あの人はかわいそうだと思う
なんでみんなこの人に優しくしないんだろう。
こんなに一人で頑張っているのに、こんなに一人で大変そうなのに。
この人の子供たちは一切関わっているところを見たことがない。自分の親なんだからもっと関わっていかなくてはいけないのに。支えようとする気持ちがないのだろうか。
そんな時に薬局の人が薬を届けにきた。
薬の種類の説明から検査値表の説明までを丁寧にしてくれていた。この人なら可哀想なこの人に手を差し伸べてくれるだろう、そう思って帰る時に声をかけた。
「なんでもっとあの人に寄り添ってあげないんですか?」
薬局の人は少しばかり大袈裟に体を揺らした。
「よ、よりそう」
なんでそんなはじめて聞いた単語みたいな反応をするのだろうが。腹が立つがここできちんと伝えなくてはいけない。
「そうです。だって一人で暮らして、体力もみるみる衰えていって。それなのにお医者さんやお子さんは何にもしない。もっとあの人のこと考えて支えてあげるべきなのに」
素人の私にでもわかる。どんどん活力が衰えていっているのが。なのにお医者さんも、家族でさえもどこか他人事で。
「もっとちゃんとあの人のこと考えてあげてください」
「あっはい、そうですね」
この薬局の人ならきちんと考えてくれると思って話かけたのに、どこか他人事で適当な返しにどうしてきちんと考えないんだと腹が立ってきた。
「だいたい、なんで先生は効きにくくなるリスクがあるのに同じ薬を何十年も出しているんですか?」
医者がきちんと治療する気があるならその人ごとの体調によって薬を変えるはずだ。それをしないってことは治療する気がないってことに違いない。
「うーん。その、まあ、あの」
なんでこの人はこんなに歯切れが悪いんだろう。ちゃんとしないからあの人も安心できないんだ。
「あの人は、ああいっていたんですけどウチが薬届けるようになったのはここ半年くらいなんです」
え、何言っているの?
「だから本当に何十年も同じ薬が出ていたのかはウチではわからないんです」
なんでそんなに嘘を重ねるの?私はちゃんと聞いていたわ。
「長い付き合いだって」
あの人の口から何回もそう聞いていた。
「その、ウチの管理者の人と個人的に付き合いがあったみたいで。なんでもお子さんが同い年だったかそうでないか、みたいな知り合いだって聞いています」
え、そういう?治療の一環でお世話になっていたとかじゃなくて?
「先生はちゃんと治療してくれないって」
何にもしてくれないって、だから体調が悪くなる一方だ、って。
「勝手に、あなた体調悪いから治療しますねっていうことはできないんです」
「患者さんが、あの人が、やるって意思を示さなきゃできないんです」
治療ができないのはあの人が了承しないからだ、と言外に言っているのがひしひしと伝わってくる。
「その、話を聞いている分には先生はガイドラインに沿った標準的な治療をすすめてくれています。決して突飛な治療ではないんです」
「それくらい悪い状況なんです。検査値もすっごい悪いです」
でも、そんなに悪いんだったらもっと他にやりようがあったはずなのにここまでズルズル引きずることはなかったはずなのに。
「なんで説明してあげなかったんですか?」
「その、『私はわかってるから大丈夫』って何回も言っていたので」
まるで言い訳のように言われたその言葉に思わず私は噛みついた。
「それでも説明しなきゃいけないんじゃないですか!?」
そうだ、納得するように説明する仕事じゃないの!?と、言わんばかりの言葉が口から出た。
「あ、あ、あー」
薬局の人の目が泳ぐ。
「その、それで、ちゃんと説明した、職員が、少しばかり、危ない目に遭いまして」
かなり言葉を濁してそう言った。その職員は何かしら怪我をしたことが容易に想像できた。
「あと、ご親戚にお医者さんがいるから大丈夫と何度も言って説明を聞いてくれないこともありまして」
確かに、自分の親戚に医者がいるということは何回も聞いていた。
「我々では、お薬お渡しするくらいが限度かな?ということになりまして」
そんな理屈をこねているだけだろう。私は知っている。
「お金もらっているんでしょ?」
お金をもらっているんだからその分の働きはしなくちゃいけないんじゃないの?
「その、何度も何度も電話をいただいて」
その声はとても言いにくそうだった。
「こちらの業務に支障をきたすようになってしまったので、ほんと、お薬代だけで届けるようになりました」
業務に支障をきたすほどの電話。心の中で繰り返す。
さらにその人は続ける。
「その、配送、っていうか、在宅医療っていうか。ご理解いただけなかったのでその料金はいただいていません」
あくまで、その薬代、商品代だけでそれ以上のものをもらっていないと強調してきた。でも、こんな状況なんだからもっと心を砕いてもいいのではないかと思ってしまうのだ。
「でも、お子さんとか、親戚に取り次いだっていいんじゃないですか?」
きっと他人、第三者にやってもらうのが落ち着かないからだ。親戚、家族にやってもらえばあの人だって受け入れるだろう。
「エエっと、それは、かなり、難しい、です、ね」
薬局の人の目が先ほどの比ではないくらいに泳ぎまくる。
「あの、あまり、お子さんとも、仲が、よろしく、ないみたいで」
視線が右往左往してから薬局の人は続ける。
「親戚の方とも、トラブルを起こしてたみたいで、ちょっと、我々ではどうにも」
え、じゃあもうどうすることもできないっていうこと?あの人の今まで見たきた部分とは違う部分を知ってショックでもあったがこれ以上どうにかする術がないことに愕然とした。
「ア、でしたらあなたはどうですか?」
まるで名案が浮かんだとばかりにその人は口にした。
「あの人、あなたの前ではよく聞いてくれましたよ。いつもは聞いてくれないのに」
「いつもなら『わかってるから大丈夫』なんていって聞いてくれないんですけど、あなたの前では話をちゃんと聞いてくれましたし」
少し考えるような素振りをしてから薬局の人は続けた。
「きっとあなたのおかげで自分自身の健康に気を使ってくれるようになったんですね」
「あなただったらきっとあの人が満足するように面倒が見られると思いますよ」
無邪気に心からそう思っているとでもいうような笑顔に私はどうしてか震え上がってしまった。
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