神奈川県内を荒らしまわっていたが、少女誘拐の容疑で指名手配され、以降消息不明。
一週間前、横浜で非正規の武器売買の現場で目撃された。これから皆には、合間でも構わないが、彼の捜索をお願いしたい。
冴木さんの武器屋の存続に関わることだ。頼むぞ」
皆がそれぞれ「了解」「分かりました」と返事をして、それぞれの持ち場に戻っていく。
「合間で構わない、か…」敷島の横で立っている暮葉はそう呟く。
「コブラ部隊の件もあるからな…優先順は、それより下にはなってしまう…」
「もどかしいですね…」
「あぁ…」
* * *
巧登と愛華はオフィスを離れ、自宅に向かおうとする。巧登は自宅で軽い整備をするために、ブローニングハイパワーが入っているケースを持っている。
「とりあえず、帰ろっか」
「そうですね…一旦様子を見ることにしましょうか…これも整備したいですし」
二人はガレージに行き、愛華のノートオーラに乗り込み、彼女の運転でマンションに向かって行った。
マンションに向かいながら、夕暮れの横浜の街を走っていた二人。
近くに住宅街のあるエリアを走っていると、巧登は手前の射線側の歩道に、見覚えのある後ろ姿を見かけた。
澪だ。だが、足取りなどが妙におかしい。ふらついている。
「あれ?
愛華さん、ちょっと止めて!」
「え?うん…?」
愛華はハザードを焚いてノートオーラを路肩に停め、巧登は降車し、澪に駆け寄った。
「澪くん!!どうした?陽里ちゃんは?」
そう聞かれて振り向いた澪の表情は、もはや、悍ましい怪物の様に、怒りに満ちていた。
頭から流れる血が、より一層恐ろしさを加えている。
その様子を目の当たりにして巧登は恐れおののいた。
「み…澪くん…?何があったんだい…?」
すると、澪は巧登の両肩に掴みかかり、彼の目を間近で見つめ、言い放った。
「僕に手を貸せ…ッ!!」
「は…!?一体どうしたんだよ!?」
その様子を見かねて、愛華もノートオーラから降車し、二人の方に駆け寄ってきた。
澪は話を続ける。
「お前らの、情報収集能力を、僕に貸せ…ッ!!!一刻も、早く…ッ!!!」
「ま、待ってくれ…!!
一体何があったのか説明してくれよ…!!」
そして澪は、怒鳴る様な大声で言った。
「攫われたんだよ、陽里ちゃんが…ッ!!!!
あの男にッ!!!!」
* * *
目を覚ました陽里。
辺りは古い木の板で作られた壁で、床は砂まみれの荒いコンクリートで出来ている。
その床の上に厚めの布団が敷かれ、その上に陽里は横にされていた。
両手を胸の前に出されてロープで縛られ、両足もロープで縛られている上、鎖が巻かれ、その先にあるのは、丸い大きめの鉄の球体が繋がっていた。おもりのようだ。
「こ、ここは…どこ…?」
そう呟いて辺りを見回していると、向かいにある、穴ボコまみれの木製の扉が、滑りの悪い証拠である鈍い音を立てながらゆっくりと開かれる。
そこから現れた、一人の男の顔を、陽里は視界に捉えた。
捉えてしまった。
その瞬間、また、身体が激しく震えだし、動悸が起きる。
顔は青ざめ、必死で後退しようとしても、身体が恐怖で動けない。
男は、まるで餌にありついた獣の様な、悍ましい表情で、歩み寄ってくる。
ボサっとした伸びた、白髪交じりの髪…常時半目の様な細い目つき…その目の下には濃い隈…顔立ちはごく普通に見えるが、少し肉が付いている様に見える、中年の男性…
そして、後頭部に、”深い傷の痕”__。
男は、鈍く重たい声音で喋り出す。
「おはよう…
”僕の天使ちゃん”…!」
男は、戸塚比呂久だ。
陽里に歩み寄っていき、彼女の前でしゃがみ、彼女の頬を擦る。
彼女はその手を振り払いたくても、身体が動かない。
「なん…で…!?なんで、アナタが、ここに…!?」
あまりの恐怖で溢れ出た涙が頬に伝っていき、比呂久の手がせき止める様に涙の行く手を阻む。
古い木の板の壁から流れ出る小さな隙間風が陽里に当たると、陽里は感じ取った。
この風は、とてつもなく悪い予感を知らせている。
まるで、最初にこの男に誘拐された、あの時の様に__。




