70話―乙女を蝕む呪い
「どうぞ。安物のクッキーで悪いけど、お腹いっぱい食べてね」
「おお、かたじけない。では、いただきまする」
「今お茶を入れるから、ちょっと待ってて。それっ、ふぅーっ!」
コリンはイザリーに案内され、館の最上階にある彼女の部屋に通される。趣のある筒型の暖炉に、イザリーが炎のブレスを放つ。
中にセットされた燃料が燃え、一気に部屋が暖かくなった。水を入れたやかんをセットした後、イザリーはコリンと対面になるようソファに座る。
「さてっと、お湯が沸くまでの間に話しておかなくちゃね。私たちの一族にかけられた呪いのことを」
「呪い……か。して、それはどういう?」
「見た方が早いわ。コリンくん、私の喉をよーく見ててね。それっ!」
イザリーは顎を上げ、喉がよく見えるようにする。直後、彼女の喉に【バーウェイの大星痕】が浮かび上がるが……。
「これは……ドクロの紋様が星痕の上に覆い被さっておるな。もしや、これが呪いかのう?」
「ええ、そうよ。呪いの始まりは七百年前……邪神討伐の最中だった。私たちの祖先、リージア様はヴァスラサックの配下、敵軍の重鎮と戦っていたのだけど……」
顎を下ろし、イザリーは一族に伝わる呪いの起源について語り出す。クッキーを食べる手を止め、コリンは耳を傾ける。
「死闘の末、リージア様は敵を倒したわ。でも、そいつは死に際に呪いをかけた。自分の敗北と、リージア様の美貌を妬んで、ね」
「なんとも迷惑な……。それで、呪いはどのようなものなのじゃ?」
「かけられた呪いにはね、三つの効果があったの。一つ、バーウェイ家は未来永劫、女の子しか産まれなくなる。二つ、二十歳を迎えた子は、子を産む能力を失う。三つ目が、一番恐ろしいの。三つ目は……」
そこまで言ったところで、イザリーは言い淀む。よほど言いたくないのだろう、身体が震えていた。それを見たコリンは、優しく声をかける。
「言いたくないのであれば、無理をする必要はないぞよ。親しき仲とて、全てをさらけ出す必要はないのじゃから」
「……いいえ。全てを話さなくちゃ、意味がないわ。言うわ、三つ目の呪いは……二十歳の誕生日の夜、一族の女の子は……醜い容姿をした男に変わってしまうの」
「なんと……」
イザリーの言葉に、コリンはどう答えていいのか分からなくなってしまう。そんなコリンに向かって、イザリーは思いのたけをブチ撒ける。
「それだけなら、まだいいわ。でもね、変貌した子はこの世の誰からも愛されず、憎悪を向けられるようになるの。想像出来る? 昨日まで一緒に笑いあっていた家族や友だちに、罵倒されながら石を投げられる光景が!」
彼女自身、この呪いをとても恐れているようだ。だが、こんな内容では恐れるなと言う方が無理と言えるだろう。
これまでの人生で築いてきたものを全て失い、いわれのない憎悪を向けられ迫害される。そんな状況に耐えられる者など、一人もいない。
「何も悪いことをしていないのに、醜いからというだけで追われる身になるのよ。そんなの、悲しすぎるじゃない!」
「なんとも、極悪な呪いじゃ。あまりにも……むごすぎる」
「私が三歳の時……ママが呪いで変貌していくのを見たわ。幸い、ママは『始祖返り』だったから呪いは不完全に終わったの。醜い容姿にならず、誰からも嫌われることはなかった」
その言葉を聞き、コリンはマデリーンの心中を思い心を痛める。呪いによって彼女が受けた心の傷が、どれだけ強く根深いか。
そして、いつの日かその苦しみを、目の前にいる少女も味わわねばならないのだ。呪いが不完全だった母親のソレよりも、より強い絶望を。
「ママはね、いつもこう言ってるの。例え呪いで男になっても、心までは変わるつもりはない。いつまでもずっと、あなたのママでい続けるって。呪いで私が……醜く、なっても……」
「……もう、よい。それ以上は言う必要はないぞよ、イザリー殿。辛かったであろう、怖かったであろう。そのような呪いに苛まれてはな……」
「……私、怖いの。あと五年もすれば、二十歳になる。その前に歌姫を引退して、子どもを産まないといけないの。産んだら産んだで、自分の娘の成長も満足に見届けられないまま、ここを去らなくちゃいけない。そんなの、嫌よ……あんまりすぎるじゃない……」
十五歳の少女が背負うには、あまりにも過酷で残酷な運命だった。マデリーンは、例外中の例外。娘であるイザリーは、彼女のようにはいかない。
自慢の美貌を、家族や一座の仲間と暮らす暖かな時間を、いつか産まれる最愛の娘との生活を――その全てを、諦めなければならないのだ。
