- 王妃の器 -
マリリア・ファレット男爵令嬢はとても幸せだった。
美しく聡明なカレント王太子殿下に選ばれて、婚約者に是非にと請われたのだ。
マリリアはピンクブロンドの髪で空色の瞳の、顔立ちがとても可愛い男爵令嬢である。
可愛いだけではいけないのよ。
せっかく王立学園に入れたのだから、勉強も頑張らないと。
マリリアは勉強も頑張った。
優秀な成績を修めて、生徒会でカレント王太子に見込まれて、仕事を手伝うようになったのだ。
そんな中、カレント王太子殿下に信頼されるようになり、彼の愚痴を聞くようになった。
婚約者のシャルロッテがとても冷たい令嬢なのだと。
シャルロッテ・ブランドン公爵令嬢は、とても美しい令嬢だ。
長年に渡る婚約者のシャルロッテをカレント王太子はとても大事にして付き合ってきた。
ブランドン公爵家は名門だ。だから、政略として選ばれた婚約者シャルロッテ。
いかに、政略といえども、婚約者、いずれは結婚する相手とは良好な関係でいたい。絆を深めたい。そう思って大事にしてきたのに。何かと贈り物をし、週に一度は二人きりでお茶の席を設けて話をするようにしてきた。
それなのに、シャルロッテの態度はとても冷たい。そっけない。
何を話しても、
「そうなのですね」
としか言わず、贈り物をしても礼の一つも無く……
そんな愚痴をこぼすカレント王太子をマリリアは懸命に慰めた。
「カレント王太子殿下の良さがまだ解っていないのです。もっと誠意をもってお付き合いすれば、きっと振り向いてくれますわ」
「誠意か。ちゃんと誠意をもって付き合ってはいるのだけれど。シャルロッテは私との婚約が不満なようで。どうも護衛騎士に思いを寄せているらしい。私とシャルロッテの婚約は王家とブランドン公爵家との政略なのだけれど。彼女は理解していないようなのだ」
「大変ですね」
マリリアはカレント王太子が可哀そうに思ってしまった。
彼は仕事熱心で、生徒会の仕事もとても真面目にこなしている。
だから、少しでも彼の力になりたい。
一生懸命、彼の仕事を手伝った。
周りの高位貴族の令息達も、そんな真面目なマリリアに好意を持ってくれて、一緒になって生徒会の仕事を手伝って、ともに頑張って来たのである。
だから、シャルロッテが不貞を働いて、護衛騎士との子を妊娠したと聞いた時には、落ち込むカレント王太子を皆で慰めた。
「王太子殿下が悪いのではありません。シャルロッテ様が王太子殿下の良さを解ってくれなかったのですわ」
「そうですそうです。王太子殿下はとても真面目で、立派です」
「私達も殿下の事を尊敬しているのですよ。だから、落ち込まないで下さい」
マリリアは皆と共にカレント王太子を慰めた。
カレント王太子は皆に向かって、
「有難う。みんな。私なりにシャルロッテに好意を示し、誠実に付き合ってきたのだが、通じなかったようだ。皆の慰めの気持ちは忘れない」
そして、いつしか、マリリアはカレント王太子と二人きりで会うようになった。
カレント王太子は放課後二人きりで会った時に、甘えるようにマリリアを抱き締めて来て。
「マリリア。これからも傍にいて欲しい。私は随分と君に助けられてきた」
「私もカレント様を愛しております。でも、私では結婚は無理でしょう。だって、男爵家では身分が低すぎて。私では側妃にすらなれないでしょう」
「それでも私は、君の事を愛しているんだ。あああ、母上に相談してみよう。そうしたら何かいい案を出してくれるかもしれない。例えば高位貴族の元へ養女に出してから、私と結婚するとか。シャルロッテは婚約破棄をした。当たり前だろう。他の男の種を持ち込もうとしたのだ。王家の影に見張ってもらってよかった。護衛騎士の子なんて。そもそも、未婚の女性の傍に独身の男性をいかに護衛だと言っておくのは間違っていないか?それなら、心の弱い女性は不貞に走ってしまうだろうに」
「それは仕方ないですわ。シャルロッテ様は心が弱かったのです。きっと」
「そうだな。私にはマリリアがいればいい。過ぎた傷は忘れたい」
カレント王太子と放課後の教室で口づけを交わした。
