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異世界<短編もの>

【コミカライズ】第四王女の婚姻事情

作者: 彩瀬あいり

※いわゆる「ざまあ」はないので、ご承知おきください。

「あの第四王女もついに年貢の納め時かー」

「田舎暮らしに耐えられるのかね」

「イェルクは戦士が集まる町だ。むしろ遊びには事欠かないんじゃねえのか?」

「領主の奥方みずから、たかぶりを癒してくださるってか。羨ましいねえ」


 酔いに任せた男たちの声が大きく響く。

 陽が落ちてからそう時間は経っていないにもかかわらず、ボトルの中身はすでに底に届きそうだ。


 長く続いた周辺国との小競り合いが沈静化したのが、ひと月前。ここ王都は直接の被害にあったわけではないが、常とは異なる物々しい雰囲気に不安に駆られる者も少なくはなかった。

 ようやく訪れた平和に、酒のさかなも明るいものに変化しはじめたが、今宵の話題は少し違う。明日は、戦いの功労者であるイェルクの領主と、十八歳になる王女の婚姻の儀がおこなわれる。どこの店でも、その話題で持ちきりだ。


 王宮からほど近い飲食通りの一角、素っ気ない看板を掲げた小さな飲み屋でもそれは同じこと。開店以降、いつもよりも客足が多い。

 給仕係の娘が、「絶好の機会なのだし、どんどん杯を重ねさせてお金をむしり取るべきでは?」と眼鏡のレンズ越しに店内を眺めていると、件の席から声がかかった。


「ねえ、マーサちゃんもそう思わなーい?」

「なにがでしょうか?」


 愛想笑いを貼り付けて席へ近づくと、だらしなく顔を弛緩させた男が大声で続けた。


「だからー、男好きで色狂いな王女サマが、戦闘集団の長に降嫁して、何日持つのかって、はーなーし」

「持つ、とは」

「部下の男を全部喰いそうな嫁を貰っても困るじゃーん。子ども産んでも誰の子よって話で」

「だから、マリエンテ王女の命が何日持つかなってこと」

「王族の噂を公衆の場でくちにするのは、不敬ではないかと」


 生真面目に返す娘に、男たちは顔を見合わせた。わずかな沈黙ののち、身体を揺らして笑い始める。

 ガタリと机が揺れて、ついでに頭上のランプも揺れる。一歩身体を引いた娘の黒髪が、ふわりと舞った。


「いまさらだろ。レギアス王国のみんなが知ってる話だぜ、好色のお姫さま」


 国王には、跡継ぎである王子の他に、四人の姫がいる。

 ただ四人のうち、二人は正妃の腹ではない。高位貴族の側妃と、異国の踊り子が産んだ子である。


 彼らの言う第四王女とは、踊り子が産んだ娘だ。

 巡業に訪れた妖艶な美女を王が寝所に呼び、夜ごと相手を務めた結果、ふた月の興行のあいだに妊娠が発覚。当時はまだ王子がいなかったこともあり、彼女は異例の待遇で王宮へ迎えられた。


 ところが産まれたのは女。

 翌年には側妃が男児を産んだことで立場をなくし、赤子を置いたまま姿を消したという。傍仕えだった男と逃げたのだ。


 正妃は赤子を王宮に留めることを許可し、乳母を手配。男児をもうけた側妃も冷遇することなく、国母として慈愛の心を示した王妃を評価する声は高い一方で、それを無下にしているのが噂の第四王女・マリエンテなのである。


 踊り子であり男と逃げた女の血を色濃く引く姫は、十四歳のころから男を寝所に引き入れていることで、貴族令息の中で有名だった。

 舞踏会は、マリエンテの狩り場と揶揄されるほどで、一夜毎に相手が変わる。後腐れのない相手を望むと宣言し、了承した者しか相手にしない。

 そのため必然的に遊び人と名高い独身者や、政略結婚ののちに仮面夫婦となっている妻帯者などが多く、男たちの社交場であるサロンで情報共有され、いつしか姫の相手はそこからの紹介制が主となったとか。



