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Ep.21後半

 下校時刻になり、紫雨は転校初日からクタクタになる程疲弊していた。

 休憩時間になると質問攻めをされ、昼食もまともに取れてない。この状況が落ち着くのはいつだろうか…。

 そう考えながら、教室で荷物を整理し、鞄を持って席を離れようとした時、教室の出入り口で、澪が陽里を待って立ち止まっていることに気づいた。

 彼の表情を見て、巧登も、妙な感覚に襲われる。

(彼…確か舞薗澪って子だよな…?なーんか見たことあるような…)

 澪は巧登の視線に気づいたのか、彼の方を向いて、「なんだよ?」と言いたげな目つきで彼を睨みつける。

 巧登は仕事上そういう反応に慣れている。とはいえ、まだ何も話をしていないクラスメイトにそんな反応をされると、心の中でモヤモヤとしてくる。

 すると、陽里が下校の準備を終えて、澪のもとへやってきた。その瞬間、澪は巧登を睨むのを止め、強張った表情を緩めて陽里の方を見る。

「おまたせ澪く~ん」

「じゃぁ行こうか…」

「うん」

 澪は陽里と共に教室を出ていった。

 その様子を目で追っていると、巧登の後ろから誰かが肩を掴んできた。

「どうした転校生?」

 そう尋ねてきたのは、巧登の後ろの席に居る男子生徒、”城之内(たける)”だ。スポーツ系の部活をやっているのか、髪は短く、肌も色黒でカッチリとした体格をしている。

「いや…さっきの二人が気になって…」

「澪と陽里か?」

「うん…

 あの二人って、付き合ってるのかい?」

 城之内はニヤニヤしながら答える。

「当たり~。

 幼馴染から発展したタイプだ。ロマンチックだねぇ~」

「…今朝のホームルームで、あの陽里って子に笑顔を見せたら、多分あの澪って子に睨まれてるような感じがしたし、今もハッキリと睨まれたけど、そういうことか…」

「あらあら、彼に喧嘩売っちゃダメだぞ~?」

「どうして?」

 二人は会話をしながら教室を出て、一階に向かっていく。

「あの澪って奴、あんまり学校来ないわりには成績良いし、体育の実技も凄い。背が高くない分俊敏だし、タイマン勝負になったら勝ち目無いぞ~」

「学校に来ない日が多いの?」

「あぁ。噂じゃ仕事してるみたいだぞ」

「仕事って、アルバイト?」

「さぁ…」

 すると、巧登と話をしたいであろう女子生徒達が彼を見つけて再び駆け寄ってきた。

「紫雨く~ん!一緒に帰ろ~?」「スタバ行こうよスタバ!」

 巧登は困った様子で、それを見かねた城之内が話を遮ってきた。

「悪いな、コイツこれから部活の紹介に行くんだ」

 その言葉で察した巧登は話を合わせようとする。

「そ、そうなんだ!だからまた今度ね!」

 そう言って女子生徒達を振り切り、二人は玄関に向かっていった。

「ありがとう城之内くん…」

「いいって別に。それより、どうする?ホントにうちの部活見に行くか?野球部だけど」

「そうしたい所だけど…僕は部活には入らないつもりなんだ…家の事情があってね」

「そっかぁ~、大変だな。

 んじゃ、また明日な~」

 城之内はそう言って巧登から離れ、彼に手を振りながら部室に向かっていった。

「うん、また明日」

 彼を見送り終えた巧登は、下駄箱から外履きを取り出し、靴を履き替えて正面玄関から出る。

