Ep.11前半
火曜日の夜。
ウォーレン達を乗せて林道を暫く走っていくと、やがて岩肌の壁の道に入っていき、小さな洞窟の入り口の前に辿り着いた。
車を停め、草木を縛って繋ぎ合わせ、それを車の上に被せる。多少のカモフラージュにはなるだろう。
ウォーレンがリュックに入れていたランタンを取り出し、マッチで火を点ける。
洞窟の中に入っていき、少し開けた場所に出ると、皆岩の上に座って腰を落ち着かせる。
天から染み出る水が雫となって落ちる音が、洞窟の奥まで反響していく。
ウォーレンと澪、響鬼の三人が、リュックから非常食であるバランス栄養食のスナックや、長期保存可能な飲料水を取り出し、愛華達にも分け与えた。
「…敵に自分達の食べ物をそんなにポンと渡していいの?」
「だって、まだ君、僕への借りを返してないでしょ?」
ウォーレンはニコニコしながらそう言って、愛華に使い捨てのウェットティッシュを手渡した。
小さな食事を終え、これからどうするべきかを考える。
街に戻ったとしても、エル=ファルサやアシダカが襲ってくるであろうことはほぼ間違いない。このまま遠くまで逃げたとしても、それはそれで根本的な解決にはならないだろう。
食事を終えたフィオナは、眠気がやってきたのか、愛華の身体にふらっと寄りかかる。
「眠くなっちゃった?」
「うん…」
「大変だったもんね…しっかり休んで」
「ありがとう…お姉ちゃん…」
フィオナはゆっくりと静かに、眠りに入っていく。
静まり返った空間に耐えきれなくなったハインリッヒが、フィオナが起きないように小さめな声で話し始めた。
「…それにしても、スパイダー・ウェブなんて貿易の大企業が、何でこんな所に?」
「それ、私も気になってた…」
二人の問いに、ウォーレンは潔く答える。
「この国の博物館の人に頼み事をされてね…」
ウォーレンは自分達の今回の依頼された内容を明かした。
今回は別に、必ずしも悪いことをするワケではないためか、かなり自信あり気に答えた。
「そう…じゃあ、物的証拠も無いし国に来た名目がそれなら、逮捕はされないかぁ…」
「にしても、警察に言わずにアナタ達を頼って…博物館側に、何かやましいことが…?」
「どうだろう。仮にも表じゃ堅気の貿易会社で通ってるんだから、面識の薄い僕らに頼るより、自分達で来るべきだと思うけどねぇ」
ハインリッヒは、ウォーレン達が渡された例の地図を受け取り、それを見る。現地の国の者なら、もっと詳しいことが分かるかもしれない。
「…山の中か…」
「北西の”ガレンザ”って山岳地帯じゃないかって話が出てる」
「なんで反対側のここに?」
「確証が無いから、時間がある限りそれっぽい場所を当たってるの」
「ふむ…」
ハインリッヒはもっと細かく地図を調べる。
…すると、何かに気づいたのか、彼は地図から顔を上げウォーレン達に言った。
「この地図、ガレンザでもここでも無いかもしれない」
「そうなの?」
ハインリッヒはポケットからスマホを取り出すが、圏外と表示されている。
「ルーデンシア全体の地図は持ってないか?」
澪がリュックからルーデンシア共和国全体が掛かれている一枚の大判の地図を取り出し、ハインリッヒに渡す。
受け取った地図を床に広げ、ウォーレン達が受け取った地図と照らし合わせる。
「…ここかも」
そう言ってハインリッヒが指差したのは、北西のガレンザよりもっと遠くの、国の最北端の森林地帯だった。
「ここは?」
「”クウォール”っていう森林地帯。
危険生物がウヨウヨ居る上に、かなり入り組んでるし、国からも立ち入りの禁止を推奨されてる」
ウォーレン達が受け取った地図と並べてみると、道であろう線が一致する。
「道っぽい線は書いてあるけど、手入れされてないだろうし、もう消えてると思って良いだろう」
「距離は?」
「森の入り口自体は、大体800キロ先かな」
