71話―コリンを救え、イザリー!
それぞれの部屋でくつろいでいた一座のメンバーたちは、恩人であるコリンが命の危機に瀕していることを知り行動に出る。
館じゅうの救急箱をひっくり返して薬をかき集める者、駐車広場にあるワープマーカーを使って街に行き、医者を呼びに行く者……。
全員が、コリンを助けようと一致団結していた。
「リトルスター、薬を集めてきました! ちゃんと効くかは分かりませんが、無いよりはマシかと!」
「ついさっき、エルシャがバラホリックシティに行きましたぁ! お医者様を引きずってでも連れてくるとのことです!」
「ありがとう、みんな。コリンくん、もうちょっとの辛抱よ。すぐにお医者様が来てくれるからね」
コリンが倒れてから十五分。短時間で氷のうを九回も交換しなければならないほどの高熱が、少年を苦しめていた。
「……私のせいだわ。私の呪いを浄化したせいで、コリンくんは……」
「そなたの……せいでは、ない。泣かんで、おくれ。イザリー殿。わしは大丈夫じゃ、この程度の熱、苦しくなんぞ、ないから……」
自分を責めるイザリーに、コリンは朦朧とする意識の中そう声をかける。その気遣いが、かえってイザリーの心を締め付け……同時に、強い決意を促した。
この少年を、何があっても守り抜かなければならない。今度は、自分がコリンを助けるのだと。
「ありがとう。さあ、辛いでしょうけど薬を飲んで。もしかしたら、熱が下がるかもしれないわ」
「すまん、のう。……ん、ごくっ」
「ゆっくり休んで。大丈夫、熱が下がるまで私が側にいるから」
薬を飲ませた後、イザリーはもう一度氷のうを取り替えつつ、ついでにコリンの額に手を当てる。心なしか、少しだけ熱が下がったように感じた。
「みんな、ありがとう。後は私が看病するわ。疲れたでしょうし、みんなはもう休んで」
「そうはいきませんよ、リトルスター。その人は俺たち全員の恩人だ。看病もせずにぐーすか寝てたら、座長にどやされちまいますよ。何時間かで交代しながら、みんなで看病しましょう。ね?」
「……そうね、分かったわ。今は……二十時八分、か。なら、二時間ごとに交代しましょう。ガルドー、フェナン、みんなにも伝えてきてきてちょうだい」
「合点でさあ!」
ガルドーたちは医務室を出て、他のメンバーたちにイザリーの言葉を伝えに行く。壁に掛かっていた時計をもう一度見た後、イザリーは呟く。
「はあ、こんな時にママがいてくれたら心強いのに。一体、いつ帰ってくるのかしら?」
一向に戻ってこない母親に愚痴をこぼしていた、その時。ドタドタとやかましい足音が近付いてくる。少しして、医務室の扉が勢いよく開け放たれた。
ディールの尋問を終えたマデリーンが、ようやく帰宅したのだ。すでに一座の者から事情を聞いているらしく、鬼気迫る表情をしている。
「今帰ったわ! イザリーちゃ」
「しーっ! コリンくん今寝たところだから、大きな声出さないで。起こしたら可哀想よ」
「そうね、ごめんなさい。今の容態はどう?」
「ついさっき、解熱剤を飲んだの。少しだけ熱が下がってはいるけど、まだ予断を許さない状態だわ」
眠りはじめたコリンを起こしてしまわないよう、親子は小声で話をする。イザリーは何故こうなったのかを、全てマデリーンに打ち明けた。
「……なるほど。呪いの紋様を浄化しようとした結果、こうなったのね。うーん、何がどうなっているのかしら。アタシたちには分からないことだらけね」
「でしたら、わたくしが説明致しましょう。お坊っちゃまの命に関わることですから」
「!? あなた、誰かしら。いつの間にそこに? イザリー、アタシの後ろに隠れていなさい」
「う、うん」
マデリーンが首を捻った直後、医務室の扉が閉まると同時にマルアベルの声が響く。後ろを向いたマデリーンは、警戒心をあらわにする。
自分の背中にイザリーを隠しつつ、マリアベルの方ににじり寄ろうとするマデリーン。すると、気配に感づいたコリンが目を覚ました。
「おお……マリアベル。来てくれたのじゃな……」
「ええ。お坊っちゃまの危機とあらばこのマリアベル、例え地獄の業火の中だろうと助けに参ります。さあ、これをお飲みください。熱が下がりますから」
