6(終)
三月頭。
自由登校が終わり、いよいよ僕たちは卒業式を迎えた。
学校に行ってた僕はみんなとはひと月ほど会わなかったのだけど、教室で久しぶりに会ったみんなの見た目が変わっていることに愕然とした。頭が金髪になったとか化粧をしていたとかではなく。
新名も、上広さんも。みんなそんな顔つきだったか?
宿泊研修で上へ行って寮にいなかったひと月。
子供の枠を出て社会を覗いてきた顔、そう言うのならばそうなのかもしれない。すっかり大人びた、社会人の顔つきだった。制服が似合わないほどにみんな纏う雰囲気が変わっている。
「戸田君!」
「ああ……上広さん……研修どうだった?」
かけてくれる声はちっとも変っていないのに。
「すごいよ、やっぱり学生と全然違う。何が、っていうのはいろいろあって言えないんだけど、やりがいはあると思う」
もちろん言えない事ばかりなはずだ。だから僕が訊くことはないけど、上広さんのキラキラした目を見れば言葉の通りやりがいのある仕事なのだろうと思う。
「そっか。頑張った甲斐あってよかったね」
「でもね」
なのに少しその目が曇る。
「うん?」
「ああ自分は歯車になるんだなって思った。いいんだけど、歯車なんだなって」
「……酷い職場、なの?」
改造人間、なんて言葉が僕の頭を過る。
「ううん、全然。みんな優しいよ。残業もない。でも多分心は豊かになれない」
無理に上広さんは笑う。
一体どんなところなんだ。上広さんが少しでも明るくなれるなら話を訊きたいけどそうもいかないだろう。
「一応守秘義務があって、私たちサインさせられたんだけど、戸田君だし、こっそり教えるね。他言無用だよ?」
声を最大限に落として上広さんは僕に顔を寄せた。ちょっとドキッとしたけど、そんな甘酸っぱいことを感じてる場面ではなく。
「なんて言えばいいんだろうね。こう、みんなで最適解を出していくんだけど、まず自分一人で導き出してそれを偉い人が統合して最終的な解を出すって感じで。一人一人電話ボックスに入ってて、それがフロアにずらーっと並んでる感じ。あはは、言ってる意味わかんないよね? 仕事中は他の人との接触は一切なくて、同じフロアにみんなでいるのにすごく孤独なの。休憩時間になれば三々五々散ってみんなでご飯食べたりおしゃべりとかするんだけどね」
僕にはみんなの脳だけが部屋にずらりと並んでいる様子が浮かんだ。必要なのは正確に解を導き出すスキルだけ。
そんなところにみんな行ったのか……。
「この国を支えてるんだっていうプライドがモチベーションかな。やってることは楽しいっていうか、やっぱりすごく重要で、そこに関われてるっていうのが嬉しいっていうか充足感があるっていうか」
それでよかったの? とは訊けなかった。それは今までの上広さんの、みんなの頑張りを全否定しかねないものだから。僕たちには最初から一本道しかなかったから。
若松先生の、生体系コンピューターという言葉を思い出した。
「僕たちの生活を守ってくれてるって感じかな」
「あ、そうそう、そんな感じだと思う」
僕にはそういう風にしか言ってあげられない。
「転生して魔王になる予定が、みんなを守るナイトになったよね!」
そういう人材も必要なのだろうけど。
「戸田君は、多分先生になって正解だと思う」
その言葉の意味は問えない。
それに、僕はいずれここに戻ってきて、上へ送り出す手引きをしなければならないのだ。
落ちこぼれが優秀な生徒を向こうへ引き渡す係なんて、ちっとも笑えない。だけど、若松先生みたいな先生になれたらいいなとは思う。
「すごい仕事してるんだってわかってるから、みんな誇らしげだよ、大丈夫」
「そっか」
―適正がある奴が行けばいい、無理していくところではない。だから俺たちも無理に引き上げて行かせることはしない。
上広さんも適正があったってこと? 僕と紙一重だったはずなのに。
「部署替えもあるみたいだからひょっとしたらそのうち会えるかもしれないね。戸田君が同じ職場だったら嬉しいな」
先生を辞めた後はそういうこともあり得るかもしれない。
「僕は上広さんに忠誠を誓ったダークナイトだからね。お呼びとあらば」
恭しくお辞儀をしてみせた。
「そうだった! 汝は我に忠誠誓いし者。我が望みを己が命を賭して叶えるべし」
上広さんはぱっと目を輝かせると、両手を広げて僕の前で胸を張った。
次に会える彼女はどんな人になってるのだろう。願わくば、この厨二臭いままでいてほしい。その時は君にひれ伏そう。
今日、みんなと道をわかつけど、進む道の先に笑顔があればいいなと思う。
僕も自分ができることを精一杯やろうと思う。
そろそろ体育館へ入場の時間だ。
終
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