 すると、駐車場に停まっている一台の車に気がついた。白いテスラ・モデルXだ。

 更に、澪と陽里がその車に近づき、開いた運転席の窓から誰かと話をしていた。

 巧登にその会話は聞こえないし、運転席に座っているのが誰かも分からないが、運転席に座っているのはウォーレンだ。

「こんばんは陽里ちゃん」

「お疲れ様ですウォーレンさん…」

 陽里はウォーレンに向けて微笑むが、澪はそれが気に入らない様子だ。

「何の用だよ?」

「たまたま通りかかったし、送っていこうと思ってね」

「そんなことかよ…」

 断ろうとした澪だったが、思うことがあって、溜息を吐いて答えた。

「分かった。聞きたいこともあるし良いよ」

 そう言って澪はテスラの後部座席に座る。

「陽里ちゃんも、送ってくよ」

「良いんですか?ありがとうございます…」

 陽里もテスラの後部座席に座り、三人を乗せた車は駐車場を静かに出ていった。

 巧登は最後まで、運転手がウォーレンだということに気づかなかった。



 * * *



 テスラに乗って、最初に陽里の家に向かっている道中、澪は質問を始めた。

「なぁウォーレン。紫雨巧登って知ってる?」

「シグレタクト?シグレ…紫雨?

 ……あ、巧登!澪くん覚えてないの!?」

「は?」

「神海駿斗の助手!澪くんは直接会ったことはないかもしれないけど」

 その言葉を聞いて、澪は思い出した。

 写真ではあるが、前に見たことがある。

 駿斗と一緒に、当時のピースメイカーのメンバーとして映っていたことを。

「あーーーーっ!!!」澪は思い出したショックで大声を上げた。

「アイツ、あの男の助手か!!」

「何々?彼と会ったの?」

「今日転校してきたんだ!!通りで見覚えがあると思ったら!!」

 ウォーレンは笑いが込み上げてきて、丁度赤信号で停車して、盛大に笑い声を上げた。

「アッハッハッハッハッ!!彼が君のクラスにかいっ!!?そいつは面白いなっ!!」

「面白くあるか!!敵対組織の人間がこれからほぼ毎日近くに居るってことになるんだぞ!!?」

「良いじゃないか。最近はピースメイカーと組むことが多いんだし、いっそ協定でも結ぶキッカケになればいいんじゃない?」

「アホかお前!!」澪はそう言ってウォーレンの後頭部を引っ叩いた。

「ははっ、最近コブラ部隊がまた乗り込んできたし、強い人材を集め始めたって所か…いいねぇ、また楽しくなりそうだ」

「呑気な奴め…!」

 すると、陽里が会話に入ってきた。

「じゃあ…紫雨くんって、澪くんとウォーレンさんの敵なの…?」

「最近のピースメイカーとの関係からして、敵とは言い難いかなぁ」

「いや敵だろ。十分敵だ」澪はそう言いながら運転席のシートの後ろをゲシゲシと蹴り始める。

 いくら何でも澪がここまで機嫌が悪いと、ウォーレンも気になってきた。

「澪くん、巧登くんと早速何か揉め事起こしたのかい?」

 その質問には、陽里が答えた。

「澪くん…紫雨くんが私に笑顔を向けて、私がそれに照れちゃったから…」

「なっ…陽里ちゃん…!!」蹴るのを止めて澪は陽里を止めようとするが、もう遅かった。

「アッハッハッハッハッ!澪く~ん、もしかして嫉妬しちゃったのかい?」と、顔を前から見なくても、ウォーレンがニヤニヤと笑っているであろうことに気づいて、澪は「うるさいなぁっ!!」と怒鳴りながら、再びウォーレンの後頭部を引っ叩いた。

