86話―暗域への旅立ち
「むぅぅぅぅ……!!!!」
「ゴメンって、アタイらもちょっと調子に乗りすぎたよ。反省してるからさ、機嫌直してくれよコリン。な?」
「マリス、謝る。ごめんなさい」
数十分後、アシュリーたちにこねくり回されたコリンは機嫌を損ねてしまっていた。リビングの隅っこに座り込み、壁の方を向いている。
ぷんぷん怒りながら頬を膨らませるコリンに、アシュリーたちは平謝りする。機嫌を直さないと、ラーカをドタキャンする可能性もあるからだ。
「ごめんなさいね~。コリンくんがとっても可愛かったら、ついいたずらしたくなっちゃったの~」
「うんうん。だって、あんなにかわいいししょーはじめて見たもん。思い出したら興奮しべぶぅ!」
「アンタは黙っとれや!」
謝罪に混ざってリビドーを発散しようとするアニエスだったが、事態の深刻化を危惧したエステルのツッコミをみぞおちに受け崩れ落ちる。
なんだかんだありつつ、お詫びにカトリーヌたちがおやつを作ることを約束したことでコリンの機嫌が良くなった。
「みなの力作、楽しみにしておるぞよ。……っと、もうそろそろいい時間じゃな。暗域との時差も考慮すると……そろそろ出立した方がよいのう。マリアベルよ、鍵を」
「かしこまりました、お坊っちゃま。さあ、お受け取りください」
コリンの命令を受け、マリアベルはどこからともなく鍵束を取り出す。鍵を束ねるリングを開き、黒と白の縞模様になっている真鍮製の鍵を渡した。
「よし、では行くとしよう。みな、わしに着いてきておくれ」
受け取った鍵を手に、コリンはリビングを出る。アシュリーたちが続き、最後尾にマリアベルが着く。廊下に出てしばらく進んだ後、コリンは立ち止まる。
「あったあった、ここじゃ。ここを開けるのは……今回がはじめてじゃのう」
「ええ。わたくしはずっと、この時が来るのをお待ちしておりました」
廊下の奥にある行き止まりの壁、そこに鍵と同じ色をした扉があった。ドアノブに鍵が差し込まれ、ゆっくりと回される。
カチリ、と音がした後ひとりでに扉が開く。その奥にあったのは、カラクリ仕掛けのエレベーターであった。城の地下に続いているらしい。
「おお、すげぇなこれ。どこまで続いてンだ、これ」
「城の地下深くまで、じゃよ。さあ、みんな乗っておくれ。このエレベーターで、発着場に向かうでな」
「発着場? 一体何の発着場なんや?」
「ふふ、それは着いてからのお楽しみじゃよ。では、スイッチオーン!」
全員が乗り込んだ後、疑問をぶつけてくるエステルにそう答えつつコリンはエレベーターの『降下』スイッチを押す。
直後、床から鉄製の枷が現れ全員の足首を拘束し固定する。そして……エレベーターが、物凄い勢いで降下しはじめた。
「わああああああ!? ちょ、ちょっと! ししょー、これ速い! 速すぎるってこれ!」
「なあに、心配するでない。ちゃんと減速するでな。ほら、少しずつゆっくりとなってきたじゃろ」
「そんなの分かんないよー!」
しばらく降下した後、エレベーターはゆっくりと減速しながら止まった。一行が外に出ると、明かりが灯され地下にあるものがあらわになる。
「あら~、これは……」
「広い、場所。馬車、いっぱい」
「この場所はな、わしが一人前になった時……外への出立や帰還、客の出迎えなどに使う発着場なのじゃよ」
広い地下空洞のあちこちに、様々なデザインの車両が置かれていた。そのうちの一台、黒曜の輝きを持つ車両に近付きコリンは口笛を吹く。
すると、空洞の中に規則正しく並ぶ柱の上に置いてある石像の一つが動き出す。発着場の守護者たる石の魔物……ガーゴイルだ。
「オ呼ビデショウカ、ゴ主人様」
「うむ。あの馬車を引き、わしらを連れていっておくれ。目的地は、暗域の第十八階層世界フリーラ。その首都ガウラモルグにそびえる、スカーレット城じゃ」
「カシコマリマシタ。タダチニ、支度ヲ」
ガーゴイルは痩せ細った悪魔の姿から、大きな翼を持つペガサスの姿になる。車両の前面に移動し、鎖と自分の身体を繋ぐ。
「これでよし、と。さあ、みな乗るのじゃ。このままわしの故郷……暗域にひとっ飛びするぞい!」
「は~い。うふふ、楽しみね~みんな。さあ、乗りましょ~」
コリンたちが乗り込んだ後、一人残ったマリアベルは御者席に座る。手綱を持ち、ガーゴイルをパシンと打つ。
