69話―コリン、北の果てへ
「すっごーい! たった一人で教団の連中を倒しちゃった! 噂通り、とっても強いのね!」
「ふっふっふっふっ! ま、わしは闇のプリンスじゃからのう。これくらいは朝飯前ぞよ! わーっはっふぁあ!?」
「あ、ちょーっとくっついただけなのに照れちゃってる。かーわいー、もっとからかいたくなっちゃう!」
教団が差し向けた抹殺部隊を全滅させてみせたコリンに、イザリーが抱き着く。演劇用の鎧は表面が薄く作られているため、容赦なくアレが当たる。コリンの顔面に。
結果、コリンは赤面して動けなくなってしまう。それが面白いのか、イザリーはさらに自分の身体を押し当て……。
「あのー、リトルスター。そろそろ行きましょうよ、ここも安全じゃありませんし」
「ハッ! そうね、メルシャ。コリンくんを愛でるのはキャラバンに戻ってからの方がいいわね。よーし、他の追っ手が来ないうちに、急いで帰りましょ!」
「はーい!」
「た、たしゅかった……」
一座のメンバーの一人、メルシャの一言でイザリーは我に返る。いつまた教団の刺客が襲ってくるか分からない以上、グズグズしてはいられない。
急ぎ通路を進み、劇場の裏手に出る。攻撃を警戒しつつ、専用駐車場に停めてある複数の馬車に、何人かに別れて乗り込む。
「さ、出発するわよ! ワープマーカー、オン! 目的地、バーウェイ・キャラバン! 転送開始ー!」
「おおっ!? なんじゃこの浮遊感は! この感じ……長距離テレポートしたようじゃな」
「そうよ。この国は広いから、興業であちこち回る時は今みたいにワープマーカーを使うの。さ、到着したし外に出ましょ。滑るから気を付けてね」
馬車の扉を開けて外に出ると、透明なドームに覆われた広場と奥に続くトンネル状の通路があった。通路の先には、テントのような形をした立派な館が見える。
「おお、えらい大きな屋敷じゃ。あれがそなたたちのおうちかのう?」
「そうさ。あれが俺たちバーウェイ一座の本拠地、ヴァルガリー・ハウス。立派なもんだろ? 猛吹雪やあられにも負けない頑丈な館なんだぜ」
館を見て感想を呟くコリンに、ガルドーがそう答える。館に向かう道すがら、イザリーにいろいろ教えてもらう。
「今いた広場は、二重帝国の各地に馬車を転移させるための大規模なワープマーカーなの。あれを使って、各街に移動しているのよ」
「なるほどのう。今みたいに吹雪が吹いておると、とてもではないが普通に移動出来ぬからの」
「そうそう。特に、ここはノースエンドって呼ばれてる大陸の最北端の土地でね。年がら年中、吹雪が吹いてるのよ。雪が降らない日なんて、年に数回あればいい方だわ」
そんな会話をしている最中も、トンネルの外ではびゅうびゅう音を立てて吹雪が吹き荒れている。もし外に出れば、確実に遭難してしまうことだろう。
イザリーの言葉を聞いて、コリンの中に疑問が湧き出てくる。何故わざわざ、こんなへんぴな場所に居を構えているのだろうか、と。
「のう、何故ノースエンドに住んでおるのじゃ? もちっと便利な場所に住んでもいいのではないかのう?」
「そうしたいんだけどねー、ママがダメって言うの。バーウェイの家に生まれた者、極寒の寒さにも負けないよう心身を鍛えねばならない、ってね」
「そうそう。精神修養も兼ねて、この土地に一座みんなで住んでるんですよー。住めば都って言いますでしょ? ここで暮らすのも、案外楽しいですよ?」
メルシャも話に加わり、楽しそうに笑う。流石のコリンでも、こんな極寒の地に住むのは遠慮したい、と考えてしまった。
「う、うーむ……そういうもの、か? ……あ、そうじゃ。マデリーン殿は大丈夫かのう。一人残してきてしもうたが」
「ママなら大丈夫よ。すんごくタフだし、腕っぷしも強いから。刺客の一人や二人くらい、パパーッと片付けて帰ってくるわ」
「……のう、一つ聞きたいのじゃが。マデリーン殿は、その……どこからどう見ても、男じゃろう? 呼ぶのであれば、ママではなくパパと呼ぶべきなのではなかろうか」
ここに来て、コリンはこれまでずっと気になっていた質問をイザリーにぶつけた。すると、イザリーの顔から笑顔が消える。
物憂げな表情になり、灰色の空を見上げ押し黙ってしまう。まずいことを聞いたか、と内心焦るコリンだったが……。
「……そうね、いつまでも黙っているわけにはいかないわ。館に着いたら、私の部屋に案内してあげる。そこで話すわ。ママをママと呼ぶ理由……そして、私の一族にかけられた、忌まわしい呪いについて、ね」
