表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/55

Ep.0「-出会い-」前半 駿斗/修作視点

今回は少し形式を変えてみます。

 世界が灰色に見える…。


 いつからそう感じるようになっただろうか。


 幼い頃、孤児院に一緒に居た妹と離れ離れになった日?


 引き取り先の家で暴力を受けた日?


 仲間のために身体を張って、初めて人を殺めた日?


 いや…それよりもっと前から、世界が灰に染まっていた気がする…。



 神海駿斗は、皺の無い純白の高級スーツに身を包み、目の前に座っている一人の女性と会食していた。

 場所は静岡県熱海市のリゾートホテルにある高級レストラン。熱海の街を一望でき優雅なひと時を楽しめることだろう。

 しかし駿斗は、あまり良い顔はしていない。目の前にある、口に合わない食べかけのフレンチ料理を、感情の見えない虚空な眼差しで見つめ、シャンパンの入った細いグラスを手に持って小さく口を付け、特に味わうこともなく喉に流し込む。

 目の前の女性は彼のことを気にかけていない様に、一人でどうでもいい話を語っている。

 この女性、顔立ちは美人で、スタイルもファッション雑誌の表紙を飾れる様な良さ、身なりも気品のある雰囲気が漂ってくる。

 しかし話に耳を傾けると、品の無い言葉遣いが無意識に現れ、時折ケタケタと気味の悪い笑い声を交えながら喋り続けている。

 何故こんな女性と二人で、口の合わない食事を続けていないといけないのか…そう思いながらも、彼は女性の話を聞いてるふりをしながら、無駄に時間を過ごしていく。

 食事を終え、二人で借りたスイートルームに行き、駿斗はベッドに腰を落ち着かせ、女性はシャワーを浴びに浴室へと向かっていった。

 女性がシャワーを浴びている隙に、彼は自分のスマホと、様々な接続口に対応している黒いコードを懐から取り出し、ドレッサーの上に置かれている彼女の鞄から彼女のスマホを取り出し、コードを使って自分のスマホと女性のスマホを繋ぎ合わせる。

