93話―いざ、ヤサカへ
次の日の朝、支度を整えたコリンたちはツバキと待ち合わせの約束をした広場に来ていた。ツバキと合流し、共にヤサカを目指すのだ。
「済まぬ、支度に少し時間がかかってしまった。待たせてしまったかな?」
「なに、問題ないぞよ。わしらも今来たところじゃからな。ツバキ殿、わしの両隣にいるのが『獅子星』のアシュリーと『双児星』のアニエスじゃ。二人も、わしと一緒にそなたに協力するぞい」
「よっす、どうも。アタイがアシュリーだ。よろしくな、ツバキ……お前、性別どっちだ?」
「ボクがアニエスだよ! ツバキ……ちゃん? くん? さん? とにかくよろしく!」
相手の容姿から性別を判断しかねたようで、疑問符を挟みながらもアシュリーとアニエスはそれぞれ自己紹介を行う。
「これはこれはご丁寧に。拙者はツバキ・コウサカと申します。拙者の性別は……まあ、おいおいということで。まずは、ロタモカ公国の東端にある、ヘリンズポートという港町へ行きましょう。そこから、船でヤサカに行けますので」
「ヘリンズポートかぁ。そこまでだと、こっから飛竜便で四日はかかるね。それじゃ、急いで出発しよ!」
ロタモカ公国はアニエスの故郷。彼女のガイドに任せれば安心……と、コリンたちは早速飛竜便の発着場へと向かっていく。
高い料金を支払い、四人はヘリンズポートへ向けて空に飛び立つ。今回は情報通のエステルがいないため、ツバキにヤサカの内情を尋ねる。
「のう、ツバキ殿。ヤサカという国はどんなところなのじゃ? わしは行ったことがない故、今のうちに聞いておきたく思ってな」
「とても居心地の良いところですよ、我が祖国は。大陸の国々とはまるで違う、独特の文化が根付いております。拙者の着ている着物も、その一つにございます」
「綺麗だよねー、その服。でも、歩きにくくないの? 袖も結構大きいし」
「慣れれば快適ですよ、アニエス殿。通気性に関しては、着物の方が抜群に上なのさ」
ゴトゴト揺れる車両の中で、他愛もない雑談が繰り広げられる。ツバキの口から語られるヤサカのあれこれに、コリンたちは興味をそそられていた。
会話を通して打ち解けていくにつれ、ツバキの口調もフランクなものになっていく。どうやら、こちらが素の彼女なようだ。
「ほお、かの国には武士なる者たちがおるのか。騎士はもう何人も見てきたが、かような者には会うたことはないのう」
「まあ、無理もない。基本、拙者たち武士はヤサカの外には出ないからね。他国に行くのは、貿易商くらいのものだよ」
「えーらもったいないなぁ。大陸にだって楽しいことがいっぱいあるのに。ボク、ヤサカの人たちと交流したいよ」
アニエスがそう言うと、ツバキは困ったように笑いながら頬を掻く。少しして、ヤサカの内情について話しはじめる。
「ヤサカ人は、昔から閉鎖的な気質があってね。あまり外の人たちとかかわり合いになりたがらないんだ。その習慣が祟って、今では半分鎖国みたいな状態になってしまって……父上も嘆いているよ」
「確かに、そりゃよくねえな。内側に閉じ籠ってばかりじゃ、いろいろ面倒事が起きた時に大変だろうよ」
「ええ。今がまさに、その面倒な事が起きている状態なのさ。……本当に、厄介極まりない」
アシュリーの言葉にそう返した後、ツバキはぽつぽつと語り出す。辻斬りの被害に合った者たちの、痛ましい現状を。
「かつては、夜の都も賑わっていた。だが、今は違う。民は恐怖に怯え、みな家にこもり……どうしても外に出ねばならぬ者たちは、自分が辻斬りの犠牲になるのではないかと震えている。それが、拙者は悲しいのだ」
うつむいたツバキの顔が垂れ下がった前髪で隠れ、表情は見えない。だが、声のトーンから今にも泣き出しそうなほどの悲しみに包まれていることが、痛いほど伝わってきた。
「武家も公家も、町民たちも。一刻も早くこの惨劇が終息することを願っている。そのために、出来ることは全部してきた。それでも……下手人すら、特定出来ていない。情けなさに、胸が痛む」