 信号が切り替わり、ウォーレンはテスラを発進させながら話を続ける。

「彼も君のことを気づいてたかい?」

「…いや、そんな感じは…でも帰る時に僕を見て立ち止まってたし…」

「ふむ…彼も心当たりがあるって感じかな」

「どうだか…」

 すると、陽里が澪の手を取って話し始めた。

「澪くん…紫雨くんと喧嘩しちゃダメだよ…?」

 そう話す陽里は心配そうにしながら澪の顔を見つめていた。

 彼女の不安げな表情を見て澪は黙り込み、渋々と答えた。

「……できるだけ努力してみるよ」

「うん…それがいい…だって、クラスメイトだもん…」

「…分かった」

 ルームミラーで二人の様子を静かに窺っているウォーレンは、また口元がニヤニヤとした感じに口角が上がっていた。


 一方、巧登はピースメイカーのビルに来ていた。

 丁度敷島の部屋では、愛華が敷島や暮葉と、冴木から伝えられた話について談義していた。

「とりあえず、この辺りに棲んでいる殺し屋やチンピラに聞き込みをして…

 あ、お疲れ様巧登くん」

 愛華が巧登に気づいて振り向き声を掛けてきた。

「お疲れ様です皆さん。

 何かあったんですか?」

 巧登は愛華から話を受ける。

「非正規のバイヤーか…スパイダー・ウェブによる犯行の線は?」

「いや、それはないな。アイツはそういうとこは分かってて避けてる」と敷島が答える。

「完全に私達と撃ち合いとかするのを楽しむ感じですからね…私達の武器の供給が絶たれるようなことはしてこない…」と暮葉が続けて話した。

「コブラ部隊らが流通させた可能性も無くはないが、アイツらがそこまで情報網を持ってるとは思えない。

 明日から調査開始だ。頼むぞ」

「はい!」

 話の区切りが見え、巧登は三人にあることを尋ねた。

「あ、あと…僕からも一つ良いですか?」

「どうした?」

「…舞薗澪って男の子を、知ってますか?」

 その質問に、三人はキョトンとした顔で硬直した。

「舞薗澪って…確かスパイダー・ウェブの…」

「ウォーレンの…助手の子よね…?」

 暮葉と愛華のその言葉を聞いた途端、巧登も先程の澪と同じく「あーーーーっ!!!」と大声を上げた。

「思い出した!!昔の任務で、ウォーレンと一緒に歩いてたのを見たことある!!あの頃と背丈が全然違うけど!!」

「その子がどうしたの?」

「学校のクラスに居たんですよ!!ソイツが!!」

 それを聞いて、三人は驚愕のあまりまた硬直した。

「なっ…なんですって…!?」

「嘘だろ…また厄介なことになりおって…」と、敷島は青ざめながら頭を抱えて項垂れる。

「な…何か話したの…?」と、愛華が心配そうにしながら聞いてきた。

「今日は何も…ただ…」

「ただ…?」

「隣の席に居た、アイツの恋人に、笑顔見せたら…それから睨まれるようになって…」

「恋人?あの子そんな子が居るの?」

 どうやら陽里のことは皆初耳のようだ。

「…とりあえず、巧登くん。彼との接触は極力控えてくれ…何が起こるか分からん…」

「僕もそのつもりです…」

 敷島は手を解き、椅子の背もたれに身体を押し付けながら、深々と溜息を吐いた。

「一体全体どうなってるんだ…」



 * * *



 翌日の朝。

 学校に登校した巧登は、昨日の話で新たに生まれた疑問を解消するべく、三年生の居る教室に向かった。

(予想が正しければ…

 あの”響鬼”って女の人も居るかもしれない…年齢的に、十八歳だし、(アイツ)と同じ学校に通っててもおかしくない…)

 そう思いながら、三年生の教室を周っていると、二組の教室で見つけた。

 響鬼だ。自分の席に座って、寝ぼけ眼でウトウトしながら上半身をユラユラと揺らしている。

 巧登は教室の扉に身を隠しながら、彼女を見つめる。

(や、やっぱり居た…!この学校ヤバイかもしれない…!)


 すると、巧登は後ろから誰かに「おい」と声を掛けられた。

 振り向くとそこには、澪が立っていた。巧登の正体を知らされた後というのもあり、かなり険しい表情をしている。

 巧登もまた、彼に気づき、警戒する様に凝視する。

「何してんだよ。ここ、三年生の教室だぞ?」

「…君のことは、僕の仲間から聞いた…」

「奇遇だな?僕もだ」

 二人の間に、重々しい沈黙が流れる。

 すると、ウトウトしていた響鬼がその雰囲気を察知したのかハッと目が覚め、重たいオーラが漂う方向を見つめる。

 それが気になって立ち上がり、扉から二人の様子を伺う。

 響鬼は、巧登のことにすぐ気づいた様だ。

「お~、君確か、あの人の助手さんだよね?久しぶりだね~」と、響鬼はまるで微塵も警戒してない様子で手を振りながら挨拶する。

「響鬼さん…緊張感無さすぎ…」

「う~ん…なんかね、最近のピースメイカーを思うと、あんまり敵って感じがしないからさ~」

「響鬼さん、ここでその話はやめましょう?」と、澪は少し焦り気味になる。ここでピースメイカーやスパイダー・ウェブ、お互いがやってることを周りの人に聞かれるのは非常にまずい。巧登も同じ気持ちだった。

