78話―明かされる秘密
アシュリーとオラクル・メイラー、二人の戦いに決着がついた。全身を穿たれ、半壊状態になったメイラーが地面に落ちてくる。
誰がどう見ても、彼女はもう動けないし助からない。それでもなお、オラクル・メイラーは立ち上がろうと足掻く。
「まだ、ダメよ……。こんなところで倒れたら、お兄様に申し訳が立たない……耐え忍んできた八年の積み重ねが、無意味に……」
「やめときな。もうお前は負けたんだ。それ以上動けば、余計に苦しむだけだぜ」
敗北してなお諦めない相手に、アシュリーはそう声をかける。直後、両腕が崩壊したオラクル・メイラーが倒れた。
「うっ! くぅっ……」
「痛々しい姿をいつまでも晒すのは可哀想じゃ。アシュリーよ、最後の情けをかけてやってはどうじゃ?」
「ああ、そうさせてもらう。……けど、その前にだ。一つ聞かせろ。おフクロが言ってたンだがよ、お前らが殺した貴族の一家はある物を守ってた。お前たちは、ソレを奪うために事件を起こしたのか?」
虫の息なメイラーに、アシュリーは問う。どうやら、コリンたちの知らない情報を掴んでいるようだ。彼女の言葉に、メイラーは頷く。
「……どうせ、もう死ぬんだもの。いいわ、教えてあげる。そうよ、私とお兄様があの貴族の一家を皆殺しにしたのは、女神復活に必要となるキーを奪う……いえ、取り戻すため」
オラクル・メイラーはそう言うと、ニヤリと笑う。すでに目的の物を手に入れた余裕からか、死に瀕してなお余裕があった。
「何じゃと? 女神復活のキーとな?」
「そう。この大陸の各国と、東の果ての島……計六つの国に、一つずつ封印されているのよ。女神ヴァスラサックの魂の欠片、神魂玉がね」
「なるほどな。つまり、てめーらはソレを盗むために今回の事件を起こしたっつーことか」
「ふふ、そうよ。この国に封印されていた【瑠璃色の神魂玉】を含め、すでに三つを集めたわ。ゼビオン帝国とロタモカ公国の分をね」
その言葉に、コリンとアシュリーは顔を見合わせる。すでに撃破しているオラクル・ベイルとロルヴァは、己の仕事を果たしていたようだ。
さらに詳しい話を聞き出すべく、コリンは足を引きずりながら相手に近付く。メイラーの身体をひっくり返し、仰向けにする。
「もっと詳しゅう話せ。お主の仲間は、いつ神魂玉を奪った?」
「あなたがこの大地に来るよりも……うぐっ、前よ。とっくのとうに……【翡翠色の神魂玉】と【紫電色の神魂玉】は手に入れた。まだ総本山に運ばれてはいないけれど……ガルダ草原連合に封印されている【銀陽色の神魂玉】も、すでに……」
オラクル・メイラーの話を聞き、コリンは難しい表情を浮かべる。彼女の言葉が真実なら、女神の復活に必要な宝玉は半数が奪われているのだ。
さらに言えば、四つ目の神魂玉も実質的に敵の手中に落ちているのと同じ。無事な神魂玉は二つしか残っていない。
「本当はね、各国の侵略なんてどうでもいいの。だって、本命は神魂玉なんだから。ふふふ……」
「舐めたこと言いやがる……! その本命じゃねえ侵略行為で、どれだけ多くの民が傷付いたと思っていやがる! もう頭にきたぜ、その顔を焼き溶かして」
「待て、アシュリー。最後にもう一つだけ、こやつから聞きたいことがある。オラクル・メイラーよ。貴様たちの組織は……天上との繋がりがあるのか?」
あまりにも人を舐めきったことを平然とのたまうオラクル・メイラーに激昂し、アシュリーは槍を振り下ろそうとする。
しかし、コリンがそれを制止しつつ別の質問を行う。すると、メイラーの表情が変わった。勝ち誇った笑みが消え、困惑の表情が広がる。
「何を……言っている? 天上の神々? そんなの、私の方が知りたいわ。教団発足から数百年、ずっと神々とコンタクトを取る方法を探しているんだから」
「そうか。いや、よかったわい。もしそなたらを天上の神々が支援しているのなら――神々との全面戦争をも辞さぬところじゃったわ」
ホッとしたように胸を撫で下ろした後、コリンは冷徹な声でそう呟く。あまりにも冷たい響きに、メイラーだけでなくアシュリーも息を呑む。
「さて、これで知りたいことは全部知れた。さ、もう息絶えてよいぞ」
