75話―教団からの宣戦布告
三十分後、情報収集を終えたカトリーヌたちは町の中央にある閑散とした広場に集合していた。各々が集めた情報を交換し、吟味する。
「やっぱりみんな、北の温泉地帯のことを言ってるのね~。その荒行をしてる人たち、どれだけ怪しい見た目なのかしら~?」
「さあなぁ、会ってみぃへんことには分からへん。でもま、少なくとも普通じゃあないわ。いくら温泉が湧いとるからって、野外で生活しとったら死ぬで?」
エステル以外も、北の温泉地帯とそこで修行をする一団の存在を町の住民から聞いたようだ。現時点では白とも黒とも言えないが、調べる価値はある。
「じゃあさ、その温泉地帯に行ってみようよ。もしシロだったら、帰りに温泉楽しめるし!」
「いいねー、私は賛成! ……その前に、そこの路地裏からこっちを見てる人を取っ捕まえないとね?」
「! まずい、気付かれた……クソッ!」
温泉地帯を調べに行くことを決めた一同だが、その直後。マーゼットが怪しい人物に気付いた。路地裏に身を潜めていた男は、慌てて逃げようとするが……。
「逃がさないもーん! プラントバインド!」
「うわっ、つ、つるが! くそっ、離せ! 離せってんだ、このっ!」
「ざーんねーん、もう逃げられないよー。さあ、君が誰なのか教えてもらうよー? けっけっけー!」
アニエスは星遺物を呼び出し、地面に突き立てる。つるが伸びて男を捕らえ、広場まで引きずり出す。男はボウガンを持っており、これで狙撃するつもりだったようだ。
「これ、危ない。没収。捨てる」
「ウチらを狙ってきたっちゅーことは、もうコイツの正体は聞くまでもあらへんな。アンタ、ヴァスラ教団のメンバーやろ?」
「いや、違う! 俺は……」
「本当のことを言ってくれないと~、全身の骨が粉になるまで挽き潰しちゃうかも~? うふふ」
「教団の信者です! はい!」
おっかない笑みを浮かべながら拳をパキポキ鳴らすカトリーヌを見て、男はあっさりと正体を白状した。うっすらと開かれた目を見て、本気であることを悟ったのだ。
「やっぱりねー。んじゃ、他の騎士たち呼ばないと。皆で総攻撃仕掛けた方が安全だし」
「あなたの仲間のこと、教えてくれないかしら~? 情報一つにつき、骨一本の無事を保証してあげるわ~」
「……カトリーヌはんも、えらいサディストになってきおったな。コリンはんの影響やろか」
花が咲くような可愛らしい笑顔で、とんでもなく怖いことを言うカトリーヌを見てエステルは戦慄する。男はもうすっかり心が折れたようで、何度も頷く。
流石に全身の骨が粉になるレベルでへし折られるのは嫌らしい。もっとも、それを嫌だと思わない者がいるかは分からないが……。
「言う! 言う! 全部言います! 聞かれたら何でも答えます! 嘘なんて言いません!」
「そう? じゃあ聞くわ~。北の温泉地帯にいるって人たちは、教団の関係者なのかしら?」
「関係者どころかそのものです! 再興に向けて頑張ってる途中です! はい!」
冷や汗をダラダラ流しながら、男は必死に答える。マーゼットは通信用の魔法石を取り出しつつ、男の言葉を聞く。
「ああ、そういや八年前の教団掃討作戦でこの国にあった教団の基地はあらかた破壊したんだっけ。末端の構成員は大勢捕まえたけど、肝心の幹部には逃げられちゃったんだよねー」
「だから、再興してる? 教団、焦ってる。違う?」
「はい! そう、そうです! 当時も今も大わらわですよ。なんせ、二重帝国の監視は厳しいわ他の国を拠点にしてるオラクルからの援助が来ないわで……」
ダールムーアが言った通り、グレイ=ノーザス二重帝国は教団撲滅にかなり心血を注いでいたようだ。オラクルこそ取り逃がしたものの、教団の規模を大幅に縮小させることに成功したのだから。
「じゃあさ、例の殺人事件起こしたのもあんたたちなんでしょ? なんでそんなことしたのさ」
「う、そ、それは……! 俺も詳しくは知らない、ホントなんだ! オラクルしか知らない秘密の言い伝えがあって、それを実行するためにゼライツ様が――!?」
「なんや、どうしたんや? 急に動かなくなってもうたで」
