81話―雪原に舞う乙女たち
ヴェルビントンの町から、北に十数キロほど離れた場所に広がる雪原。その一帯は、星騎士とオラクルがぶつかり合う戦場と化していた。
「ナノ・ウィップソード! 二人まとめて、なます切りにしてやろう!」
「そうはいかないわ~。返り討ちよ、氷撃鎚バハクで挽き潰してあげるわ」
「マリス、負けない。お前、殺す!」
オラクル・ゼライツは剣を構成するナノボールの配列を変え、鞭のようにしなやかな蛇腹状の刃となる。刀身も増長され、飛躍的に射程距離が伸びた。
二振りの鞭剣が力強く振られ、カトリーヌたちに襲いかかってくる。相手の攻撃に対し、二人は正反対の防御行動に出る。
「結構厄介ね~。でも、タワーシールドで防げるなら怖くないわ!」
「マリスは、風。攻撃、見切る。絶対、当たらない。かする、あり得ない!」
カトリーヌは盾の頑丈さと、破損時のリカバリーしやすさを頼みに攻撃を受け止め。マリスは風に舞う木の葉のような軽やかな動きで攻撃を避ける。
それぞれに合ったやり方で鞭剣の苛烈な斬撃を捌き、少しずつ前進していく。マリスはともかく、カトリーヌは武器の射程まで接近しなければならない。
「カトリーヌ、援護する。剣、撃ち抜く。破壊する。その隙、近付く、殴る!」
「させると思うか? ガルダの小娘。言っておくが、俺の武器がこの剣だけだと思うな! ショルダーアーマー、トランスフォーム! ミニマムボウガン!」
攻撃態勢に入るマリスに対し、オラクル・ゼライツはそう叫ぶ。両肩のアーマー部分の構造が変わり、小さなボウガンになった。
マリスの攻撃よりも先に、ボウガンから針が発射される。狙いは、相手の目。正確無比な射撃を前に、マリスは回避に専念せざるを得なくなる。
「針、速い! 避ける、大変。反撃、不能!」
「困ったわね、こうなったらもう一度よ。アイスボール・ショット!」
攻撃の隙間を縫い、カトリーヌは再び氷の塊を作り出す。ハンマーを叩き付けて勢いよくカッ飛ばし、オラクル・ゼライツを攻撃する。
「また同じ攻撃か。そんなもの、俺には効かん。ハチの巣にしてくれる!」
「ええ、いいのよ~それで。これでボウガンの矛先が変わったわ、今よマリスちゃん!」
「しまった、狙いはそれか!」
飛来してくる氷の塊を木っ端微塵にするべく、ボウガンの向きが変わる。その瞬間、待ってましたとばかりにカトリーヌが叫んだ。
マリスが攻撃するための隙を作る、そのための囮。カトリーヌの作戦は、見事成功した。マリスは素早く矢をつがえ、一気に放つ。
「勝機! ストームエンド・アロー!」
「ぐうっ! チッ、片腕を持っていかれたか。咄嗟に避けてはみたが、完璧には避けきれなかったな」
「惜しい。あと少し、心臓射抜く。残念」
オラクル・ゼライツは咄嗟に横に飛び矢を避けようとする。だが、隙を突いて放たれたため完全に避けることは出来なかった。
右腕の根本を貫かれ、風圧でちぎれ飛んだ。致命的な負傷のはず……なのだが、どこか余裕を感じさせる態度を見せる。
相手の様子に違和感を抱き、カトリーヌは逆に距離を取って守りを固める。彼女の星騎士としての勘が、近付いてはならないと警鐘を鳴らしているのだ。
「カトリーヌ、下がる。何故? 今、チャンス」
「……いいえ、違うわマリスちゃん。今近付いていたら、やられていたのはわたしよ。ほら、あれを見て」
「なんだ、気付いていたのか。洞察力か、勘の良さか……どちらにせよ、優れているのは間違いないな」
次の瞬間、ナノボールが集まり一瞬でオラクル・ゼライツの右腕に変化する。生身ではなくなったからか、カギ爪を備えた異形となっている。
「もしあのまま接近していれば、即座にコイツで切り刻んでやったのだが……まあいいさ。そろそろ遊びは終わりにしよう。ナノ・スパイダーウェブ!」
「きゃっ! か、身体が動かない!」
