88話―祭りの主役は揃った!
「さて、これで全員の挨拶は終わったわね。フリード、そろそろ始めましょうか」
「ああ、そうだな。スカーレット・ナイツは呼ばなくていいのか?」
「今日は楽しいラーカだもの、護衛はいらないわ。さあ、やりましょう。私たちの息子の晴れ舞台よ」
ひととおり大魔公たちとの挨拶を済ませたフェルメアとフリードは、いよいよ動き出す。魔力で演説台を作り、その上に乗る。
これまた自分たちの魔力で作り出したスピーカーを上座、下座のホールの各所に配備して準備を完了させた。ラーカの始まりが、告げられる。
「あーあー、ただいま音声テスト中。本日はあいうえおかきくけこ。……うん、問題なしね。さあみんなー、ちゅーもーく!」
スピーカーを通して、フェルメアの声が二層のダンスホールに響く。楽しい会食を楽しんでいた招待客たちは、動きを止めた。
下座ホールにフェルメアとフリードの立体映像が投下され、全員が女王を見られるようになった。ここから、彼女の挨拶が始まるのだ。
「ごきげんよう、麗しき闇の同胞たちよ。今宵、聖なる常闇の宴に参列していただき、この世界を統べる魔戒王として嬉しく思いますわ」
女王の言葉に、参列している者たちは拍手を送る。それに習い、コリンたちもぱちぱち手を叩く。
「さて、楽しいラーカを始める前に二つ、報告があります。まず一つ目。私とフリードの息子、こーちゃ……コホン、コーネリアスが今日、大魔公へと昇格します!」
「のじゃっ!? いきなりライトが……」
満面の笑みを浮かべたフェルメアがそう口にすると、コリンがスポットライトで照らされる。すると、立体映像にコリンも加わった。
イイ笑顔で手招きする両親に従い、コリンは渋々壇に上がった。果たしてどうなるのか、アシュリーたちはドキドキしながら見守る。
「みなも知っている通り、俺は元神だ。つまり、俺とフェルメアの息子コリンは! 神と闇の眷属の血を引く半神なのだ!」
「そう。そして、いつの日か私たちの後を継ぐ……次代の魔戒王なのです!」
夫婦の言葉に、参列している者たちは拍手喝采し、喜びの声をあげる。この世に二人として存在しない……それどころか、前例自体ない奇跡の王子。
その姿を見て、みなが喜び祝福していた。フェルメアの理念たる『神と魔の調和』の象徴として、コリンを見ていたのだ。
「すげーな、周りの連中みんな歓声あげてるぜ」
「それだけ、コリンくんの存在が喜ばしいのよ~。なんだか、わたしまで嬉しくなっちゃうわ~」
アシュリーとカトリーヌが小声で話をしている最中も、女王の演説は続く。これまでのコリンの成し遂げた功績を、まるで見てきたかのように話している。
「……ということで、コーネリアスは今も快進撃を続けているわけでーす! さあ、みんな拍手ー!」
「おおーーー!!」
闇の眷属は、とても強い闘争心を持つ。ありとあらゆる事柄で、様々な方法を用いて『功績』をあげることを尊しとする本能がある。
そんな彼らにとって、コリンが成し遂げてきたことは輝かしい栄光と映った。会場の熱気が高まり、気分は最高にヒートしている。
「こうしてみんなにコーネリアス……ああ、もうじれったいわ! こーちゃんをお披露目出来たのも、あのクソッたれの蛇……ラ・グーが討伐されたおかげ。その功労者たちも讃えないとね」
「そうだ。彼らがあの野心に満ちた外道を打倒してくれなければ、コリンをこうしてお披露目することは出来なかった。奴は王としての礼儀に欠けている。暗黙の了解を破り、コリンに危害を加える可能性があった」
が、途中から演説の内容が変な方向に逸れ始めた。フェルメアのかつての同志、末席の魔戒王だった存在への罵詈雑言が垂れ流される。
「ええ、そうよ! あんな下品で卑劣な蛇、そもそも王にしたのが間違いだったのよ! しかも、即位してから史上最短討伐されるってなによ? 情けないにもほどがあるわ!」
「いや、そうなるようにけしかけたのはママ上……もがもが!」
ラ・グーを罵倒する母親に、事の顛末を全て知っているコリンがツッコもうとする……が、すぐに口を塞がれた。
下座ホールにいる者たちはともかく、事情を知っている大魔公たちはフェルメアに同意し、うんうん頷いている。
「フェルメア様の言う通りさ。あのクソ蛇、うちの城から神の遺体を盗んでいきやがってよ。挙げ句、シラを切り通しやがった」
「王位に就く以前より、良くない風聞を大量に聞いていましたからな。あやつが若君のことを知れば、卑劣な手段で殺し、力を奪おうとしたやもしれませぬ」
「……なんや、ロクでもない王様もおったんやなぁ。まあ、そこはウチらも同じか」