「下手人か……。もしかすれば、ヴァスラ教団が関わっておるのやもしれぬ。かの組織の幹部は、神の理に属する魔法を使う。もしそうなら、下手人を捕まえられぬのも仕方ないことじゃ」
「……ヴァスラ教団? その名は拙者も存じているよ。確か、数ヵ月前……御門の暗殺に失敗して、討伐の指令が出ていたな」
「……なあ、話に割り込ンで悪いンだけどよ。御門ってのは誰だ?」
コリンとツバキが話しているところに、アシュリーが質問を重ねてくる。ちり紙を取り出し、鼻をかんだ後ツバキは答えた。
「御門は、ヤサカの全てを治める最高権力者にござる。この大陸で言う、皇帝や王と同じようなものだ。都の四方を守る門を司るが故に、御門と呼ぶのだ」
「へぇー、そりゃアタイも知らなかったぜ。勉強になるなぁ」
ヤサカについて、まだまだコリンたちの知らないことがたくさんあるようだ。……が、いつまでもその話だけをしているわけにはいかない。
もう一つ、とても重要な話題があるのだ。それを議論せずして、ヤサカに到達することは出来ないというレベルだ。それは……。
「……で、結局船はどうするのじゃ? ツバキ殿の口振りじゃと、ロタモカ公国からの定期船には期待出来なさそうじゃが」
「うん、ししょーの言う通りヤサカへの定期船はないね。ていうか、ツバキちゃんくんさんはどうやってこっちに来たの?」
ヤサカへ向かうための、最大の難関。それは、ヤサカ行きの船が全くないことだ。国交がほとんどないため、定期船が運航されていないのである。
「拙者は顔見知りの貿易商の船に乗せてもらった。ただ、その商人は一月ほど大陸に留まる故、帰りは乗せてもらえぬのが難点だな……」
「つーことはよ、誰か船乗り捕まえてヤサカに行ってくれるよう交渉するしかねーってことだろ? 承諾してくれる奴、いるのかぁ?」
定期船はない、貿易商の助力も期待出来ない……ならば、コリンたちが取れる手段は一つ。個々の船乗りへの交渉だけだ。
幸い、彼らには……というか、コリンにはこれまでの依頼の報酬として受け取った金貨が全部残っている。多少ふっかけられても、困らないほどの金額が。
「難しいところでしょうな。ロタモカからヤサカ間の航路は四つあるが、どれも途中で船滅ぼしの三角海域と呼ばれる難所を突破しなければならない。果たして、引き受けてくれる者がいるかどうか」
大陸各国とヤサカの交流が薄いのには、海運事情も関係している。ロタモカ――ヤサカの間に広がる海のほぼ中央。
常に海が荒れ、荒れ狂う大波と吹き荒ぶ嵐が支配する、船滅ぼしの三角海域と呼ばれる海域がが存在している。
ツバキ曰く、ヤサカ製の頑強な商船をもってしても越えるのが難しい船の墓場であり、毎年多くの船がこの場所で海の藻屑に成り果てているらしい。
「うん、その話はボクも聞いたことがあるよ。船乗りや海賊たちは、その海域には近寄らないって」
「むむむ、それではヤサカに渡れぬではないか! ツバキ殿が乗せてもらった貿易商を頼っていたら、余計辻斬りの被害も増えてしまうぞよ!」
完全に八方塞がりな状況に追い込まれたと、その場にいる誰もが思っていた。が、その時アシュリーがぽつりと呟く。
「……たった一人だけ、アテがないこともないぜ。ただ、かなり気まぐれな性格をしててな。アタイらを乗せてくれる保証はねぇ。それでも、ソイツを頼ってみるか? コリン」
「もちろんじゃとも。希望があるならば、それにすがるしかあるまい。して、その者はどのような人物なのじゃ?」
コリンが問うと、しばらく沈黙した後にアシュリーが答えた。彼女が口にした、アテがある人物の名は……。
「そいつの名は、ヴィンセント・ドレイク・アルマー。十二星騎士の一角、『宝瓶星』の家系の現当主にして……七つの海を股にかける、希代の大海賊。アルマー海賊団の頭領だ」
そう語るアシュリーの顔は、いつになく真剣なものであった。