そして、その時の私はどれ程、カレント王太子に嫁ぐことが大変か、自分の身がどれ程の罪を背負って生まれてきたのか、まるで解らなかった。
カレント王太子に連れられて、内密にレンド王国の王妃である、エレンシア王妃に会う事になった。
国王と王妃の息子はカレント王太子一人で、国王は側妃を貰う事を嫌い、王妃一筋であった。
だから、王家の血筋を引く子はカレント一人で、尚、悪い事に国王には兄弟姉妹もおらず、このレンド王国の王位を継ぐのは必然的にカレント一人で。
国王の上の代まで遡っても、元国王の兄弟姉妹は皆高齢で、その息子達へ王位が行くのは、あまりにも血筋が遡りすぎだと貴族から反対があり。
だから、カレント王太子への期待は、王国民全体からも高くて。
カレント王太子一人が背負うものも大きくて。
そんなカレント王太子は、王宮へマリリアを連れ行き、そして母の王妃の部屋へ向かうと、エレンシア王妃に懇願した。
「母上父上が政略で用意して下さったシャルロッテの不貞により、婚約が破棄されました。その後の私の相手なのですが、このファレット男爵家のマリリア嬢を私の結婚相手にしたいと思っております。でも、男爵家では家格が低くて。どうか、母上。母上の知り合いの高位貴族の養女にマリリアをしてくれませんか。そうしたら、マリリアもいずれは王妃になれるのではないかと」
エレンシア王妃は銀の髪の冷たい感じのそれは美しい王妃であった。
マリリアを睨みつけるように見つめると、
「貴方はファレット男爵家の娘だそうね。現男爵の孫にあたるのかしら」
「そうです。祖父が現在のファレット男爵です。両親は私が赤子の頃に亡くなったと聞いています」
「駄目よ。貴方なんて許さないわ。許さないっ」
いきなりエレンシア王妃が叫びだした。
「絶対に許さない。もし、この女と結婚するというのだったら、カレント、お前を王太子から降ろすわ」
カレント王太子は慌てたように、
「何故です?私しか王位を継承できる人間はいない。だから困るでしょう」
「この女を王家に入れるくらいだったら、滅びてしまえばいいんだわ。えええーーー王国なんて滅びてしまえばいい」
あからさまな敵意。
マリリアは慌てて土下座し。
「私は確かに身分の低い人間です。でも、私はカレント王太子殿下を愛しております。王妃教育も頑張ります。カレント王太子殿下を支えていきたい。ですから、どうか認めて下さいませんか?」
「愛だけではどうしようもないのよ。それだけ貴族の世界は厳しいの。わたくしだって、苦労したわ。それにわたくしは貴方の事が大嫌い。身分が低いという理由だけではなくてね」
「どんな苦労も厭いません。ですからどうか。それにどうして私の事が大嫌いなのですか?」
カレント王太子も頭を下げて、
「私はマリリアを愛しております。マリリア以外の女性と結婚したくありません。どうか、母上。嫌いと言われるのならその理由をっ」
「解ったわ。王国の為、貴方を失う訳にはいかない。カレント。でも、覚えておいて頂戴。わたくしはこの女は大嫌いという事をね。理由は言いたくはないわ。だから聞かないで頂戴」
理由は言いたくはないだなんて。とても不安になる。マリリアは冷たくこちらを見つめるエレンシア王妃を恐ろしく感じた。
それでもどんな苦労もカレント王太子の為に我慢しよう。
マリリアはそう決意したのである。
それからが大変だった。
カレント王太子殿下の新たなる婚約者としてお披露目されて。
ブライドン公爵家、元婚約者シャルロッテの家に養女に出されたマリリア。
シャルロッテは冷たかった。
「慰謝料の代わりに、貴方を我が公爵家の養女にしろだなんて、王家も勝手を言っているものだわ。まぁわたくしは構わないけど。わたくしはジーンと一緒に居られればどうでもいいわ」
護衛騎士ジーンと共に、シャルロッテは背を向けて無関心に部屋を出て行ってしまう。
シャルロッテの両親であるブランドン公爵夫妻は、
「王家の命で半年、お前を預かる。家庭教師もつけるから、しっかりと勉強に励むように」
「そうね。ブランドン公爵家の娘として恥ずかしくないようにして頂戴」
「かしこまりました」
