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不条理短編シリーズ

夜に眠れないので病院に行って薬をもらった話

作者: 神無月えす

ノリで読んでくれたら良いのですが

 最近、夜、眠れない。


 そのせいで朝寝坊してしまうし、朝ご飯を食べたら眠くなって、うつらうつらしていたらすぐに昼になって、昼ご飯食べたら昼寝して、気がついたら午後六時を回っている。

 それから夜ご飯の準備をして、食べながら、ネット配信動画を見ているといつの間にか夜の十時。

 さて寝ようかと思うと、もうぜんぜん眠れない。


 病気かもしれない。


 ネットで調べたところ、病気になったときは、かかりつけの病院に行くといいらしい。私は朝早く、かかりつけの病院に行くことにした。



 私は今まで病気になったことがないから、かかりつけの病院がどこにあるのかわからない。

 とりあえず家を出て、太陽の方向の茶色くだだっ広い荒野に向かって、道なき道を歩くことにした。まだ日は昇ったばかりなので、地平線の向こうからまぶしい太陽の光が地面を這って差してくる。

 しばらくだだっ広い荒野を歩いていたのだけど、なかなか前に見える太陽がいなくならず、目が痛くなってきた。

 私は道のほとりの池で休むことにした。

 あと二時間くらいすれば、太陽はもっと上の方に逃げてくれるはずだ。


 うつらうつらしながら座っていると、何かが近づいてくる気配がする。

 眠たい目をこすって目をこらすと、荒野の向こうから両手をだらんと下に降ろしたまま、後ろ足だけでこちらに走ってくるトカゲがいた。首に立派な皮膚飾りをつけている。


 その気持ち悪い姿に私は驚いて目を覚ました。

 そうだ、忘れるところだった。病院に行かなくては。思い出させてくれてありがとう、トカゲさん。

 もう太陽はぎりぎり目の邪魔にならない場所にある。


 二足歩行のトカゲが私の横を通り過ぎようとしたので、手で捕まえて、後ろの池に投げ込んでみた。

 沈んでいった。

 泳げなかったらしい。子連れで這い上がってくるだろうか。その時は交通事故に気をつけてほしい。



 歩き出して間もなく、かかりつけの病院にたどりついた。

 入り口に杖が立っていて、その上端に「くりにっく」とだけ書かれた看板がある。そして杖と看板に蛇が二匹、うねうね巻き付いていた。

 蛇がいるなら間違いなく病院だと思う。きっとここがかかりつけの病院だろう。

 私はclosedという入り口の標識をひっくり返してopenに変え、中に入っていった。


 中はいろいろな器具がごちゃごちゃと置いてあったけど、特徴的なのは壁に向かってイスが三つ置いてあって、その前には鏡があることだ。鏡の前の棚にファッション誌が置いてある。

「いらっしゃいまっせー♡♡」


 出迎えてくれたのは、髪をぼさぼさに伸ばして顔がほとんど見えない、たぶん男の人だった。声が妙に高く、発音がしなっぽいけど。

 赤と白と青のストライプ模様の前掛けをつけている。


「ここ、病院?」

 私はその髪の人に尋ねた。手に持つ鋭いカミソリがなんか怪しい。本当に病院なのだろうか。


「病院じゃないよー♡♡、クリニックさー♡♡」

 どうやらここは病院じゃなかったらしい。失敗だ。

「顔剃ってくー♡♡、血を抜いてくー♡♡」

 私は早く病気を治したいので、血を抜いている余裕はない。

「病院を紹介してくれない?」

 私は髪の人に尋ねてみた。きっと闇雲に歩いてもたどり着かないと思った。

「隣に医院があるよー、腕悪くてさー、おかげで髪も髭も短くできないのー。鼻剃ってくー♡♡、歯抜いてくー♡♡」


 腕の悪い医院を紹介されても困る。そもそも私が探しているのはかかりつけの病院であって医院じゃない。

「病院はどこ?」

「歩いて行けば見つかるよー♡♡、耳剃ってくー♡♡、外科手術やってくー♡♡」

 夜眠れない病気は外科手術で治る気がしない。私はクリニックを出ることにした。

「じゃあねー♡♡、今度私の髪切ってねー♡♡」



 歩くと言ってどっちに行けば良いかわからない。今度は太陽を背に歩いてみることにした。


 舗装されたしっかりした道があるので、今度は歩きやすい。どうやらこの先は山に繋がっているようだ。とりあえず山の麓を目指すことにした。


 しばらく行ったところで、黒褐色のカモが親子連れで道を渡ってきた。

 白っぽい顔に黒いラインが入っていて、くちばしは黒い。ヤンキーガモだろうか。くちばしの先端が違和感のある黄色で、やたらと目立つ。

 歩くのに邪魔だったので、全部手で捕まえて、道の横にの木の枝に上に乗せた。

 カモたちは転がり落ちそうになる体を羽根で必死に支えていた。

 木登りは苦手だったらしい。

 そのうち慣れたら木の上で眠れるようになるかもしれない。ユーカリを食べるようになるだろうか。

 


