83話―闇の世界からの来訪者
グレイ=ノーザス二重帝国出の戦いを終えてから五日後。久しぶりにゼビオン帝国に帰ってきたコリンたちは、のんべんだらりと過ごしていた。
アニエスやエステル、マリスらは帝都アディアンの観光をするため、一時的にコリンたちと別れる。ゆっくりと骨休めしたいのだろう。
「平和じゃなー。こんなに静かで穏やかな時間を過ごすのは、いつ以来じゃろうか」
「そうね~、ウィンター領にいた時以来かしら~。シュリの方は、戻ってそうそう大変そうだけどね~」
帝都アディアンの冒険者ギルド本部に併設された酒場にて、コリンとカトリーヌはだらだらしていた。二人の視線は、ロビーにいるアシュリーとハインケルに向けられている。
「アッシュリーさーん! 久しぶりだね、また一段と美しくなっぱべし!」
「あーもう、っせえなあ! 毎度毎度ひっついてくるんじゃねえ、このアホ!」
ハインケルはアシュリーに抱き着こうとして、回し蹴りで迎撃されている。そんな日常の光景に、コリンが和んでいると……。
突如、ギルドの外に強大な魔力反応が現れた。それに反応したコリンたちは、一斉に正面玄関に目を向ける。
「この気配……! 闇の眷属のソレじゃな、しかもこれは……」
「こちらにおられましたか、若君。いやはや、探すのに手間取りましたぞ」
「おお、やはりそうじゃ! 我が師ヴェルダンディー、お久しぶりですじゃ!」
ロビーにいる冒険者たちが身構える中、扉が開く。入ってきたのは、ダークブラウンのタキシードとマントに身を包んだ、身なりのいい紳士だ。
一見普通に見えるが、決定的に普通の人とは違う部分があった。本来なら頭部があるべき場所には、四角い形をした漆黒のランタンがあった。
「コリン、そいつと知り合いなのか?」
「知り合いも何も、このお方はわしに文武を指導してくださった師匠の一人じゃ。師よ、壮健そうで何よりです!」
「フフ、若君もお元気そうですな。このヴェルダンディー、嬉しく思いますぞ!」
久しぶりの師匠との再会を喜び、コリンはヴェルダンディーの元に駆け寄り抱き着く。彼の知り合いだということが判明し、殺気立ちはじめていた空気が元に戻る。
「あら~、あなたがコリンくんのお師匠さまなの。こんにちは、わたしはカトリーヌといいます。コリンくんのお友だちよ~」
「アタイはアシュリー。カトリーヌ……カティの幼馴染みで、コリンの最初の仲間さ! よろしくな、ランタンのおっさん!」
「ボンジュール、麗しきお嬢さんたち。我輩はヴェルダンディーと申します。以後、お見知り置きを」
和気あいあいとした空気の中、カトリーヌたちは互いに自己紹介を行う。輪に加わる機会を逸したハインケルは、悔しそうにその様子を見ていた。
「いやー、実に久しいのう。最後にお会いしたのは、暗域基準でもう四ヶ月ほど前になりますのう、師よ。今日は、どのようなご用件じゃろうか?」
「ええ、実はですな。我が主君にして貴方の母君……フェルメア陛下から、ある物を届けてほしいと頼まれまして。若君、こちらを」
一通り挨拶を済ませた後、コリンは自分に会いに来た理由を尋ねる。すると、ヴェルダンディーは懐から一通の封筒を取り出し、恭しくお辞儀しながらコリンに渡した。
「! 金色の縁取りが付いた赤い薔薇の封……師匠、もしやこれは!」
「はい。三日後に開催される、聖なる闇の宴……ラーカへの招待状でございます」
「おお……そうか、ついにわしのところに……」
封筒の裏面を見たコリンは、興奮を隠そうともせずヴェルダンディーに問う。紳士が頷くと、コリンは歓喜に打ち震える。
その様子を見ていたアシュリーとカトリーヌは、不思議そうに顔を見合わせる。何故コリンがそこまで喜んでいるのか、検討もつかないからだ。
「なぁコリン、その封筒開けなくていいのか? というか、招待状ってどういうことだ?」
「いやったのじゃあああああ!! これでわしも、魔の貴族の仲間入りじゃああああ!! これほどまでに嬉しい日は……うう、うう……」
「あらあら、感動しすぎて泣き出しちゃったわ~。ヴェルダンディーさん、代わりに説明していただけるかしら?」
