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Ep.20中盤

 夜も深まり丑三つ時になった。

 鈴の母が居るホテルのピースメイカーメンバーは、鈴の帰りが予想以上に遅く不安に駆られた彼女に、あえて鈴の安否を伝えず、「明日には戻ってくる」とだけ伝えて部屋に戻るように促したが、部屋に戻った彼女は、鈴の身の安全に不安を抱えて眠れずにいた。

「鈴…無事でいてちょうだい…」


 指令室でどうするべきか考えあぐねている敷島。

 深夜とだけあって強い眠気に襲われているが、暮葉から冷水に漬けたタオルを貰って顔を冷やして眠気を覚まそうとする。

 そんな時、オペレーターが受話器を持ってやってきた。

「どうした…?」

「お電話が入っております…匿名の方から」

「匿名?」

 敷島は電話を受け取り応答する。通話相手は声を加工していた。

 《もしもし敷島さん?》

「誰だ?」

 《連れ去られたアンタらの仲間、居場所を知ってるよ》

 それを聞いた敷島は勢いよく立ち上がった。隣に居た暮葉もビクッと驚いて後退りする。

「本当かッ!?どこだッ!?」

 《まぁまぁ落ち着きなって。

 場所は”浦安にある建設中のビル”だよ》

「浦安…?千葉か…

 具体的な場所は?」

 《君等なら防犯カメラの映像をジャックして探し出せるでしょ?》

「っ…頼む…緊急なんだ…教えてくれ…」

 《う~ん…そうだねぇ…

 じゃあ条件を一つ》

「…何だ?」

 通話相手の声が途絶え、少し経つと小声で《え~…マジですか…?分かりました…》という声が聞こえてきて、やがて通話相手が戻ってきた。

 《四日後の午前9時に、日ノ出町駅近くのコインパーキング前に、天羽愛華を連れてきて……え?デートに向いてる恰好?えぇ……デートに向いてる恰好で来てくれって》

「…何言ってるんだお前?」

 《俺に聞かないでくれ…

 とにかく、そうしてくれれば詳細を言う。どう?》

 愛華本人が居ないのにその条件を飲んでしまうのは気が引けるが、愛華の安否のためにも仕方がない。

「…分かった。伝えておく」

 《おっけー。

 んじゃ…え~っと、浦安の…あ~めんどくさい。住所送るね》

 と、突然通話が切られた。

「はぁっ!!?もしもし!?もしもし!?」

 どんなに叫んでも、相手が電話に戻ることはなかった。

「逆探は!?」と暮葉が近くに居る指令室の担当者の一人に尋ねるが、「ダメです…」と返された。

 すると、再びオペレーターがやってきて、今度はFAXが送られてきたようで紙を渡してきた。

 そこには、先程の電話で言っていた場所であろう座標と住所が記載されていた。

「ここか…」

「信用していいんです?」と暮葉は眉を潜めて尋ねる。

「今はこれに従うしかない…」

「とはいえ、千葉に回せる人員居ます?」

 すると、敷島はスマホを取り出し、暮葉やオペレーターを置いてその場から立ち去った。

 指令室を出て、誰も居ない人気のない場所に行き、誰かに電話を掛ける。

 少し待つと、相手が電話に出た。

「……あぁ。夜遅くにすまない。

 緊急事態だ。愛華の…そう、彼女が危ないんだ…

 場所は浦安市…そう、人員が足りてないし近場にも居ないんだ…

 君だけが頼りなんだ…」



 その電話が終わった直後の、とある場所の立体駐車場。

 僅かな灯りしかなく、この夜中にこの場を駆け足で移動している人の姿を、ハッキリと見ることはできない。それでも、背中に縦長の太く見える黒い鞄を担いでいるのは分かる。

 その人物は、カバーを掛けられた車の隣で静かに佇んでいる、妖しく濃い紫の輝きを放つ日産・スカイラインGT-R R33型に近づき、トランクを開けて鞄を入れ、運転席に乗り込む。