「…話があるなら、昼の休憩の時にしようか」

「…分かった。良いだろう」

 そう言って澪は振り返り、教室へと向かう。

 巧登もその場から離れ、教室へと向かい始める。

 響鬼は二人に向かって「じゃあまたあとでね~」と言いながら小さく手を振って見送った。

 …とはいえ、澪と巧登は同じクラス。必然的に歩くルートも同じになる。

「…ついてくるなよ」

「いや、だって僕等同じ教室だし…」

「…フンッ。

 何をしても構わないけど…」

 澪は突然立ち止まり、巧登も立ち止まると、彼に指を差しながら言い放った。

「陽里ちゃんに関わるな。

 そうすれば僕も、お前に危害は加えない。いいな?」

「出来るだけそうするよ…席が隣同士だから、どこまでできるか分からないけど…」

 伝えたいことを伝え終えた澪は、手を降ろして再び教室へと向かっていく。


 教室に着いた二人だが、丁度その頃、陽里も教室にやって来ていた。

 だが、彼女の表情は、あまりよろしくない。昨日の澪とウォーレンの会話での不安が解消されていないのか、はたまた別の要因か分からないが、あまり明るい表情をしていない。

「おはよう陽里ちゃん」「おはよう!」

「おはよう澪くん…それに紫雨くんも…」

「コイツには挨拶しなくていい。

 それより、どうしたの?具合悪いの?」

「ううん…

 今日は…なんだか風があんまり良くないから…」

「風?」巧登はそのことについて聞きたかったが、澪が咄嗟に振り向いて彼を睨みつけた。

 澪はすぐに切り替えて、陽里に歩み寄り、優しく背を擦る。

「無理はしなくて良いんだよ…先生に伝えておくから、今日は帰って__」

「ううん…いいの…

 それに、こういう時は…澪くんと一緒の時が安心できるから…」

 陽里のその言葉に、澪の心臓はキュッと締め付けられる様な感覚に陥った。恥ずかしさで顔が赤くなっていく。

「え、あ…ま、まぁ…陽里ちゃんがそれでいいなら…いいけど…」

 陽里は澪の手を取り、共に教室に入ろうとする。

 彼女は紫雨の方を向き、彼にも声を掛ける。

「紫雨くんも、教室入ろう?ホームルーム始まるよ」

「え?うん…」

 三人は自分達の教室に入って行った。



 * * *



 一方、ピースメイカーのビル内のオフィスで情報収集を行っていた愛華は、ある人からの電話を受けていた。伊達刑事だ。

「もしもし?」

 《県警の伊達だ。

 早速だが、君達ピースメイカーは、武器のバイヤーについての話は何かあったりしないか?》

「武器のバイヤー?

 あぁ…実は、冴木さんから調査依頼を受けてまして…」

 《調査依頼?》

「私達以外の買い手が減って、非正規のバイヤーが武器を流してるんじゃないかって…」

 《…なるほど。

 もしかしたら、こっちの用事に関係があるかもな》

「そうなんですか?」

 すると、敷島が暮葉を連れてオフィスにやって来て、愛華もそれに気づいた。

「敷島さん!伊達さんから武器バイヤーの件について話があるそうです」

「何?」

 二人が駆け寄ってくると、愛華は電話機をスピーカーに設定し、受話器を置いて三人で伊達と会話する。

 《敷さんも居るのか》

「あぁ、今来たところだ。

 それで、何があった?」

 《一昨日、埼玉で飲酒運転で人を撥ねた奴が居たんだ。ニュースにもなってる》

 その内容は、愛華も丁度巧登とテレビで見ていたものだ。

「あぁ…家宅捜索したら、違法所持の銃器とか麻薬が見つかったっていう…」

 《そうだ。

 その武器の入手ルートの話がこっちにも流れてきて、どうやら横浜で調達したらしいんだ…》

「横浜で?」

 《とはいえ、それを所持していた沢田って奴は、冴木さんが用意した条件には合わないタイプの奴だから、冴木さんのとこでは買えないはずだし、誰から買ったって聞いても知らんそうなんだ》