話を聞いているだけで、エステルたちは嫌気が差してしまう。多くの者から恨みを買っていたようで、誰も反論しない。
「ま、ということで。クソ蛇への恨みつらみはもうおしまいにしましょう。では、そろそろ呼びましょうか。かの者を打ち破った英雄……アーシアちゃーん、おいでー!」
フェルメアは指を鳴らした後、上座ホールの入り口を指差す。スポットライトも追従し、入り口を照らすが……誰も出てこない。
どうやら、扉の向こう側で何やら揉めているようだ。コリンが耳を澄ますと、小声での会話が聞こえてくる。
「や、やっぱり無理ですよアーシアさん! は、恥ずかしすぎます!」
「ええい、ここまで来て退くというわけにはいかぬぞアゼル! ほら、覚悟を決めよ! 最悪、余の後ろに隠れていてもいいから!」
「うう……わ、分かりました。こうなったら、ぼくも覚悟を決めますよ! ……でも、手は繋いでてくださいね?」
「もちろんだとも。ずっと握ってやろう。恋人繋ぎでな!」
直後、勢いよく扉が蹴破られる。入ってきたのは、フェルメアの配下アーシアだ。その腕には、つぎはぎだらけのローブを着た小柄な少年がお姫様抱っこされている。
「話が違うじゃないですかアーシアさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
「ハッハッハッハッ!! 気にするな、余たちのラブラブっぷりを見せつけてやろうではないか! なあ、アゼルよ!」
「……アゼル? むむ、そうか。ママ上やマリアベルが言っておったのは、あの男子じゃったか」
左目に眼帯を着けた少年――アゼルは、アーシアの腕の中で叫んでいる。よっぽど恥ずかしいのか、ジタバタ暴れているが……力の差がありすぎて、抵抗にすらなっていなかった。
「はい、というわけでやって来ましたー! 私の親衛隊、スカーレット・ナイツの一員にしてラ・グー討伐の功労者! アーシアちゃんとそのお婿さん、アゼルくんでーす! はい、拍手ー!」
フェルメアが叫ぶと、再び拍手が鳴り響く。アーシアとアゼルの立体映像も追加され、だいぶ賑やかになった。
「あれ? ねえねえ、あの子ってさあ。どう見てもボクたちと同じ大地の民、だよねえ」
「そうねぇ、わたしにはそう見えるわ~。それが、闇の眷属のお婿さんっていうのはどういうことかしら?」
アゼルを見て、アニエスとカトリーヌは首を傾げる。一方、馬みたいにサラダを食んでいたマリスは、アゼルの力量をすぐに見抜いたようだ。
「あの子、強い。不思議な力、ある。マリス、警戒する」
「ま、そういうことならアタイも少し気ィ配っとくかな。とりあえずは様子見するか」
万一に備え、アシュリーたちはいつでも戦えるように構える。一方、壇の上ではフェルメアに代わってアーシアが話を始めた。
「お集まりの同胞たちよ、久しぶりだな。今さら余のことを語る必要もあるまいから、今回は我が夫を紹介しよう。彼の名はアゼル・カルカロフ。創世六神の一角、死を司る女神の寵愛を受けしネクロマンサーだ」
「こ、こんばんは。ぼくはアゼリュ……う、あうう」
自己紹介しようとしたアゼルだったが、肝心なところで噛んでしまった。羞恥心が限界突破したようで、アーシアの胸に顔を埋め、黙り込んでしまう。
「ふふ、相変わらずアゼルは本番に弱いな。ま、そこも可愛いところなのだが。今回、ラ・グーの討伐を為し得たのは彼の尽力があってこそだ。アゼルは、神より授けられた……」
「むむむ、もう我慢出来ぬ! これ、アゼルとやら。そなた、相当な実力を持っていると見た。ラーカの余興に、わしと一戦交えよ!」
「えっ!? そ、そんないきなり言われても……」
「おお、それはいいな。アゼルと若君、どちらが強いのか余も興味があるな」
強者のオーラを感じ取り、我慢出来なくなったコリンはアゼルに一騎討ちを申し込む。動揺するアゼルに、アーシアはそう言う。
「そうだそうだ、見てみたいぞー!」
「やれやれー、二人とも戦えー!」
「俺たちに実力を見せろー!」
コリンの宣戦布告を聞き、観衆も口々にそう叫ぶ。しばし迷っていたアゼルだったが、ついに覚悟を決めたようだ。
これまでの狼狽えっぷりが消え、引き締まった表情になる。アーシアの腕から飛び降り、コリンを見据える。
「……分かりました。そこまで言うのならお見せします。ぼくの力……全てをね」
「グッド。ふふ、今宵は最高にエキサイティングなラーカになるのう。実に楽しみじゃ」
コリンとアゼル。二人のエキシビジョンマッチが、始まろうとしていた。