 すると、駿斗のスマホが自動的に起動し、数字が浮かび上がる。0%だった表示はすぐに30%、50%、80%、そして100%と変わっていく。

 100%になると彼はすぐにスマホからコードを抜いて懐に戻し、彼女のスマホは鞄に戻し、何もしなかったかのように振舞いながらベッドに戻る。

 やがて女性が白いバスローブを身に纏って部屋に戻ってきた。

「”桐島さん”、シャワー空きましたよ」

 桐島?あぁ、そうだ、今彼女には桐島と名乗っているんだった。

「あぁ、分かった」

「ふふっ…」

 立ち上がった彼の前に女性は立ちはだかり、彼の胸にそっと寄りかかってくる。

「今夜はお楽しみですわね…♪」

「……あぁ、そうだな」

 彼は女性を払いのけて、自分用のバスローブを手に取って浴室へと向かった。


 夜が明け、二人はベッドの上で朝を迎えた。

 ホテルを出て、彼女を迎えに来た黒塗りのマイバッハの隣で別れた。

 別れる直前、「また会いましょう」と言われたが、正直もう会いたくない。

 ホテルから離れ、近くにある有料駐車場に向かった。銀色のトヨタ・クラウン 180型ロイヤルサルーンが停まっており、そのクラウンの後部座席に座り込んだ。

 運転席には、まだ白髪と皺が少ない敷島が座っている。

「お疲れさん。どうだった?”密輸バイヤーの女”との夜は」

「さ い あ く」と、懐からスマホを取り出して敷島に渡しながら力強くそう言った。

「はっはっはっ、まぁお前のタイプじゃ無さそうだしな。いや、そもそもお前の好みが分からんな…」

「どうでもいいこと言ってないでさっさと車出せよ」

「はいはい…」

 敷島はクラウンのエンジンを掛けて発進し、駐車場の代金を支払ってから、横浜へと向かってその場を走り去っていった。



 * * *



 熱海で共に夜を過ごした女性は、敷島が内通している警察組織の人間に駿斗が持っていたスマホを渡したことで、すぐに摘発され逮捕された。

 駿斗はその記事が書かれている新聞をゴミ箱に投げ捨て、PM-9日本支部にある自室から出ていった。

 通路ですれ違うメンバー達は、彼を見ると道を開け、怪訝な顔をしながら隣に居る仲間とヒソヒソと立ち話を始める。その話が小さく駿斗の耳に入ってくる。

「相変わらずアイツの周りだけ空気重いなぁ…」「先週の任務で、同行してたメンバーが危うく流れ弾を喰らいかけたそうだぞ…」「一緒に仕事したくねぇ…」

 駿斗はそれらの話に一切感情を持たずに静かに歩き続ける。

 メンバーが集う広い一室に入ると、暮葉が淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを手に持ちながらやってきた。

「おはよう駿斗」

「おはよう…」

「周りの人達は相変わらずね…ま、ただの嫉妬でしょうけど」

「別にどうでもいい」

「フフッ…いつも冷静ね。

 そんなクールな貴方、素敵よ」

 駿斗に向かって微笑みながらそう言う。

 しかし駿斗はとくに何も言葉を返さず、自分のデスクに向かって歩いていった。

 デスクの隣に置いてある回転椅子に腰を落ち着かせると、ガッシリとした体格をした丸顔の中年男”小摩木充”と、それに対してスラっとした細い体をした背の高い、長めの金髪をした男がやってきた。

「おっはよ~駿斗!」

「おはよう…」

「何だ何だ、相変わらず素っ気ねぇなぁ~」金髪の男はそう言いながら、彼のデスクの上にひょいっと軽い身体を載せる。

「俺のデスクに座るな”碧柳(あおやぎ)”」

「はいはい…」碧柳と呼ばれた金髪の男はひょいっと彼のデスクから降りる。

 小摩木は懐からタバコの箱…いや、ココアシガレットの箱を取り出して一本取り出して咥えながら、駿斗に話しかけてきた。

「駿斗、来週の飲み会来るだろ?」

「は?行きませんけど」

「なぁ行こうぜたまには~」と碧柳が駿斗の肩を片手で抱き頬ずりをしながら猫なで声で言ってくる。駿斗は片手でそれを押しのける。

「大体、なんで俺らみたいな組織が飲み会なんてしなきゃいけないんだよ」

「…駿斗、たまにはハメを外す機会があってもいいだろ?特にお前は、周りから疎まれて、女っ気もない…オペレーター含めればそれなりに女が居るってのにさぁ…」

「俺のことを思って開くなら結構です」

 駿斗はキッパリとそう断り、デスクに向き直って、置いてあった書類の束に黙々と目を通し始めた。

 碧柳と小摩木は顔を見合わせてため息を吐いて、駿斗の傍を離れていった。

(何が「女っ気ない」だ…性別関係なくここに所属してる奴って時点で禄でもないだろ…)


 そう思いながら、ふと手を止めて、昔のある日を思い出す。

 昔、孤児院からそう離れた場所ではない所にあった、古い教会堂。そこで目の当たりにした、純白の天使の像…。

 その時心の中で感じた、癒される様な暖かい温もり…。


(あの感覚を思い出させてくれる女性…”天使”みたいな人…それが、俺が付き合うに値する女性だ。そこら辺に居る女で済ませて堪るか)



 * * *



 数日後の朝、隊長からの呼び出しを受けてある部屋に向かった。

 近未来的な通路と共に設置されていてもさほど違和感を感じないような、濃い木目のドアの前…後に敷島の部屋となる場所だ。

 ノックをして入ると、小摩木や碧柳、そして敷島が先に待っていた。

 部屋の奥に静かに立って横浜の街を見下ろしているのは、一人の男。

 彼の名は”紫雨大輔”。ここPM-9日本支部の隊長を務めている。サッパリと涼しい程清々しい頭をし、整った顔立ちは年老いて渋みが増し、顎に蓄え針の様にして整えられている髭も相まって、貫禄のある雰囲気を醸し出している。