「相手を知らずに買ったんですか…」

 《どうする?これからこっちに来て、一緒に埼玉県警本部に向かうか?》

 その質問に、三人は考え込み、敷島は愛華に聞いた。

「愛華くん、伊達さんと行って来てくれるか?」

「巧登くんはどうします?」

「俺からあとで電話しておく…」

「分かりました、では私が」

 伊達は愛華が向かうと知らされ、通話を終えると、愛華は支度をしてからノートオーラに乗り込み、伊達の居る場所へと向かって行った。



 * * *



 昼頃。

 再び質問攻めをしようとしてきた女子生徒達を交わし、巧登は屋上へと向かった。封鎖されているが、澪か誰かが鍵を開けた様だ。

 屋上には、澪と響鬼、それに陽里も居る。

 澪と陽里は床に座ってパンを食べたり飲むヨーグルトを飲んで、響鬼は錆びた柵に寄りかかりながら遠くの景色を眺めつつ、手作りのデカいおにぎりを食べている。

 巧登は三人に歩み寄った。

「…この学校の屋上って封鎖されてるって聞いたけど?」

「僕が鍵を開けた」と澪は白々と答えてから、食べていたあんぱんを口に運ぶ。

「巧登くんはご飯どうしたの?」と陽里は尋ねてきた。

「まだ食べてない…」

「じゃあ、パン食べる?」と、陽里は手元にあったビニール袋からメロンパンを取り出す。

「いや、大丈夫…

 それより…」

 巧登は澪の隣で立ち止まる。

陽里(かのじょ)もここに居ていいのかい?」

「陽里ちゃんは僕等のことを知ってる。別に良い。それに、陽里ちゃんは今日は僕と居た方が良い…」

 それを聞きながらヨーグルトを飲み進める陽里は小さくコクコクと頷く。

「そう…

 それで、話の内容は?君からで良いよ」

 パンを食べ終え、ヨーグルトで流し込んだ澪は、ゴミを整理しながら話を始める。

「何でこの学校に来た?他に学校はあるだろ?」

「それは上の人達の判断だし、君達と会ったのは完全に偶然だよ…」

「ふ~ん…」

 巧登は柵に腕を乗せて寄りかかりながら話を続ける。

「あとは?」

「…日本支部に来た理由。まぁ、コブラ部隊が来たから、大体察せるけどな」

「そう。真悟さんも暫く休職するみたいだし、丁度いいタイミングだった」

「あのお兄さん、休むんだ…ま、ボギーマンに気に入られてたみたいだからな…

 それからもう一つ…駿斗(あのおとこ)の奥さんには会った?」

「…会ったどころか、今は一緒に住んでる」

「マジ?気まずそー…」

「そうでもないよ。良い人だし、優しいし…

 駿斗にぃが結婚したくなるのも、ちょっと分かるなぁ…」

「お前あの人のことそう呼んでるのか…」

「実際兄みたいな人だったし…

 …じゃあ、次はこっちから質問しようか」

 ゴミを整理し終えた澪は、腕と背筋を伸ばしながら強張った身体をほぐしつつ、巧登の質問を聞く。

「…さっき陽里ちゃんが言ってた、”風”って?」

「…そのことを聞くのか…」

 澪は腕を降ろし、陽里の方を見る。

 彼女も食べ終えて整理していたところだ。

 話の流れを聞いて、陽里は答えた。

「…私、昔から、感じる風で、その日が”良い日になる”か”悪い日になる”かが分かるの…」

「本当なら凄いねそれ…」

「昨日は良い風だったんだよ?紫雨くんが転校してきたからかな?」

「それは無い」と澪が横からキッパリと言い放った。

「ふふっ…良いこともあったよ?