 すぐにエンジンを掛けて即座に発進し、けたたましくタイヤを鳴らしながら、駐車場を走り去っていった。



 * * *



 愛華は手の爪で、どうにかしてロープを切れないかと奮闘していた。

 しかし、全くロープに指が届かない。

 やがて諦め、身体の力を抜く。

 その時、足に目線を移すと、あることを想い出した。ブーツの中にナイフを隠していた。

 足を床に押し当てて感触を探ると、どうやらここは連中に探られなかったのか、ハッキリとナイフが入っていることに気づく。

 とはいえ、足首をロープで縛られているため、ブーツを脱いでナイフを取り出そうにも不可能だ。

 やはり諦めるしかないのか…。

 そう考えていると、鉄扉が非常にゆっくりと開かれる。

 その動作からして、ひょっとしたら連中ではない誰かかと感じた愛華。

 予想は当たった。ドアを開けて、部屋に入ってきたのは、澪だった。

「あっ、アナタ__」

 思わず大声を上げそうになったが、澪に「シーッ」と口に人差し指を当てるジェスチャーをされ、愛華は一度言葉を飲み込んだ。

 澪がまた静かに扉を閉め、愛華に近づいてしゃがむ。

「アナタ、ウォーレンのとこの…!?どうしてここに?」

「掲示板の情報を追って、怪しい車を見つけて尾行してたら、ここに…」

「…何しに来たの?」

「アンタはウォーレンのお気に入りみたいだからね。

 もしアンタ()()死なれたら、アイツ落ち込んで、仕事に支障出しそうだし…」

「…じゃあ、助けてくれるのね?」

「一応、ね…」

 澪は愛華を縛るロープに手を掛けようとし、彼女は「あ、待って…!」と引き留める。

「ブーツに、ナイフが隠してあるの…!幸い、アイツらそこは見なかったみたい…!」

「マジ?凄腕傭兵のくせに仕事が雑だなぁ…」

 愛華のブーツを探ると、足を縛るロープの上ギリギリの所に、隠された携帯ナイフがあることに気づいて取り出す。

 刃を出し、まずは手前の脚のロープを、次に手のロープを切る。

 ようやくロープから解放された愛華は、強張った手足を動かして、安堵の息を吐く。

「ありがとう…

 澪くん、だったよね?」

「別に礼なんて…」

 そう言って澪はナイフを愛華に手渡す。

「…この借りは今度__」

「あぁ…それは多分、後でアンタの上司から話があると思うから」

「え?」

「まぁとにかく、僕はこれで退散するよ」

 そう言って澪は立ち上がり、部屋を出ようとする。愛華はすぐに立ち上がって、彼の腕を掴んで止める。

「ま、待って…!