 掛けている四角いレンズのサングラスをキラリと光らせながら皆の方を向いて、話を始める。

「皆集まったな。

 早速だが、新しい任務だ」

 そう言って彼は、目の前の机に置かれているノートパソコンを開き、皆の方に画面を向ける。

 画面には、眼鏡を掛けた地味な中年の男性の写真が映し出されている。

「今回の主な任務は”対象の保護”。依頼者であり保護対象はこの男性だ。

 ”笹田大吾”、税関の職員だ。彼は先日、繁華街である人物と接触した」

 そう言ってキーボードを押し、次の写真を表示させる。口の周りに薄く髭を蓄えたゴツイ顔立ちの色黒な男性だ。

「”ロウ・イェン”、中国系犯罪集団のリーダーで、彼は笹田氏に無理な取引を命じた。簡単に言えば、”密造品の安全な輸入”を申し出た。

 笹田氏は多額の賄賂を出されてもこれを拒否、賄賂も受け取らなかった。それを腹に据えかねたロウは、手下を使って嫌がらせを行っている。

 次第にそれがエスカレートして、昨夜、手下が運転していたと思われる車に轢かれそうになった…」

「警察の介入は?」

「無理だ。書類も何も受け取るのを拒否したから証拠が無い。警察は大して動かないだろう。

 それにこの笹田氏も、実はあまり警察が関わるのを良く思ってない」

「自分は他の密輸とかに片足突っ込んでるから?」

「そうだ。我々への影響は無いだろうからお互い潰れ合ってしまえとも思ったが…彼、”冴木さん”の取引相手の常連でな…消されてしまっては困る人物だった。

 今日の昼頃、笹田氏は他の取引相手と密会を行う。無事に彼をそこに辿り着かせるのが今回の任務の達成条件だ」

「昼頃ですか…」

「急いで準備して、配置に付きたまえ。場所は追って指示する」


 駿斗は1911を紺色のスーツの下にあるホルスターに収め、耳に黒いワイヤレスイヤホンを装着する。黒革のビジネスバッグも用意し、傍から見ればそこら辺に居るサラリーマンの様だ。

