82話―戦争の終わり
戦いが終わってから、すぐ後。モリアン率いる第二陣、第三陣によって二重帝国に巣食う教団の残党の掃討が終わった。
教団の基地を見つけ出し、残っていた信者たちを捕らえ牢獄に送る。基地内を探索していたカトリーヌたちは、オラクルの私室から資料を見つけた。
「ねえ、みんな。これを見て~、暗殺計画の指示書よ~これ」
「お、でかしたなカトリーヌはん。えーとなになに……この前の歌姫暗殺についての計画が書かれとるな。うわっ、ミッチリ文字が詰まっとるわ」
カトリーヌが見つけたのは、先日起きたイザリーを狙った暗殺計画についての資料だった。中身を読んでいたエステルたちは、あることに気付く。
「ねえねえ、ここの部分……『バーウェイの一族は、何があっても滅ぼさねばならない。女神の子の意志を継ぐ者として』って書いてあるよ。一体、何のことだろうね?」
「う~ん、よく分からないわね~。合流したら、コリンくんに聞いてみましょ~」
オラクル・ゼライツがイザリーの殺害に固執していた理由の一端が記されているようだが、どのような意味があるのか彼女らには分からなかった。
ひとまず資料を持ち帰り、詳しい事情を知っているかもしれないコリンに聞くことにしたようだ。他に目ぼしいものもなく、外に出る。すると……。
「おお、みんなおるようじゃな。おーい、わしらも来たぞよー」
「あら~、コリンく……シュリ!? あらあら、久しぶりね~、元気だった~?」
「よお、カティ。アタイは元気だぜ。そっちも元気そうだな! ははは!」
なんと、基地の外にはコリンとアシュリー、マデリーンにイザリーの四人がいたのだ。どうして彼らがここにいるのか、コリンが説明を始める。
「実はのう、マデリーン殿の仲間がバラホリックシティに買い出しに行った時に教団討伐の話を聞いたようでな。わしらに教えてくれたのじゃよ」
「ンで、アタイらもいっちょ加勢するかー! って、転移石とかいろいろ使ってこっち来たんだぜ? まあ、もう終っちまったみたいだけど」
「わしの傷の手当てに時間かかってしまったからの。ま、無事に終わったのなら万事良しとしておこうではないか」
どうやら、たまたま連合軍の出撃を知り助太刀に来たようだ。が、あと一歩のところで間に合わず、コリンは少し歯がゆそうな顔をしていた。
「うふふ、いいのよ~。助けに来てくれただけで嬉しいわ~。……ところで、さっき傷の手当てって言ってたけど何かあったのかしら?」
「アタシが説明させてもらうわん。実はねぇ……」
カトリーヌの質問に、今度はマデリーンが答える。劇場で離ればなれになってから、今日までに起きたことを全て。
コリンやイザリーの補足も交えつつ、話を聞き終えたカトリーヌたち。今度は自分たちの話をしようとするが、ちょうどそのタイミングで撤収の指令が下る。
「これで我々の仕事は終わった。帝都に帰還するぞ、全員撤収だ!」
「あら~、もう帰るのね~。じゃあ、続きは帰りながら話しましょ~」
「うむ、そうするかの。……ところでイザリー殿、なんでさっきからわしに引っ付いとるのじゃ?」
「えー? だって、コリンくんたくさん怪我したでしょ? だから、支えになってあげようかなーってね」
上々の成果を挙げ、いざ帰還……という時に、イザリーが仕掛ける。コリンにピッタリくっつき、身体を支えながら歩く。
それを見たカトリーヌやアニエス、マリスの目から光が消えた。イザリーからの宣戦布告であることを理解し、一気に不穏な空気が広がる。
「あらあら~、ならわたしに任せてくれていいのよ~? コリンくん一人くらい、楽々抱えられるもの~。ね~?」
「マリス、コリン運ぶ。背中乗せる、安全」
「ダメだよ? ししょーのお世話するのはボクの役目だよ? だって、一番弟子だからね。そこんとこ分かる?」
「だーめ、もう遅いよーだ。それにー、私はコリンくんに大きな恩があるからー、恩返ししないといけないんだもーん。だから、コリンくんのお世話は私がす・る・の。ふふっ」
四人の乙女たちの対抗心に火が付き、急速に空気が冷え込んでいく。治療してもらったとはいえ、まだ脚が突っ張って上手く歩けないコリンは、逃げることが出来ない。
「の、のうみんな。そんなピリピリしとらんで、もっと仲良くし」
「コリンくんはちょっと静かにしててね~? そのトカゲちゃんに、ワカラセしないといけないから~」
「賛成。ドラゴンの刺身、作る。天誅」
「うふふ、うぇひひ。ふふははひゃっひゃー!」
何とか場を納めようとするコリンだったが、凄まじい暗黒のオーラを放つカトリーヌたちの前ではあまりにも無力だった。
「いいよ。みんなまとめて相手してあげる。さあ、かかってきなさーい!」
「しゃあああああああ!!!」