 真悟くんと鈴くんはどこに居るか知らない?」

「…鈴ってのが誰か分からないけど…

 ボギーマンが向かいの部屋に入ったみたいだから、真悟って人はそこに居るんじゃない?」

「…ボギーマンって、あの痩せ細った方のよね?」

「うん…

 最後にあっちの部屋に入ったのは、三分くらい前かな?」

 二人は小さく扉を開け、辺りに誰も居ないことを確認してから廊下に出て、真悟の方に向かう愛華と、脱出しようとする澪の二手に分かれる。

「じゃ、さよなら」

「うん…ありがとう…」

 澪は廊下の奥まで駆け足で去っていき、愛華は向かいの部屋の扉に近づく。

 軽くノックをして、返事が来ないか試す。

 …一瞬だが、鈴の声が聞こえた。

 ゆっくりと扉を開け、すぐに中に入って扉を閉める。

 部屋の方を見ると、そこには鈴と真悟の姿があった。

 鈴はようやく愛華に会えたのが嬉しいのか、疲れ切った様な顔が一瞬で笑顔になる。

「お、お姉さん…!」

「待ってて二人共…今ロープを切るから…!」

 その声に気づいた真悟は、ゆっくりと愛華の方を見る。

 虚ろだった瞳に、ジワジワと輝きが戻ってくる。

「まっ…愛華さん…!?」

「もう大丈夫よ、真悟くん…!」

 愛華はまず先に真悟の手足のロープを切り、最後に鈴のロープを切る。

 鈴はボギーマンに降ろされたままのズボンを直してから、愛華に抱きつく。

「怖かった…ずっと…!」

 震える声でそう言う鈴の背を、愛華はそっと撫でた。

「よく頑張ったわね…偉いわ…」

 一方で真悟は、ようやく親しい人と会えた上に自由の身になれたとはいえ、不安が拭えず浮かない顔をしていた。

「愛華さんも…捕まってたんですか…?」

「えぇ…でも、ウォーレンの助手くんが尾行してて、ロープを切るのを手伝ってくれたの…」

「ウォーレンの助手って…あの男の子ですか…?」

「そう…ここを私達に任せて、もう脱出しようとしてるけど…」

「…出られるんですか?」

「分からない…銃も取り返さないと…」

「…じゃあ武器は、そのナイフだけ…?」

「…えぇ。

 とにかく、この部屋を出ましょう」

 愛華は鈴の手を取り、真悟は二人の後を追う形で、部屋を出た。


 愛華と別れた後の澪。

 敵の目を潜り抜けて三階まで辿り着いた。

 下へと通じる階段を探している最中、近くの部屋から男の声が聞こえてきて、澪は立ち止まり、壁を背にし、耳を当てて聴覚を集中させる。

「__そう、そこ。

 よし、いいぞ。

 ……リーダー、セット完了しました」

 その声がして少し経つと、数人の足音が澪の居る方に向かってくる。

 澪は柱の陰に身を潜め、男達が通り過ぎるのを待つ。多少の物音は立っても、彼らがリーダー…恐らくボギーマンとトランシーバーで通話している声でかき消される。

 彼らが姿が見えなくなると、澪は彼らが居た部屋に侵入する。

 早々と視界に入ってきた物を見て、澪は冷や汗を流し、スマホを取り出して電話を掛ける。

「……もしもし、湾さん…ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」



 * * *



 愛華達は、いくつかの部屋を探索していると、祐が居る部屋を発見する。相変わらず、武器を持った男達に囲まれている。ボギーマンやピッグボーイの姿は無い。

 思わず「父さん」と声を上げそうになった鈴の口を愛華は塞ぎ、鈴も出そうになった声を飲み込む。

 彼らの目を掻い潜り、近くにあった部屋にひっそりと侵入する。そこは、少し前にボギーマンが入った武器庫だ。

 それぞれの武器を見つけて手に取り、二人は弾が抜かれたりしていないかチェックする。幸い弾は抜かれていない。

 愛華はすぐに大勢を一度に相手にすることになると考え、1911はホルスターに仕舞い、FN・ハイパーを手にし、セーフティーを解除する。

(買っておいて良かった…)


 すると、近くから足音が聞こえ、愛華は即座にドアを、閉め切らず外の様子が見える程度に開けておく。

 様子を伺っていると、ボギーマンとピッグボーイが戻ってきた所だった。

 彼らの姿を見て、真悟は身震いする。とっくに縛る物は無くなっているというのに、身体を何かで締められる様な感覚が沸き上がる。

 ボギーマンは祐の前に立って話し始める。

「夜明けまでにここを立つ」

「そ、そうか…」

 祐は、恐る恐る、ボギーマンに尋ねる。

「…なぁ、何で俺をここに連れてきたんだ…?頼まれたことはもう十分しただろう…?これ以上、私達に何をさせる気なんだ…?」

 ボギーマンはしばし彼を濁った眼差しで見つめると、眼鏡をクイッと上げ、咳払いをしてから打ち明ける。

「…”最後の仕事”をしてもらう」

「最後…?」

「あぁ…」


 突然、ボギーマンは懐からPPKを取り出し、銃口を祐の顔面に向ける。

 怯えて逃げようとする祐を、左右に居る男達が取り押さえる。

 そしてボギーマンは銃を構えたまま祐に歩み寄って話を続ける。

「お前は…「全てが嫌になって自暴自棄になって、どうせ死ぬなら大きな事をしてから死にたい…

 そう思ったお前は、昔勤務していた建設会社の倉庫から、”工事用のダイナマイト”を盗み出し、この建物に仕掛けた」」

「は…はぁ…!?」

「「でも一人で死ぬのは怖い…どうせなら、息子と一緒に死のう…妻にはもううんざりしてるし、親権を取られたくない。

 息子と共に天国に旅立ち、混沌していくこの世界を見下ろしながら、二人で共に過ごしていく…」…こんな筋書きだ」

「まっ…待ってくれ…!!

 じ、じゃあ鈴を…息子を殺すつもりなのか!?お前らは!?」

「その方が”美しい”、だろう?」

 怯えていた祐は、やがて感情が怒りに変わっていく。額に青筋を浮かべ、男達に取り押さえられながらも、必死に立ち上がろうとする。

「ふっ、ふざけるな!!このバカ野郎共!!!