 碧柳や小摩木も似た様な恰好をして、敷島が運転するクラウンに乗り、PM-9日本支部のビルを後にする。

 敷島は駿斗達それぞれの待機場所で降ろし、自分は笹田の家まで行き、しばらくクラウンに乗りながら尾行する。

 駿斗が配置されたのは、笹田の住むマンションからそれほど距離は離れていない商業区画だ。ビルや不動産屋が乱立しており人ごみも多い。

 寂れた公衆電話ボックスの隣にあるベンチに座りながら、スマホでニュースなどを見ているフリをしながら待機する。

 耳に掛けたイヤホンから敷島の声が流れてくる。

 《こちらエリア1、笹田がマンションを出た。追跡を開始する》

 それから10分近く待っていると、

 《こちらエリア1、エリア2聞こえるか?》

 駿斗はエリア2として、その呼びかけに小声で応答する。

「こちらエリア2…」

 《保護対象がじきにそちらに着く。交代の準備を頼む》

「了解…」

 駿斗はベンチから立ち上がり、固まった足腰を伸ばす様な動作をしながら、近くにある電柱に寄りかかり、またスマホを見ているフリをし始める。

 すると、近くの柵にカラスが留まり、しばし辺りを見回すと、また空へと飛び立っていく。

 その様子を目で追うと、青い空が視界を覆う。

 しかし彼の目には、どこか淀んだ、灰色の空に見えた。

 目を降ろして、街を見渡す。

 歩く人々、走っていく車、視界に入る建物や看板…。

 どれも、灰色に見える。

 視界も晴れなければ、心が晴れることも無い。

 いつになったら、俺の目に映るこの世界は、色を取り戻すのだろうか…。

 ぽっかりと穴が開いた様な心で、そんなことを思いながら、対象の男が来るまで、スマホを見続けようとした。


 その時だった。


 一人の女性が、彼の横を通り過ぎ、一瞬駿斗の視界に入る。


 何故だろうか。


 彼の目に映った彼女の肌に、色を感じた。


「…?」


 顔を上げ、その女性の後ろ姿を見つめる。

 滑らかな艶をした長く黒い髪、背は小柄だが、身なりはシンプルな白いワンピースを着て、明るい茶色の革のバッグを肩に掛けており、大人な雰囲気を感じる。


 近くで車のクラクションが鳴り、女性がその方を向くと、駿斗は彼女の横顔を捉えた。


 丸くやや垂れた様な輪郭の目つき、ルビーの様に鮮やかに輝く綺麗なピンクの瞳、どことなく幼さを感じる愛らしい顔立ち…。


 灰色に映る世界に、ただ一人、色を発し、辺りを照らす光の様な、”天使の様な”女性…。


 その瞬間、駿斗の心臓が、大きく高鳴ったのを感じた。見開いた目をしたまま硬直してしまっている。

 前に向き直って歩いていく彼女の後姿を見つめていると、凍り付いていた足が次第に動き始め、彼女の後を無意識に追おうとし始める。

 イヤホンからまた敷島の声が聞こえてくる。

 《こちらエリア1、対象がエリア2の管轄に侵入。これより交代する…

 …エリア2、応答しろ。エリア2?どうした?》

 駿斗は彼女の後姿を見つめたまま、無線に応答する。


「…”天使”だ…!」


 《……何?》


「”天使”が居る…!」


 駿斗はすぐに通信を切った。

 《は?おい駿斗!?なんだ天使って?何のことだ!?》

 やがて手前の歩行者用の信号が赤になり、女性は足を止めて信号が変わるのを待つ。駿斗は彼女に気づかれないように、人陰に身を潜めながら見つめ続けた。

 彼女の隣に居た、杖を持ったおばあさんが、うっかり車道に足を踏み入れそうになると、彼女はおばあさんをそっと支える様に抑えて、歩道に連れ戻した。

「あっ、おばあさん!信号赤ですよ!」

 その声を聴いた駿斗は、思わずうっとりとしてしまった。

 甘ったるく愛らしい、程良く高い声…僅かな言葉でもその声で流れて耳に届くと、心が癒される様な感覚がした。

(わっ…すごく良い声…!癒される…!)

 おばあさんは、「あらやだ…ごめんなさいねぇ、最近目が悪くて…」と彼女に謝りながら、信号が変わるのを静かに待ち始めた。

 黒髪の愛らしい女性に見惚れて動かない駿斗の後ろに、保護対象の男である笹田がやってきた。

「あ、あの~…」と笹田は駿斗の背中をポンポンと叩いてきた。

「何ですか?」と駿斗は女性への視線を変えないまま笹田に応答する。

「あの、警護してくださるんですよね…?」

「えぇしますとも、えぇ…」とテキトーな感じの返事をしながら、女性を見つめ続ける。

 その様子を、敷島はクラウンを路肩に停めながら観察していた。

「何してんだアイツ…?」

 信号が青に変わり、女性はおばあさんに手を取りながら歩いていく。

「ありがとうねぇお嬢さん。優しいのねぇ~」とおばあさんに褒められて、女性は少し照れ臭そうに頬を赤らめた。

(あぁ~~…可愛い…正に天使だ…!!)

 心の中の声が次第に変な方向にヒートアップしているのを気づかずに、そのまま女性の後を追い続け、笹田は何が何だか分からないまま駿斗の後に付いていく。

 すると、女性はおばあさんと別れると、右の通路に歩いていった。

 その後を追おうとしたが、笹田がスーツの裾を引っ張って止めた。

「ちょっ、ちょっと…!目的地と方角違いですよ…!」

「なっ…!?」

 仕方ない…そう思った駿斗は、笹田を引っ張り返して、女性が歩いていった方へと進み始めた。

「えぇっ!?」

「大丈夫ですっ…!後で本来のルートになるようにしますから…!」

 《おい駿斗!?何やってるんだ!?》焦りに満ちた敷島の声が耳を劈いた。

 しかし駿斗は怯むことなく女性の後を追っていく。

 すると、手前にあった薄暗い路地から、一人の男が現れ、駿斗の行く手を阻んだ。老け顔の青年で、濃い赤のスタジャンを着ており、ポケットに手を入れている。

「おい待て…お前税関の笹田だろ?」

 そう言いながら、ポケットから手を出した。その手には、ナイフ__

 突然駿斗は青年の胸倉を掴み、出てきた路地の壁に後頭部を叩きつけ、「邪魔だ」と言って彼の顔面に力強く握り締めた拳を喰らわせ、仕上げに腹に一発膝蹴りも喰らわせた。

 青年はまるで一瞬で二回も攻撃された様な感覚に陥ったかと思えば、ほぼ突然襲い掛かってきたともいえる激しい痛みに悶え苦しみ、ナイフを落として、腹を抱えながらその場に倒れ込んだ。