「これ、離れない。どんどん、張り付く。これ、まずいかも」
オラクル・ゼライツは右手を前に向け、五本の指全てを伸ばす。クモの巣のように複雑に絡み合い、カトリーヌたちを捕らえ束縛する。
粘着性のある液体が分泌されているようで、絡め取られた二人は動けなくなってしまう。まるで、クモの巣にかかった蝶のように。
「だいぶ手間取らせてくれたが、これでゲームセットだ。このウォーゲーム、勝者はこの俺だな」
鞭剣の刀身を真っ直ぐに並べ、オラクル・ゼライツは二人にトドメを刺すべく近寄る。何とか脱出しようともがくカトリーヌに、挑発の言葉をかけながら。
「無様な姿だな。コーネリアスも今のお前たちを見れば、さぞ落胆するだろう。もっとも、今頃は妹の手であの世に行っているだろうが」
「……それはどうかしら。あなたに一つ、いいことを教えてあげる。勝ち誇るのに一番いいタイミングはね……相手の首をはねた後なのよ!」
「何を言って――!? なんだ、この砂は! これはまさか!」
カトリーヌの言葉を訝しむ中、足元に違和感を覚えたゼライツは下を見る。すると、雪の中から大量の砂が湧き出しているのが見えた。
「遅くなってえらいすまへんなぁ、お二人さん。でも、ちゃぁんと間に合ったで。どや、たいしたもんやろ?」
「貴様は! バカな、ナノボールの排除を完了させたというのか!?」
「せやで。アンタさんの意識がこっちに向いとらんかったから、案外楽やったわ。ちゅーことで……やったりぃや、アニエス!」
「はいはーい、いくよ! スパイラル・ムーン・スラッシャー!」
洗脳解除を完了させたエステルと、教団の戦士を全滅させたアニエスが助け来たのだ。大きく跳躍したアニエスが飛び込み、錐揉み回転しながら剣を振るう。
カトリーヌたちを捕らえていた指が全て切断され、自由の身となる。直後、すかさずエステルが砂を操りオラクル・ゼライツの身体を包み込ませる。
「ぐっ、鬱陶しい砂め! こんなもの、ナノボールで引き剥がしてやる!」
「ムダやで、アンタはもうウチの砂からは逃れられへん。サソリ忍法、地獄砂固めの術!」
エステルはナノボールを砂で覆うことで、機能不全に追い込む。洗脳解除を繰り返すうちに、コツを掴んでいたようだ。
「バカな! 俺のナノボールは……【M・K:ウォーゲーム】は無敵の魔法。それが、こんなところで破られる、など……」
「この世に無敵なんてものはないわ。さあ、今度こそトドメよ! いくわよマリスちゃん! 合体奥義……」
「ヘイルストーム・アロー!」
カトリーヌの巻き起こした冷気が、マリスの放ったと一つになる。凍てつく北風を纏う矢が、オラクル・ゼライツを貫いた。
「ぐっ、がはっ!」
「うわーい! やったね、大技炸裂ぅ!」
胴体を貫かれたオラクル・ゼライツは、よろよろと数歩後ずさる。致命傷を負ったことでナノボールを制御出来なくなり、鎧が崩壊していく。
ついにゼライツ自身も崩れ落ち、地に膝を突くことになる。激しい戦いは、カトリーヌたちの勝利で幕を下ろすこととなった。
「負けた、のか。この俺が……星騎士の末裔どもに」
「ええ。個々の実力だけで言えば、わたしたちはあなたに及ばないわ。でも、わたしたちには固い絆がある。あなたは、その絆に敗れたのよ」
「絆……か。もし、ここに妹が……メイラーがいてくれたら。俺が……勝っていたかも、しれんな」
そう口にした瞬間、オラクル・ゼライツの第六感が働く。遥か北の地で、妹が敗れ死んだことを直感で理解したのだ。
「ああ……お前も、負けたのか。なら、共に逝こう。我が愛しき、妹よ……」
微笑みを浮かべながら、ゼライツはうつ伏せに倒れ事切れた。兄妹によって引き起こされた事件は、彼らの死によって幕を閉じた。
多くの犠牲を出しながらも、雪と氷を抱く帝国に今――平和が、戻ったのだ。




