79話―全面戦争開始
時は少しさかのぼる。オラクル・メイラーが館への攻撃を開始しようとしているのと時を同じくして、ヴェルビントンの町に戦士たちが集結していた。
マーゼットから連絡を受け、町の北にある温泉地帯に巣食うヴァスラ教団を討伐するために集ったのだ。帝国騎士だけでなく、ハンターや冒険者もいる。
「ぎょうさん集まったなあ。百人はおるんちゃうか? これ」
「まあね、ワープマーカーや転移石を使えばすぐさ。万が一の事態に備えて待機してる第二陣や第三陣も合わせれば、六百は越えるよ!」
教団討伐のために集まってきた者たちで、町はすし詰め状態だ。ある種壮観な光景に、エステルが感心したように呟く。
それに対し、マーゼットは自信満々に答える。決戦の準備は、キッチリ整っているようだ。
「マーゼット、俺は連絡の中継をするためにここに残る。第一陣の指揮は任せたぞ」
「はいはい、りょーかいっすモリアン将軍! んじゃあ、みんな行くよ! しゅっぱーつ!」
「おおーーー!!」
討伐部隊の第一陣が、いよいよヴェルビントンを出発する。雲一つない快晴の空の下、飛竜に跨がった騎士や、スノーウルフが引く狼ソリに乗った冒険者やハンターたちが北を目指す。
「今日は晴れててラッキーだね。これなら移動も戦闘も手間取らないで済むし!」
「そうね~、でも油断しちゃダメよアニエスちゃん。わたしたちだけでなく、敵にとっても戦いやすい天候ってことだもの~」
「教団、地の利ある。隠れる、潜む、有利。奇襲、警戒いる。浮かれる、よくない」
「ちぇー、分かってますよーだ。でも、ちゃんと周りに気を配ってないとね。いつどこから攻めてくるか分からないし」
目的地に向かいながら、アニエスたちは温泉が湧く岩場地帯を目指す。一方、教団側は……。
「オラクル・ゼライツ、百近生命反応が接近してきます。恐らく、帝国騎士団かと」
「それだけではないだろうね。確実に、冒険者やハンターたち……そして、例の星騎士の末裔たちが混ざっている。フッ、豪華な連合軍だな」
岩場の奥、地の底へ続く洞窟の中に存在する教団の基地にオラクル・ゼライツとその腹心、マドックがいた。カトリーヌたちの動向は、すでに捉えているようだ。
「部隊を差し向け、こちらから先制攻撃しますか?」
「部隊は使わない。もっと便利な駒があるからね。さあ、ゲームの時間だ。神託魔術……【M・K:ウォーゲーム】発動!」
オラクル・ゼライツが指を鳴らすと、手首を構成するパーツが展開する。妹同様、自動人形である彼の身体にはある秘密があった。
手首に出来た穴から、蚊のように小さく丸いナニカが無数に飛び出してくる。指令室を飛び出し、基地の外へと殺到していく。
「さあ、味方同士殺し合うがいい。我がナノボールが体内に入ったが最後……もう、逃れるすべはない。みな俺の操り人形だ。ふふ、ふふはははは!!」
椅子に深く座り、オラクル・ゼライツは水晶玉から映し出される映像を眺める。映っているのは、基地に向かってきている連合軍だ。
すでに敵の攻撃が始まっているとも知らず、騎士たちは一路北を目指す。先頭を進むのは、飛竜に乗った四人の騎士たち。
「ここまでは何もないな。怪しいものどころか、人っ子一人見当たらない」
「どこかに隠れて、こっちの様子を窺ってるのかもしれん。油断しないようにな、皆」
目を皿のようにして地上を見渡し、些細な異変も見逃すまいとする四人。そこに、オラクル・ゼライツが放ったナノボールが飛んでくる。
ナノボールは敵を察知し、速度を上げて接近していく。そして、一番前にいた騎士と、彼が跨がっている飛竜の口の中に飛び込んだ。
「ん? なんだ、雪の粒でも入ったかな……!?」
「グルッ、ガルァ……」
「おい、どうした? いきなり止まって……うわっ!」
「か、身体が勝手に! 誰か、俺を止めてくれぇ!」
その直後、異変が起こる。自分の意志に反して、騎士と飛竜の身体が勝手に動き、仲間を攻撃しはじめたのだ。
突然のことに戸惑いながらも、残りの三人は仲間を止めようとする。だが、そんな彼らの体内にもナノボールが侵入し……。
「え? あ……なんで? なんで俺たちまで身体が勝手に!?」
「止まれ、止まれ! そっちじゃない、味方に突っ込むのはまずい……!」