 息子は死なせない…!!!せめて、死ぬなら私だけでいい!!!

 あの子を逃がさないのなら、お前を、一生呪ってやるッ!!!!」

「おうおう、呪えるものなら呪ってみろ。俺はそういうオカルト話は信じないタチだがな」

 そしてボギーマンは、PPKの撃鉄を起こす。祐の額に、標準を合わせる。

「心配すんなよお父さん。あの子はあっさりとは死なせない。”気持ちいい体験”をさせてから、ゆっくり死なせるからさ」

 ボギーマンはそう言って、今まで以上に上がった口角をして邪悪な笑みを見せつける。

「っ……!!」

 祐は死を覚悟し、力強く瞼を閉じた。


 行くなら今だ。

 愛華はハイパーを構え、ドアを蹴飛ばし、まずはボギーマンに向けて発砲する。

「っ__!?」

 ハイパーから放たれた9mmの弾丸がボギーマンの手に当たり、PPKが彼の手から離されて床に落下する。

 周りの男達が咄嗟に銃を構えようとするが、不意打ち、なにより訓練で鍛え上げられた愛華と真悟の連射速度には追いつけなかった。肩や腕に弾丸が命中し、男達は怯む。

 ボギーマンは手を撃たれて痛みに苦しむのも束の間、愛華が飛び膝蹴りを彼の顔面に喰らわせ、眼鏡のレンズは砕け、彼は勢いよく吹き飛ばされる。

 祐を取り押さえる男の一人に弾丸を撃ち込むと、弾はその男の目に直撃し、そのまま後頭部を突き抜ける。

 そして祐から手を離しナイフを取り出そうとしたもう一人の男は、横から真悟に蹴り飛ばされ、床を転がっていく。

「立って!!早く!!」

 真悟は祐を立ち上がらせ、急いでその場を離れようとする。

 その二人を背にして愛華はハイパーの引き金を引き続ける。


 だがその時、いつの間にか彼女の横に居たピッグボーイが、彼女にタックルしてきた。贅肉まみれの身体でも、中は鍛えられた筋肉、岩に匹敵するであろう重さがパワーとなって彼女を襲う。

 一瞬愛華の安否を気にして振り向いた真悟だったが、まずは祐と鈴の安全の確保を優先した方が良いと考え、そのまま走り続けた。

 通路の奥に行くと、先に武器庫から遠くに離れていった鈴が待っていた。

「父さん…!」

 鈴は二人と合流した途端、祐に抱きついた。

「鈴…!!無事だったか…!?」

「うん…!」

 真悟は辺りからこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。

「早く逃げましょう…!」

「えっ…で、でもお姉ちゃんは…!?」

「あの人なら大丈夫!さぁ早く!!」

 真悟は二人の背を押しながら、音がする方とは反対側に向かって走り出す。


 ピッグボーイにタックルされた愛華は、祐達が座っていたソファに叩きつけられ、ソファごと床に倒れ込む。

 駆け寄ってきたピッグボーイは、愛華の胸倉を掴み、そのまま壁に向かって投げつけた。

 壁はまだ施工の途中なのか薄く、投げ飛ばされた愛華は壁を突き破って床に叩きつけられた。

 舞い上がる煙と開いた壁の穴から、ピッグボーイが姿を現す。

 その後ろで、ボギーマンが「女はアイツにやらせる!!お前らはアイツらを追え!!」と部下に指示しつつ、自身もどこかへ走り出して行った様だ。

 愛華とピッグボーイの一騎打ちになるが、愛華は連続で強い衝撃を全身に受けて、すぐには起き上がれない。

 ピッグボーイは愛華の股ぐらと首を掴んで持ち上げ、そのまま投げだされ、鉄パイプの骨組みの柱に叩きつけられる。

 ズカズカと歩み寄ってくるピッグボーイを見る愛華の視界は霞んでいた。口からは血が垂れ始め、身体の節々に激痛が走り続ける。

 手に持っていたハイパーはいつの間にか手から滑り落ちており、愛華はホルスターに収めた1911を握る。

 しかしその頃にはピッグボーイが間近に迫っており、彼は愛華の1911を握った腕を蹴り飛ばす。ホルスターから1911が抜き出されるが、蹴られた衝撃で手が緩み、そのまま数メートル先まで落下する。