「ははぁ…随分と先は長いなぁ…
夜が明けたら、早速出発するか」
ウォーレンはそう言うが、愛華とフィオナ、それにハインリッヒには関係の無いことだ。
「それじゃあ、朝には別れましょう」
「おやおや、君らであの連中に太刀打ちできるのかい?」
ウォーレンは嘲笑う様な声でそう言ってくる。
「アナタ達に同行した所で、一体何の得があるの?」
ウォーレンはふと、愛華に寄りかかってスヤスヤと眠っているフィオナに目を向ける。
何か思うことがあるのか、再び愛華に視線を戻す。
「ところで、君達が追われてる理由とか、まだ聞いてなかったね。
Mrs.天羽は、PM-9の仕事で入国してきたってことは察せるけど。
大方、”ルーデンシア共和国にPM-9の新拠点を設置するため”、とかでしょ」
「なっ…!?」
外部に情報が漏れたと思った愛華は驚愕したが、ウォーレンがその様子を見て鼻で笑った。
「何?情報が洩れてるとか思った?ただの憶測だったんだけどなぁ」
「そ、そう…」
それからしばらく、愛華とフィオナ、ハインリッヒの三人のこれまでを話した。
ハインリッヒも、60年代の例の件を話し、ウォーレンはあの噂話が真実だという確証が近づいていると感じ、フィオナが起きない程度に歓喜の声を上げた。
「ふふっ…
”エル=ファルサ”…”60年代に調査団を襲って”女神の口づけ”を奪ったカルト宗教団体”…
ふむ…もしかしたら、そこの女の子とも関係があるかもね」
「…は?」
「女神の口づけ…君らや僕らが手にして、今博物館に展示されているあれは、偽物だろう」
「え…?」
「本物がこの世に存在してるんだとしたら…
何かを知ってるであろう初代館長が残したこの地図…
ここに行けば、ひょっとしたら本物の”女神の口づけ”があるかもしれない…」
「そんなバカな…」
呆れた様に顔を逸らす愛華に、ウォーレンは立ち上がって近づき彼女の前で身を屈め、目線を合わせる。
「君が保護した、その教祖の娘…それを追う、60年代の例の事件に絡んだ男の孫である刑事…そして、その宗教団体が欲しがりそうな物が眠ってるかもしれない場所…
これはきっと運命の廻り合わせだ…
どうだい?僕らに付いてきてみないかい?」
ウォーレンの誘いに、愛華はすんなりと承諾する気は無かった。
しかし、今のままでは先に進まない、彼らの目的地に教団も狙いそうな物が眠っているかもしれない…ここは諦めて、彼らに付いていってみるか…?
「……わかったわ。ついてく」
「…OK!」
ウォーレンはそう言って立ち上がり、洞窟の外へと出ていこうとする。
「ちょ、どこ行くの?」
「湾さん達に連絡を入れるから、電波が届く場所まで行く」
そう言ってウォーレンは洞窟を出ていった。
愛華は溜息を吐いて、フィオナに視線を移す。
小動物の様に愛らしく、人形の様に静かに眠る彼女を見て、愛華はどこか心が安らいでいった。
そして、この子はなんとしてでも守らなければ…そう感じるのだった。
* * *
同じ頃。
リコ達三人と、プリンスグロリアのトランクに押し込まれたマリオは、ヴァルガから少し離れた田舎道を走り、山の中へと入り込んだ。
日中でのカルメルでの騒ぎや、ヴァルガで起きた日本食屋での騒ぎがラジオのニュースで流れていたが、森の奥に入っていくと次第にノイズが酷くなり、耐えられなくなったエリカがラジオを切った。
車で行けるところまで行ってから停車し、三人とも降車し、リコとエリカが軍手を装着し、トランクからスコップを持って、土の地面に穴を掘り始める。
リリィがマリオを引きずり落とし、リコとエリカがスコップで地面を掘り続ける。
マリオは応急処置を受けたとはいえ、激しい痛みと酷い出血で、意識は途絶えていた。
「リコ~エリカ~、このおっさんもう意識無いよ~?放っておいてもその内死ぬ~」
「え~…金搾り取れないじゃん…」
「まぁいっか。さぁ掘ろう掘ろう」