ナノボールを介し、オラクル・ゼライツによって操られた騎士たちは進路を反転させて味方に突撃していく。彼らの身に起きたことを知らない後続の騎士たちは、先発隊が戻ってくることに首を捻る。
「ん? あいつら戻ってくるぞ。何か見つけたのかな」
「だとしたら、発煙砲で知らせてくるはずだ。あるいは、口頭で伝えないといけないくらいのものを……うわっ!? な、何をするんだ!」
「みんな、逃げろ! 俺たチから……早ク、逃ゲ……」
操られた騎士たちが、仲間に攻撃を始める。精神への侵食も始まっているらしく、目から光が消え、話し方も抑揚のないものに変わっていく。
「なんだ? 空中の奴ら、仲間割れしてるぞ?」
「何がどうなってるんだ? なんかヤバそうな空気に……おあっ!」
騎士団だけでなく、ナノボールの脅威は地上を進む冒険者やハンターの一団にも迫る。ソリを引くスノーウルフが洗脳され、反旗をひるがえしたのだ。
「グルルルルルル……」
「おい、どうした? まて、落ち着け! 伏せ、伏せを……うわあああ!!」
「ギャウンッ! ガアァァァ!!」
「だ、誰か! 助け、助けてく……ぎゃああ!」
ソリから放り出され、まともに抵抗することも出来ず冒険者やハンターたちはスノーウルフの群れに食われてしまう。
後ろの方にいたカトリーヌたちも、否応なしに異変に巻き込まれる。ナノボールを吸い込んだ仲間たちに襲われ、仕方なしに返り討ちにしていく。
「なんや、一体何が起きとんのや!? みんなおかしくなっとるで、こんなん普通とちゃうぞ!」
「むむむ……感じる、なにか得体の知れないモノがそこらじゅうを漂ってるような……。不穏な魔力をたくさん感じるよ!」
星騎士の血がナノボールの力から守ってくれているらしく、幸いにもカトリーヌたちは洗脳されずに済んでいた。だが、このままでは連合軍が壊滅してしまう。
そう危惧していると、おもむろにマリスが指を伸ばして空中を漂うなにかをつまむ。彼女がつまんだのは、ナノボールだった。
「みんな、変なの見つけた。たぶん、これ元凶」
「ちっちゃ! なにこれ、この丸いのがみんなをおかしくしてるの? ていうか、よく見つけたねマリスちゃん!?」
「マリス、視力ある。暗闇でも、五メートル先、見える。これくらい、朝飯前。えへん」
マリスのファインプレーにより、事態を打開するための光明が見えてきた。その時、タイミングよくマーゼットがやって来る。
「みんな、大丈夫!? いきなりあちこちで仲間割れが始まって、もう何がなんだか」
「将軍、仲間割れの原因が分かったわ~。見て、このちっちゃくて丸いのがそうよ。これがみんなの体内に入って、狂わせてるのよ~」
「なるほど、そういうことなのか! よーし、だったら! あーあー、全軍に告ぐ! 現在、我々は敵の攻撃を受けています! 無事な者は各自、魔力結界で頭部を覆って保護すること! いいね!?」
カトリーヌから話を聞いたマーゼットは、即座に連絡用の魔法石を取り出し仲間たちに通達する。ナノボールの侵入さえ防げば、操られることもない。
運良く操られずにいた者たちは、すぐに魔力のヘルメットを作り頭をすっぽり覆う。後は、洗脳されている者たちをどうにかするだけだ。
「視界確保のために兜を被ってこなかったのがまずかったね……。さて、すでに操られちゃってる人たちはどうしようか」
「なら、ウチに任せといてや。何とか、砂を使って体内からタマッコロを追い出せへんかやってみるさかいな」
「ええ、頼んだわエステルちゃん。その間に私たちは……教団の悪いこたちを倒しておくわね~」
エステルが名乗り出ると、カトリーヌが頷く。直後、連合軍を取り囲むように多数の魔法陣が出現する。大きな被害を被った彼らにトドメを刺すべく、教団の部隊が現れたのだ。
「相変わらずひきょーなことばっかりしてくるね、教団は。でも、ボクたちが返り討ちにしちゃうもんねーだ!」
「マリス、頑張る。後で、コリン誉めてもらう。やる気出す」
「うふふ、そうね~。ここでたくさん敵を倒して、コリンくんに自慢しちゃいましょうか。さ、行くわよ~みんな」
壊滅の危機を乗り越え、カトリーヌたちは反撃に出る。全面戦争は、山場を迎えようとしていた。