「騎士さまたちも、お相手したことがあるのですか?」

「いや、俺はサロンには出入りしてないから」

「でしたら、噂が本当かはわからないのでは?」

「何十人って男が証人だからなあ」

「踊り子らしいグラマラスな身体と王族らしからぬ黒い髪。殿上人しか立ち入れないエリアに招くことができるのは、第四王女だけだろ」


 粗野で乱暴な口調ではあるが、彼らも貴族。王宮警護を主とする近衛騎士に属していることを、給仕の娘は知ってる。なにしろ自分からペラペラと話してくれるのだ。くちが滑るどころではない。騎士の資質を疑うレベルである。


「王女も独身最後の夜を楽しむために、城下に降りて男を誘ってるんじゃねーの?」

「サロンの男たちには、とうとう監視がついたって話だしな」

「使うにしたって、もっと上級の連れ込み宿だろ。こんなチンケな店じゃなくてさ」

「同じ黒髪なら、俺はマーサちゃんのほうがいいなあ」


 赤ら顔をした男が娘の手を握ろうとしたとき、


「チンケな店で悪かったなあ。うちはそういう店じゃねえって言ってるだろ。こいつに手ぇ出したらすり潰すぞ」


 野太い言葉で割って入った店主が、筋肉質な大きな手のひらで、男の手を掴んだ。握手をしたままニッコリ笑う店主に対し、客のほうは顔が引きつっていく。


「いた、いだっ、いだだだだ!」

「指が骨折したら気の毒だからやめてあげて」

「おまえが言うならやめるけど。てめーらは出禁だ。二度と来んなクソガキ」


 魔除けの砂を剛速球で背中に投げつけて、男は彼らを自分の店から追い出した。その鬼気迫る姿に、同じく第四王女の噂に興じていた客はこっそりと席を立つ。

 一人立ち、二人立ち。あっという間に、店内から客の姿が消えた。残っているのは店の隅で黙々と飲んでいる青年だけだ。


 これでは売り上げが望めない。今夜はどの店も盛り上がっているだろうに、みずから客を追い出してどうするのだろう。


 まだ外を睨んでいる店主に近づくと、小声で告げる。


「追い出してどうするの。いいカモだったのに」

「バカ言ってんじゃねえよ。あんなの聞かせるために、今夜おまえを呼んだわけじゃねえぞ」

「いつものことだし、あのひとたちが悪いわけじゃないでしょう?」

「わかってる、一番悪いのは、あのクソ王女だ。なーにが無垢なる三の姫だ。色情魔が聞いて呆れる。マリエンテ王女は毎晩、ベッドじゃなくてここで働い――」

「ちょっと、マーカス。ここ店先」


 誰かに聞かれたらどうするのか。

 寝台の上で激しい勤労に励んでいると揶揄される第四王女が、乳兄弟が営む場末の飲み屋で給仕係として働いているのは、ここだけの秘密なのだから。



    *



 慈愛の母として名高い王妃は、同盟の証として嫁いできた他国の姫君で、プライドの高い女性であった。第一子として姫を産んだのちに、少し身体を壊したことを慮った臣下が側妃を用意したときも、余裕を持って迎え入れた。側妃が産んだのが女だったことに安堵し、次こそはと願った自身の子はまたも女で。

 思えばこのときに、王妃の心は歪んだのかもしれない。


 国王は、踊り子を寝所に招くかたわら、側妃のところへも通っていて。さほど間をおかずに双方が懐妊・出産し、王妃は人知れず荒れた。

 待望の王子には手が出せない。だから彼女は、踊り子の娘を狙うことにした。


 踊り子に金を渡して城を追い出した王妃は、王に願い出て赤子の世話を買って出たのだ。側妃は王子にかかりきりということもあり、許可は下った。

 目をかけていたにもかかわらず姿を消した踊り子に憤っていた国王は、王妃の寛大な心に深く感銘を受け、彼女を見直すに至った。すべて、彼女の言うことを信じるようになった。


 後宮は女の世界だ。王妃派のエリアで、異国の踊り子を母に持つマリエンテが見下されるのは当然だろう。

 マリエンテがまともな精神で育ったのは、ひとえに乳母であるマーサのおかげだ。

 彼女の息子であるマーカスは、幼いころより正義感の強い少年だった。早くに父を亡くした彼はしっかり者でもあり、「マリーは大事な妹だから」と、乳母を必要としない年齢になってからも、ちからになってくれている。


 自室として与えられた離れの小屋は王宮の裏にあったため、マリエンテはこっそり抜け出すようになった。王宮を辞したマーサたちとひそかに親交を続けていたし、いずれは放逐されるであろうマリエンテが自活できるように、生活全般も仕込んでくれた。