マリアベルはマデリーンたちを無視し、コリンの元に向かう。懐から取り出した小さな錠剤を飲ませ、小声で魔法を唱える。
「よく眠れるように魔法をかけておきました。今はゆっくり、お休みください。お坊っちゃま」
「あり、がとう……ちと、眠ると……しよう、かの……」
お礼の言葉を述べた後、コリンは再び眠った。役目を終えた後、改めてマリアベルはイザリーたちに自己紹介を行う。
「名乗るのが遅れましたね。わたくしはマリアベル。お坊っちゃまにお仕えするメイドでございます。以後、お見知り置きを」
「あら、そうだったの。いきなり出てくるもんだから、アタシテッキリ悪いコかと思っちゃったわ! よろしくね、マリアベルちゃん」
「いや、ちょっとは疑問に思おうよママ……。あなた、どうやってここに入ってきたの? この館は侵入者を阻む結界に守られているんだけど」
「わたくしはありとあらゆる建造物を支配する能力があるので、すり抜けさせていただきました。一刻も早く、お坊っちゃまをお助けしなければならないので」
イザリーの質問に、マリアベルはさらっと答える。どうやったかは分からないが、コリンの危機を察知して侵入してきたようだ。
「リトルスター、みんなに知らせ……あ、座長! お帰りになられ……って、そちらのメイドさんはどなたで?」
「この人はね、コリンちゃんのメイドさんよ。ガルドー、イザリーから聞いたわ。いろいろ奔走してくれたようね、ありがとう」
「わたくしからもお礼を申し上げます。皆様の協力がなければ、お坊っちゃまは……む、この気配……」
医務室に戻ってきたガルドーと話をしている途中、マリアベルは館に接近する邪悪な気配を捉える。ソレが同族のモノだと理解した瞬間、顔を強張らせた。
「マリアベルちゃん? どうしたのかしら?」
「……どうやら、賊どもが接近しているようですね。何人かは、わたくしの同類……闇の眷属です。全く、愚かなものですね。自ら死にに来るとは」
「! ママ、きっと劇場にいた奴らよ! 新しい刺客を送り込んできたんだわ、どうしましょう」
「ここはわたくしにお任せくださいませ、ミス・イザリー。お坊っちゃまを看病していただいたお礼に、わたくしが皆様をお守りします」
敵の接近を知って狼狽えるイザリーに、マリアベルはそう申し出る。その瞳には、冷徹な闘志の光が宿っていた。
「ありがたい申し出だけれど、あなただけに任せるつもりはないわ。この館の主として、アタシも戦うわよん」
「かしこまりました。では、他の皆様はそれぞれの部屋にて待機していてください。わたくしが合図として鈴の音を響かせるまで、決して外に出ないよう。さもなくば……」
「さもなくば?」
「敵もろとも、死ぬことになります」
ガルドーの疑問に、マリアベルは恐ろしいことをあっけらかんと言い放つ。表情からしても、冗談ではなく真剣だ。
「ガルドー、放送室に行って専用の魔法石で全員に伝えなさい。鈴の音が鳴るまで、絶対に部屋から出るなってね。あなたも放送室から出ちゃダメよ?」
「は、はい! 分かりましたァー!」
マデリーンの言葉に頷き、ガルドーは慌ててすっ飛んでいく。侵入者と共倒れになるのだけはごめんなのだろう。
彼が去った後、医務室にはマリアベルとバーウェイ親子、そして眠り続けるコリンだけが残った。マリアベルは近くにあった椅子に座り、目を閉じる。
「さて、早速始めましょうか。ハウス・リンク!」
「あら、今何か変な感じがしたわね。マリアベルちゃん、何をしたのかしら」
「わたくしとこの館を同調させ、自由自在に内部の繋がりや家具を操れるようにしました。わざわざこちらから打って出る必要はありません。獲物を誘い込み、じわじわと滅して行けばいいのですよ。ふふふ」
「ちょ、ちょっと怖いわね。私たちは大丈夫なの? それ」
「問題はありません。廊下にさえ出なければ、ね。まあ、後は見てのお楽しみですよ。愚かな獲物には、死んでいただきましょう。ふふ、ふふふふふ」
医務室の扉の前に、巨大な鏡を呼び出しながらマリアベルは迎撃の準備を行う。暗い愉悦の笑みを、顔に浮かべながら。