王家で行われる厳しい王妃教育、公爵家で行われるマナーやその他の高位貴族にふさわしい教育。寝る暇も無い程に厳しい教育をマリリアは目の下にクマを作る程に頑張った。
カレント王太子殿下の為に。彼を愛しているから。
王妃教育には、エレンシア王妃も部屋にやって来て、
「本当にマナーがなっていないこと。これでレンド王国の王妃になるというのだから笑わせるわ」
と、嫌味を言われた。
嫌味だけでなく、エレンシア王妃自らも、厳しくマリリアを教育した。
あまりの厳しさに陰で沢山泣いた。
それでも、マリリアは頑張った。
美しいカーテシーの仕方、完璧なマナー。この王国の貴族達の家や家族構成、治めている領や特産物。周辺の王国の言葉。覚える事は沢山あった。
私は、いえ、わたくしはこのレンド王国の王妃様になるの。
カレント王太子殿下を支えたいの。
だから、頑張らないと。
必死に勉強した。
カレント王太子もマリリアの王妃教育の合間に、姿を見せて、マリリアを励ました。
「私もこの王国に相応しい国王になる。だから、マリリアも頑張って欲しい」
「ええ、わたくし、頑張るわ」
頑張って頑張って頑張って、とうとう、無理がたたって倒れてしまった。
ブランドン公爵家で、倒れて自分の部屋で寝込んでしまったマリリア。
寝込んでいる暇も無い。
このままでは、カレント王太子と結婚出来ないのではないのか。
そんな中、シャルロッテが部屋に訪ねて来た。
「本当に馬鹿な女ね。貴方みたいな生まれが卑しい男爵家の娘が、王妃なんてなれないのにね」
「それでも、わたくしは努力したい。カレント王太子殿下の力になりたいのです」
「何それ。わたくしに対する嫌味かしら。貴方なんて、どんなに頑張ったって王妃様に嫌われているのだから。お父様とお母様が話していたわ。本当に恥さらしな……」
「教えて下さい。何故、わたくしは王妃様に嫌われているのか」
「知らないわよ。ふん」
シャルロッテは背を向けて行ってしまった。
恥さらしな娘。
シャルロッテはいずれ、このブランドン公爵家を追い出されるのであろう。
なんせ、護衛騎士の子を身ごもったのだ。
世間体を気にするブランドン公爵家。
娘をこのままずっと置いておくわけにはいかないのであろう。
カレント王太子殿下を傷つけたのは許せないけれども、それでも、恋に生きるのは自分も同じなのだ。
シャルロッテの事は憎み切れない。
そう思うマリリアであった。
とある日、エレンシア王妃からの命で、共に孤児院へ慰問に出かける事になった。
エレンシア王妃は、
「貴方なんて連れて行きたくはなかったんだけれど、貴方があまりにも頑張っているものだから、一緒に慰問はどうかと思って連れていくのよ」
「有難うございます。王妃様」
少しはエレンシア王妃に認められたのだと、マリリアは嬉しくなった。
もっともっと頑張って、このレンド王国の為に役に立つ人間になりたい。
沢山の教会の孤児たちと、エレンシア王妃は触れ合って、
沢山の支援金と食料を孤児たちに配って。
エレンシア王妃は慈悲深い方だと王国の評判も高い王妃だ。
マリリアもエレンシア王妃のその姿に心の底から、尊敬の念を抱いた。
一緒に、孤児たちに食料を配って、一緒に孤児たちと触れ合って。
本当に有意義な一日を過ごすことが出来た。
マリリアがもっとも大変なのは、夜会である。
高位貴族達が、もともと身分の低いマリリアに向かって皮肉を投げかけてくるのだ。
「どうやって、王太子殿下を誑し込んだのかしら」
「本当に下品な女だこと」
カレント王太子にエスコートされているのにも、関わらず嫌味を言って来る貴族達の令嬢や夫人。
マリリアはにこやかに、
「まだまだわたくしは精進が足りません。皆様、よろしく指導お願い致しますわ」
カレント王太子もマリリアの手を握って、
「私は優秀な婚約者を得る事が出来て幸せだ」
二人でフロアーの真ん中に出て、ダンスを踊る。
ダンスも懸命に練習した。
みっともなくないように、血の滲む努力をしたのだ。
ほおっとダンスを踊る二人の姿に、周りの貴族達からため息が漏れる。
「なんて美しいダンスだ」