「……忌まわしい呪い、か」
その言葉に、コリンはダールムーアが言っていたことを思い出す。バーウェイ家は、自分では推し量れない深刻な問題を抱えている。
そう察したコリンは、少し後で知ることになる。彼女たちの一族にかけられた、恐ろしい呪いの全貌を。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ふう、何とか城まで帰り着けたな。道中、何か起きないかヒヤヒヤしたぞ。夜道だしな、奇襲にはおあつらえ向きだし」
「そうですね、陛下。ですが、こうして無事到着出来てみなホッとしています」
一方、カトリーヌたちも無事にオルダートライン城に帰還していた。教団の狙いはあくまでイザリーだったようで、彼女たちはノーマークだったようだ。
城の中に入ると、コリンたちを二重帝国まで送迎してくれたモリアン将軍が出迎える。劇場での騒ぎを知り、迎えに行こうとしていたらしい。
「陛下! ご無事でしたか、心配しましたぞ」
「おお、モリアン。俺は大丈夫だ、頼もしい護衛がたくさんいるからな! はっはっはっ!」
「皆様、ありがとうございます……おや? コリン様がおられないようですが」
「実はね~、コリンくんは訳あって別行動中なの~」
コリンがいないことを不思議がるモリアンに、カトリーヌはこれまでの一部始終を話して聞かせる。納得したモリアンは、うんうんと頷く。
「なるほど、バーウェイ家のご令嬢の護衛を……。確かに、コリン殿が着いていれば安心でしょう。……っと、そうだ。陛下に大切なお話があるのを忘れていました」
「話? 一体なんだ?」
ダールムーアが尋ねると、モリアンはコホンと咳払いをした。その後、大事な用件を伝える。
「はい、実はつい先ほどバラホリックシティで起きた貴族一家皆殺し事件の調査に進展がありまして。全ての選帝侯爵が、円卓の間で陛下をお待ちしています」
「なに! 分かった、すぐに行く。マーゼット、お前は使者殿たちを客室に案内してやれ。疲れを癒してもらうんだ。いいな?」
「かしこまりましたー! さ、皆さんこちらへどうぞ! あったかふわふわのベッドへご案内します!」
「せやなぁ、気ィ張り詰めてへとへとや。もう今日はゆっくり休みたいわ、なぁ?」
エステルの言葉に、カトリーヌたちは頷く。めまぐるしく出来事が流転し続けたせいで、みな精神的に疲れてしまっていた。
「うんうん、あったかいお風呂にも入りたいなぁ。外は寒すぎたもん」
「賛成。マリス、身体ぽかぽかしたい」
「分かりました! それじゃあ、先にお風呂に行きましょう。大浴場はこっちでーす!」
マーゼットに連れられ、カトリーヌたちはお風呂に入りに向かった。
◇―――――――――――――――――――――◇
『……そう。バーウェイ家の跡取りの暗殺は失敗したんだね?』
「申し訳ねえ、オラクル・ゼライツ。あと少しのトコまでいったんですが、例のガキに邪魔されまして。取り逃がしてしまいやした」
その頃、何とか劇場から逃げおおせたバゾッドは、バラホリックシティの路地裏に潜んでいた。もう一つの通信用魔法石を使い、上司と連絡を取る。
『ま、しくじったものは仕方ないさ。次の機会を狙えばいい。……でも、何のお咎めも無しというわけにはいかないね。何か罰を受けてもらわないと』
「! そ、それだけはご勘弁を! この失敗は必ず挽回します! だから、罰だけは――ひぃっ!」
『ダメだよ。与えられた任務に成功すれば褒美を、失敗すれば罰を。それが組織を運営する上で必要なことさ。君なら分かるだろう? バゾッド』
オラクル・ゼライツの淡々とした声が響く中、バゾッドに異変が起こる。彼の意志とは無関係に、左腕が動きはじめたのだ。
必死に動きを止めようと、自由に動かせる右手で左腕を押さえるバゾッド。だが、止めることは出来なかった。
「あああ、嫌だ、嫌だぁぁぁ!! 止まれ、止まってくれ俺の腕ぇぇぇ!!」
バゾッドの左手は服のポケットからペンを取り出し、顔の前に持ってくる。そして――彼自身の左目に、ペンを突き刺した。
路地裏に絶叫がこだまする中、地面に落ちた魔法石からオラクル・ゼライツの声が響く。
『もう片方の目も潰したくなければ、勝利のためにまい進することだ。健闘を祈るよ、バゾッドくん』
その声には、何の感情も宿っていなかった。