 そんな折、傭兵として活動していたマーカスが怪我をして仕事を辞めざるを得なくなった。片足に障害が残り、戦場には立てなくなったのだ。


 彼が開いた店で働くことを推奨したのもマーサだった。偽名として、名前も借りている。

 マリエンテが働き始めてすぐ、マーサは王都を離れた。同じ名前がいたらややこしいと言っていたが、これも彼女の気遣いだろう。

 マーカスのもとに届く手紙によると、元気に暮らしているようで、寂しいけれど安心している。




 第四王女は出自のこともあり、王族がこなす公務に参画することはない。表舞台に立たないため、彼女の顔を知っている国民はいないといっていい。

 にもかかわらず、下世話な方面で名前が通っている。


 豊満な身体をした、黒髪の娘。

 髪色だけなら、地方の民にもある特色だが、彼女は王族の証である黄金の瞳を持っている。これだけは決して偽れない。


 だからマリエンテは、店で働くときには色補正のかかった眼鏡をかけるようにしていた。

 哀しいかな膨らみに欠ける胸には、ある種の感謝をしている。おかげで醜聞王女に間違えられることはない。やや虚しい。



 王妃のもとで過ごす日々は、なかなかに壮絶だった。年の近い三の姫・デリツィアは、もっともマリエンテを見下し、尊厳を落とすことに命をかけていた。

 十六歳で社交界デビューすると、黒髪の鬘を用意してマリエンテと名乗り、男たちの花と化したのだ。彼女がサロンの悪女として君臨したおかげで、第四王女の色狂いは界隈で有名である。

 その噂がついに国外にまで及ぶようになってしまったことで、王はマリエンテを国内の貴族に嫁がせることに決めた。

 ここで困るのが、誰に嫁がせるか、である。


 主だった貴族からは、やんわりと断られる。娶るのならば他の王女がいいと、遠回しに言ってくる者が大半で、大臣らは悩んだ。

 上の姫たちは相手が決まっているが、三番目のデリツィア姫はいまだ婚約者がいない。父である国王が溺愛している姫でもあるため、狙い目はほぼこちらなのだ。


 そこで白羽の矢が立ったのが、戦士を多く配する東部のイェルク地方を治めるディエン・バッヘム伯爵。

 御年五十歳。十年前に妻をなくして、現在独身。

 ここ数年の小競り合いに一役買った伯爵家に報いるために、王女を嫁がせる。

 体裁は整っている。

 問題ない、なにも問題はない。


 そんなわけで、マリエンテ王女は、父親と大差ない年齢の男性に嫁ぐことが決定したのだ。



    *



「うう、マリーがとうとう結婚……」

「私もビックリだけど、相手がバッヘム伯爵でよかったわ。小父さまのことは知っているし」


 客を追い出したのち、マーカスは自主的に店じまいを始めて、扉には閉店の札が掛けられた。もともとはマリエンテの「お疲れさま&おめでとう会」をするつもりだったのだ。でなければ、初めての公務ともいえる『婚姻の儀』前夜に、わざわざ町に出てきたりしない。

