91話―別れの後の、出会いの気配
闇の宴、ラーカを楽しんだコリンたち。イゼア=ネデールに戻ってから数日の間に、ちょっとした変化が起きていた。
「むう……カトリーヌにエステル、マリスが一気にいなくなってしまうとは。少しばかり、寂しいわい」
「なぁに、気にするなって。またすぐ会えるさ。特にカティはな」
これまで苦楽を共にした仲間たちのうち、カトリーヌとエステル、マリスの三人が離脱してしまったのである。やむにやまれぬ理由で。
「えーっと、カトリーヌちゃんがお父さんの看病、エステルちゃんが頭領からの呼び出し、マリスちゃんが本格的な花嫁修行のために里帰り……だっけ?」
「そうそう。しっかし、みんなドタバタしてんなぁ」
ゼビオン帝国に戻ってすぐ、カトリーヌにウィンター救貧財団から連絡があった。彼女の父、ヌーマンの体調が悪化したため、帰ってきてほしいと。
家族の一大事とあっては、帰らないわけにはいかない。コリンたちに謝罪した後、カトリーヌは急ぎウィンター領へと戻っていった。
「ヌーマン殿、快復するとよいのじゃがのう。元々、身体が弱いそうじゃし」
「なぁに、カティの元気な姿を見りゃあすぐ良くなるさ。……にしても、マリスはまだ分かるがエステルの方はどンな用事で呼び戻されたンだろうな」
マリスに関しては、草原から酋長の遣いが伝言を伝えに来た。コリンの元に嫁ぐための、本格的な花嫁修行をするから戻ってこい、と。
それを聞いたマリスは、完璧な嫁になると勇ましく宣言し、遣いの者と一緒に故郷へ帰っていったのだ。つむじ風よりも速いスピードで。
「たぶん、来月にやるスター・サミットの準備じゃないかなぁ。お父様も、そろそろ準備始める頃だろうし」
「そう、それじゃよ。そのスター・サミットとは一体なんなのじゃ?」
冒険者ギルドに併設された酒場にて雑談をしていたコリンたちの話題が、少し変化する。こほんと咳払いをした後、アニエスは話し出す。
「えっとねー。三年に一度、各星騎士の家を束ねる当主が集まって会合をするんだよ。それが、スター・サミットなんだ。今は星暦七百十四年……確か、二百三十四回目の開催かな?」
「ちげーよ、二百三十八回目だっつの。ま、そんなたいしたもンじゃーねえけどな。集まってくっちゃべった後、宴会するだけのもンさ」
気だるげに話すアシュリーだが、コリンは興味を引かれたようだ。前のめりに身体を乗り出し、もっと話を聞きたそうにしている。
「なんじゃ、とても面白そうではないか! まだ会えておらぬ星騎士の家系もおるでのう、その者たちと会えるかもしれぬのじゃ。楽しみじゃわい」
「んー、都合よく来るかなぁ。ししょー、実はね……毎回全部の家系が参加してるわけじゃないんだ、このサミット。たいてー、どっかの家がすっぽかしたりドタキャンするんだよねぇ」
「ああ、そうだなぁ。アタイが記憶してる限り、『宝瓶星』……水瓶座のアルマー家とか一度も来たことねぇぞ」
「なんじゃ、意外と重要度の低い集会なんじゃのう。ちょっとガッカリじゃわい」
両親や師匠たちから、会合の類いには必ず出るようにと教育されてきたコリンにとって、そのような行いをする者がいるのは信じられなかったようだ。
肩を落とす少年に、アニエスが慌てて声をかける。コリンを落ち込ませたくないのだろう。
「あ、でもでも! 今年はみんな来るかもしれないよ? だって、ししょーがいるから……本当の意味で、十二星騎士が揃うかもしれないんだもん。きっと全員来てくれるよ!」
「あー、なるほど。確かに、言われてみればこれまでの二百三十七回は、ギアトルク家が不在だったわけじゃな。なら、みなやる気がなくても仕方あるまい」