数時間かけて穴を掘り終え、マリオを穴の中に投げ込み、土を掛けて埋めていく。
埋め終わると、リコは軍手を脱いでスコップと共にトランクに入れ、懐からタバコとマッチを取り出し、タバコを一本咥えてマッチで火を点ける。
一息吸って吐き出すと、二人の方を向いて話し始める。
「これからどうしようか?」
「もう暫く街には戻れませんね…」
「マフィアぶっ潰す!!金庫の金全部奪う!!」
「それ良いねぇ~」
「引き受けた依頼、どうします?」
「う~ん…依頼してきたマフィアとは決別状態だし、もう放置で良いんじゃない?」
「でもこの件、例の宗教団体も絡んでるんでしょう?そっちは敵に回し続けたら本当に危ないんじゃ…」
「…じゃ、女の子捕まえて、渡しておくか。万事解決とまではいかないだろうけど、多少はマシでしょ」
そう言ってリコはトランクを閉め、三人ともプリンスグロリアに乗り込んだ。
山を離れて高速道路に向かいながら、三人はまた話し始める。
「あの子らどこ行ったかなぁ」
「これだけの騒ぎが起きれば、国を離れるか遠くに逃げるかですけど…
女性の方はともかく、標的の子の方はパスポートとか持ってますかね?」
「無いでしょ~あの感じじゃ」
エリカはダッシュボードから地図を取り出し、向かうであろう場所を探る。
「…逃げた方向から察するに、北にある砂漠地帯とか森林地帯に向かいそうですけど…」
「森林地帯って、”クウォール”?あそこは余所者が入るような場所じゃないでしょ」
「いえ、余所者だからこそ、「ここなら安全」と思って入り込むかも?」
リコは暫く運転しながら黙り込むが、ひとまずエリカの考えに乗る事にした。
「じゃあ試しに、行ってみるか~」
高速道路に乗り、クウォールに向かうルートに入っていった。
* * *
翌朝。水曜日。
愛華達は洞窟の中で朝を迎え、車に乗り込み、再び林道を走り続けた。
暫くすると、舗装された道路に出る。そこには、湾とボブが乗っているエスティマが待っていた。
愛華はエスティマの近くでオーラを停車させた。
「ほら、アンタらの仲間でしょ?あっちの車乗りなさいよ」
「えぇ~?!ケチぃ~」
「ケチじゃないでしょさっさと降りなさい!」
「はいは~い」
ウォーレンと澪はオーラから、響鬼はアルティマから降車し、湾達の乗るエスティマに乗り込んだ。
現地の人間であるハインリッヒが運転するアルティマを先頭に、三台はクウォールへと向かい始めた。
その一方、PM-9達が宿泊するホテルからは、彼らの乗る車が出発して駐車場を出て、会議を行う場所へと向かい始めていた。
真悟が運転するY34の後部座席には敷島と暮葉が座っている。
真悟は、昨日結局帰ってくることのなかった愛華を心配しているようで、少し曇った様な顔をしている。
「愛華さん…どこ行っちゃったんでしょうか…?」
「さぁね…ま、その内ヒョイと出てくるでしょ」暮葉は素っ気無さそうに答えた。
敷島は黙り込み、窓の縁に腕を置き、頬杖をつきながら、ルーデンシアの街並みを見つめている。彼の場合、今は愛華よりもこれからの会議が重要だろう。
* * *
愛華達は、クウォールでの探検に備えるため、道中に通る街のあらゆる店を周っていた。
ウォーレン達が装備や携帯・非常食の調達を行い、愛華はフィオナの身だしなみを整えるため服屋に向かう。ハインリッヒは自身の覆面パトカーの代わりになる車を買いに行った。
愛華とフィオナは服屋に寄る前に、公共施設のシャワーで身体を洗ってから、改めて服屋に向かう。
小さなモールの様な服屋に入った愛華は、フィオナに合う服を探し回る。
愛華に手を繋がれながら歩くフィオナは、どこか申し訳なさそうな顔をしている。
「お姉ちゃん…本当に、私なんかのためにお洋服買うの…?」
「全然大丈夫だよ。森林地帯に入るまで、いつまでもローブとか汚れた服のままじゃ可哀想だし」
「でも…」
