94話―港と酒場と海賊と
「海賊、じゃと?」
「ああ。元々、アルマー家の始祖……ヴィンセント・アルマーの代から船乗りの家系だったのが、段々荒くれどもを抱え込んで海賊になったンだよ」
「なるほどのう。しかし、大丈夫なのかえ? 星騎士の末裔じゃと言うても、相手はならず者なのじゃろう?」
「そこは心配ねえさ。アルマー海賊団は、強きを挫き弱きを助ける……言っちまえば、海を根城にする義賊の集まりだからな。こっちが頼み込めば、協力してくれるさ。……たぶん」
アシュリーはそう言ったが、コリンはいまいち信用出来なかった。とはいえ、ヤサカに渡るにはアルマー海賊団の力を借りる他に道はない。
今のコリンには、彼ら海賊団との交渉が成立することを祈ることしか出来なかった。
◇―――――――――――――――――――――◇
四日後、一行は中継地点となるヘリンズポートに到着した。港で働く男たちの活気と、潮風に包まれた賑やかな町だ。
「んー、ようやく着いたのう。さて、まずは聞き込みをせねばならんな。アルマー海賊団が寄港しているかを調べねば」
「なら、手分けして探すとしよう。拙者とアシュリー殿は、港の方で話を聞いてみる。お二人は、町の方で聞き込みをしてみてほしい」
「うむ、分かった。アニエス、行くぞよ」
「はーい!」
二手に別れ、コリンたちは聞き込みを始める。コリンとアニエスは、手始めに町一番の大きさを誇る酒場に足を踏み入れた。
酒場は船を降りてきた水夫や、港で働く者たちでごった返していた。みな酒を飲み、ポーカーなどの遊戯に興じている。
「これだけ人がいれば、スムーズに情報を集められそうだね、ししょー」
「うむ。とはいえ、油断は禁物じゃ。マリアベルに聞いた話では、船乗りは気性の荒い者も多いという。変な因縁を付けられぬようにせねばな」
そうささやき合った後、二人はカウンター席へと向かう。まずは、バーテンに話を聞いてみようと考えたのだ。……が。
「おお? おいおい、いけないなぁ。こんなトコにガキが来ちゃあよ。ここはガキの遊び場じゃないぜ、こわーい大人に絡まれたくなきゃ、さっさと消えな。ヒック!」
酒場の奥に向かう途中、早速酔っぱらいに絡まれてしまった。至極真っ当な忠告をしてくれているのではあるが、生憎今は聞けない。
「あはは、ごめんねぇ。でも、ボクたち人を探してるんだ。そのために、話を聞きにきたんだよ」
「はぁん? ガハハ、海賊ごっこでもやってるのかぁ? いいか嬢ちゃん、ここにいるのはみぃんな本物の海賊……それも、誇り高いアルマー海賊団のメンバーなんだぜ。早く消えねえと……商品として拐っちまうぜぇ?」
子どもの遊びだと決めつけ、悪ふざけしてやろうと酔っぱらいはアニエスに手を伸ばす。それを咎めるように、コリンが手を払った。
「無礼者め、わしの弟子に気安く触るでないわ。わしらは忙しいのじゃ。情報提供するつもりがないなら、下がるがよい」
「んだと、このガキ! 大人しくしてりゃあ図に乗りやがって。大人の怖さってやつを、たっぷり教えてやった方がよさそうだなぁ!」
一気に険悪な雰囲気に変わり、一触即発の状況に陥る。酔っぱらいは腰に下げていたカトラスを引き抜き、コリンの鼻先に突きつけた。
すると、今度はアニエスが前に出る。自分を守ってくれたコリンに報いるべく、今度は自身が酔っぱらいを迎え撃つつもりなのだ。
「それ以上は許さないよ。ししょーに指一本でも触れたら、その汚い鼻をちょん切るから!」
「こんのガキども! もう許さねえ、ぶっ殺してやる!」
「おい、待てって! 酒場で暴れるのはご法度だって知ってるだろ! もしキャプテン・ドレイクに知られたら粛清されちまうぞ!」
カトラスを振りかぶる仲間を見て、近くにいた仲間が慌てて酔っぱらいを止めようとする。が、怒り心頭な酔っぱらいは聞く耳を持たない。
「うるせぇ! そんなの知ったことか! ガキに舐められたまま海賊やれるかよ!」
「やる気か……仕方あるまい、手早く終わらせ」
「おい、てめぇ。酒場で何をしてやがる? それも、子ども相手に剣振りかざすたぁどういう了見だ?」
もはや争いは避けられない。速攻でケリをつけねば……と、考えていたコリン。直後、彼の背後……酒場の入り口から、男の声が聞こえてきた。