イザリーの啖呵を発端とし、とうとう取っ組み合いのガチンコバトルが始まってしまった。その隙に、コリンはそろりそろりと離脱する。
「……エステル、アシュリー。わしらは今のうちにずらかるとしようぞ」
「せやな。ほな、はよ帰ろ帰ろ」
「気付かれるなよ、見つかったら死ぬぞこれ」
「うふふ。いいわねぇ、みんな。青春してるわぁ~」
大乱闘を繰り広げる娘たちを見ながら、マデリーンはそう呟くのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「みな、よく戻ってきた! マーゼットやモリアンから話は聞いたぞ。作戦への協力、心から感謝する!」
「わしも参加出来ればよかったのですがのう。まあ、結果的にオラクルを二人とも仕留められてよかったといったところじゃなあ」
「せやせや。巡り巡って、みんなの頑張りが実を結んだっちゅーことやな!」
数時間後、無事オルダートライン城に帰還したコリンたちはダールムーアと謁見していた。作戦の成功の立役者たちに、皇帝は礼を述べる。
それに対し、コリンとエステルは笑いながらそう答えた。その遥か後ろでは、ズタボロになったカトリーヌたちが正座させられていた。
顔面に『反省中』と書かれた張り紙を付けられた、マヌケ極まりない姿で。
「あ、せやせや。皇帝はん、教団の基地からこんな資料めっけたんよ。連中がバーウェイ家暗殺のために練った計画書や、一応渡しとくで」
「お、そりゃ済まねえな。ありがたく預かっとくぜ。……しかし、あいつらはなんでそこまで歌姫暗殺にこだわったんだろうなぁ?」
エステルから渡された資料を読みながら、ダールムーアはそう呟く。それを聞いたコリンは、帰り道に聞かされた話を元に自分の推測を話し出す。
「陛下、恐らくかの兄妹は邪神に仕えた神官の一族の末裔なのでしょう。昔、パパ上からこんな話を聞いたことがありまする。邪神には六人の子がおり、それぞれに仕える神官たちがいた、と」
「ああ、なるほどねん。だいたい話が見えてきたわ。つまり、あの兄妹たちはアタシのご先祖様に呪いをかけた邪神の子に仕える一族の末裔だったかもしれない、ってことね? コリンちゃん」
「左様じゃ、マデリーン殿。恐らく、そなたらの先祖に敗れ倒された主君の敵討ちをするつもりだったのじゃろうな。バーウェイの血を絶やせば、亡き邪神の子の慰みになると思ったのじゃろうなぁ」
もっとも、これまで述べたのは全てコリンの仮説。真相を知る兄妹がもう死んでいる以上、真偽は闇の中だ。
「ま、もうそんなこたぁどうでもいいさ。みんな無事生きてるんだからな! さあ、盛大な宴を開くぞ。平和が戻った記念に、パーッとやろうぜ!」
「お、いいねぇ。アタイ、もう腹減っちまって。たらふく飯食うぜー!」
「おーー!!」
小難しい話は終わりとばかりに、ダールムーアはそう宣言した。それにアシュリーが乗っかり、さらにコリンたちも同調する。
その日は、夜通し宴が繰り広げられたのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「よう、ダズ。久しぶりだね。どうだい、そっちは相変わらず忙しいのかい?」
『ああ。何しろ、冒険者ギルドを総括する立場だからな。毎日毎日、目が回りそうなほど忙しいぜ。……連絡寄越してきたってことは、もうそっちは終わったのか? レイ』
「もちろんさ。アシュリーは無事、星遺物を継承したよ。これで、アタシもひと安心ってところさね」
城で盛大なパーティーが行われている頃、二重帝国の西にある田舎町にレイチェルの姿があった。連絡用の魔法石を使い、夫のダズロンと話をしている。
『そうか、ならよかった。これであいつも、幼馴染みのカトリーヌに劣らない立派な後継者になったわけだ。ハッハハハ!』
「たっぷりシゴいてやったからね。今度のスター・サミットに間に合うようにさ」
『おっと、そういやもうそんな時期か。今年は星歴七百十四年……三年に一度の、大事な会談があるんだったな』
星空が見えるカフェテラスにて、熱々のコーヒーを飲みながらレイチェルは笑う。自分の役目を果たせたことに、ホッとしているようだ。
彼女から話を聞いたダズロンも、娘の成長を知り嬉しそうにしている。これでカーティス家も安泰……と喜んでいた。
「今度は、裏方として忙しくなるよ。ま、今はのんびり骨休めするけどね。どうだい? 今度久しぶりに二人で旅行でもしようじゃないか」
『そうだな、たまには仕事を部下に投げてもバチは当たらねえよな! よし、楽しみにしてろよなレイ。好きなとこに連れてってやるからよ』
「ああ、楽しみにしてるよ。ふふ」
未来を紡ぐ者たちへ継承を果たしたかつての戦士たちは、穏やかな笑みを浮かべる。そんな彼女たちを、大きく欠けた月が見下ろしていた。