「ああ、完璧なステップ。素晴らしい」
桃色のドレスが翻って。カレント王太子殿下のリードの下で、ダンスを踊る。
失敗する訳にはいかない。
楽しみたいが、ともかくステップを間違えないで。
美しく見えるダンスを。
夜会も無難に終わった翌日。
今度は、西の地方で魔物の大量発生が起きたと連絡があった。
大勢のけが人や死人が出たらしい。
偉大なるレンド王国の国王ビルドが、
「王国騎士団を派遣しろ。支援物資も用意」
「「「はっ。かしこまりました」」」
一気に王宮があわただしくなる。
王国騎士団は精鋭達ぞろいで、彼らが行けば魔物達は討伐されるだろう。
エレンシア王妃が叫んだ。
「わたくしも参ります」
ビルド国王が慌てて、
「危険だ。王妃が行く事はない」
「でも、沢山のけが人が出ているのでしょう。わたくしは聖女達を連れて参ります」
聖女とはこの王国で治癒魔法が仕える女性達の集団である。
治癒魔法が使える女性達は王国内でも少ない。20人くらいしかいないだろう。
エレンシア王妃はその女性達を引き連れて向かうというのだ。
マリリアも思わず叫んでいた。
「わたくしも参ります。けが人を放ってはおけません」
エレンシア王妃はマリリアを睨みつけて、
「遊びではないのよ。貴方には無理だわ」
「それでも、それがこの王国の王妃の在り方ならわたくしも行きます」
「解ったわ」
カレント王太子も、
「私も行こう。王国騎士団と共に。足手まといにはならない。魔物達を一刻も早く倒し、住民たちを安堵させなくては」
こうして、1000人の騎士団を率いて、カレント王太子は先に出発した。
支援物資と共にエレンシア王妃とマリリアは聖女達と共に、後発で出発する。
怪我した人たちを一人でも多く助けたい。
エレンシア王妃と共に馬車に乗ったマリリア。
エレンシア王妃はマリリアの前に腰かけていて、マリリアに向かって、
「貴方はとても頑張りやね。見直したわ」
「いえ、わたくしはわたくしの出来る事をしたいと思ったまでです」
「本当に、貴方の瞳は空色なのね。あの人にそっくり」
「え?」
「いえ、何でもないわ」
そう、マリリアの髪は桃色だけれども、瞳は空色。
あの人って誰だろう。亡くなったお父様の事かしら。
マリリアは思ったけれども、深くは聞けなかった。
西の地方は大量発生した魔物に荒らされて、家も壊され、酷い有様だった。
先発で出動した王国騎士団に魔物達は殺されて、マリリアとエレンシア王妃が着いた時には、テントがあちこちに設置されており、けが人がテントに運びこまれていた。
聖女達と共に、テントを回るエレンシア王妃とマリリア。
怪我の治療が出来るのは聖女達だけ。
それでも、苦しむ村人に声をかけてエレンシア王妃は励まし、水を飲ませて。
マリリアはあまりの悲惨な村人達に、眩暈を起こしたが、毅然とした態度のエレンシア王妃を見習わなくてはと思い、
「さぁお水です。もう少ししたら聖女様が助けてくれますから」
苦しそうな村人の一人の手を取り、励まして。
村人は若い青年だった。
マリリアに向かって、その手を握り締め
「有難う。本当に……有難う」
沢山の怪我人。カレント王太子も、騎士団を指揮して。
「怪我人を見つけ次第、テントへ運び入れろ。食料を村人達に配れ。ともかく、テントを沢山設置しろ」
忙しく指揮するカレント王太子。
慌ただしくその日は過ぎて行って。
疲れ果ててテントの近くで、身を横たえるマリリア。
本当に、疲れ果ててしまった。
その体に毛布をかけてくれたのが、エレンシア王妃だった。
「よく頑張ったわね。疲れたようだから、お眠りなさい」
「有難うございます。王妃様」
「水と食料は置いておくわ。貴方は本当に頑張りやね」
髪を優しく撫でてくれた。
マリリアはその手の温かさに、きっと自分の母親はこんな感じだったのだろうなぁと、ふと思った。
赤子の頃に亡くなった母親。
祖父である男爵は両親の事について何も話をしてくれなかった。
どんな両親だったのか解らない。
だが、エレンシア王妃は自分の空色の瞳について、変な事を言っていた。
エレンシア王妃は自分の両親の事を知っている?