喜びの感情が限界突破した結果、コリンはむせび泣きはじめた。これでは話が聞けないため、カトリーヌはヴェルダンディーに説明を求める。
「いいですとも。我ら闇の眷属は、月に一度……新月の夜に、魔戒王が中心となって宴を開くのです。その宴こそが、ラーカなのですな」
「ほー、なるほど。でも、それだけでコリンがこんな嬉し泣きするのかぁ?」
「普通の招待であれば、しませんな。ですが、金縁の赤い薔薇の封がされた招待状は特別でしてね。これは、贈られた者に『大魔公への昇格を認める』というまことにめでたい意味があるのですよ」
「え!? ってことはあれか? もしかして……コリン、貴族になるのか!?」
ヴェルダンディーの説明を聞き、アシュリーだけでなくその場にいる全員が驚く。ついに、コリンが爵位を得て貴族になろうとしているのだ。
この話が広まれば、あらゆる国の王侯貴族が仰天することになるだろう。コリンが嬉し泣きするのも、致し方ないことだ。
「マジか……コリンがマジモンの貴族になるのかぁ。って、元々王族だったなコイツ」
「でも、おめでたいわね~。わたしたちもお祝いしてあげなくっちゃ~。ね、シュリ?」
思いがけない吉報に驚きつつも、アシュリーとカトリーヌはコリンの門出を祝うことを決める。ようやく泣き止んだコリンは、二人に礼を述べた。
「うう、ありがとうのう二人とも。しかし、わしの予想よりもずいぶんと早かったのう、招待状が届くのが。てっきり、あと三年くらいはかかるものかと」
「ええ、我輩もそう思っていたのですがね。想定外の出来事がいくつか重なりまして、今回急遽若君を招くことになりました。詳しくは、後ほどマリアベル殿からお聞きください」
「うむ、そうさせてもらいまする。師匠、あなたも今回のラーカに?」
「無論、参加致しますぞ。若君の門出を祝う、特別な宴ですからな。……では、我輩はこれにて。あまり長居すると、ファルダ神族に気付かれてしまいますので。それでは皆様、良い一日を!」
そう言い残した後、ヴェルダンディーの身体が闇に包まれいずこかへと消え去った。静寂が戻った後、コリンは空いている方の拳を握り締める。
「ラーカへの参加が決まった以上、グズグズしてはおれぬ。早速準備にかからねば! アシュリー、カトリーヌ、済まぬがアニエスたちを至急呼び戻してほしいのじゃ。大事な話があるでな」
「おう、分かった。待ってな、すぐ呼ンでくっから」
コリンに頼まれ、アシュリーたちは帝都観光を楽しんでいるアニエスたちを探しに行く。数十分後、全員を見つけ、アルソブラ城に向かう。
リビングに集められたアシュリーたちは、コリンと対面する形でソファに座る。一部始終を聞いたアニエスたちも、コリンのように興奮していた。
「やったね、ししょー! ボク、自分のことみたいに嬉しいよ! 三日後が楽しみだね、そわそわしちゃうなぁ!」
「せやなぁ、まさかコリンはんが爵位持ちのお貴族さんになるとは思わへんかったわ。ウチもびっくりやで」
「マリス、誇らしい。コリン、凄い、かっこいい、かわいい。奉る」
「いや、奉りはせんでよい。……こほん。と、まあこんな感じでめでたい気分なのじゃが。そなたらに、言わねばならぬことがあるのじゃ」
キッチリ襟を正し、コリンは真剣な表情でアシュリーたちにそう告げる。彼の後ろに控えるマリアベルも、神妙な面持ちだ。
「……パパ上とママ上に口止めされ、そなたたちに言えなかったことがある。これまで話せなかったことを、まずは詫びさせてほしい。本当に、済まなかった」
「気にすンなって、コリン。何か事情があるンだろ? 竜人の小娘からある程度聞いたよ。ソレを話してくれるンだろ?」
「うむ。今こそ、わしの正体とパパ上の本当の出自をみなに告げたいと思う。まず一つ、わしのパパ上……フリード・ギアトルクは大地の民ではなく、神なのじゃ」
アシュリーたちに、コリンはこれまで隠していた情報を打ち明ける。ここまではイザリーから聞いていたため、乙女たちはさほど驚かない。
だが、次に発せられた言葉を聞き、彼女たちは驚愕することになる。再び口を開き、コリンは――。
「パパ上は……邪神ヴァスラサックが産んだ子どもなのじゃ。天上の神々の系譜に連なる、闇の神なのじゃよ」
とんでもない真実を、仲間たちに伝えた。