72話―死の罠が満ちる館
「着いたぜ、ここが奴らの館だ。総員、爆撃開始! 跡形もなく吹っ飛ばしてやれ!」
一時間半後、ついにバソッドたちがノースエンドに到着した。途中で教団の部隊と合流したようで、二十人近くに増えている。
数頭の蛇竜たちを館の上空で旋回させながら、魔力爆弾を投下し館もろともコリンたちを爆撃しようと目論む。が、バリアに阻まれ爆風が届かない。
「チッ、強固なバリアだ。もっと爆弾を……」
「待つのじゃ、バゾッド。見よ、入り口の扉が開いてゆくぞ」
さらに爆弾を投下しようとするバゾッドを、ダラドリィが制止する。館の入り口がひとりでに開き、バリアの一部が消え去った。
まるで、彼らを誘うかのように。これ幸いとばかりに、教団の戦士たちは地上に降りていく。内部に侵入して制圧した方が早いと結論を出したのだ。
「バゾッドさん、あそこから入っちまいましょうよ。このバリア壊すのも手間ですし、万一帝国騎士団に気付かれたら面倒っすからね」
「仕方ねえ。十中八九罠だろうが……いいぜ、チャチな罠なんざぶっ壊してやるよ。館もろともな。てめぇら行くぞ、突撃だ!」
「ほっほっ、ならワシも行こうかのう。どんな罠を張り巡らそうと、所詮は袋の中のネズミ。如何ようにも料理してやれるわい」
地面に降り立ち、部隊の面々は館の中に突入する。その驕りきった心が、自分たちを滅ぼすことになるとも知らずに。
「……薄暗いな。照明魔法を使え。どこに罠があるか分からねえからな、油断するなよ」
「了解。しかし、ずいぶんとまあ豪華な玄関ホールだなこりゃあ」
玄関を通り抜けた一行を待っていたのは、きらびやかに飾られたホールだった。天井からは大きなシャンデリアが吊り下げられ、あちこちが宝石で彩られている。
「おお、すげぇ! この壺、金貨二百枚はしますぜ隊長。あっちの絵画は、金貨四百枚は下らねえ。館の連中を皆殺しにしたら、全部かっぱらって行きましょうよ!」
「だな。久しぶりに、ちょっとした小遣い稼ぎをさせても――うわあああ!!」
よこしまな考えを抱きつつ、一行が奥へ踏み込もうとしたその時。突如として、シャンデリアが落下してきたのだ。
真下にいた部隊長と部下数人を押し潰し、圧殺してしまったのだ。それだけなら、不幸な事故……あるいは敵の罠だとバゾッドたちも思っただろう。
「た、隊長! 今助けに」
「そのシャンデリアに近付くんじゃねえ! 妙だ……何か妙なんだ、そのシャンデリアは! 俺のカンが告げてる、そいつに触れるなってよぉッ!」
運良く難を逃れた戦士がシャンデリアに駆け寄ろうとした直後、バゾッドが制止する。すると、シャンデリアが不気味にうごめき、形が変化していく。
「な、なんだぁーーーー!? シャンデリアがデッケエ右手になりやがったぁぁぁぁ!!」
「ひゃっひゃひゃ、奴らめ。面白い魔法を使うのう。どれ、ワシが破壊してやろう。ダークネスボール!」
宝石で彩られた大きな右手になったシャンデリアがふわりと浮き上がり、指を開閉させる。ダラドリィは闇魔法を放ち、右手を破壊しようとするが……。
『効きませんよ、そんなチャチな魔法など。こうやって、跳ね返して差し上げます』
「なっ!? ワシの魔法が……ぎゃひぃっ!」
『おや、あなたは闇の眷属ですね。野放しにしてはおけませんね……一緒に来ていただきましょうか』
「うわっ! な、何をする! 放せ、放さんか!」
マリアベルの声が響くと同時に右手はデコピンの姿勢に入る。闇の玉を弾き返してダラドリィに直撃させた後、手を広げ飛びかかった。
老婆を鷲掴みにし、ホールの北側に続く廊下へ逃げていく。同時に、バゾッドたちが入ってきた玄関の扉が閉ざされ、壁に飾られていた絵画が動き出す。
「うわあああ! え、絵が! 絵が襲ってくるぞ!」
「狼狽えるなお前ら! ここにいたらあぶねえ、廊下に走れ!」