愛華は立ち止まってしゃがみ、フィオナと目線を合わせて話す。
「いいの。フィオナちゃんは気にしなくて…
それに、フィオナちゃん可愛いんだから、もっと可愛い服着たりおめかししないとっ」
そう言って愛華はフィオナに向けてウィンクした。
愛華はフィオナと共に店内を歩き周っては、試着室でフィオナに着替えさせてみるを繰り返す。
フィオナの雰囲気に合いそうな淡い水色のワンピースや、少し大人っぽく感じさせる紅色のセーターなど、色んな種類のコーデを着用させた。
愛華は何を着ても似合って可愛らしいフィオナを見てうっとりとしている。
「う~んっ♪やっぱりどれも似合う~っ!」
純白のタートルネックの上にベージュのダッフルコートを着ているフィオナだが、着慣れない服というのもあってかあまり心地がよろしく無さそうだ。
結局、決定権はフィオナにある上、そんなに長くここで買う様な服を着てるとは限らないため、これまで見て、着てきた服は諦め、もっと実用的な服を探そうとする。
すると、フィオナはある商品を見つけて立ち止まった。
「どうしたの?」
「あれ…あれがいい…」
そう言ってフィオナが指差す方向には、種類は僅かではあるが革ジャンのコーナーがあった。
「革ジャン…」
「…お姉ちゃんみたいなのが欲しい…」
フィオナが少し頬を赤らめて照れ気味に答えると、愛華はようやく彼女が物を欲しがってる様子を目にして、嬉しくなってフィオナを連れてそのコーナーへと向かっていった。
愛華が着てる物と似ているかつフィオナに合うサイズの、黒いダブルの革ジャンを手にし、それに合いそうなシャツやズボンを揃える。
試着室でそれらを着てみる。
白いパーカーの上に黒い革ジャンを着、少し濃いめな色合いのジーパンと黒いスニーカーといったコーデだ。前髪が目を覆う程長いフィオナのヘアスタイルと合わせると、カッコよくクールな印象を受ける。
「フィオナちゃん、どう?」
「…これがいいっ」
そう言ってフィオナは嬉しそうに、ニッコリと笑顔を見せた。
こんな笑顔をフィオナが見せたのは、初めてだ。
愛華はフィオナが良いと言った商品を買って店を出る。フィオナは試着した時のコーデをそのまま着ている。
食品店の駐車場でウォーレン達と合流し、ガラリと変わったフィオナの容姿を見て、皆驚きつつ、カッコ可愛いと感じた。
「いいね~フィオナちゃん、カッコイイね」ウォーレンは優しい笑みでそう言った。
「うんっ…お姉ちゃんみたいで好きっ…!」
フィオナがそう言うと、愛華は流石にちょっと照れ臭かったのか、皆から恥ずかし気に顔を逸らした。
やがてハインリッヒが新しい車に乗って合流してきた。アルティマとは打って変わって、少し古めでくたびれた印象を受けるボディの劣化具合をした、黒に近いグレーのボルボ・S70だった。サンルーフも付いているが、外装の感じだとちゃんと機能するのか勘ぐってしまう。
それはともかくといった感じで、ウォーレンが集まった皆に、危険な森に入るための装備一式と、ある物を渡してきた。トランシーバーだ。
「万が一のために持っておいて」
「森の中で使える…?」
「これから長い道のりになるんだから、森だけとは限らないよ」
「ふ~ん…」
皆準備が揃ったため、再びクウォールへの道のりを進み始めるのだった。
三台が食品店の駐車場を出てほんの少し経った頃、まるでバトンタッチをした様なタイミングで、リコの運転するプリンスグロリアが駐車場に入っていった。
テキトーな所で停車し、エリカだけが降車する。
「それじゃ、うちらは装備揃えてくるから、その間食糧とかよろしくね」
「分かりました」
リコはエリカを置いて、装備の調達に向かうため別の店へとプリンスグロリアを走らせた。
* * *