眠気が襲って、マリリアはそのまま意識を手放した。
その事件があってから、三か月が過ぎた。
マリリアはカレント王太子殿下との結婚の準備で忙しい。婚約者としてふさわしいと国王陛下と王妃から認められ、来月には結婚式を挙げる事になったのだ。
そんな中、エレンシア王妃が倒れた。
ベッドで寝込むエレンシア王妃、マリリアはカレント王太子と共に見舞った。
エレンシア王妃は、マリリアに向かって、
「わたくしは、もう長くはないわ。聖女達の治癒魔法でも助からない重い病気なの。わたくしが亡くなったら、結婚した貴方が実質上、このレンド王国の最上位の女性になるわ。ああ……まだまだ心配。貴方には教えたい事が沢山あったのに」
マリリアはエレンシア王妃の手を握って励ます。
「王妃様。わたくしはまだまだ未熟です。これからも導いて下さらないと困ります」
「そうね。ああ、聞いてくれるかしら。遠い昔の話を」
エレンシア王妃は話始めた。
「わたくし、好きな方がいたの。ブランドン公爵家のデレス様。ブランドン公爵の弟君よ。
空色のとても綺麗な瞳の方で。わたくしとデレス様は婚約者だった。だけど、ファレット男爵家の娘ファリアに盗られてしまった。いつの間にかデレス様とファリアは愛し合っていたのよ。わたくしはファリアを憎んだ。そして、ファリアを虐めに虐めて。ファリアはデレス様を道連れに心中を図ったわ。そして、デレス様は死んで、ファリアだけが生き残った。わたくしは……わたくしは川から引き揚げられたデレス様を見たわたくしは……
ファリアを憎んだ。ファリアは記憶を失っていたのよ。そして、貴方を産んだ後、亡くなった。
ああああっーーー。わたくしは。わたくしの愛するデレス様を奪ったファリアを許せない。
あの冷たくなったデレス様をわたくしは、抱き締めて。抱き締めて。わたくしの愛するデレス様っ」
エレンシア王妃は涙を流す。
その手をぎゅっとマリリアは握り締めた。
なんて罪を背負って自分は生まれてきたのだろう。
エレンシア王妃が初めて会った日に、マリリアをカレント王太子の結婚相手として許さなかったのも解る。
エレンシア王妃にとって、今度は息子を盗るの?貴方はわたくしから息子まで奪うの?
そんな気持ちだったのだろう。
エレンシア王妃は涙を流しながら、
「でも、貴方は頑張ったわ。王妃に相応しい人間になろうと頑張った。まだまだ未熟な貴方だけれども、それでもわたくしは安心してあの世へ行ける。貴方は憎らしいファリアの娘だけれども、愛したデレス様の娘でもあるのよ。空色の瞳は、わたくしが愛した空色の瞳は、ああ、よく見せて頂戴」
エレンシア王妃の顔をマリリアは覗き込む。
エレンシア王妃はじっとマリリアの瞳を見つめ、
「変わらないのね。デレス様。本当に綺麗。初めて出会った時から貴方の事が好きだったのよ」
そのまま、エレンシア王妃は瞼を閉じた。
カレント王太子が慌てて、ビルド国王を呼びに行く。
そして、エレンシア王妃は帰らぬ人となった。
マリリアはエレンシア王妃の葬儀にカレント王太子と共に出席し、ビルド国王陛下の悲しみは見ていられないほどだった。
「私は、エレンシアの事を愛していた。エレンシアが亡きデレスの事を忘れられなかったのも知っていて、私は熱烈にプロポーズしたのだよ。ずっとエレンシアの事を愛していたから。あああ、エレンシア。エレンシア。エレンシア」
棺に縋ってビルド国王はずっと嘆き悲しんでいた。
マリリアは涙を流しながら決意をする。
エレンシア王妃は自分の事を憎みながらも、導いてくれた。それがきっと王妃の器なのだろう。
だから、きっと自分も立派な王妃になって見せる。
そして、自分の子が新たなる王妃となる娘と婚約した時に、示すのだ。
これが王妃の器だと。
レンド王国の為に、悲しみも苦しみも全て呑み込んで、懸命に王国民の為に生きる。
そして、新たな王妃の為に、導くのがそれが王妃の器だと。
自分はエレンシア王妃のような大きな器を見せる事が出来るだろうか。
いえ、見せなくてはならない。
そのために頑張ってきたのだから。
愛しいカレント王太子の手を握り締めて、空を見上げれば、どんよりと曇った空は晴れて、一筋の光が差し込んで、レンド王国の山々の景色を明るく照らしているのであった。