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森の中、男姉ちゃん侍と女の子

主人公桜宮ハルの見た目は、Vtuberの春雨麗女さんをモデルにしています
















 木々が鬱蒼と生い茂る森。空は背の高い木の葉っぱに覆われ、地面にも木から落ちた葉っぱが絨毯を作っている。辺りを見渡せば、何本もある茶色い木の幹が視界の半分を占め、それだけに飽きたらず太い根が地面から飛び出している。


 この森の主役である木がこれでもかと幅を利かせている場所だ。


 ここは『ゾフの森』。クアレ村から程近い場所にある深い森だ。見ての通りどこまで行っても木があるばかりで何とも陰鬱な場所だが、その環境からここでしか手に入らないキノコや木の実が採れたりと、植物系の資源が豊富な場所でもある。



「うんしょ、うんしょ」


 そんな森を、かごを持った小さな女の子が歩いていた。背がとても小さくて幼い、ぱっと見て5歳くらいの女の子だ。おさげを作った金の髪が歩く度に揺れている。根や葉っぱに躓きながらも短い足を動かして森の奥へ進んでいく。


「うーん、と……あった!」


 女の子は地面をきょろきょろと見回して、何かを見つけて走る。女の子が走り寄った木の根元には傘が青いキノコがいくつか生えていた。ジヨウダケといって、主に薬の調合で使われるキノコだ。薬効を高める効果があって、市場でそれなりの値段で取引されている。


 女の子はそこに生えていたジヨウダケをすべて摘んでかごに入れた。キノコの植生はある程度固まっているようで、一つ見つければ周囲の木の根元にもジヨウダケが見える。女の子はそれらもかごがいっぱいになるまで摘んだ。


「うん、これだけあれば大丈夫だよね」


 目的のものを手に入れた女の子は上機嫌に来た道を戻る。後は帰るだけなのだが、世の中そう上手くは運ばない。


 女の子のすぐ近くの草むらがガサガサと揺れた。



「っ!?」


 女の子はビクリと身体を震わせて驚く。この森に人を襲うような生き物はあまりいない。だがそれはあくまで”あまり”というだけでゴブリンや大猪などがいないわけではない。それらのモンスターは一般的には強くない部類だが、小さな女の子にとっては遭遇が死を意味する恐ろしい存在だ。


 そんな存在が飛び出して来たら……。女の子は恐怖に身を震わせる。


「ひっ!?」


 やがて草むらが、ガサリッ、と大きく揺れ、ついに何かが飛び出してきた。



「…………」


「あ、あれ…? 人…?」


 目を瞑ってしまった女の子が恐る恐る目を開けると、そこにはモンスターではなく人が立っていた。

 

 あまりこの辺りでは見ない特徴を持った人だ。


 まず背がとても高い。女の子が住んでいる村の大人の男よりもさらにありそうだ。ふわふわの蒼い髪を肩まで伸ばしていて、宝石のような金色の瞳やぷるんとした桜色の唇など顔もすごく整っている。間違いなく女の子が見てきた中で一番の美人だ。腰がキュッと締まっていてお尻も大きめ、胸はまったくと言っていいほどないが、プロポーションが芸術品のように綺麗でまさに女性の理想形だ。女の子も将来こんな風になりたいと思った。

 

 服装は灰色のニーハイソックスとチャイナドレス、白いコートとそれらもまたあまり見かけないものだが、一番の特徴は背と腰に装備した武器だろう。

 見た目は剣のようだがそれはとても細い。魔物相手に刃を突き立てただけで折れてしまうのではないかと思うほど細い。女の子が知っているものの半分くらいの太さしかない。そんな剣を二本持っている。

