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Ep.21前半

 ウォーレンと共に修作の墓参りをした次の日の朝。

 愛華は朝早くからピースメイカーのビルにやって来てガレージに籠っていた。

 修理が終わったグロリアの横で一人、GT-Rの整備をしている。フェンダーを外して、修作が手を加えていた頃に作ったであろう機銃の搭載スペースに、新調した5.56mm軽機関銃を取り付けている。この数日作業してきたおかげである程度が終わっている。

 給弾ベルトを装着していると、敷島が暮葉を連れてやってきた。彼は湯気が立っているコーヒー入りのマグカップを手に持っている。愛華は一度手を止めて彼らの方を向いて挨拶する。

「おはようございます」

「おはよう。コーヒー要るかい?」

「あ、ありがとうございます…そこの机に置いておいてください」

 愛華はそう言うとすぐに作業に戻った。

 敷島は近くにある机の上にカップを置き、グロリアにそっと寄りかかりながら、GT-Rを見つめる。

「…この車、元々はウォーレンへの対抗用として作ってたんだ」

 それを聞いて、愛華はピタッと手を止める。

「いくらアイツがチューンしたグロリアとはいえ、ウォーレンも中々のメカ狂いだ。とてつもない加速力を誇る車を持ってる。それに対抗できるようにGT-Rを調達して改造していったが…再戦の前に、な…」

「…じゃあ、修作さんも、任務ではこれは…」

「一度も使ってない。任務で使ったのは君が初めてだ。

 …良い車だろう?」

「…はい」愛華は微笑みながらそう答えた。

「…そうか。それなら、アイツも喜ぶだろうな」

 敷島はそう言って歩き出し、暮葉と共にガレージを出ようとする。

「おっと、大事なことを伝え忘れてた。

 二時間後、部屋に来てくれ」

「分かりました」



 * * *



 作業を終わらせて身だしなみを整えてから、敷島の部屋に向かう。

 そこにはピースメイカーのメンバー達が集まりつつある。

 真悟も居たが、あまり浮かない表情をしている。その理由は大体察せる。トラウマを受け付けてきた男達に捕まって、何かされたのだろう…そんな事があった後では、調子も上がらないのも当然だ。

