73話―コリンの真実
バゾッドたちが館に突入してから、五分が経過した。マリアベルの仕掛ける数々の罠を前に、全員が阿鼻叫喚の地獄を味わう。
「なんだこの甲冑は! やめろ、来るな、来るんじゃな……うぎゃああああ!!」
ある者は舞台で使う衣装をしまってある部屋に誘導され、ひとりでに動き出した衣服や甲冑に襲われ命を落とす。
「嫌だ、嫌だぁぁぁ!! 全身を皿に切り刻まれるなんて、そんな死に方……ぐ、ぶぇあ!」
またある者は、キッチンに迷い込み食器の群れに襲われた。フォークやナイフで手足を貫かれ、壁に縫い付けられて動きを封じられる。
そこへ無数の皿が襲いかかり、刃物のように鋭くなったフチで全身を切り刻み侵入者を殺す。その様子を、医務室でマリアベルが見ていた。
「ふふ、害虫の駆除は順調に進んでいますね。お坊っちゃまを害そうなど、愚かな考えを抱くからこうなるのですよ」
「こ、こわー……。この人が敵じゃなくて、本当よかったわー……」
医務室の扉の前に設置した大きな鏡には、館の各所が映し出されていた。自身の操る家具が敵を仕留める度、マリアベルは愉悦の表情を浮かべる。
「ご安心ください。あなた方を傷付けるようなことはしませんから。ほら、見てください。あなたの母上も、獅子奮迅の活躍をしていますよ」
「えっ、ホント! 見せて見せて、ママの勇姿を見たいわ!」
大魔公の貫禄を見せつけ、圧倒的な制圧力を披露するマリアベルに畏怖していたイザリーは、鏡にマデリーンが映ると態度が一変する。
『さぁて、アタシたちのスウィートマイホームに土足で踏み込んだ悪いコちゃん? 吹っ飛ばされる覚悟はいいかしらん?』
『や、やめて! お願い、降参するから私だけは逃がし……びびゅっ!』
『悪いわねぇ。アタシ、敵ならオトコもオンナも平等に殴る主義なの。あの世でちゃーんと反省しなさい?』
六階にある書庫にて、マデリーンは教団に所属する女戦士を追い詰めていた。命乞いされるも、一切聞く耳を持たず殴り飛ばす。
吹っ飛んだ女は本棚にぶつかって床に倒れ、そこにバランスを崩した本棚が倒れてきて押し潰される。見事なまでのオーバーキルだ。
「わあ、ママすごーい! やっぱり強いわね、ママは。教団討伐作戦に何度も参加しただけあるわ!」
「ええ、わたくしも驚いています。……というより、ちょっと引いていますね。ビジュアルと言動の落差がこう……凄いですね、あなたの母上は」
マデリーンの強烈なキャラに、流石のマリアベルも顔をひきつらせている。もっとも、この場にアニエスやアシュリーがいたら『自分のことを棚に上げるな』とツッコむだろうが。
「ま、いいでしょう。さて、これでほとんどの敵を仕留められました。後は……一階の廊下を進んでいる三人と、同族の老婆だけですね」
一通り教団の戦士たちを排除し終え、残る敵は四人となった。しぶとく逃げ続けているバゾッドたちと、シャンデリアハンドに捕まったダラドリィだ。
どうやら、ダラドリィに対して何か思うところがあるらしい。シャンデリアハンドを、四階の隅にある空き部屋に向かわせる。
「……彼女にはいろいろと聞かないといけませんね。どこかの王の派閥に属しているのなら、お坊っちゃまの正体に感付く前に始末しなくては」
「ねえ、何でそんなにコリンくんの正体を隠したいの? 少し前にダズロンのおじさんからコリンくんの話を聞いた時も、正体は詮索しない方がいいって言われたし」
「そうですね。あなたはお坊っちゃまのもう一つの力を目の当たりにした存在。他言しないと誓うのならば、明かしましょう。何故わたくしが……いえ、わたくしたちがお坊っちゃまの正体を秘匿するのかを」
そこまで言われれば、イザリーとて知らんぷりは出来ない。自身にかけられた呪いを弱めるという、神の奇跡を実行した少年。
その正体が気にならないわけがないのだ。
「ええ、分かったわ。誰にも言わない、神に誓うわ」
「いいえ、神ではなく我ら闇の眷属の始祖……混沌たる闇の意志に誓いなさい。そうすれば、話を……む、空き部屋に着きましたね。尋問しながら話をしましょうか」
イザリーに訂正を求めるマリアベルは、チラッと鏡の方を見る。シャンデリアハンドが、目的の部屋に着いたのが見えた。
即座に分身を派遣し、同時進行で話をすることにしたようだ。少し考え込んだ後、イザリーは頷き前言を撤回する。