 腰に差しているものはその人の身長の半分程度の長さ、背に背負っているのはそれの倍以上あって、その人の身長と同じかそれ以上ある。




 見れば見るほど不思議な姿をした人だ。でも嫌な感じはしない。悪い人ではないのだろう。



_グラリ……


「えっ!?」


 そう女の子が思った時、その人物は体勢を崩して前のめりに倒れてしまった。葉っぱいっぱいの地面に横たわるその人に女の子は慌てて駆け寄る。


「あ、あの! 大丈夫ですか!?」


「う…、うぅ……」


 意識はある。声も聞こえる。だけど蹲ってしまって弱っている。


「どこか痛いんですか? それとも病気とか……!」


「__…た」


「え? 何? 何て言ったんですか?」


 小さく口を動かして何かを発した。その言葉を聞き取ろうと女の子は耳を近づける。

 その人物はそれに答えた。大きな腹の音と共に。


_ぐぎゅるるぅ~…


「…お、お腹が空きました……」




















 少し歩いて適当な切り株と倒木に腰かけた女の子と剣を持った人物。

 ひどくお腹を空かせていたその人物は、倒木に座って一心不乱に食べ物を口に運んでいる。女の子から提供してもらったお弁当のサンドイッチだ。


「はぐっ! はぐはぐっ! んぅ~、美味しいですっ!」


 その様子を切り株に座った女の子が苦笑して眺める。病気や怪我をしていなかったのは幸いだが、あれ程弱って苦しんでいた原因が空腹とは、何だか毒気を抜かれてしまう。


「ふぅ~、ごちそうさまでした! いやぁ、すごく美味しかったです! 助かりましたよ」


「あはは、どういたしまして。私はイリスっていうの。お姉さんの名前は?」


「おっと申し遅れました。私の名は桜宮(さくらみや)ハル。しがない剣振りです」


 ハルと名乗ったその剣士は礼儀正しくお辞儀をした。対してイリスはここらでは聞かない名前に首を傾げる。


「サクラミヤ…?」


「言いにくいですか? ならハルだけでも大丈夫ですよ」


 温和な笑みを浮かべるハル。イリスにとってハルは武器を持った見知らぬ人物なわけだが、先程子供のようにサンドイッチを頬張っていた姿といい、今の雰囲気といい、すっかり警戒心を解かれていた。

 やがてイリスの興味はハルの持っている二振りの剣に向けられる。


「ねぇハルさん。その剣、不思議な形してるね」


「あぁ、これですか? 刀という代物です。見たことないですかね?」


 ハルの問いにイリスは首を横に振る。

 その様子にハルは、「…そこそこ出回っているハズなんですけどね」、と小さく呟いて、刀を鞘から少しだけ抜いて刃を見せた。チャキッ、という音と共に、白銀に輝く芸術品のような刃が姿を現す。その姿にイリスは思わず見惚れた。


「わぁ…綺麗! まるで宝石みたい!」


「ふふん、そうでしょう? 名刀『盾神(たてがみ)』。苦楽を共にしてきた私の愛刀です」


 翡翠色と白銀を基調としたデザインの鞘から抜かれたそれは、刃渡り約90㎝の太刀だ。刃紋の形は広直刃(ひろすぐは)。刃先から3㎝程の白い模様が、切先から根元まで真っ直ぐ綺麗に通っている。刃全体は黒くくすんだ色をしていながらも、光を反射して時折白銀となる様がとても美しく感じる。