 皆が集まると敷島が話を始める。

「今回は任務ではない。

 近々、ようやく…ヨーロッパ支部から人材が一人やってくる」

「ということは…”彼”が戻ってくる、ということですか?」真悟がそう聞くと、敷島は静かに頷く。

「正式に日本支部で働くのは実に六年ぶりになるな…」

「…”彼”っていうと…例の”巧登(たくと)”って子ですか?」話に置いてけぼりになる前に愛華はそう尋ねる。

「そうだ。

 赴任早々君達と共に組んでもらうから、そのつもりでいてくれ。

 これから彼を出迎える準備を始める。一時間後オフィスに再集合するように」

「分かりました…」

 話が終わって皆が敷島の部屋を出て行こうとすると、敷島は真悟と愛華を呼び止めた。

「愛華くんは、一旦外に出てくれ…真悟くんが帰ったら話す」

「…?分かりました…」

 愛華は気になって、敷島の部屋の扉を閉めると、耳に当てて真悟と敷島の会話を聞く。

「…なんでしょうか」

「真悟…お前しばらく休んだ方がいい…」

「僕のことは、気にしないでください…」

「そんなワケにいくか。あの日以来、ずっとそんな調子だと、任務に支障が出かねん」

「っ…僕はただ__」

「「仕事に専念して忘れていたい」と?悪いがそういうやり方をして支障をきたした人間を俺は何人も知っている。

 …落ち着くまで、休んでなさい…」

「……分かりました」

 話が終わると、真悟は部屋を出ていくためこちらに向かってくる。愛華は扉から離れ、扉を開けて姿を現した真悟の顔を見つめる。

 彼はあまりにも辛そうで、今にも泣き出しそうな程目が潤み、重たいオーラを身に纏っている。

 彼女に気づいてお互い目を見つめ合うと、真悟はそっと目を逸らし、ユラユラと身体を揺する様に、彼女に背を向けて歩き去っていった。

「……。」

 愛華は敷島の部屋に再び入り、敷島と向かい合って話す。

 さっきの話のせいもあってか、場の空気が重たい。

「待たせたな…」

「…真悟くんは、いつ復帰させるつもりなんですか?」

「…聞いてたか。

 まだ決めてない。何をされたのか彼は報告してくれないが、言いたくもない様なことをされたのは分かる…

 そんなことをされて身体や心に負った傷は、どれくらいで治るのか分からん…

 まぁ、一か月くらいを目途に考えておく…」

「…それで、私への話は?」

「あぁ…

 巧登くんのことなんだが…

 彼が来たら、君の家に住み込みで通ってもらおうと思ってる」

「私の家にですか?」

「あぁ。何かあった時のサポート役にはピッタリだと思うし、任務の合間は普通に学生生活を送ってもらうことになっている。君の家から通わせるのが一番適任だろうと思ってな」