その声を聞いた酔っぱらいや、その他の客たちは一気に顔が青ざめる。コリンとアニエスが、おそるおそる振り向くと……。
「!? な、なんじゃこの偉丈夫は!」
「よお、ボウズ。まだ怪我はしてねえよな? うん、ならいい。下がってな、子どもにゃ見せられねえシーンが始まるからな」
コリンたちの背後に現れたのは、身の丈二メートルは越えようかという大男だった。右目に眼帯を身に付け、頭には水瓶のマークが付いた海賊帽子を被っている。
「き、キャプテン・ドレイク……。あ、あのその、お、お早いお帰りで……」
「ああ、酒と食糧の補充が案外早く終わったからな。酒場で一杯やろうと思ってきてみれば……お前、何してる?」
酔っぱらいと男の会話から、コリンとアニエスは即座に理解する。自分たちの後ろにいる偉丈夫こそが、探していた人物。
アルマー海賊団を束ねる船長、ヴィンセント・ドレイク・アルマーなのだと。ドレイクはそっとコリンたちの脇を通り、酔っぱらいの首根っこを掴む。
「アルマー海賊団の掟、忘れたとは言わさねえ。一つ、陸の上では身を守るため以外の理由で得物を抜くな。二つ、子どもに剣を向けるな。この二つを、お前は破ったんだぜ」
「お、俺は悪くねえんですキャプテン! あのガキどもが先に挑発してきやがったんでさぁ! 俺に非はねえです!」
「ちょっと、嘘言わないでよね! ボクを商品にしてやるーとか抜かしてたクセに!」
酔っぱらいは制裁を逃れようと、必死に弁明しはじめる。が、アニエスの抗議によって潔白の証明は崩れた。ドレイクに睨まれ、酔っぱらいは絶句する。
「あ? てめぇ、本当にそんなことを言ったのか? オレたちアルマー海賊団が、人拐いに手ぇ出す外道だと……そう吹聴したのか? おい、リッグ。本当にコイツはそう言ったのか?」
「へ、へい。側で聞いてやした、間違いありません。確かに、そっちの嬢ちゃんに向かってそう言いやした」
「や、やめろリッグ! チクッてんじゃな……あ」
ドレイクは真偽を確認するべく、別の海賊にそう声をかける。声をかけられたリッグという男は、おずおずと頷いた。
結果、酔っぱらいは語るに落ちることになり、完全にドレイクを怒らせることになってしまった。
「フランク。てめぇはどれだけアルマー海賊団の看板にドロを塗りゃ気が済むんだ? もういい。てめぇはお払い箱だ。処刑を行う、覚悟しろ!」
「ま、待ってくださいキャプテン! もうそんなこと言いません、あの子ども二人にも謝ります! だから、だから許して……」
「ダメだ。掟を破ったんだ、覚悟しろフランク!」
ドレイクは酔っぱらい――フランクからカトラスを取り上げ、酒場の外にブン投げる。表の通りに叩き出されたフランクの両手に、水の手錠が嵌められた。
「ひぃっ! 嫌だ、嫌だぁ! 助けて、誰か助けてくれぇ!」
「お前は酔っぱらいの悪ふざけで済む範疇を越えた。だから、制裁を下す。処刑、執行!」
「うっ……ぎゃああああああああ!!!」
直後、手錠が一気に絞まりフランクの両手を切り落とした。水の魔力によって傷はすぐ塞がったが、激痛は消えない。
元部下の絶叫を肴に、ドレイクはテーブルに置いてあったラム酒入りのコップを手に取る。一気に中身を飲み干した後、冷たい声を出す。
「今日でお前は破門だ、フランク。どこへなりとも消えな!」
「ひ、ヒイィィィーーー!!!」
フランクは地面に転がる自分の両手を、腕で挟んでなんとか拾い上げる。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、走って逃げていった。
「ふう、まったく。……っと、済まねえなボウズたち。嫌なモン見せちまっ……て、よく見たらそっちの嬢ちゃん、アニエス王女じゃねえか!?」
「え、あ、うん。一応、ボクのこと知ってたんだ」
「っべー、マジやべー。こりゃ下手すっとオレも首差し出して公王に詫びなきゃいけなくなるな……」
さっきまでの覇気はどこへやら、アニエスの正体に気付いたドレイクは冷や汗を流しながらブツブツ呟く。これが、コリンとドレイクのファーストコンタクトだった。