「すごい! でもお姉ちゃん、こんなに細くて大丈夫なの? なんかすぐ折れそうだよ?」


「ふふふ、ご心配には及びませんよ。刀は”斬る”ということに特化した武器なのです。ほら、刀身が反るように造られているでしょう?」


 ハルはチンッ、と刃を鞘に納め、その形状を指でなぞって見せた。確かにイリスが知っている剣と比べ、ハルの刀は緩く曲線を描いている。


「この形状があるからこそ、振った時にスパッと綺麗に斬れるわけです。重量があまりいらない構造になっているんですよ」


「ふぅ~ん、そうなんだ」


「…って、あはは。あんまりピンと来ませんよね」


 小さな女の子に刀のメカニズムの話をしてもあまり面白くないだろう。つい熱く語ってしまって、ハルは恥ずかしそうに頬を指でかいた。



「そういえばイリスさん。ここは一体どこなのですか? どこまで行っても木ばっかりでろくな生き物がいなくて…、かれこれ飲まず食わずで4日も彷徨ってしまいましたよ」


「4日も!? だからあんなにお腹が空いてたんだ…。ここはゾフの森だよ。私達の村の近くにあって、珍しいキノコとかお花とかが採れる森なの」


「ゾフの森…。う~ん、聞いたことのない場所ですね」


 森の名前を聞いてもピンと来ない。ハルは腕を組んで困った顔をした。


「お姉ちゃんはどこから来たの? 遠いところ?」


「……そんなところですね。ここよりずっと遠いところからやって来たのですが、気が付いたらここにいまして…。迷子というやつでしょうか」


「そうなんだ…、じゃあさ__」



_ガサリッ…


 イリスが話そうとした時、またもや近くの草むらが揺れた。さっきも同じようなことがあったために、イリスは特に慌てることなく振り返る。

 しかし、今度は様子が違った。



「え……?」



 バキバキッ、と音を立てて背の高い木が次々と倒れていっている。鳥達も慌ただしく鳴きながら空へと飛び立ってただならぬ雰囲気だ。ドスドスッ、という思い何かが大地を踏みしめる音が聞こえ、その音はどんどんこちらへ近づいて来る。


 ぞくりと背筋に寒気が走り、命の危険を感じる。イリスは慌てて立ち上がった。




「グオォーッ!!」


「あ………」




 その瞬間、大きな化け物が飛び出してきた。

 

 優に5メートルは超えるかという巨大な体躯。筋肉と脂肪に覆われた岩壁のような身体に丸太のように太い手足。肌は薄い緑色で不潔な匂いが漂い、顔は大きな牙が二本生えていてまるで鬼のよう。人型でありながら人とはまったく違う理性のない化け物は、ギロリとイリスを見下ろすと右手に持った黒い金棒を振り上げた。

 あんなもので殴られれば幼いイリスの身体などぐしゃぐしゃに潰れてしまう。逃げようとしても恐怖で身体が固まってしまったイリスは、その恐怖を押さえつけるようにぎゅっと目を瞑った。




_ヒュッ…


_ズドオォォンッ!!



 

 一瞬の浮遊感がイリスを包み込む。そのすぐ後に何かが爆発したようなもの凄い轟音が響いた。


「…ふぅ~、危ない危ない。びっくりしましたね」


「え…、あ、あれ……?」


 ハルの吞気な声が聞こえ、イリスは恐る恐る目を開いた。

 するといつの間にか自分は木の上に移動していて、さっきまで自分のいた場所が眼下にあることに戸惑った。イリスの下で獲物を見失った化け物がきょろきょろと辺りを見回している。


「大丈夫ですかイリスさん? 怪我はありませんか?」


「あ…うん…、大丈夫だよ…。私何でこんなところに……」


「そりゃあ私が咄嗟にイリスさんを担いでジャンプしましたからね。静かな森だったのに急にあんなのが出てくるなんてホントびっくりですよ」


 あの一瞬でハルはイリスを担いで高い木の上に移動したのだと言う。その身体能力とスピードにイリスは驚いた。いくらイリスの身体が小さいとはいってもあの短い瞬間にこれほどのことができる者はそういない。一流の狩人(ハンター)でも難しい所業だ。


「で、イリスさん。あの化け物は何者です? 見たところ汚いおっさんの進化系って感じですけど。やたらでかいし」


 ハルの言葉にイリスは、ハッ、と我に返る。そうだ、危機はまだ脱していないのだ。


「オ、”オーガ”だよ、お姉ちゃん! すごく強い狩人(ハンター)の人でも倒すのが難しいって言われてる魔物!」


「オーガ……か。微妙に見た目が違いますね。……っと、イリスさん。ということはあの化け物はかなり危険な部類の生き物だと?」


「うん……! この森にはいないはずなのにどうして…! 村の皆にも知らせなきゃ! あぁ…でもあそこにいる間は木から降りられない……!」


 イリスは頭を抱えて蹲って震える。

 この森とイリスの住んでいる村は程近い。近場に危険なモンスターが出現したことを一刻も早く知らせなければならないが、オーガは依然変わらずイリス達の真下に居座っている。オーガの目を盗んで村に帰らなければならない以上、あそこから離れてくれなければここに立ち往生するしかない。だがオーガはその場に残ったイリス達の匂いを感じているのか一向に動く気配がない。