「……分かったわ。神じゃなくて、えーと……そのダークネスなんとかに誓う……きゃっ!? ちょ、ちょっと! 何よこの黒い帯みたいのは!」
「宣誓完了の証ですよ。その帯は、わたくしのような闇の眷属にしか見えません。誓いを破ろうとした時、それを阻止するためのものです。害はありませんのでご安心を」
イザリーが誓いの言葉を口にした直後、床から黒い帯のようなものが現れて服の下に潜り込み、身体に巻き付く。
「本当なんでしょうね? まあいいわ、早速話してちょうだい。コリンくんの正体を教えて!」
「かしこまりました。その前に、老婆を床に転がしてと……これでよし。では、お話しましょう。お坊っちゃまは大地の民と闇の眷属のハーフ……あなたもそう聞いているでしょう?」
「ええ。ダズロンのおじさんや、ウィンターのとこの人たちもそう言ってるわ。……もしかして、違うの?」
「はい。正確に言えば、お坊っちゃまは……天上に住まうファルダ神族と闇の眷属の血を受け継ぐ、この世でただ一人の存在。神と魔、二つの力を持つ半神なのです」
マリアベルの放った衝撃の言葉に、イザリーは絶句する。あまりにも衝撃すぎて、数秒ほど呼吸するのを忘れてしまっていた。
「え? え? ほ、本当なのそれ。コリンくんは……半分、神様ってことなの?」
「そうです。お坊っちゃまのお父上……フリード様は大地の民ではなく、天上の神の一族出身のお方。これ以上のことは、わたくし自身も誓約の都合で言えませんがね」
「……そっか、だからコリンくんは呪いを浄化出来たんだ。邪悪な存在とはいえ、神にかけられた呪いを」
「本来なら、神と魔……二つの力は相反し、一つの器に同時には存在出来ません。故に、お父上はお坊っちゃまに神の力を用いることを禁じました。最悪、お坊っちゃまが消滅してしまいかねませんから」
ベッドの上で眠るコリンを見ながら、マリアベルはそう口にする。禁じられていた力を使ったが故に、コリンは熱を出し倒れてしまったのだ。
話を聞かされたイザリーの心に、重い罪悪感がのしかかる。自分の呪いを浄化しようとしたせいで、コリンが消滅の危機を迎えてしまったのだから。
「……ごめんなさい。私のせいでコリンくんは……」
「あなたのせいではありませんよ、ミス・イザリー。いつか、お坊っちゃまが神の力を用いなければならない日が来ると、お父上も考えていました。そのフォローのために、わたくしを従者にしたのです。問題はありません、何一つとして」
イザリーを慰めつつ、マリアベルは鏡に視線を戻す。ダラドリィへの尋問は、順調に進んでいるようだ。
シャンデリアハンドに握られたダラドリィは、全身を締め付けられ苦しそうに呻いている。
『……では、あなたはどの派閥にも属していない野良眷属ということですね?』
『そ、そうじゃ……。ぜぇ、ぜぇ。そうでなければ、こんな辺境の大地になどおらんわ……』
『そうですか。そこまで聞ければ十分です。では、さようなら。他の仲間共々、お死になさい』
『ま、やめ――』
情報を全て吐かせた後、マリアベルは指を鳴らす。すると、シャンデリアハンドが勢いよく握られ、老婆を圧殺した。
絶命したのを見届けたマリアベルは、鏡を消して扉を開けるようにする。すると、扉が開いてマデリーンが入ってきた。
「あらかた片付け終えたわよん、マリアベルちゃん。これでもうおしまいかしら?」
「ええ。残りの三人は始末するまでもありません。偽りの館の中を、餓え死にするまで永久にさ迷ってもらいます。お坊っちゃまに牙を向いた者には、相応の末路をたどってもらわねばなりませんからね」
マデリーンにそう言うと、マリアベルは館との同調を解除した。これで、バゾッドたちは永遠に外に出ることは出来なくなった。
終わりのない廊下を、怯えながら歩き続けるしかない。存在しない出口を探して、ずっと。
◇―――――――――――――――――――――◇
「はあ、はあ……おかしいだろ、なんで……扉も窓もないんだ。俺たちは、いつになったらここを出られるんだ? 外に逃げられるんだァァァーーーー!!?」
マリアベルによって作られた、偽りの館。終わりのない廊下の途中で、バゾッドが叫ぶ。彼らを救う者は、どこにも存在しない。