 太陽が真上に来たところで山の麓の病院を見つけた。

 耳鼻咽喉科と書いてあった。

 ただ、誰もいなくて、タッチパネルがあるだけだ。ここでいいのだろうか。

 

 タッチパネルを押したら、現在位置が光った。入り口は耳鼻咽喉科で、右隣に眼科と左隣に歯科があるらしい。

 眼科の先は脳神経外科でその先は精神神経科になってた。

 歯科の方はその先に入っていくと、口腔科と消化器科と内分泌科があって、ずっと登って山頂の方まで行くと泌尿器科と肛門科があった。

 耳鼻咽喉科の先も結構長い。しばらく行くと呼吸器科があって、その後に循環器科、血液科とつづく。こちらは山頂まで行かずにぐるっと戻ってくる経路になっていて、最終的には脳神経科に付くらしい。一度山の中腹まで登ってまた戻ってこないと受けられない診療科って面倒だ。だったら眼科ルートの方が近い。

 どのルートからもたどり着きそうにない山の中腹から道が延びていて、生殖器科、女性科、周産期科、小児科と山頂まで続いていた。

 子供を病院に連れて行くには山頂まで行かなくてはならないのか。親は大変だな。


 それにしてもどれを選んだら良いのか全くわからない。少なくとも夜に眠れない科は見当たらない。どの診療科もグロい気がして嫌だし。私はモツが苦手だ。


 下の方に「その他」のボタンがあったから押してみた。そしたら画面が全部変わって山登りの地図になった。

 どうやらさっきの画面の道はトンネルで、こちらの道は山登りらしい。登山が好きな人向けだろうか。

 こちらは二本のルートになっていて、片方は救命救急科から始まって、麻酔科、整形外科、形成外科、皮膚科と続く。もう片方は臨床検査科、難病科、放射線科、高齢者科となり、どちらのルートでも山頂の療法科にたどり着く。

 リハビリを受けるためには、やはり山頂まで山登りしないといけないらしい。

 こちらのルートにも夜に眠れない科はなかった。


 こうなったら好みで選ぶしかない。入り口の名前からすると救命救急科が格好よさそうだ。

 山登りは面倒だけど、私は救命救急科に行くことにした。


 救急救命科は無人で、特に受付できるところもなかった。「いたずら電話禁止」「電話をかける前に必要性を考えろ」「あなたのせいで救われるべき命が消える」などとたくさん張り紙がしてあった。ストレスがたまっているんだろうか。

 仕方がないから先に進んだ。


 麻酔科もやっぱり無人で、入り口に「必要とされたときのみこの道は開かれる」と書かれていた。

 更に先に進んだ。


 整形外科は崖の上にあった。こちらでは受付ができそうだ。その上の形成外科の方が美しくなれそうだったけど、これ以上山を登るのは嫌だ。


 受付のボタンを押して私は呼ばれるのを待った。

 待っている間、病院内を歩き回った。部屋がとても多くて入り組んでいる。脊髄、手、肩関節、股関節、膝関節などたくさんの部屋があって、今いる場所がどこなのかわからなくなる。迷いそうなので、受付に戻って、大人しく椅子に座っていた。