「う、ひっく、ぐすっ……」
「……イザリー殿。そなたは苦しみを乗り越え、呪いの秘密を打ち明けてくれた。ならば、わしもそれに応えよう。……パパ上、ママ上。約束を破ること、お許しください」
とうとう泣き出してしまったイザリーを前に、コリンはあることを決意する。惨たらしい呪いに苦しむ少女を、見捨てることが出来なかったのだ。
「応えるって……何を、するの?」
「……わしにも、そなたのように秘密がある。カトリーヌたちにすら伝えていない……いや、伝えてはならぬと言われておった秘密が。じゃが、それを言う前に……まずはその呪いをなんとかしてみようと思う。もう一度、顎を上げてくれぬか?」
「う、うん……」
コリンの言葉に頷いた後、イザリーはもう一度上を向く。何をするつもりなのか、内心ドキドキしていると――身を乗り出した少年の手が、喉に触れた。
すると、イザリーの意志とは無関係に【バーウェイの大星痕】と、それを覆うドクロの紋様が現れる。コリンは紋様に、魔力を送り込む。
――これまで用いてきた闇の力ではなく、神の持つ闇の魔力を。
「むぬぬぬぬ……! くっ、なんと強固で複雑な呪いじゃ。やはり、わしの力ではそう簡単には解けぬか!」
「暖かい……これは、一体なに? 何だか、悪いものが消えていくような……不思議な気分だわ」
「そなたを蝕む呪いの紋様を浄化し、薄めさせてもろうた。解呪とはいかなんだが、かなり力は弱まったはずじゃ」
ある程度の魔力を流し込んだところで、呪いの力によってコリンの手が弾き飛ばされてしまった。それでも、効果はあったらしい。
星痕を覆うドクロの紋様が、かなり薄まっていたのだ。それを確認するべく、イザリーは慌てて立ち上がり化粧棚の方へ向かう。
特殊な形をした手鏡を取り出し、喉を確認してみると……コリンの言う通り、ドクロの紋様が薄くなっていた。
「!? ほ、本当だわ! あれだけクッキリ浮かんでた紋様が、薄くなってる!」
「これで、呪いの発動までだいたい五年ほど猶予が出来たはず。定期的に浄化を繰り返せば、解呪出来ずとも……そなたが天寿を全うする日まで、呪いを発動させないように……する、ことも……」
「コリンくん? 大丈夫、コリ……! 凄い熱だわ、もしかして……呪いを浄化したから? 大変、急いで看病しないと!」
最後まで言い切る前に、コリンは倒れてしまう。慌ててイザリーが抱き起こし、額に触れると……まるで、燃えているかのように熱かった。
このままではコリンが死んでしまうと直感で理解したイザリーは、少年を抱え部屋を飛び出す。大声で叫びながら、廊下を走っていく。
「誰か、誰かいないの!?」
「どうしたんです、リトルスター。そんなに慌てて……って、ホントに何があったんです!?」
「館にある薬をありったけ持ってきてちょうだい! このままじゃ、コリンくんが死んじゃう!」
「わ、分かりました! すぐみんなに知らせて薬を持ってこさせます! ついでに、医者も呼んできやすーっ!」
「お願い、頼んだわよガルドー。私はコリンくんを看病するわ。急いでね!」
途中で出くわしたガルドーは、コリンが大変だということを理解しすっ飛んでいく。彼の背中を見送った後、イザリーは館の二階にある医務室へと向かうのだった。
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「おやぁ? おかしいね、たった今神の魔力を探知したよ。バゾッド、お前さんの言ってることとだいぶ食い違うじゃあないか、ええ?」
「そんなのは俺も知らん。とにかく、今はノースエンドに向かって飛ばせ、ダラドリィ。もう失敗は許されねえんだ。本拠地ごと、歌姫を仕留めてやる……!」
吹雪が吹く夜の雪原を、一つの影が北へ向けて飛翔する。一対の翼を持つ、細長い蛇のような魔物の背には二人の人物が乗っていた。
片方は、眼帯を着けたバゾッド。もう一人は、かつて巌役党の一員としてしてラマダントに仕えていた老婆だ。分厚い黒衣で、全身を覆っている。
「ヒッヒッヒッ、ワシとしてもあの小僧は仕留めておかねばならぬからなぁ。巌役党を潰された恨み、晴らさねば腹の虫が収まらぬでな」
「急がねえといけねえ。マデリーンが相棒の尋問を終えて帰ってくるまでに、ガキ共を仕留める。手ェ貸せよ、婆さん」
「もちろんだとも。生意気な連中に教えてあげるよ。ワシら闇の眷属の恐ろしさをね……!」
高熱で倒れたコリンに、危機が訪れようとしていた。