PM-9の会議は、ランダバルドの中央のビル群にあるある一軒の高層ビルの中で行われる。窓はどれも細く、カーテンを閉め切られているのが外からでも分かる。会議を行う大部屋も、壁は厚く反響しにくいようになっている。プライバシーの管理が厳重なのだろう。
反響しにくく奥まで声が届かないであろうことが考慮されているのか、各席の前の長テーブルの上にはマイク付きイヤホンが用意されている。
PM-9の各国のリーダーが大部屋で待機し、部下達が廊下を管理する。
大部屋の入り口近くを警備している暮葉と真悟のもとに、香港支部のヘイが様子を伺いに来た。
二人を見て、何か疑問に思うことがある様な顔をした。
「〈黒髪のお嬢さんはどうした?〉」
「〈ちょっと何かに巻き込まれたみたいで…今日は参加しないことになりました〉」
「〈巻き込まれた?〉」
すると、ヘイの後ろで同じ香港支部のメンバーの一人である男がやってきた。
「〈おいヘイ!何サボってる?〉」
「〈別にサボってないぞ〉」
男は溜息を吐いてから「〈持ち場に戻れ〉」と促してくる。
ヘイは嫌々ながらもそれに従ってその場を離れ、横から男に文句を言われ続けながら持ち場に戻っていった。
彼らが戻っていくと、真悟は暮葉と顔を見合わす。
「本当に今日だけですかね…」
「このまま戻ってこないんじゃないの」暮葉はそう冷たく突き放して、再び前を向いて仕事に戻った。
すると、無線機と繋がっている、耳に掛けたイヤホンから声が流れ始めた。
《こちらエントランス・ロビー担当。
交渉相手が到着。
現在送迎担当がエレベーターに向かわせている。
会場への到着は5分後と思われる》
それを聞いた途端、皆に緊張が走る。
身だしなみを整え、姿勢を正し、来客の出迎えに備える。
エレベーターの電子パネルに、会議を行う大部屋がある階の階数が表示され、扉が開かれる。
黒いスーツを着た護衛に囲まれながら、何人かの者達がエレベーターから通路へと足を進め始める。護衛に囲まれてる者達は、皆胸元にルーデンシア共和国の国旗のバッジを付けており、60代から20代まで幅広い世代が集まっているようだ。
真悟と暮葉は彼らを出迎え、二人同時に、大部屋の扉を開け、彼らを中へと案内した。
PM-9のリーダー達は椅子から立ち上がり、彼らに深くお辞儀をする。
集団の先頭を歩いている、灰色の短髪で濃い褐色肌をし、真っ黒なサングラスを掛けた背の高い高齢の男性が、大部屋の一番奥の、中央の席に座った。
他の者達は彼を中心にして横に均等に席に付き、PM-9のリーダー達を真っすぐかつ冷たい眼差しで見つめる。
敷島達は緊張がピークに達し、心臓がキツく絞めつけられる様な感覚を味わう。悪人と対峙するよりも、この交渉は難易度が高いという現れだろう。
全員が席に付き、護衛が廊下に出て場が静まり返ると、PM-9全体の代表としてアメリカ支部のトミーがマイクを手にして、ルーデンシアの言語で喋り出し、いよいよ会議が始まった。
「〈それでは、ルーデンシア共和国内にて、PM-9ルーデンシア支部の創設についての、第一回目のミーティングを始めさせていただきます〉」
* * *
クウォールに向かって高速道路を走っていた愛華達。
走り続けていくと周りの景色は山や木々に埋まっていき、交通量も減っていく。
やがて昼時になった頃、緩く長いカーブがあり、それを抜けていくと、先頭を走るハインリッヒの声がトランシーバーから流れてきた。
《ここから先は下道になる。次のインターで降りるぞ》
「下道に?」愛華がトランシーバーを片手に応答ついでの質問をする。
《国の危険指定区域だ。迂闊に近づけさせるワケない》
ハインリッヒのボルボを先頭に、手前にあるインターチェンジの出口へと向かい、地上に降りる。
地上に降りてから少しして、トランシーバーからウォーレンの声が流れてくる。
《昼ご飯の時間だし、今の内にどこかで昼食休憩にしよう。昨日から非常食しか食べてないしね》
