96話―今、船出の時
次の日の朝、コリン一行はドレイクが指定したドックへ足を運ぶ。中に入ると、海賊団のメンバーが荷を積んでいた。
「食糧と水を運び込め! それが終わったら家畜どももだ! 急いでやらねえと日が暮れ……お、来たな。待ってたぜ、乗ってくれ」
「うむ、これからの二日間よろしく頼むぞよ、ドレイク殿」
「おう、任せとけ! あと、ここではキャプテン・ドレイクと呼んでくれると助かる。そっちの方がやる気出るからな」
ドレイクに案内され、コリンたちはタラップを通って海賊船……マリンアドベンチャー号に乗り込む。船体の側面に水瓶の絵が描かれた、巨大な帆船だ。
が、コリンは乗り込む際に奇妙な感覚を覚えた。船の内部で、凄まじい量の魔力がぐるぐる循環しているのに気が付いたからだ。
「のう、キャプテン・ドレイク。何ぞ、船の中に魔道具でも積んでおるのか? 先ほどから、とんでもない量の魔力を感じるのじゃが」
「お、もう気付いたのか。流石だな、ボウズ。オレの船には特別製の魔導エンジンを積んでるんだ。そのあかげで、凪の海や嵐が吹き荒れてる時も全速力でつっ走れるのよ」
昨日、ドレイクが二日でヤサカへ行けると豪語していた理由が分かりコリンは感心したように頷く。帆船の進む速度は、風の機嫌で変わる。
だが、自力で海を渡れるのなら話は変わってくる。全速力で海を進めば、スムーズに目的地へ向かえるだろう。
もちろん、船滅ぼしの三角海域を突破する難易度も数段落ちる。
「あとちょっとで出航する。それまで、あんたらが使う部屋を案内するよ。上客だからな、特等室を使わせてやるぜ」
「お、そりゃありがてぇな。どンな部屋か楽しみだ」
「こっちだ、こっち。ついてきてくれ」
ドレイクは甲板を通って船内に入り、コリンたちを泊めるための部屋に案内する。その途中、一行はキッチンを通過することになった。
「わあ、美味しそうな匂い! 今日のご飯は魚かな?」
「おうよ、ヘリンズポートで仕入れた新鮮ピチピチの魚だ。日持ちしねえから、今日のうちに食いきる予定さ。ボウズたちの歓迎会も兼ねてな」
「あ、お義父さん。どうしたの、またつまみ食いにでも……あら? そちらの方々は?」
キッチンでは、数人のコックが料理を作っている。海賊たちの朝ごはんを作っているのだ。そんな中、コックに混じってジャガイモの皮を剥いていた少女が声をかけてきた。
長い赤毛を三つ編みにして花柄のエプロンを着けた、ソバカスがチャームポイントな少女だ。
「ちょうどいい、紹介するぜ。今日から二日ほどこの船に滞在する星騎士ご一行様たちだ。ほら、自己紹介しな」
「あら、そうなの。私はジャスミン。キャプテン・ドレイクの義理の娘よ。皆さん、よろしくね」
「うむ、よろしくのう。わしはコーネリアス。ギアトルク家の血を継ぐ者じゃ。コリンと呼んでくれて構わぬぞよ」
「え!? 嘘、ホント!? やだ、私ったら化粧もしてない……ちょ、ちょっと待っててね。すぐ戻るから!」
自己紹介を受けたジャスミンは、ナイフとジャガイモを放り出し慌てて駆け出した。すっぴんのままコリンに会ったのが、恥ずかしかったのだろう。
「賑やかな娘御だ。……ところで、船長。義理の娘というのはどういう……」
「あー……まあ、いろいろ込み入った事情があんのさ。それはおいおい話すとして、今は部屋の案内だ。行くぜ、ほら」
ツバキの質問に、ドレイクは歯切れの悪い答えをしつつキッチンを後にする。コリンたちが案内されたのは、船の一番後ろにある大部屋だった。
大きな窓からは、外の景色が見えた。横にある扉からは、外のテラスに出られるようになっている。これなら、船旅も退屈しないだろう。
「わあ、豪華な部屋! いいのかなぁ、こんないい部屋使わせてもらって」
「気にすんな、お姫さん。オレからの好意だ、好きにくつろいでくれ。出航したら朝メシにする。それまではのんびりしててくれ」
「はーい! またねー」
出航に必要な準備をするため、ドレイクは部屋の外に出た。残ったコリンたちは、暇潰しを兼ねて部屋の中を見て回る。
「わ、見てししょー! この二段ベッド、どれもふかふか! ちょー気持ちいいよ!」
「二段ベッドが二つか。これなら、全員分の寝床は問題ねぇな。で、こっちの扉が……お、風呂場もあるのか。すげえな、どうなってンだろこの船」