 まずい状況に困り果てるイリス、そんな彼女の肩をハルがポンと叩いた。


「安心してくださいイリスさん。この私にお任せあれ」


「お姉ちゃん…?」


「ちょっと怖いかもしれませんが、ここで待っていてくださいね。すぐに戻ります」


「え…、あっ、お姉ちゃん!?」


 バッ、とハルが木から飛び降りた。イリスが慌てて手を伸ばすも届かない。

 トンッ、とハルはオーガの目の前に着地した。その音にオーガは気づき、のこのこと獲物が帰ってきたことにほくそ笑む。



「グガアァァッ!!」


「逃げて! お姉ちゃん!」



 野太い雄たけびを上げるオーガ。木の上からイリスが必死に叫ぶ。

 そんな中、ハルの表情は極めて穏やかだった。恐ろしい怪物を目の前にしても、小さな女の子が悲痛に顔を歪ませても、流れの穏やかな清流のように落ち着いている。


 腰に差した名刀『盾神』。その鞘に左手を添え、右手で柄を握る。少しだけ腰を落として居合の構えだ。



「ガアァッ!」



 オーガが吠えて、ハルの脳天目掛けて金棒を振り下ろしてきた。人間を遥かに超える膂力がハルに迫る。イリスは思わず目を瞑った。





_ヒュンッ…、チン…





 森に小さな風の音と金属音が響いた。イリスが恐る恐る目を開けると、刀を鞘に納めたハルの目の前に、金棒をハルの頭に届くギリギリのところで止めたオーガがいた。先ほどまで吠えていたオーガは、まるで石像になったかのように動かない。


 ドスンッ、と音が聞こえた。オーガが持っていた金棒が、その根元からスッパリと斬れて地面に落ちたのだ。それを皮切りにオーガの身体に一本の赤い線が走ったかと思うと、ブシャアッ、と血を流して真っ二つに斬れた。オーガは臓物をまき散らしながら倒れる。




 その様子をポカンと眺めていたイリスのもとへ、ハルはジャンプして戻ってきた。


「お待たせしましたイリスさん。終わりましたよ」


「オ、オーガを一人で……? お姉ちゃんいったい何者なの……?」


「言ったじゃないですか、ただのしがない剣振りですって」


 経験を積んだベテランの、中堅狩人(ハンター)でも徒党を組んで戦い、それでも苦戦を強いられるというオーガ。それをハルはたった一人で、しかも剣をたった一振りするだけで倒してしまった。本人はのほほんとしているがそれがどれほどの偉業なのか…、まだ幼いイリスには想像できないがとてつもなく凄いことだというのは分かる。


 夢でも見ているんじゃないかと考え始めるイリス。ハルが、パンッ、と手を叩いて現実に戻した。


「さ、イリスさん。村に戻るのでしょう? 早く帰りませんと」


「…あ、うん。そうだね」


 イリスを抱っこしたハルが飛び降りて木から降りた。パンパンッ、と叩いて服の汚れを落としたイリスは先程言いかけていたことをハルに話す。


「ねぇお姉ちゃん、行くところがないんでしょ? 良かったら私達の村に来ない…?」


「おや、私としては願ってもないことですがいいんですか?」


「もちろん! 歓迎するよ! 一緒に行こう!」


 嬉しくなってハルにぎゅっと抱きつくイリス。そんなイリスにハルはくすくすと笑った。


「ふふふ、”お姉ちゃん”ですか」


「あっ、ごめんなさい」


 すっかりハルに懐いていたイリスはいつの間にかハルをそう呼んでいたことに気づいた。気を悪くしたかもしれないと俯く。

 ハルはイリスの頭を優しく撫でた。


「いえ、嬉しいですよ。親しみがあって。私もイリスって呼んでもいいですか?」


「!…うん、いいよ! お姉ちゃん!」


 こうして仲良くなった二人は手を繋いで村へと歩き出した。イリスも年の離れた姉ができて嬉しそうに笑っている。
















「でも私、こんな見てくれですが実は(オス)なんですよね」


「……え゛」


「まぁ好きでこの見た目にしたわけですし、間違われても全然いいんですけどね」


「………え゛」


 そんな姉が実は兄だと知ってイリスが固まるまであと数秒。




















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