 顔を覆って泣いているマーカスを呆れた顔で眺めているのは、マリエンテの他にもう一人。最後まで店内に残っていた青年である。


「フェリオさまも、わざわざご足労いただき、ありがとうございます。べつによかったんですよ? 婚姻の儀は、私だけでおこなうので」

「それだよ! なんでおまえ一人なんだ。普通は両者揃ってやるもんだろ!」

「私は普通の王女じゃないもの。見世物にならなくて、むしろありがたいのよ」


 一の姫がおこなった儀式の際には、多くの国民がつめかけた。儚げな美しさを持つ姫の純白ドレス姿は壮観で、群衆にまぎれて見学していたマリエンテも感慨深かった。

 王家ではなく国民側で参列していたものだから、自然と周囲の声は入ってくるわけで。

 民衆というのは、良い噂も悪い噂も、あけすけに話すものなのだと身をもって知った。

 今のマリエンテは、醜聞まみれの王女だ。民たちがどう思っているのかは、店で働いているのだからよく知っている。衆目を浴びる必要がないなら、それに越したことはない。


 表向きには、婚礼相手のディエン氏が高齢であり、現在腰を痛めているため立会が難しいということにしてある。物は言いよう。

 だが、ディエンは優しい。息子のフェリオをこうして寄越した。バッヘム家は望んでマリエンテ王女を受け入れるのだと、対外的に宣言してくれている。



「気にする必要はないよ。これは俺の我儘でもあるんだから」

「我儘?」

「そう、俺は傲慢なんだ」

「フェリオさまから一番遠い言葉だわ」


 マリエンテが言うと、彼は笑う。戦闘民族と称される地方の者らしく、身体つきのがっしりとした精悍な面立ちの青年だが、笑うと存外に可愛らしい印象になる。

 フェリオは、マーカスが傭兵時代に所属していた隊の長で、マリエンテも昔から知っている人物なのだ。先だっての戦乱では、二十五歳と若いながらも隊を率いて勝利を重ねた、将来有望な指導者でもある。


(フェリオさまが、義理とはいえ息子になるのよね……)


 かなり複雑な心境。なにしろ彼は、マリエンテの初恋の君である。

 後宮にいる男性は護衛騎士か、年嵩の大臣。マリエンテが接する使用人とて裏方が主であるため、こちらも若い男性はいなかった。王宮の外へ出るようになったところで萎縮していたし、どう振る舞っていいのかすらわからなかった。

 そんな中で出会ったのが、マーカスの学友であるフェリオだったのだ。


 地方に住む貴族令息は、王都の寄宿学校へ通うことが多い。フェリオは騎士科に所属していて、マーカスとはそこで知り合ったらしい。

 母親を亡くしたばかりの少年に、母性を刺激されたらしいマーサがよく面倒を見ていて、マリエンテも一緒にいることが多かった。初めて得た異性の友人だ。

 王都周辺はブロンドの髪をした者が一般的で、マーサたちもそうだった。

 ところがフェリオは灰褐色の髪に濃い青の瞳をした人物で、ひどく驚いた。彼の住む地ではそれが一般的だといい、マリエンテもそちらに来れば、奇異な目で見られることもないだろうと請け負ってくれたことがとても嬉しかった。



「ならわたし、大きくなったらイェルクの住民になるわ」

「では、いつでもお迎えできるように、立派な為政者を目指します」

「ほんとう? わたしが行ってもめいわくにならない?」

「マリーさまこそ、王宮を離れてもいいのですか?」

「きっとわたし、ほうちくされるもの。みんなそう言ってるし、マーサも『ひとりで生活できるようになりましょう』っていろいろ教えてくれるのよ。王宮のシェフともいっしょにお料理をするのよ、すごいでしょう」

「では、いつか手料理を振る舞ってくださいね」

「マリーの手料理を最初に食べるのは俺の役目だよな?」

「ちがうわ。マーサよ」

「……母さんなら仕方ない」



    *



 店の食料を開放する勢いで、マーカスは料理を出してくる。マリエンテはすでに満腹だ。こんなに食べてしまってはお腹が膨らみすぎて、明日の服が着られなくなってしまいそう。

 国の飲酒年齢には達していないマリエンテはノンアルコールだけど、男二人は違う。戦士は総じて酒飲みだ。杯を重ね、ボトルがどんどん空いていく。


 メソメソ泣いているマーカスの姿に呆れていたマリエンテだが、時間の経過とともに胸が苦しくなってきた。これがきっと「寂しい」という気持ちだ。生まれてからずっと精神的な支えだったマーカスと、物理的に距離が離れるのだということが、急に実感を伴って襲ってくる。


 婚姻の儀が執り行われたあとは、身ひとつで出立する。

 ゆっくり日数をかけて、各地を巡りながら、婚家へ向かうのだ。そこに、マーカスはいない。


 書類上の夫となるディエンには、何度も会ったことがある。大きな身体をしているけれど、フェリオ同様、笑顔の優しい素敵なひとだ。こんなお父さんがいて羨ましいと思っていたが、夫になるとはさすがに想定外。だが、きっと良くしてくれることだろう。


 相手が発覚したとき、そういえばデリツィアが笑っていた。壮年男性が相手だったことが、可笑しくて仕方がなかったらしい。



「キャハハ! マリエンテには似合いの相手じゃない」

「そうですね、デリツィアさま」

「あんたは異国の血を引いた下賤の民だし、おっさんはちょうどいいわ。大丈夫よ、その御年だし、熱心に寝所に誘われることもないでしょうから、あんたが生娘であることはバレないわ」