 ピッグボーイは愛華の片足を掴んで持ち上げる。ぶら下げられて頭に向かって血が回っていき、口から出るはずだった血が鼻から垂れる。

「あ~ぁ、折角の可愛い顔だったのに。俺、あんまり血で汚れた顔の女って興奮しないんだよね」

 そう言って彼は愛華を、落下した1911から遠ざける様な方向に投げ飛ばす。

 愛華が止まった先は窓際…もっとも、窓と呼べる物や窓枠と呼べる壁なども無い、製造会社のロゴなどが入った透明なビニールが張られただけのモノで、少しでも力が掛かると破れて地上に真っ逆さまだろう。

 愛華は床に倒れ込み、1911を手に取ろうと這いずり始めるが、ピッグボーイに背中を踏みつけられる。

 ピッグボーイの体重が彼の愛華を踏みつける足に集中していき、愛華の胴体の骨がいつ折られてもおかしくない程圧迫される。

「あがっ…あぁっ…!!」

「どうせなら撮影しながらレイプして殺したかったけど、もういいや。


 死んでもらうよ、ネーチャン」


 愛華を踏みつける力が増していく。彼女はもはや、呼吸も難儀な状態になっていく。

「がっ…は、離せ…っ!!あぁっ…!!」



 二つ隣のビル。愛華とピッグボーイの居る階と同じ高さの階にある部屋。

 月明りしか光源が無い様な暗いその殺風景な部屋に、誰かが居た。

 窓の淵に二脚を立て、超遠距離の補足も可能な高性能スコープを取り付けた、AW50。

 その銃の引き金に指を掛けずに、スコープを覗く。

 辺りを見回していると、その人物は、愛華とピッグボーイの姿を捉える。

「__見つけた」

 いよいよ引き金に指を掛け、狙いを定める。


 そして…


「__その汚い脚をどけろ、醜いデカブツめ」


 AW50の引き金が引かれる。

 風の強さ、向き、軌道、あらゆるものが計算されつくされた弾丸は、やがて、ピッグボーイの、愛華を踏みつける足の膝に喰らいつく。

 脂肪だらけの肉片が辺り一面に散らばり、撃ち抜かれた膝からは大量のドロドロとした赤黒い血が噴き出し、筋肉の繊維や砕けた骨が露出する。

 突然の激痛に、ピッグボーイは驚愕し、苦しみ藻掻き始める。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!い゛だい゛っ゛!!!!い゛だい゛い゛い゛い゛い゛っ゛!!!!!」

 ピッグボーイは泣き叫びながら床に転がり、解放された愛華は、必死に身体を1911にまで這いずらせ、即座に1911を手に取る。

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!!この゛アマ゛__」

 悲鳴にも似た怒鳴り声を上げながら、片足だけで立ち上がったピッグボーイに、再び遠くから弾丸が撃ち込まれる。今度は利き腕であろう左腕だ。今度は肘から下が身体から離れ、床に勢いよく叩きつけられる。

 もはやピッグボーイは言葉にならない絶叫を上げ始める。

 愛華は、そんな彼に容赦なく、握り直した1911の引き金を引く。一発では収まらず、弾倉が尽きるまで何度も何度も…

 45口径弾が次々とピッグボーイの身体に叩き込まれる。


 バランスを崩したピッグボーイは、そのまま後ろにステップを踏む様に後退し、ビニールの窓を破り、絡まったビニールと共に、地上に背を向け、落下していく。

 絶叫が地上に向かってフェードアウトしていき、やがて、金属が崩壊する激しい音が聞こえてきた。

 ユラユラと立ち上がった愛華は、破れたビニールの窓に近づき、そっと下を見る。

 遠くでハッキリとは見えないが、ピッグボーイはどうやら、真下に停まっていた自分達の車のルーフに叩きつけられた様だ。

 この高さ、そして金属の塊の上に叩きつけられたのだ。もう生きてはいないだろう。

 愛華は、ピッグボーイを二度も襲ったあの弾丸が飛んできたであろう方向を見つめる。

 その瞬間、二つ先のビルの一室から、キラリと何かが光った。それを最後に、何の変化も起きなかった。

 愛華は一体誰かのかと思いながらも、すぐに我に返って、鼻や口から垂れ出た血を拭いつつ、真悟達の方に向かい始めた。

 身体はまだ激しい痛みを生じているが、ここで怯んでいては三人の命が危ない。

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