それを合図に、ガーゴイルは翼を広げ走り出す。加速をつけながら翼を羽ばたかせ、車両ごと自分を浮き上がらせる。
「さあ、行きますよ。我らが故郷、麗しき闇の世界へ!」
「合点デス、姐御!」
こうして、コリンたちは暗黒領域へと旅立った。
◇―――――――――――――――――――――◇
夕方。時空の壁を越え、石の天馬が引く馬車はフリーラの首都、ガウラモルグに到着した。イゼア=ネデールであれば、空は茜色に染まる頃だ。
しかし、暗域は違う。空は濃い乳白色に染まり、少しずつ黒くなりはじめている。それを見たアシュリーたちは、驚きをあらわにする。
「うわっ、すっげー色の空だな。こんな色なのか、こっちは」
「うむ。昼間は紫で、月がある夜は満ち欠けに応じて色が変わるのじゃ。今日は新月だから、真っ黒……一条の光も射さぬ闇夜になる」
「ほー、そらオモロいなぁ。こっちの暮らし、してみとうなってきたわ」
わいわい話をしていると、馬車が降下を始める。すると、街の全景が見えてきた。薔薇を象った様々な色の家屋が立ち並ぶ、花の楽園のようにも見える街並みだ。
「わあ、凄い綺麗だね! とってもお洒落だなぁ、ロタモカの庭園を思い出すよ」
「アニエス、あそこ城ある。おっきい、凄い」
「あれがパパ上とママ上が暮らすスカーレット城じゃ。今宵開かれる宴、ラーカの開催される場所でもある」
城壁に囲まれた街の中央に、鮮やかな紅の色をした城がそびえていた。よく見ると、その城に無数の乗り物が集結している。
コリンのように、城主であるフェルメアから招待状を贈られた魔の貴族たちが会場入りしているのだ。その中に混ざろうとするコリンたちだが……。
「こーちゃーん、ママですよー♥️ 久しぶりね、元気そうで嬉しいわぁ」
「のじゃ!? ママ上、いきなりテレポートするのはやめてほしいのじゃ! みな驚いているであろう!」
フェルメアの索敵圏内に入ったようで、コリンたちは馬車から城の一室にテレポートさせられてしまう。突然のことに、アシュリーたちは驚いている。
「うふふ、だってー。コンマ一秒でも早くこーちゃんに会いたかったんだもーん♥️」
「いや、だからと言ってじゃな」
「息子よォォォォォ!! よくぞ来た、よくぞ来たァァァァァ!! 元気にしてたか? 風邪は引いてないか? 悪い奴らにいじめられてないか?」
「ぬわっ、パパ上も来た!」
招かれたのは、フェルメアのフリードの私室。当然、二人がいないはずがない。デレデレ激甘モードの親バカ二人は、コリンを抱き締めわっしょいわっしょい。
真っ赤なドレスを着たフェルメアと、黒いタキシードを着たフリードは大変喜んでいた。
「なあ、あれがコリンの両親……なんだよな? この街を治める女王と、伝説の星騎士……だよな?」
「そのはず、よねぇ。でも、全然実感が湧かないわぁ~……」
「まあ、そうやろ。アレ見せ付けられたらなぁ」
目の前で息子を甘やかすフェルメアとフリードを見ながら、アシュリーたちは困惑の声を漏らす。そこでようやく、バカ二人は彼女たちの存在に気が付いた。
「あら、他にもお客様がいたのね。ようこそ、スカーレット城へ。皆様の訪れ、城主として歓迎しますわ。マリアベルも、道中ご苦労様」
「よくぞ来てくれた、我が同胞の末裔たちよ。うん、みないい眼をしているな」
「パパ上、ママ上。今さらキリッとしても醜態を晒した事実は変えられぬぞよ」
バッチリとキメる二人だが、コリンの言うようにもう遅い。アシュリーたちの脳には、残念な言動をするヒトたちとして刻み込まれることとなった。
その事実すら誤魔化さんとするように、フェルメアはコリンを抱っこしたまま部屋の外へ向かう。全力でこれまでのことを抹消しにかかっているようだ。
「ラーカまではまだ時間がありますから、それまで皆様一緒にお茶でも……ね?」
「そうそう。イゼア=ネデールでの息子の活躍、君たちから聞きたいし……な?」
「……ハイ、ソウサセテイタダキマス」
二人の圧を受け、アシュリーたちは頷いた。『従わないと【ピー】なことになるよ』と言外に圧力をかけられれば、従わざるを得ない。
「さあ、自慢の庭園に案内しますわ。行きましょう、皆さん」
「やれやれ。相変わらずの力業よのう……」
有無を言わさぬ母親のやり方に、コリンはため息をつくのだった。