 駿斗はすぐに路地から飛び出し、あの女性がまだそう離れていないことを確認してから、笹田を引っ張って再び後を追い始める。

 目を離したくない…このまま行き着くところまで見届けたい…今見失ったら、もう会えないかもしれない…今駿斗の頭の中では、そんな感情で満たされていた。

 小川に掛かる橋の上で、今度は女性とすれ違ってやってきた、二人組のチンピラの男が、ひっそりとメリケンサックを装備して近寄ってくる。

 手前に来た男の一人が拳を駿斗に向けようとした途端、駿斗は彼の腹に瞬時に拳を入れ、前のめりになった所で顔面に膝蹴りを喰らわせ、もう一人の男の方に投げ飛ばす。投げ飛ばされた二人は呆気なく川に転落していった。

 女性が後方から突然聞こえてきた激しい水の音で立ち止まって振り向いた。駿斗は笹田を引っ張って電柱に隠れる。

 特に何も無かったと思ったのか、女性はまた前を向いて歩き始める。

「あの…あの女性は一体…?」

「俺にも分からない…でも追わないと…!」

 女性の後を追っていくと、イヤホンに碧柳の声が聞こえてくる。

 《こちらエリア3…なんでそっちから来たし》

「今は何も聞くな…とにかく交代してくれ…」

 《???》

 少し歩いた先で、碧柳が車の陰からヒョイっと顔を出して様子を伺う。丁度その時、駿斗が後を追っている女性とすれ違う。ほんの一瞬だったが、彼は彼女の顔を視界に捉え、後ろ姿を見つめながら(可愛いなあの子…)と心の中で発した。