 紫雨くんのお陰で、澪くんの私への気持ちが何も変わってないって分かったから…」

 陽里はそう言って、澪に穏やかな優しい笑みを見せた。

 澪はまた、恥ずかしさで顔を真っ赤にして顔を背ける。

「…じゃあ、今日の風があんまり良くないっていうのは…?」

 巧登の言葉に、陽里は言葉を少し詰まらせた様子だった。

「…話しても良いかな?あのこと…」

 陽里は笑顔を崩し、澪にそう聞く。澪はそのことに、あまり良い気はしない様だ。

 澪が答える様子を見せず、陽里は顔を上げて、巧登に言った。

「…やっぱり言っておいた方が良いと思う…」

「陽里ちゃん…!」澪は咄嗟に陽里を止めようとするが、陽里は澪の手を取って、ゆっくりと降ろさせる。

 そして、あることを語り始めた。

「…私、昔ね…


 誘拐されたことがあるんだ…」


「…誘拐!?」

 巧登は思わず大きめの声を上げた。陽里は小さく頷く。

「私と澪くんがまだ十歳だった頃…

 一人で下校していた私は、男の人に攫われて、どこかの廃屋(はいおく)に連れてかれたの…」

 陽里はそう言いながら、両足の下に手を通して身体を丸める。

「その人…私のことを”天使ちゃん”とか、”お嫁さん”って言ったり、身体を触ってきたり…嫌がってる私に、エッチなことをしようとしてきた…

 攫われる前に感じてた風は、今日みたいな…あんまり良い風じゃなかったの…」

「……。」

「とっても怖かった…もう、パパとママにも、澪くんにも会えないと思って、全部諦めようとしてた…


 でもね…澪くんが一人で、助けに来てくれたの…!」


 そう話した陽里の表情は、少し明るくなった。

「部屋の隙間風が、その時は良い風で…

 それがした後に、澪くんがね、木の棒でその人を叩いて、その人が苦しんでる間に、二人で逃げ出したの…!」

 すると、陽里は澪の手を再び、今度は両手で取って、優しく包み込む。

「あの時の澪くん…”王子様”みたいでとってもカッコよかった…!」

 思い出した嬉しさのあまり、陽里は目が潤んでいた。澪は「大袈裟だよ…」と恥ずかし気に呟きながら顔を逸らす。

「…誘拐犯はどうしたの?」

 陽里は巧登のその質問に、首を小さく横に振って答えた。

「分かんない…

 もしかしたら、まだ捕まってないのかも…」

「……。」

「ウォーレンさんが、澪くんと一緒に私を守ってくれるって言ってたから、多分…大丈夫だとは思うけど…」

「…(キミ)、その頃にはもうウォーレンと組んでたの?」

「いや、そのことがキッカケでウォーレンと会ったんだ」と澪は答えた。

「犯人を殴った時の様子とかをたまたま見てたみたいで、「君の勇気を見込んで、助手として招待したい」って…

 陽里ちゃんの身の安全も保障してくれるっていうから、仕方なく…」

「そうだったのか…」

 陽里の言っていた風のこと、澪とウォーレンのことも聞いた。あと残った質問は…。

「…最後に一つ良いかな?」

「何だ?」

「…スパイダー・ウェブは、今どこかに武器を売り捌いてる?」

 咄嗟にほとんど関係のない話題を振ることで、相手の動揺を探るつもりでした質問だ。

 だが、澪も響鬼も、そのことは知らない様だ。

「いや?うちは運ぶのはともかく、売るのはしてないぞ?最後に武器を運んだのも、あの香港の時だし…」

「…そっか」

「…ピースメイカーの方で、何かあったのか?」

「知らないならこれ以上は聞かないし、関わらなくてもいい…」

 巧登はそう言って柵から腕を離し、三人の前から去ろうとした。

「聞きたいことは聞き終わったから、昼ご飯に行ってくる」

 最後に立ち止まって振り向き、澪に向かって微笑んで言った。

「…陽里ちゃん(そのこ)のこと、大事にしてあげて」

 そう言い残し、巧登は屋上から歩き去って行った。

「…お前に言われなくても…」

 澪はそう呟いて、陽里の背中を優しく擦る。

 すると、陽里は澪の肩に寄りかかって、上目遣いで彼の顔を見て微笑んだ。

 その傍らで、おにぎりを食べ終えて、水筒に入れたお茶を飲んで、響鬼は微笑を浮かべて呟いた。

「…熱いなー…」

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