「ふむ、恐らく内部の空間を拡張する魔法を使っておるのじゃろうな。そうでなければ、風呂場を併設することなど出来まい」
船内に続く扉を背にして、右側の方にある扉の先には風呂場が、左側の方にある扉の向こうにはトイレが設置されていた。
これで、旅も快適に過ごせる。……そう思っていた一行だが、出航直後――最初の試練が襲いかかる。
「ヴォエッ! うっぷ……ヴォッ! げろげろ……」
「ぬああ……一生の不覚じゃ……。このわしが、船酔いするとは……」
コリンとアニエスは、これまで船に乗った経験がない。故に、船酔いに襲われることとなった。コリンの方はまだ軽いが、アニエスの方は深刻だ。
テラスの柵から顔を出し、海に向かってひたすらゲーゲーやっている。この調子では、朝食も食べられなさそうだ。
「おいおい、大丈夫かよ? 医務室行って、酔い止めの薬貰うか?」
「そうす……オ゛エ゛ッ゛!」
「では、拙者たちが連れて行こう。コーネリアス殿は?」
「あー……わしは平気じゃ。少し横になっていれば、すぐ良くなろう。わしは気にせず、アニエスを医務室に連れて行ってくりゃれ」
このままではどうにもならないということで、アシュリーたちはアニエスを連れ医務室へ向かう。一人残ったコリンは、ベッドに横になる。
マリアベルを呼んで介抱してもらおうか……などとぼんやり考えていると、しばらくして部屋の扉がノックされた。
「……どうぞ」
「えっと、その……仲間の人たちから聞いたの。コリンくん、船酔いしちゃったんだって。だから、介抱しに来たわ」
入ってきたのは、ジャスミンだった。キッチンで会った時と違い、バッチリ化粧している。手にはお盆を持っており、水の入ったコップと酔い止めの薬にお椀が一つ載っていた。
「おお、気を遣わせてしもうて済まぬのう。全く、恥ずかしい限りじゃよ」
「いいのいいの、気にしないで? はい、お薬をどうぞ。よく効くのよ、これ」
のそのそ身体を起こし、コリンは薬とコップを受け取る。ゴクッと薬を飲むと、吐き気と倦怠感が少しずつ引いていく。
「おお、良うなってきたわ。ありがとうのう、助かったぞよジャスミン殿」
「そ、そう? えへへ、なら嬉しいわ。あ、そうだ。これ、ヨーグルトに磨り潰したリンゴを入れたのを作ったの。もしよかったら……その、た、食べさせてあげるわ!」
普通の食事はしんどいだろうと考えたジャスミンは、消化にいいものを作ってきてくれたようだ。その心遣いに感謝し、コリンは頷く。
「おお、重ね重ね本当にありがたいのう。まだ身体もだるいし……ちと恥ずかしいが、お願いしようかの」
「ホント!? ……あ、こほん。な、ならよかったわ。口に合うといいんだけど。はい、あーん」
「あーん。ん、もぐもぐ……」
顔を赤くしながらも、ジャスミンはコリンの口にヨーグルトを乗せたスプーンを運ぶ。ヨーグルトの酸味と、リンゴのしゃりしゃりした食感と甘味が口の中に広がる。
「おお、美味しいわい。これなら、いくらでも食べられそうじゃ」
「ふふ、よかった。まだまだたくさんあるからね、遠慮しないでいっぱい食べて。はい、あーん」
「あーん」
まるで恋人同士がするように、ジャスミンは甲斐甲斐しくコリンにヨーグルトを食べさせる。あまりにも美味しかったようで、すぐに完食と相成った。
満足そうに口許をハンカチで拭いた後、改めてコリンはジャスミンに頭を下げる。ここまで世話をしてくれたことに、感謝の念を抱いたのだ。
「いや、本当にありがとうのう。……しかし、何故ジャスミン殿はここまで世話を焼いてくれるのじゃ?」
「私ね、あなたのファンなの。あちこち港を廻る度に、あなたの武勇伝を耳にしてね。憧れてたの、あなたに」
これまでのコリンの活躍が、ジャスミンやドレイクの元にも届いていたようだ。憧れの人を看病出きるとあれば、気合いが入るのも頷ける。
「なるほどのう。そうか、わしの名声もそこまで高まっておったか。ふふふ、嬉しいものじゃのう」
「ね、もしよかったらこれまでの冒険について聞かれてもらえないかしら。私、コリンくんの口から直接聞いてみたいの!」
「もちろん、よいとも。飽きるまで語ろうぞ、わしの活躍の数々をな」
ジャスミンのおねだりを、コリンは快諾する。しばしの間、二人は語らいの時を過ごすのだった。