 駿斗は笹田を押し付ける様に碧柳に継がせて、引き続き女性の後を追う。それを慌てた様子で碧柳が肩を掴んで引き留める。

「いや待て待て待て、どこ行くんだ?!」

「ちょっと急用だ…後を頼む」

 駿斗は碧柳の手を払いのけて、女性の後を追っていった。

「き、急用って何だよ…!?」


 しばらく女性の後を追っていくと、彼女は白い小さなビルの一階にある、『(株)スマイルホーム』という不動産屋に入っていった。

 駿斗は入り口前の壁の陰に身を潜め、中の様子を伺う。

 女性は店員に笑顔で挨拶をしながら、店の奥へと向かっていった。これでハッキリした。彼女はここの従業員だ。

 そうと分かれば、今は撤退し任務に戻るとしよう。

 駿斗はそのビルの場所をしっかりと頭に叩き込んでから、ビルを離れて、敷島に無線を繋ぐ。

「こちらエリア2」

 《エリア2どうした…》

「現在の状況をお願いします」

 《…対象はエリア4に移って無事目的地に到着した。任務終了だ》

 それを聞いてホッ…と一息吐いて、テキトーな返しをしてから通信を切った。

 …普段、任務を終えても、息を吐いてこんなに安心感に浸ることは無いのに、今は何故かその感覚に陥っている。



 * * *



 PM-9日本支部のビルに戻り、改めて結果の情報が参加メンバーに伝えられる。

 椅子に座っている駿斗は、心ここにあらずの様な、呆けた顔をしている。

 あの女性のことが頭から離れない。

 顔や声を思い出す度、心がうっとりとしてしまう。

 また会いたい…。

 そんな感情に支配されていると、隣に座っている碧柳が彼の肩を揺らしてきた。

「おい駿斗、どうした…?今日のお前様子がおかしいぞ…?」

 更に反対に座っている小摩木が話に乗ってくる。

「あぁ…まるで俺が”後でカミさんになる女と初めて顔を合わせた時”みたいな顔だ…」

 それを聞いて碧柳は、何かを思い出したかの様に「あぁ!」と声を上げた。

「そういえばお前、対象押し付ける前に俺の横通り過ぎてったあの可愛い子!!もしかしてお前あの子追っかけてたのか!?」

「え?何それ俺知らない」

「黒髪ロングの丸っこい目をした幼い顔つきの子でさぁ、一瞬見ただけで「美少女だ!」って思っちゃったのよ。

 ははぁ、お前あぁいうのが好きなのか!!」

 と、碧柳は何一つ喋ろうとしない駿斗の背中を笑いながらポンポンと叩き始めた。

「そうかそうか!!やっとお前の好みが分かって嬉しいよ!!」

「え?マジでどんな子なの?」

「後で防犯カメラ撮って送っといてやるよ(笑)」

 そんな話をしていると、敷島が冷ややかな眼をしながら咳払いをした。

 皆思い出したかのように、奥に立っている紫雨の方を向いて黙り込む。彼は引きつった顔をしており、非常に気まずく空気が重くなる。

「…まぁ何はともあれ、対象を無事目的地まで誘導し、今頃は安全地帯で信頼できるビジネスパートナーと今後のことを話し合ってることだろう…。

 皆お疲れ様」

 紫雨がそう言うと、皆立ち上がろうとした。

「あぁ…駿斗、敷島、二人は残ってくれ」

 一度腰を上げた駿斗はまた椅子に腰を落ち着かせ、碧柳と小摩木は部屋を後にした。

 三人が部屋に残り、更に重たい空気が場を支配する。

 紫雨は回転椅子に座り込み、深く息を吐き、頬杖をつきながら話を始めた。

「駿斗…一体どういうつもりであんなことをした?

 無事に任務を達成したとはいえそれは結果論に過ぎない」

「すみません…でもどうしても、やらなきゃいけないと思ったことがあって…」

 敷島は腕を組みながら、眉間に皺を寄せ、睨む様に駿斗を見つめる。

「さっき碧柳が言ってたことは本当か?」

「……はい」

 敷島はフーッと力強く息を吐きながら天井を見上げる。かなり頭を抱えたくなる案件だと思っているのだろう。

「…なぁ駿斗、女のケツ追っかけることに関してはとやかく言いたくは無いが…状況を考えてやれよ…」

「はい…すみませんでした…」

 珍しく感情を露わにして酷く落ち込む駿斗を見かねたのか、紫雨は強張った顔を緩めて、頬杖を止めて両腕を机に置き、少し真剣な顔で彼を見つめ、ある問いをする。

「…駿斗。

 ()()()女性に恋心を抱くことは、決して間違いじゃない。その先を思い描くのも自由だ。

 しかし…我々と、その女性は、住む世界が違う…その先に待つ未来は、もしかしたら地獄かもしれない…。

 それを覚悟の上で、まだその女性を追い続けるのか?」

 その言葉を受けて、駿斗は深く考え込んだ。紫雨の言う事は正しい。この先、仮にあの人が自分に振り向いてくれたとして、待っている未来では、悲惨な事になっているかもしれない…。


 だがそれでも、駿斗はどうしても、あの女性を忘れることができない。


「…俺は、諦めません。

 真っ暗い未来が待っているかもしれないけれど、それを変えることができるかもしれないから…」


「……そうか」

 紫雨はそっと微笑んで、椅子にもたれかかって後ろに回る。

「なら行ってきなさい。

 ただし次からは気をつけろ」

「……ありがとうございます」

 駿斗は立ち上がり、紫雨に深々と頭を下げてから、静かに部屋を出ていった。

 部屋を出ると、暮葉がひっそりと話を聞いていたようで、部屋から出てきた駿斗を心配そうな眼差しで見つめてきた。

 駿斗はそれを交わし、自室へとスタスタと歩いていった。

 敷島は懐からタバコの箱を取り出し、一本咥え、ジッポライターで火を点けた。

「…紫雨、どういうつもりだ?」

「いいじゃないか。あれが彼の選んだ人生だ。

 良いことがあっても辛いことがあっても、それでも…”恋”は良いものだ。人を成長させる。

 君もそう思わんか?”同じ経験をした者同士”だろう?」

 紫雨はそう言いながら椅子を回し、敷島の方を向く。

 敷島はタバコを吹かし、しばし黙り込んでから答えた。

「…まぁ、気持ちは分からなくはない…

 ただ、”俺達”と同じ経験をしてほしくないんだがなぁ…」

「彼ならきっと大丈夫さ」

 紫雨は夕日が沈んでいく横浜の街を見つめて微笑みながら、彼の恋の生末を想像するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