尋問の途中、男の様子が一変する。饒舌だった語りがピタッと止まり、金縛りにあったかのように静止してしまう。
カトリーヌたちが訝しむ中、男の口が開く。そして――彼のものではない、ゾッとするほど冷たい声が聞こえてきた。
『……少し、話し過ぎたようだな。君たちは知る必要のないことを知ってしまったわけだ。これは、何が何でも消さないといけないね』
「その声……あなたが例のオラクルかしら?」
『その通り。我が名はオラクル・ゼライツ。偉大なる女神ヴァスラサックに仕える忠実なるしもべの一人。はじめまして、ウィンターの血を継ぐ者よ』
カトリーヌの呼び掛けに、オラクル・ゼライツは冷静に答える。底知れない不気味さを前に、一同の額を冷や汗が伝う。
『この八年、随分と我らの邪魔をしてくれたものだ。だが、それも今日で終わる。お前たちがその気なら、よろしい。全面戦争といこうじゃないか。こちらにもその準備が出来ている』
「へー、随分と強気だね。ボクたちに勝つつもりでいるんだ? お仲間のオラクルはもう三人も死んじゃってるのにね!」
『クク、例の少年……コーネリアス抜きのお前たちなど、爪牙を抜かれた虎のようなもの。恐るるに足る存在ではない』
アニエスの挑発に、ゼライツは飄々とした口調でそう返した。的確な表現に、アニエスは言い返せずぐぬぬと悔しそうに歯軋りする。
「むぐぐ、言ってくれるじゃないの! だったら、ボクたちだけでもお前たちを倒せるってことを教えてやる! 覚悟してろー!」
「そうよ~。わたしたちだって、立派な星騎士の末裔だもの。コリンくんだけに注意してると、足元を掬われるわよ?」
『果たしてそうかな? ククク、まあいいさ。例の少年の始末には、俺の妹が出向いている。愛しのコーネリアスの援護は期待出来ないぞ? 本当にお前たちだけで我らを倒せるのか……見物だな』
啖呵を切るカトリーヌたちに、オラクル・ゼライツは不穏な言葉を投げ掛ける。それを聞いたエステルは、ズンズン詰め寄る。
「なんやて!? おいコラ、どういうことや! もっと詳しく」
『話すつもりはない。すでにゲームは始まったのだ。どちらかが全滅するまで終わらない、死のウォーゲームが! 来るがいい、この町の北へ! 苦しみに満ちた死を迎える覚悟があるのならば、な!』
エステルの言葉を遮りそう言い放った後、オラクル・ゼライツは男を操り舌を噛み切らせた。男が地に倒れ、やがて絶命する。
男の遺体の処理をカトリーヌたちに任せ、マーゼットは魔法石を用いて騎士団に連絡する。全戦力を集結させ、ゼライツと戦うのだ。
「ねえカトリーヌちゃん、ししょー大丈夫かな。別の敵が向かってるんでしょ? 心配だよ、ボク」
「大丈夫よ、アニエスちゃん。コリンくんの強さは
よ~く知ってるわ。誰が相手でも、絶対負けないわよ。それに、いざとなったらマリアベルさんもいるしね~」
オラクルの片割れを差し向けられているコリンを心配するアニエスに、カトリーヌはそう答える。そこに重ねるように、連絡を終えたマーゼットも話に加わってきた。
「そーそー、大丈夫さ。夜中にマデリーンさんから連絡があってね。コリンくんを館に匿ってるから、安心してだって」
「マデリーン? ああ、『処女星』の家系のお人か。確かに、それなら安心やな」
「うん。それに、今朝皇帝陛下が助っ人をバーウェイ一座の館に向かわせたからね。何が起きても問題ないよ。だから、こっちは本命に集中しないとね!」
「助っ人……一体、誰なのかしら~?」
マーゼットの言葉に、一同は頷く。そのすぐ後、カトリーヌは小さな声で疑問を口にし、首を捻る。――その答えを彼女が知るのは、全面戦争が終わってからであった。
◇―――――――――――――――――――――◇
一方、吹雪のやんだノースエンドには一人の女の姿があった。オラクル・ゼライツの妹にして、もう一人の神託者。
透き通った灰色の肌を持つ自動人形の女、オラクル・メイラーだ。遠くに見える館を眺めながら、小声で呟く。
「……見えてきたわね。あれがバーウェイ・キャラバン……滑稽な建物ね、実にくだらないわ。全部、壊してあげる。私の神託魔術で、ね」
その声には、破壊を求める不気味な響きが含まれていた。