「ふざけた、ことを……! でも、これで勝ったと思わないことね。お兄様は、私より……強い、わ。簡単に……勝てる、わけ……が……」
最後にそう言い残し、オラクル・メイラーは息絶えた。アシュリーは雪をかけて埋葬してやった後、槍を消しコリンを抱き抱える。
「さ、傷の手当てしに戻ろうぜ。肩と脚貫かれてんじゃ、まともに歩けないだろ? 担いでってやるよ」
「それはありがたいんじゃがのう、なんでお姫様抱っこなんじゃ? ……少し、恥ずかしいのじゃがの」
「んー? そりゃあよ、久しぶりに会ったコリンの顔をじっくり見たいからに決まってるだろ? へへ、顔赤くしたコリンも可愛いな」
「むう……か、からかうでないわい!」
大きく成長したアシュリーに抱っこされたコリンは、ぷいっと顔を背ける。そんなコリンをからかいながら、アシュリーは雪原を歩いていった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「いてて、いてて! マリアベル、もうちっと優しく手当てしてほしいのじゃ!」
「そうは言われましても、消毒をしなければいけませんから。お坊っちゃまは強くてかっこいい我慢の子、これくらいは耐えられるでしょう?」
「む、当然じゃ! 多少しみるくらい、どうってことないわい!」
十数分後、館に戻ったコリンはマリアベルに傷を手当てしてもらう。脅威が去ったことで、城に一時避難していた一座のメンバーたちも戻ってきた。
オラクル・メイラーの攻撃で壊された館を修理するべく、マデリーンの指揮の元工具片手に作業に当たっている。
「それにしても、驚きしましたよ。このような形で再会することになるとは。ねぇ、アシュ虫さん?」
「……相変わらずだな、おめぇは。まあ、アタイも思っちゃいなかったよ、もうちっと感動的な再会をするつもりだったんだけどなー」
二階の医務室にて、マリアベルとアシュリーはそんな会話を行う。予期しない形での再会に、二人とも苦笑していた。
「そういえば、この半月ほどどんな修行をしておったのじゃ? アシュリーよ」
「うっ……! お、思い出したくもねえぜ……。吹雪の中、まともに動けねークソ重いプロテクター付けられた状態で放置されたり……めっちゃデカいフロストグリズリーと戦わされたり……控えめに言って地獄だったぞ」
「なるほど、大変じゃったのう」
「まあ、おかげで無事星遺物……フラウルダインを継承出来たしな。ってかよ、こっちも一つ聞きてえんだけどさ。何でカティたちがいねえンだ?」
「あー……実はのう、運命のいたずらと言うか、なんと言うか……」
コリンの問いに、アシュリーは顔を青くし、身体を震わせながらそう答える。あまりにも過酷な修行の日々を思い出し、拒絶反応が出ているようだ。
少しして落ち着いた後、今度はアシュリーがコリンに質問する。脚に包帯を巻いてもらいながら、コリンはこれまでの一部始終を話す。
「はははははははは!! おいおい、とうとう舞台にデビューしちまったのかよ! アタイも見たかったぜ、コリンの勇姿をよぉ」
「ご安心ください。城からバッチリ水晶に録画しておりますので。後でお見せします」
爆笑しながら膝を叩くアシュリーに、マリアベルがとんでもないことを言い出す。椅子から飛び上がらんばかりに驚き、コリンは慌てて止めようとする。
「!!?!!??!?! な、なんじゃと!? マリアベル、そなたいつの間に! ダメじゃ、絶対見せてはならぬ! 恥ずかしすぎて爆発してまうわ!」
「いやー、そんなに慌てるンじゃあよ、余計見たくなるってもンだぜ! なぁ、お・う・じ・さ・ま?」
「ぬ、ぐぬぬぬぬ……アシュリーのアホーーー!!」
「あべじゃっ!」
恥ずかしさが限界を越えたコリンは、杖を呼び出しおもいっきりアシュリーに投げつける。顔面にクリティカルヒットを食らい、アシュリーはひっくり返った。
「おおおおおおおお……!!! は、鼻が……鼻がぁぁぁぁ……!!」
「マリアベルも反省するんじゃぞ! 後でおしりぺんぺんじゃからな! 百倍じゃからな!」
「かしこまりました。むしろウェルカムです、お坊っちゃま」
ほのぼのとした雰囲気の中、じゃれあうコリンたち。だが、彼らは知らなかった。今この瞬間、カトリーヌたちが壮絶な死闘を繰り広げていることを。