 王妃さまも異国の方ですから、あなたも異国の血を引いているんですけど、そのことについてはどうお考えでしょうか。

 五十歳の伯爵をまるでおじいさんのようにおっしゃっていますが、あなたが以前にお相手した侯爵さまも、それと同じぐらいの方でしたよね。聞きたくもない猥談をありがとうございます。

 お気づきでないようですが、その前日に寝所を共にしたという青年男爵は、侯爵さまのご子息ですよ。貴族名鑑、きちんとご覧になってくださいね。



 顔で笑って、心でも笑う。これもマリエンテの日常風景のひとつ。デリツィアは、どういうわけか、自身がおこなった行為を開示するのだ。マリエンテはすっかり耳年増となってしまった。


 天使のようなあどけない可愛さと、それでいて成熟した肢体の二十歳の姫君。

 第三王女は評判の美姫だが、部屋の中ではガラリと態度が変わる。高笑いをしながら醜悪な笑みを浮かべる姿は、いつもながら見事だなあと、逆に感心する。


 二十歳が適齢期といわれる王都において、国王が選り好みしていることもあり、デリツィアの縁談は進んでいない。残っている若手貴族は、自身が姿を偽って相手をしていた遊び人ばかりだと気づいているのだろうか。


 いや、きっと気づいていないのだろう。こんな殿方なら結婚を受けてあげても構わないわと、上から目線で語っているなかに、そういえばフェリオの名前もあった気がする。


(うーん、だから父親のほうが相手で面白かったのかしら)


 これでもしもデリツィアが嫁いできたら、義理の母子になってしまう。それは嫌だし、きっとあちらも嫌だろう。



 げんなりしていると、フェリオに声をかけられた。

 机に突っ伏しているマーカスと違って、まだ意識がしっかりしているようだが、やはり酔っているのだろう。まっすぐにマリエンテを見つめる視線が熱を帯びていて、胸が高鳴る。

 相手は義理の息子(予定)

 背徳的だ。


「ダメダメ、義理とはいえ親子になるのですものね」

「なに言っているんだ、君の夫は俺だよ」

「そっちこそ、なにを言ってるの?」

「王命は『マリエンテ・レギアスを、バッヘム伯爵の妻とする』だろう?」

「ええ、だから」

「明日付けで、バッヘム伯爵は代替わりする。この店に来るまえに届けを出してきた。朝一で交付されるはずだ。婚姻の儀は昼からだろう? なら、伯爵は俺だよ」


 にやりと、イタズラが成功したように笑う顔に、マリエンテは釘づけられる。そんな反則技は聞いていない。


「立派な為政者になって迎えに来るって、約束しただろ?」

「子どもの戯言よ」

「ガキなりに、俺は本気だったよ」

「……私だって、そうなればいいって思ってたけど」


 だけど、曲がりなりにも王女であるかぎり、そんな自由はないと思っていたし、なにより王女であって王女と敬われていないマリエンテは、誰にも望まれないと思っていたのだ。だから、放逐される気満々だったのに。


「放逐された王女より、王家から直々に賜ったほうが外聞がいいじゃないか。まあ、仕組んだのが父だから、そこは悔しいところだが」

「小父さまが?」

「マーサも君を待ってるよ」

「マーサが!?」


 一体いつから、どこまで計算されていたのか。

 フェリオの手が頬に触れ、マリエンテは自分が泣いていることにようやく気づく。


「マーカスが起きるまでには泣きやんでくれよ。君の夫になるまえに、俺が天国行きになっちまう」

「……明日が楽しみなんて、きっと生まれて初めてよ」


 泣き笑いを浮かべる娘の手を、青年はそっと握りしめる。

 この手に指輪を捧げるには、まだ少し早い。


「俺も明日が待ち遠しい。お互い、独身最後の夜を楽しもうか、マリー」


 寝息を立てる兄に内緒で、マリエンテは初めてのワインを、唇で味わった。




エブリスタの超妄想コンテスト第159回「○○前夜」に参加。


【追記】

2022.4.30発売の「訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック3」(一迅社刊)にてコミカライズ作品として収録されました。

これもすべて、読んでくださった皆さまのおかげです。

どうもありがとうございました。


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【コミカライズ情報】



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小説家になろう・書報ページ⇒「第四王女の婚姻事情」単話配信版
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