「ま、待って! 助け……うぎゃあああああ!!」
大半の者たちは廊下まで逃げられたが、一部逃げ遅れた戦士たちは絵画に捕まり、少しずつ取り込まれていく。かなりの苦痛が伴うらしく、みな絶叫していた。
「クソッ、散り散りになっちまった……。これはまずいぞ、完全にハメられたな」
「バゾッドさん、どうします? オレはもうここを出た方がいいと思いますが……」
「だな、どっか部屋に入って窓をブチ割るぞ。増援を呼んで、もっかい外から爆撃してやる!」
それぞれが別の廊下に逃げ込んだため、部隊のメンバーはバラバラにはぐれてしまった。運良く三人一緒に逃げられたバゾッドは、ホールから東に伸びる廊下を進む。
「……変よ、バゾッド。この廊下、どこまで行っても扉がないわ。一体どうなっているのかしら、ここ」
「さあな。何がどうなってようと、俺たちのするこたぁ変わらねえ。外に出なきゃ、通信用の魔法石が使えねえ以上……ここに留まってるわけにゃいかねえよ」
全く扉のない、長い長い廊下を三人は歩いていく。一方、他の者たちは……。
「はあ、はあ……。ここまで逃げれば、絵も追ってこねえだろ。焦らせやがって、チクショウめが」
「みんなとはぐれてしまったな……それにしても、このカーペットたるんでるな。歩きにくくてしょうがな……な、なんだ!? カーペットが波打って……」
玄関ホールから西の方に伸びる廊下へ逃げた二人組に、息つく間もなく異変が襲う。廊下に敷かれたカーペットが波打ち、少しずつ身体が沈みはじめたのだ。
このまま立ち止まっていては、完全にカーペットの中に沈んでしまう。そう考えた二人は、必死に廊下を走り逃げ延びようと足掻く。
「はあ、はあ! この廊下、どこまでありやがる!? いつになったらこのカーペットは途切れるんだよ!」
「こうなったらもう、他の部屋に逃げ込もう! そうすりゃ安全……」
二人のうち、小太りな男は走って逃げるのを諦め部屋の中に避難しようとする。が、その希望は容易く打ち砕かれた。
廊下に面した扉は、全て鍵がかかっていたのだ。中にはバーウェイ一座の者たちが閉じ籠っているのだから、鍵を開けておく道理はない。
「クソッ、なんで鍵が……ヒィィィ! も、もう足首まで埋まって……嫌だ、助けて! 助けてくれぇぇぇ!」
「あいつはもうダメだ! こうなったら、俺だけでも逃げ延び……」
「あらあ、いけないコねぇ。仲間を見捨てて自分だけ逃げようなんて、アタシが許さないわよん?」
もう一人の男は、仲間を見捨てて逃げようとする。そこに、一人の人物が立ちはだかる。現れたのは、全身を薄い水色のバリアで覆った、マデリーンだった。
ほんの数センチ、床から浮いている。マリアベルにバリアを施してもらい、操作中の館を自由に動けるようにしてもらっているのだ。
「お、お前はマデリーン! そこをどけ、さもなくば殺すぞ!」
「あらやだ、近頃のコは物騒ねぇ。そんな悪いコにはぁ……怒りの乙女チックパンチをプレゼントよ! 歌魔法、ブレイブメン・マーチ!」
「は、はや……うげばぁっ!」
「うわああっ! こ、こっちに来るなぁぁ……ぐべぁぁーーっ!!」
マデリーンは勇ましい軍歌を歌い、自身の身体能力を強化する。目にも止まらぬ速度で敵に接近し、丸太のように太い腕でおもいっきり殴り付けた。
殴られた男の顔はひしゃげ、後方に吹っ飛ばされていく。すでに膝までカーペットに取り込まれている仲間に激突し、二人仲良く沈んでいった。
「これで六人仕留めたわねん。さ、残りもどんどん始末してイくわよぉ。アタシたちを敵に回したこと、後悔させてア・ゲ・ル♥️ ね、マリアベルちゃん?」
『ええ、もちろん。お坊っちゃまの敵は、わたくしが全て撃滅します。ありとあらゆる手段を用いて……』
哀れな獲物に成り下がった教団の戦士たちを、最恐のハンターたちが狩り尽くそうとしていた。




