あの人をかわいそうだとはかわいそうだとは思わない
一仕事終えて戻ろうとしている時だった。
「なんでもっとあの人に寄り添ってあげないんですか?」
そう突然声をかけられた。あ、回覧板を届けにきたという近所の方。
「よ、よりそう」
寄り添うってなんだろう。急に辞書で調べたくなった。
「そうです。だって一人で暮らして、体力もみるみる衰えていって。それなのにお医者さんやお子さんは何にもしない。もっとあの人のこと考えてあげるべきなのに」
えー!?みんなやってるよ!あの人が聞いてくれないから実現しないだけ!
「もっとちゃんとあの人のこと考えてあげてください」
でも、この人はそんなこと知らないんだろうな。
「あっはい、そうですね」
そう考えてはいるのに、気が抜けたような反応しかできない私にイラついてきたのか先ほど不満爆発させていた話をしてきた。
「だいたい、なんで先生は効きにくくなるリスクがあるのに同じ薬を何十年も出しているんですか?」
この言葉に本当にこの人は知らないんだと実感する。
「うーん。その、まあ、あの」
言葉を濁そうとすると鋭い視線が飛んできた。もう、知ってる限りで素直に話そう。そう思った。
「あの人は、ああいっていたんですけどウチが薬届けるようになったのはここ半年くらいなんです」
ほんと。
「だから本当に何十年も同じ薬が出ていたのかはウチではわからないんです」
ほんと、ほんと。すると、信じられないかのようにその人は言った。
「長い付き合いだって」
言ってたね。まるでウチが何年も薬出していたみたいな言い方だったらそう思うのは無理はない。
「その、ウチの管理者と個人的に付き合いがあったみたいで。なんでもお子さんが同い年だったかそうでないか、みたいな知り合いだって聞いています」
これは私も聞くまではびっくりした。だって本当にずっとウチで薬もらってました!みたいな感じで話していたから。カルテもここ半年のものしかない。
「先生はちゃんと治療してくれないって」
って言っているね。どうしてそういう発言になるんだろうか、詳しいことはわからないが。
「その、話を聞いている分には先生はガイドラインに沿った標準的な治療をすすめてくれています。決して突飛な治療ではないんです」
「患者さんが、あの人が、やるって意思を示さなきゃできないんです」
「勝手に、あなた体調悪いから治療しますねっていうことはできないんです」
もしやっちまったら訴訟モンだぜ。
「なんで説明してあげなかったんですか?」
いや、そう思うのはわかるけれど仕方ないじゃん。
「その、『私はわかってるから大丈夫』って何回も言っていたので」
いつも聞く気がないんだから。それに。
「それでも説明しなきゃいけないんじゃないですか!?」
「あ、あ、あー」
もしかしてこの人は本当に何も知らないのか?
「その、それで、ちゃんと説明した職員が、少しばかり、危ない目に遭いまして」
そう、説明をしているときに、いきなり持っていた杖を振り上げ叩こうとしたのだ。カウンター越しで距離が離れていて怪我には至らなかった。でも初めての来局で薬の説明をして『そんなのわかってる』と大声で怒りのまま手を動かす。やばい人だと思って行動するには十分だった。
「あと、ご親戚にお医者さんがいるから大丈夫と何度も言って説明を聞いてくれないこともありまして」
これも本当。ただ、そのお医者さんの専門は整形外科。内科にどれくらい詳しいかはわからない。
「我々では、お薬お渡しするくらいが限度かな?ということになりまして」
そこまで言うと、大変悔しそうに、絞り出すように回覧板を持ってきた人は言った。
「お金もらっているんでしょ?」
なんでそんなに偉そうなの!初対面だよね!そう叫びたかった。だが、我慢。
「その、何度も何度も電話をいただいて」
「こちらの業務に支障をきたすようになってしまったので、届けるようになりました」
お金もらっているって言ってもほんとに薬代だけだよ。未だ納得がいっていない顔をしていたので重ね重ね伝える。
「その、配送、っていうか、在宅医療っていうか。それらにご理解いただけなかったのでその料金はいただいていません」
それでも納得できなかったらしい。
「でも、お子さんとか、親戚に取り次いだっていいんじゃないですか?」
それって、ウチの、薬局の仕事か?とは思ったが飲み込む。
「エエっと、それは、かなり、難しい、です、ね」
むっと眉が上がる、どうやらこの人は本当にわかってないらしい。
「あの、あまり、お子さんと仲がよろしくないみたいで」
そう、結婚し子供が産まれて、働いていなかった旦那さんとずっと一緒に暮らしたらしい。まあ、これで何が起こ
ったかというと子供の育児放棄だったらしい。それで子供さんはみんな親戚のお宅で育っていたらしい。
「親戚の方ともトラブルを起こしてたみたいで、ちょっと、我々ではどうにも」
自分の稼ぎでは食べていけなかったようで金の無心をしていたらしい、整形外科医の親戚に。その親戚は、『まだ小さい子供もいるしな』と思ってお金を貸していたらしい。が、蓋を開けてみれば子供を育てていたのは別の親戚だった。今まで貸していた金はどうなっていたんだ、となる。当たり前だ。そこで働かない夫と自分の生活に全額当てていたことがわかる。
小さい子供もいるし、と思って貸していた額が二人の生活費に消えてしまったのだ。しかも子供は親戚に預けっぱなしだったという話だ。これ以上関わったらもっと金の無心をするのではないか?と考えるのには十分だ。私だってそんな親戚いたら関わりたくない。
ここまで話して思い至った。そういえばこの人は親戚ではない?もしかしたらこれからあの人と良好な人間関係を築いていけるのでは?
「ア、でしたらあなたはどうですか?」
「あの人、あなたの前ではよく聞いていましたよ。いつもは聞いてくれないのに」
「きっと話を聞いてくれるような人があの人にはあっているんだと思います」
こんなふうに心配してくれて、そばにいてくれる人がいればあの人も安心だろう。
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