それから少し経つと、一軒の店を見つける。木造の低い建物で、ペンキを最近塗ったのか外装は綺麗に見える。何を扱ってるかは分からないが、とりあえず入ってみることにした。
店の前に車を停め、皆降車し店に入っていく。
中は普通のレストランのようだ。
愛華達が店に入って30分近く経った頃。
一台の車が同じ店の敷地に入ってきた。
リコの運転するプリンスグロリアだ。
「お腹すいた~」
「休憩にしましょうか。ねぇリコ」
エリカが助手席からそう呼ぶが、リコはある物に気づいて停車し、それを見つめていた。
「…リコ?」
「あれ…」
リコが指差す方向には、愛華達の車が停まっていた。
「あっ!!?」
「エリカの勘が当たったみたいだね」
リリィが後部座席から起き上がり、前のシートの二人の間に割って入る様に顔を出す。
「どうする?今やる?」
「ダメダメ。昨日の二の舞になる。堅気の店には入らない」
「じゃあ先回りして待ち伏せる?」
「でも腹減ってるからなぁ…」
すると、エリカはポケットに入れていた財布を取り出し、中にある残高を見てから、シートベルトを外した。
「テイクアウトできそうなら買ってきます」
「分かった…」
エリカはプリンスグロリアから降車し、レストランの中に入る。
店内の奥の窓際のテーブル席では、愛華達が食事を進めていた。品数は思っていたよりも多く、皆食べたい物が気軽に食べられる。
フィオナはしっかりとした大人の様に、行儀良く綺麗な食べ方でスパゲティを食べ進めていく。
「フィオナちゃんパスタ巻くの上手~」
「ママから、こういうのはしっかりしてないとダメって教わってて…」
「そっかぁ…
…あんな大人達にならないようにね」
フィオナから視線を移した愛華の目先にあるのは、あまり行儀の良い食べ方をしていないハインリッヒの姿だった。チーズバーガーやポテトをがっつき、勢いよくアイスコーヒーで流し込む。トレーの上にはちょくちょく破片が落下している。
隣に座っている澪も少し引いてるのか、ハインリッヒの肩をポンポンと叩いた。
「お前もうちょっと綺麗に食べれないの?」
「ごめんごめん、仕事の癖でね、急いで食べるのが習慣になって抜けなくってさ」
「ふ~ん…」
そして澪の真正面の席に座っているウォーレンは、ジョッキに注がれた冷えたビールを豪快に飲み込んでいる。
「お前はお前で何でこんな真昼間にビール呑んでんだよ」
そう聞かれたウォーレンはビールを飲み干してジョッキをテーブルに置いてから答えた。
「これから暫くは酒呑めないだろうからねぇ~今の内に補給しとかないと!」
「道中に何かあって、運転できる奴が居なくなったらどうすんだよ…はぁ~…どいつもこいつも…」
頭を抱えたくなっている澪の横で、響鬼は静かにピラフを食べている。
「ここのピラフも美味しい…」
まだ愛華達は店内に居座るだろうと感じたエリカは、彼女達の様子をある程度把握した後、彼女達に気づかれないようにカウンター横の柱を陰にして、店員にテイクアウトできる商品はないかと訊ねた。パン類なら大丈夫だそうだ。
三人分の注文をして、入り口の手前にある木製の丸椅子に座って待ちながら、スマホのメッセージアプリでリコ達に状況を伝える。
…すると、コップに入っていた水を飲んでいたフィオナがふと窓の方を見た。
そこに居たモノを見て、思わず驚いて少し咽てしまった。
「わっ!?フィオナちゃん大丈夫?」と愛華がフィオナの背を優しく摩る。
フィオナは咳が落ち着いてから、愛華の耳元に顔を近づけて小声で話す。
「お姉ちゃん…!外に車が…!」
「車…?」
それを聞いた愛華と、愛華の小声が耳に届いたウォーレンが、窓の外を見た。
そこには、あのプリンスグロリアが停まっていた。
「っ…!?ウソでしょ…!?」
「あ~らら…あれアシダカの子達の車じゃん」
ウォーレンのその言葉は、入り口前に座っているエリカにも微かだが届いてきた。
(やっば…!)