「そういうことですか…私は構いませんよ」愛華は笑顔を作って見せた。

「そうか…じゃあ、彼のこと頼んだよ」

「はい…」



 * * *



 数日後の日曜日の夕方。

 朝のヨーロッパから八時間のフライトを経て、成田空港に一機の旅客機が着陸してきた。愛華と敷島、暮葉がターミナルでその様子を眺めている。

 乗客が降りていき、荷物などのチェックを終えると、三人のもとに、一人の青年がやってきた。

 濃紺のショートヘアで、グレーの瞳と目尻が緩やかな輪郭をした目つきをした、爽やかな好青年的な顔立ちをした男の子だ。背は愛華より少し高い。

 彼は沢山の荷物が詰まっているであろう大きなリュックを背中に担ぎ、それぞれの手には、犬猫などの動物用のケージが握られている。

 三人の前で立ち止まった彼は、ニッコリと笑顔を見せた。

「お久しぶりです、皆さん!」

「お疲れ、”巧登くん”。荷物持とうか?」と暮葉は優しく微笑みながらそう尋ねる。

「あっ、大丈夫ですよ!無理なさらず!」

 敷島は少し前に出て彼と話す。

「長旅で疲れただろう?今日は家に行って休みなさい」

「はい!」

「さて…彼女のことは知ってるだろう?」

 そう言って敷島は、愛華の方に手を差し出す。愛華は小さく会釈をする。

「…覚えてます。

 お久しぶりです、愛華さん。とはいっても、まともに話すのは、今が初めてですが…」

「そうね…改めて、よろしくね」愛華も優しく笑顔を見せる。

「事前に伝えていたと思うが、今日から君は彼女の家に住んでもらう」

「はい、よろしくお願いします!」

「えぇ…

 …ところで、そのケージは?」と、愛華は巧登の持っているケージに視線を移す。

「僕のパートナーです!」

 愛華はしゃがんで、まずは彼の右手のケージの中を覗く。

 そこには、愛らしい顔立ちをした、やんちゃそうなビーグル犬が入っていた。

「わぁ~、可愛い~」

 愛華は思わず甘い声でそう歓喜の声を上げる。

 左手のケージを覗くと、そちらには、逞しい立派な体つきをしたシェパード犬が静かに座っていた。

「おぉ、こっちはカッコイイねぇ~」

「ビーグルは”ルナ”、シャパードは”ジョン”っていいます」

「君達もよろしくね~」

 と愛華はそれぞれに小さく手を振る。


 駐車場に行き、愛華の運転で乗ってきたグロリアに歩み寄る。

 そのグロリアを見つけて、巧登はハッと我に返った様に大人しい表情に変わった。

「…この車、まだ残してあったんですね」

「あぁ…今は彼女の物だ」

「そうなんですか…懐かしいなぁ…」

 ボストンバッグをトランクに入れ、巧登と暮葉が後部座席に座ってそれぞれケージを足の上に置く。

 皆が乗ってドアを閉め、愛華がエンジンを掛けて発進させると、巧登は話の続きを始める。外で話す内容では無いのだろう。

「敷島さんは覚えてますか?僕と初めて会った時のこと」

「よく覚えてるさ…」敷島はドアの窓の淵に左腕の肘を頬杖をしながら言う。

「一人街を彷徨ってたお前は、暖を取りたくてこの車のドアをこじ開けようとしていたな」

「ははっ、それですぐに”駿斗にぃ”に見つかって冷たく怒られましたね~。それで敷島さんが駿斗にぃをなだめて場を収めて」

「そんな出会い方だったの?」愛華は前を向いて運転しつつ二人にそう聞く。

「そうなんですよ!それがキッカケでピースメイカーに入ることになって、今に至るワケですよ!」

 一人で街を彷徨っていたという部分が気になるが、その内分かることかもしれないし、この場で聞く話では無いかと思い、愛華はそのことについては追及しなかった。

「あの時のグロリアはこんなに車高低くなかったし、アルミホイールも履いてませんでしたねぇ~」

「そうだな。あの時は覆面パトカー風にカモフラージュしてた時だからな。任務が終わった直後で良かったよ…」

 愛華は話の区切りが見えてきた所で、違う話題を巧登に振る。

「…修作さんの助手をしてたって聞いたけど、どんなことをしてたの?」

「そうですね…最初の頃は、駿斗にぃ…修作さんから、戦闘の基本とか、運転とかを教わって…」

「運転って…八年前って、まだ九歳でしょ?」

「ほんとビックリしましたよ…全然前見えないしペダル届かないしで、苦労したなぁ~…

 あの頃の修作さん、ほんっと冷たかったから、上手くできてもあんまり褒めてくれなかったし…」

「それで碧柳くんと小摩木さんが積極的にフォロー入れてたわね」

「そうそう!」

 三人の話が盛り上がっていき、次第に置いてけぼりになっていく愛華。

 話を聞くに連れて、自分が知らない修作のこと、自分と出会う前の彼のことを聞いていくと、自分が結婚した相手と同一人物なのかと疑問に思ってしまう程かけ離れているように感じる。

「いやでもほんと…結婚式の時に、あの人の…心の底から笑ってる顔を見た時…なんか嬉しかったなぁ…」

「…そうだな」



 * * *



 そうこうしているうちに、愛華の家であるマンションに到着した。すっかり夜になっている。

 敷島と暮葉はビルに戻り、愛華はケージを二つ持ち巧登はリュックを担いで上がっていく。

 部屋に辿り着き灯りを点け、まずは巧登のために用意した部屋に案内する。

 修作の仕事部屋だった部屋だ。二つの本棚をスライド式の棚に移し替えるなどしてある程度整理し、巧登の物を自由に置くスペースを作り、新調したベッドやクローゼットを壁際に置いてある。

「修作さんの物が色々残ってて、捨てるワケにはいかないと思って、物置に移したり、そのままにしてあるの…」

「大丈夫ですよ!僕普段部屋に物はあんまり置かないタイプなので」

「そっか…」

 部屋に荷物を置き、リビングに向かう。

 リビングでケージを開け、ルナとジョンを部屋に放つ。初めての場所で不慣れなのもあり、あまり活発には動かない。

 巧登は修作の仏壇に向かい、座布団の上で正座した。

「駿斗にぃ…ううん、修作さん…久しぶり…」

 そう言って、線香をあげ、両手を合わせて念じつつ呟く。

「しばらくお世話になります…」

 その様子を愛華は静かに見つめる。何も言わずにああいうことができるのは今時の子では珍しい。

(修作さんにあぁいうこと教わってたのかな?)