アニエスの言葉に、コリンは納得し頷く。毎回一つ、必ず空席があるのなら自分も出なくていい。いい加減な当主なら、そう考えても仕方ないのだろう。
そう思い直し、コリンは逆に考える。自分がスター・サミットに出席することを表明すれば、それにつられて全家系の当主が揃うのではないか、と。
「よし、決めたぞよ! ギアトルク家の代表として、スター・サミットに出席するぞい! ふふふ、今から楽しみじゃのう」
「お、やる気だなコリン。なら、オヤジに頼んで各所にその意向を伝えてもらうよ。その方が手っ取り早いだろ?」
「うむ、申し訳ないが頼むぞよアシュリー。……む、もうこんな時間か。済まぬが、失礼するぞよ」
アシュリーに頼んだ後、コリンは壁に掛けられた時計を見ていそいそと席を立つ。それを見たアニエスが、不思議そうに尋ねる。
「あれ? どこ行くの、ししょー」
「うむ、エレナ殿下にお茶会に誘われていてな。今から会いに行ってくるのじゃ」
「ぬわぁぁぁぁんですってぇぇぇぇぇ!?!!?! なら、ボクも飛び入り参加し」
「はいはい、邪魔はすンなって。お前はこっちだ、アタイについてこい」
「わぁぁぁん、やぁぁだぁぁ!! はーなーしーてーよー!!」
お茶会への乱入を目論むアニエスだったが、アシュリーに首根っこを掴まれ引きずられていく。ジタバタ暴れる一番弟子を、コリンは苦笑しながら見送るのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「御館様、ご報告があります。先日、またしても辻斬りによる被害が……」
「おのれ、またか。今月に入ってから、もう八人目になるぞ。それで、斬られた者の容態は?」
「例によって、傷自体はたいしたことはありませぬが……覚めることのない深い眠りに着いたままにございます」
遥か東、海の向こうに浮かぶ島国ヤサカ。都の奥に立ち並ぶ大きな武家屋敷にて、二人の人物が会話をしていた。
両方とも立派な紋付き袴を身に付けており、片方は腰に刀を差している。うっすらと生えた顎ヒゲを撫でつつ、刀を差した男は声を出す。
「警邏の者たちをどれだけ増やしても、下手人の捕縛どころか正体すら掴めぬとは……。町奉行の者たちも、さぞ困っているであろう」
「ええ。町人たちにも、恐怖と混乱が広がっています。このまま野放しにしては、我ら武士……ひいては、御門の御威光にも関わりまする」
「ならば、手を借りる他あるまい。例の、我らの同胞たる星騎士の少年にな」
部下の言葉にそう返し、屋敷の主はキセルを吹かす。部下の方も、渋々ではあるがその案を受け入れたようだ。
「……御門はさぞご不満に思いましょう。外の国の者の力を借りたとあれば、沽券に関わりますからな」
「ハンベエ、今はそのようなことを議している場合ではない。我ら武士の役目は、民の命と平和を守ることだ。そのためならば、くだらぬ矜持など捨てねばならん。……ツバキ、参れ!」
「ハッ、お呼びでごさいましょうか、父上」
御館様と呼ばれた男が叫ぶと、座敷の奥のふすまが開く。現れたのは、中性的な顔つきをした若者だった。黄色の着物を着ており、長く伸ばした髪を蟹の小物がついたカンザシで結っている。
「ツバキよ、我がコウサカ家の跡取りとして一働きしてもらいたい。これよりすぐ、西の大陸に向かえ。かの少年、こおねりあす殿に助力を請うのだ。この国が抱える災いを祓うために」
「かしこまりした、父上。このツバキ、星騎士……いえ、星武士の末裔として。必ずやこの大役を果たしてみせます!」
「うむ! 期待しておるぞ、我が子よ。我らの祖先、『巨蟹星』ムサシ・コウサカの名に恥じぬ働き、見せてみい!」
「ははーっ!」
父の言葉に、ツバキは深々とこうべを垂れる。その様子を、ハンベエと呼ばれた男は神妙な面持ちで見つめていた。