 整形外科の待ち時間は長かった。

 昼の一時に着いたのに、呼ばれたのは夕方の四時だった。そのあと診察室に入ったのは夜の七時で、お医者さんが現れた時は夜十時になっていた。

 その間私は、ほとんどうつらうつらしながら過ごした。


 現れたお医者さんは目の覚めるような美人で、真っ赤な口紅をつけて、レースの付いた真っ黒のキャミソールを来ていた。

 お医者さんは手に持っていた赤ワインのグラスを机において、椅子に座ると、真っ赤なマニキュアをつけた指で私のあごを軽く持ち上げた。そして、ふふん、と妖しく微笑んだ。

 私は病状を話そうとしたけど、お医者さんは人差し指を私の唇に当てて黙らせ、上半身を全部脱がせた。

 お医者さんは、じっくり私の胸やお腹を見ていた。そして唇を舌で嘗めた。

 その後、私の胸に聴診器を当て始めた。聴診器の先端のチェストピースで胸からお腹までぺたぺた当てられる。

 そして今度は聴診器を外して触診を始めた。

 指や手のひらでへそとか脇腹とかを触って、胸の辺りは徹底して触られた。

 最後に指を胸に密着させた上からトントンと自分の指を叩く方法で診察された。これも胸を中心にお腹も触られた。


 お医者さんは鼻息を荒くしながら続けていたけど、すべてを終わらせて、診察結果を言った。

「寝過剰です」

 お医者さんは私の胸に向かって話しかけていた。

「でも、夜、寝られないんです」

「睡眠薬があれば寝られます」

 なるほど。そういう手があったか。

「じゃあ、睡眠薬をください」

 しかしお医者さんは首を振る。

「整形外科では睡眠薬は出せません」

 それは困る。そういえば地図には薬局が書かれていなかった。どこでもらえるんだろう。

「湿布を処方しておきます」

 寝過剰という病名は初めて知ったが、それに湿布が使えることを初めて知った。

「どこに張るの?」

「飲み薬です」

「飲めるの?」

「もちろん飲めません」

 飲み薬でありながら飲めない湿布薬とはどのようなものだろう。

「どうやって使うの」

「睡眠薬の代わりです」

 お医者さんは最後まで私の胸に向かって話していた。


 診療室を出たら目の前の廊下に湿布薬が置いてあった。

 それはたった一枚だったけど、大きすぎて、厚すぎて、私を包み込むくらいだった。フィルムが張っていなければシーツか布団だと思ったかもしれない。

 私は大きな湿布薬を背負って山を下りた。


 この湿布薬は飲み薬らしいけど飲んではいけないようだ。どうやって使うのかは家に帰ってから考えよう。

 もう夜も遅いはずなのに全然眠くならない。やはりまだ病気は続いている。


 家に向かう途中、大きな木の幹に、丸い顔で耳の大きい熊のような生き物が鋭いかぎ爪でしがみついていた。でんとした鼻が憎らしい。

 私は木の幹からそのクマを引きはがすと背中を蹴って二足で走らせた。そのクマは数歩歩いたところで四つん這いになった。私は更に背中を蹴って二足で歩かせたけど、やっぱり数歩で四足に戻ってしまった。

 どうやら二足歩行は苦手らしい。二足で走れるようになればもっとスリムになれるだろうに。

 私はクマを放置して家に帰った。


 私は家に帰って、早速湿布薬のフィルムを剥がした。

 中はデンプンがだった。フィルムを剥がしたとたん、粉がこぼれてきて私を埋めた。

 食べれないし、張れないし、息苦しい。この中ではとても眠れない。

 私は粉の上に手をのばした。顔はまだ粉の中。粉が重すぎて私は体を動かせなかった。


 誰かが私の手を取った。

 でもその手は私の手首をつかんで肘をつかんで、そのあと肩をつかんで、最後に私の胸を握った。

 なのにデンプンを取り去ってはくれなかった。むしろデンプンを私の顔に乗せた。

 私はデンプンに埋もれたままかなりリズミカルにかなり官能的に胸を揉まれた。なんか冷たいヌルヌルするものを塗りつけられている。

「苦しいのですが」

「飲み薬ではないので、飲んではいけません。火を通す必要があります」

 私のお腹や胸の上で、混ぜたりこねられたりするような感触がつづく。

「息ができないのですが」

 私はそろそろ呼吸ができなくなってきた。足と腰の上に上がっているデンプンが重い。

「治療中なので我慢してください」

 それになんだか湿布とは思えない卵黄と牛乳とバニラエッセンスのむっとする匂いがしている。

「匂いもすごいです」

「湿布の匂いは睡眠に良く効きます」

 私は息がができなくなって、そのまま気を失った。


 朝、私は日の出と共にすっきりと目を覚ました。久しぶりにしっかり夜に眠れることができた。どうやら病気は治ったようだ。

 ただ気になるのは、寝る前に着ていた服も下着も全部無くなっていたことと、体中にキスマークが付いていること。それから隣に全裸の女性が寝ていることくらいだった。

 デンプンは全部パンケーキに変わっていて、テーブルの上に乗っていた。どうりで良い匂いで目が覚めたはずだ。

 私は隣の女性に言った。

「あなたは名医だわ」

 彼女は眠ったまま答えた。

「だったら、そこにあるキャミソールを着て職場に行ってください。私は夜中眠らなかったので、夜に眠れない病気になりました」


 それなら仕方がない。私はパンケーキを食べながらキャミソールを着た。

 パンケーキはちょっとしょっぱかった。パンケーキを作るにはかなりの水と熱が必要だっただろう。私が水と熱のどちらを担当したのかわからない。どちらもだろうか。


 病院に向かって歩いていたら、池から出てきた子連れのトカゲが道を四つ足で渡っていった。更に先に進んだら、木に上手に羽根でしがみつきながらユーカリをかじっているカモを見かけた。更に進んだら、ずいぶん痩せた丸顔のクマが二本足で走りながら横を通り過ぎていった。


 病院に着いたのだけど、整形外科まで登るのが面倒だったので、目の前の耳鼻咽喉科で仕事をすることにした。

病院とクリニック・医院は役割が違うの注意しましょう。

昔、西洋では床屋が外科手術までやっていたんだって。カミソリ捌きが上手だったからだそうだよ。

床屋のなぞなぞ知ってる? 2つの床屋があって、片方が髪の毛ぼうぼう、もう片方がきっちり短い。どちらの床屋の腕が良いでしょうか。

1984年は動物ブームでね。いろいろな動物の映像が人気を博して、動物園も盛り上がったって。翌年にはウーパールーパーもつづくよ。

後は面倒だから良いか。

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