エリカはすぐにリコ達に気づかれたことを伝える。
「…皆食べ終わったかな?」
ウォーレンがそう言って皆を見回す。ハインリッヒがトレーに零したカスを食べている以外は皆済んだようだ。
ハインリッヒがトレーに落ちたカスも食べ終えると、愛華がフィオナと共に立ち上がったのを皮切りに、皆立ち上がった。
「会計は僕がしておくので、先に行っててください」
湾がそう言ったため、皆彼を置いて店を出ようとする。
入口前で座っているエリカに気づき、一瞬足を止めた愛華とフィオナだったが、ウォーレンから小さく背中を押され、彼は愛華に囁く様に耳元で言った。
「ここは一般人の店だ…荒々しい真似はしないだろう…さ、行こうか」
「…そう言い切れる?」
「彼女達はそこのところは弁えてるよ、きっと。来て早々に騒ぎ出さないのがその証明さ」
「…そう」
愛華達は再び歩き始め、店を出ていった。
愛華とフィオナは手を繋いで歩いており、愛華はもう片方の手を懐に入れ、ホルスターに納まった1911に手を掛ける。
プリンスグロリアの車内から、リコとリリィがこちらを見ていることに気づいた。
いつ騒ぎが起きてもおかしくない…緊迫する空気の中、湾が会計を終えて店から出てきた。
皆それぞれの車に乗り込み、運転担当の三人は急いでエンジンを掛け、クゥオールへの道を再び走り始めた。
ルームミラーからプリンスグロリアがやってくる様子は無い。
リコ達はエリカが来るのを待っている。
「どれくらい離されるかな?」
「クゥオールへ向かうならほぼ一本道だけど、こうして見つかっちゃったからねぇ…今すぐにエリカが戻ってくれば、他の街への分岐地点も考えて…5分かな」
すると、エリカが食べ物が入った紙袋を持って大急ぎで店を飛び出してきた。リコはすぐにエンジンを掛け、リリィが後ろから助手席のドアを開ける。
エリカが急いで助手席に乗り込むと、リコはギアを入れて発進し、愛華達の後を追い始めた。
エリカは紙袋からバーガーとドリンクを取り出し、最初にリリィに手渡し、リコには包み紙を半分剥いだバーガーを手渡す。
走り続ける車内で食事を進めていくと、道の奥に三台の車列が走っていることに気づいた。愛華達だろう。先頭はやはりハインリッヒのボルボ、中間にエスティマ、最後尾にオーラという順に走っている。
リリィはバーガーを口に押し込んでドリンクで流し込んでから、ゴミを紙袋に入れ、床に置いていた斬鉄剣を持ち上げ、鞘から抜き出す。
エスティマの車内では、響鬼が車内に残しておいた自身の日本刀を手にし、鞘から刃を少しだけ抜く。研ぎ澄まされた鋭い刃が、昼下がりの日の光に照らされギラギラと輝きを放つ。
今のリリィ、そして響鬼の目は、どちらも剣先の様に鋭く、刃に映る瞳は、冷たくも美しかった。
リリィは後部座席から身を乗り出してルーフに移り、フロントウィンドウの縁に手を掛けて、愛華達の車に接近するのを待つ。
リコはプリンスグロリアを更に加速させ、ルーフに居るリリィは焦ったりすることもなく、ただこれから起こるであろう戦いに思いを馳せていた。口元が妖しく上がり、その表情は狂気的な形相を作り上げていた。
やがて、プリンスグロリアが最後尾を走っている愛華のオーラに迫りくる。
オーラのルームミラーを見たフィオナは、リコ達が近づいてることに気づいて顔が青ざめ始めていた。
「お、お姉ちゃん…!あの人達来たよ…!」
愛華は運転をしつつ、懐から取り出した1911を装填し、戦いに備える。
「ここで食い止めておかないと、後で面倒なことになりそうだから…
少しの間怖いかもしれないから、ごめんねフィオナちゃん…!」
「う、うん…分かった…!」
フィオナはシートベルトを握りしめ、いつ来るか分からない衝撃に備えた。
そして、プリンスグロリアがオーラから車両一台分も無い程接近すると、リリィがオーラに向けて飛び掛かった。