 愛華が夕食を作っている間、巧登は荷物の整理をする。

 大きなリュックに入っていた物の正体は大半が服で、特にバイク用のスーツがスペースを圧迫していた。

 自分のために用意された新品のクローゼットを開けるとそこには、明日から通う学校の制服がハンガーに掛けられていた。

 紺色のブレザーと白いワイシャツ、灰色のチェックのズボンだ。鮮やかな赤いネクタイも用意されている。底の方にも、通学用の黒革の鞄が置かれていた。

 衣類をクローゼットに仕舞い終え、リュックの奥に入れてあったノートパソコンを、かつて修作のデスクトップPCが置かれていた場所に置く。修作のPCは今物置に仕舞われている。

 ノートPCを立ち上げ、ワイヤレスのイヤホンセットを耳に掛け、誰かとビデオ通話を始める。言葉はイギリス英語だ。

 相手は”シャーリー・カスティル”。ピースメイカーヨーロッパ支部のリーダーである女性だ。銀色の細い淵の眼鏡を掛けていて、白い肌にマッチした鮮やかなブロンドの長い髪は綺麗に伸びており、顔立ちも若々しく見える。

 ルーデンシア共和国での会議の際にも来ていたが、愛華は直接会ってはいないだろう。

「〈どうも。無事日本に着きました〉」

 《お疲れ様。どうだい?ハヤトの奥さんは。ルーデンシアに行った時は話す機会が無かった》

「〈良い人ですよ。だって、駿斗にぃの奥さんですよ?〉」

 《フフッ、それもそうだな》

「〈日本の学校に通うのも久しぶりで、そっちの方が不安ですよ…〉」

 《仕方ないさ。君の表向きの顔を作っておかないといけないからね。しっかり励みなさい。

 …おっと、呼ばれたから、私は失礼するよ》

「〈はい、ありがとうございました〉」

 通話を終え、巧登はノートPCを閉じる。

 窓に歩み寄り、チラッとカーテンを捲り、向こうに見える横浜のビル群を見据える。キラキラと星空の様に輝く夜景を見ていると、何故だか、妙にしんみりとしてくる。

「…僕は駿斗にぃの代わりに、あの人を守れるかな…」

 思わずそう呟いて、黙り込んでいると、愛華がドアをノックしてきた。

「巧登くん、ご飯出来たよ」

「あ、はーい。今行きまーす」

 巧登はカーテンを戻し、部屋の灯りを消してリビングに向かう。


 愛華は二人用の食事だけでなく、ルナとジョンの分の料理も作っていたようだ。犬の食に合った味付けをしてある。

「この子達のも作ってくれたんですか?」

「うん。私も実家で犬飼ってたから、うろ覚えだけど作ってみたの!」

 そう天使の様な明るい笑顔で話す愛華。それを見ていると、修作が彼女に惹かれたのも少し理解できると感じた。

「…ありがとうございます」巧登は微笑んでそう言った。

 テレビを点け、二人はテーブルに向かい合って食事をする。犬達も口に合ったのか、元気よく食べ進めていく。

 食事をしながら二人は談笑している。

「巧登くんって、苗字は?」

「一応”紫雨”で通してます」

「あ~…だから結婚式の時あの人と一緒に居たのか~」

「そうなりますね」

「明日から学校に通うらしいけど、どこの学校だっけ?」

「えっと…”私立横浜南高校”ですね」

「横浜南かぁ…電車で行く?それとも、私が送迎しようか?」

「大丈夫です!電車で通いますよ!日本の電車も久しぶりなのでちょっと楽しみなんですよ!」

「そっかぁ~。

 けっこう乗り物とか好きなの?」

「ほとんどは修作さんの影響ですね…チューンとかよく手伝わされてましたし、その成果として、車一台作ったんですよ!多分日本支部のガレージに眠ってるかも?」

「ガレージに?あったかなぁ…?」

 そう話していると、流れていたテレビ番組が終わり、合間の時間のニュースに切り替わった。

 《__昨日午前十時頃、埼玉県所沢市の路上で、男性が飲酒運転の車に撥ねられた事件で、埼玉県警は、自動車を運転していた沢田竜二さん四十八歳を、道路交通法違反の容疑で逮捕しました。

 沢田容疑者は、昨日午前十時頃、所沢市の路上で、歩道を歩いていた男性を撥ね、そのまま逃走していました。

 埼玉県警によりますと、沢田容疑者の自宅から、違法所持の銃器や合成麻薬が発見され、埼玉県警は詳しい__》

「わぁ~物騒な事件だねぇ」

「まぁ僕等の方がよっぽど物騒ですけどね~」

「それもそうだね~」

 二人が話し終えると、ニュースの話題は切り替わり、天気予報になった。明日は快晴のようだ。



 * * *



 翌朝。

 朝食を済ませ、制服に着替えた巧登。鞄の中身もチェックしてから、部屋を出る。

 リビングに行くと、愛華は朝早くからルナとジョンを楽しそうに撫で回していた。二頭もまだ一晩しか一緒に過ごしていない人間相手でも悪い感じでは無さそうで、愛華の当たりの良さがよく分かる。

 巧登に気づき、愛華は立ち上がる。

「準備はオッケー?」

「バッチリです!」

 そう言う巧登だったが、赤いネクタイが少し曲がっている。

「ほんとかなぁ?ネクタイ曲がってるぞ~?」

 愛華は微笑みながら巧登に歩み寄り、彼のネクタイを整える。間近に迫る彼女を前にして、巧登も少し動揺する。心地の良い香りが漂い、温かな空気を感じ取る。

 駿斗にぃも、こういうことを毎日していたのだろうか…。

「これでよし!じゃ、学校初日、頑張ってね!」

「は…はい!いいい行ってきます…!」

 巧登は高鳴る鼓動を隠す様に、小走りで玄関に向かい、部屋を出ていった。

 その理由を知らない愛華は、少し不思議がりながら彼の後ろ姿を見送った。

「…そんなに電車に乗りたかったのかな?」

 そう呟くと、ルナが愛華を見上げながら「くぅ~ん?」という鳴き声を発する。


 私立横浜南高校。

 少し古風な白い建物で、真新しさは無いが、グラウンドや体育館は広く、昼食の時間に開放される食堂も十分な広さがある。一階の購買店もコンビニ程の品揃えでは無いものの学校生活で使う大体の物は揃えられている。

 人気のない三階の窓際で、一人の少女が窓を開けて、小さな風を受けながら遠くの景色を静かに見つめている。

 黒く長い、右目が隠れている長い髪をし、縁の無い眼鏡を掛けた、おっとりとした顔つきの、澪よりも少し小柄な子…先日澪と古本屋に行ったあの子だ。

 そこに、澪もやってくる。

「”陽里(ひかり)ちゃん”、おはよう…」

「澪くん…おはよ~」陽里と呼ばれた少女は、ゆらりと澪の方に顔を向けて微笑みながらそう挨拶する。

「…どうかしたの?」

「うぅん…ただ、風を感じてただけ…」

「…”良い風”?」

「そうだね…良い風…

 それになんだか…今日はいつもより、楽しくなれる気がする…」

「…何それ?」

「わかんない…なんとなく、そんな気がするだけ…」

「…そろそろ教室行こう?」

「…うん」

 陽里は窓を閉め、澪に歩み寄る。

 振り向いて歩き出そうとした澪の手を、彼女は両手でギュッと握る。

 澪は恥ずかしさで顔を一気に真っ赤に染める。

「っ~~!?陽里ちゃん!?」

「えへへ…今日もあったかいなぁ、澪くんのおてて…」

「が、学校でもするの…?」

 そう言いながらも、澪は振りほどく素振りもせず、激しく照れながらも二人で自分達の教室へと向かっていった。

「そ…そういえばさ…今日、転校生くるらしいね…」

「そうだっけ?」

「確か…イギリス留学から帰ってきたっていう…」

「イギリスかぁ~…良いなぁ~。私もイギリス行ってみたいなぁ~。

 長いお休みがあれば良いんだけどなぁ~」

「…じ、じゃあ今度さ…どこかの休みで、一緒に行く?」

「ふふっ…半分じょーだんだよ~。行きたいって気持ちは嘘じゃないけど~」

「…そっか」澪は少し残念そうにしながら、彼女と共に歩き続ける。


 最初のホームルームが始まる頃。

 澪と陽里が居る一年三組の教室。名前順で並んでおり、陽里は”楠木(くすのき)”という苗字のため、澪より前の順で、澪は机を一つ飛ばして斜め左に座っている。

 陽里の左隣の席は空席になっている。転校生がここに座るのだろう。

 チャイムが鳴ると、担任の先生である男性が入室してきた。背の高い痩せ型の穏やかな雰囲気のする人だ。

「皆おはよう。

 早速だけど、今日このクラスに、転校生がやってきます」

 その言葉を皮切りに、生徒達が盛り上がりを見せる。澪と陽里は大人しく、澪に至っては頬杖をつきながら真顔でいる。陽里はキョトンとした様子だ。

「静かに静かに!」と先生が場を落ち着かせると、話を再開させる。

「じゃあ、紫雨くん!入って!」

 呼ばれた紫雨巧登は、教室に入ってくる。

 顔立ちも爽やかで良い青年。そんな彼を目にした途端、ほとんどの女子生徒達が小さく歓喜の声を上げた。

「スッゲ~イケメンじゃね!?」「かっこいい~!」

 黒板の前に立ち、巧登はニッコリと笑顔を見せて元気よく挨拶する。

「初めまして!紫雨巧登と申します!よろしくお願いしまーす!」

 周りの生徒達が抑えきれなくなった黄色い歓声を上げている最中、彼の顔を見た澪は、何かを感じる。

(…アイツ、何か見たことある様な…?気のせいか?)

 再び先生が場を静め、巧登に言う。

「それじゃあ紫雨くんは…そこの空いてる席に座って」

 そう言う先生が指差す方には、陽里の左隣の空席がある。

「分かりました!」

 巧登はその席に向かい、丁寧な素振りで座る。

 周りの女子達が彼に見惚れて視線が集まっていくと、自然と陽里もその視線に巻き込まれることになり、陽里はどこか落ち着かない様子になってきた。


 そんな様子に気づいた巧登は、彼女の方に顔を向け、優しく微笑んだ。

 その笑顔に、陽里も少し心が揺れ動いたのか、頬が小さく赤くなり、ゆっくりと顔を背ける。


 その様子を斜め後ろから見ていた澪は、目を見開いて硬直していた。

「なっ…ななな、な…!?」


 やがて、澪は自覚した。

 転校早々、陽里をたぶらかそうとしている様に映った彼に、殺意を抱いたことを。

 燃え盛る炎の様な動きをする真っ黒なオーラを漂わせ、冷酷な眼差しで、巧登を睨みつける。

 その視線と殺意に巧登も振り向く必要も無い程に気づいており、一体自分が何をしたんだ?という気持ちになっていった。

(え…?僕、何か変なことした…!?)



 * * *



 愛華は巧登が連れてきた二頭の犬達をピースメイカーのビルに預け、冴木の武器屋に向かう。45口径と9mm口径の弾丸のセットを補充するためだ。

 店に着き、カウンターの向こうに居る冴木に顔を合わせて早々、彼からいつもより一層気だるげな雰囲気を感じ取る。

「…らっしゃい」

「お、おはようございます…何かあったんですか?」

「ん…?まぁちょっとな…

 ……いや、君達ピースメイカーには、一応聞いておいてもらった方がいいか…」

「……?」

 冴木は愛華に真正面に向いて話を始める。

「実はここ最近、妙なんだ…」

「何がです?」

「客の出入りだよ…ここ最近、かなり減ってるんだ…

 うちは、おたくらピースメイカーだけじゃなく、そこいらの殺し屋とかも、うちが提示する条件を満たせば買い付けてくる。

 だがな、後者の連中が明らかに減ってるんだよ…」

「…というと?」

「他に良い売り手が現れたってことかもしれないんだ…

 だがそういう情報は、本当なら俺にも届くはずなんだ。この類の商売ってのは、競争を激化させるのはかなりマズい。そのためだ。

 それが一切流れてこない」

「…非正規のルートで、武器が格安で流れてるってことですか?」

「その可能性が高い…

 このままだと、売上に大きく影響が出て、ピースメイカーも不利になるかもしれん。

 そっちの方で、調査してくれないか?

 もし万事オッケーになれば、割引するぞ?」

「無理はしないでくださいよ…

 調査の件は、敷島さんにも繋いでおきます」

「あぁ…頼んだ…」

 …二人の間に、しばらく沈黙が走る。

「…えっと、とりあえず今日の買い物を…」

「おぉっとすまない…!ご注文は?」



 * * *



 午前の授業が終わり、多数の生徒達が巧登を取り囲んでいる。彼は立ち上がって食堂に行きたい所だが、囲まれ過ぎてそれどころではない。

「紫雨くんって、イギリスから来たんでしょ?ご飯不味いって本当?」「雨ばっか降ってるってマジ?」と、色々な質問をされる。

 隣に座っている陽里は、全然落ち着けなくなり、それどころか一気に人が押し寄せた影響で少し怯えている様に見える。

 その場から離れようとゆっくり立ち上がると、澪が力強い足取りでやってきて、やや荒っぽくもあるが力まずに、陽里の手を取る。

「行こう陽里ちゃん…!」

「う、うん…」

 澪は陽里の手を取って、教室を出ていった。

 二人で一階の購買店に向かって、人気のない場所を歩いていると、陽里は澪を呼び止める。

「どうしたの澪くん?怒ってるの…?」

 そう聞かれた澪は立ち止まり、下を向きながら話す。

「…陽里ちゃん…アイツに何されたの?」

「…何って?紫雨くんのこと?」

 澪はゆっくりと顔を上げ、陽里の目を見て話す。その顔には、必死に怒りを堪えようとしている様子がうかがえる。

「…アイツが隣に座った時…なんか、恥ずかしそうにしてたじゃん…」

 そう答える澪を見て、陽里は、「ふふっ…ふふふっ…」と小さく笑い始めた。

「やだなぁ澪くん、もしかして…紫雨くんに嫉妬してるの?」

 図星を突かれた澪は必死に隠そうと慌て始めるが…。


 陽里は動揺する彼の胸にそっと手を当てて寄りかかり、顔を近づける。

 その瞬間、澪の心拍数が急上昇した。太鼓を力強く叩く様な強烈な鼓動が鳴り響き、体温が急上昇する。

「ひ、ひひひっ、陽里ちゃん…っ!!?」

「大丈夫…

 最初だけ照れちゃったけど、そんなにあっさりと恋人を変えたりなんてしないよ…


 私は、”澪くん一途”だから…

 それに…澪くんは、”私の王子様”だもん…」

 そう言って、陽里は穏やかな満面の笑みを、彼の間近で見せた。


「ひっ…ひか…陽里ちゃ…っっ!」

 彼女の優しさと、心を締め付ける程の愛おしさに、澪は巧登に向けていた殺意を完全に失い、もはや陽里しか眼中に入らなくなっていた。

「…購買行こ?早くしないとパン売り切れちゃう」

 その言葉で我に返った澪は、呼吸を整える。

「そ、そうだね…行こう…」

 澪は再び陽里と共に歩きだす。

 陽里は、澪の左腕に、まるで全身で抱き締める様に両手で包みこむ。


 澪は、もう巧登のことを完全に忘れ、ただ一心…かつて心の中に決めたことを再度決意する。


 __この子は、僕が守らないと。


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