68話―暗殺と護衛
「きゃああああ! 怖いわ、逃げなくちゃ!」
「みんな、早く逃げろ! ここから出るんだ!」
コリンの叫びを聞き、観客たちは慌ててホールの出入り口に殺到する。そんな中でも、第二射、第三射が飛んでくる。
例え正体が露見しようとも、イザリーを葬っておきたいらしい。鞭を振るい、飛来する吹き矢を叩き落とし、イザリーを守りつつコリンは敵の位置を探る。
「みな、下がるのじゃ! 恐らく、吹き矢には猛毒が塗られておる。かすりでもしたら一巻の終わりじゃぞ! 不届き者め、一体どこに」
「ぬぁんですってぇぇぇぇぇぇぇ!!! 許さないわ、アタシのかわいいイザリーを暗殺しようだなんてね! 見つけ出して【ピー】から【ピー】を引きずり出してやるわ! フンッ!」
「のじゃっ!? ど、どこから出てきておるのじゃマデリーン殿! そこは床じゃぞ!?」
舞台裏にイザリーたちを逃がそうとするコリン。その直後、床をブチ抜いてマデリーンがエントリーしてきた。
「コリンちゃん、あなたはイザリーを守ってちょうだい。賊はアタシが始末するわ。皇帝陛下たちも来ているんだもの、被害が出る前に……アタシが鎮圧する!」
「頑張って、ママ! さ、行きましょうコリンくん。秘密の抜け道に案内してあげる」
「う、うむ。では護衛するぞよ、みんな」
「頼んだわよ、コリンちゃん! すぅー……ぬ゛ん゛っ゛!」
娘をコリンに任せ、マデリーンは背中に生えた翼を広げる。二階席をジロッと睨んだ後、野太い雄叫びをあげ飛翔した。
『クソッ、なんであのガキが役者に混ざってやがる!? おいディール、俺たちも逃げないとやべえぞ!』
『仕方ない、このまま観客に混ざって……ん? お前は! ま、うぎゃああああ!!』
『おい、ディール!? くっ、やられたか……あのオカマ竜人め!』
『だぁ~れがオカマですってぇ~? ぜ~んぶ聞こえてるわよ、侵入者ちゃん?』
教団の刺客、ディールとバゾッドはこれ以上の任務続行は不可能と判断し、逃走を図る。が、それよりも早く、二階にいたディールが襲われた。
通信が途絶えた直後、相棒の代わりに聞こえてきた声は……怒りに満ちたマデリーンのものだった。凄まじい怒気に、バゾッドの頬を冷や汗が伝う。
『今ねぇ、あなたのオトモダチを捕まえたところなの。あんたたちの放った吹き矢の軌道から、居場所は割り出したわよ。そっちにも警備員が行くから、覚悟しなさ~い! オーッホホホホ!』
「冗談じゃねえ、捕まってたまるか! 俺だけでも逃げ延びてやるぜ、絶対にな!」
通信用の魔法石を捨て、バゾッドは観客に紛れてロビーに逃げ出す。一方、三階席にいたカトリーヌたちもダールムーアを連れ脱出を試みる。
「陛下、ここは危険です。カトリーヌ殿たちと一緒にここを出るべきかと」
「そうだな、よし。みんな、済まないが城に着くまで警備に加わってくれ。無事戻ったら相応の礼を出すからな」
「それはいいけど……ししょーは? とてもじゃないけど、こっちと合流するのは無理だよぉ」
暗殺未遂事件が起きた以上、いつまでも劇場に留まっているわけにはいかない。そんな中、アニエスはバーウェイ一座と行動を共にしているコリンを心配していた。
「仕方がないわ~、お城に戻って情勢が落ち着いたら合流しましょう? 今合流するのは危険よ~」
「カトリーヌ、言う通り。今、逃げる、最優先。コリン、強い。だから、大丈夫」
「うう……そうだよね、ししょーならきっと無事でいるよね。今はお城に帰ることだけ考えよう!」
混乱している状況下での合流は限りなく不可能に近いと判断し、一行はコリンと別れ撤退していく。今はとにかく、ダールムーアの安全が最優先なのだから。
◇―――――――――――――――――――――◇
その頃、コリンたちは劇場の一番奥にある控え室の中にいた。衣装タンスをどかすと、秘密の脱出通路が姿を現す。
「リトルスター、着きました! この秘密の通路を通れば、安全に外まで出れます!」
「ありがと、ガルドー。さ、いくわよみんな。一人ずつ順番に、割り込んじゃダメよ」
「はい、ガッテンです!」
まずは役者たちを通路に進ませ、次に衣装係やメイク担当、大道具担当といった裏方のメンバーが入る。最後に、イザリーとコリンが通路に入る、が……。
「ううむ……物凄くいやーな予感がするのう。前にも一度……」
「ほらほら、ブツブツ呟いてないで入った入った。どうせなら……て、ててて手をつな」
「ええい、覚悟を決めて行くしかあるまい! ほれ、共に行こうぞイザリー殿。さ、手を」
「え? あ……う、うん。最後まで守ってね、王子様」
イザリーと手を繋ぎ、コリンは一座のメンバーを追い通路に入る。だが、彼の脳裏には過去の忌まわしい出来事がリフレインしていた。
かつて、ウィンター邸が教団に襲われた時の状況と酷似していたからだ。あの時は、裏切ったロナルドの手引きで教団が先回りしていた。
そのせいで、ハンスや護衛の騎士たちが命を落とす結果になってしまったのだ。
(……あの時は、カトリーヌたちに同行していなかったからハンス殿たちを守れなかった。じゃが、今回は違う。わしの目の前で、何人も殺させはせぬ。あの日の後悔、二度と繰り返してなるものか!)
かつて起きた悲劇を、もう二度と繰り返さない。そう強く決意し、コリンは星遺物たる杖を呼び出す。そして、高位の闇魔法を発動する。
「ディザスター・サイス【守護者】! 死神よ、しんがりは任せた。わしらは先頭に行くでな。後ろから攻撃してくる者がおったら、容赦なく攻撃するのじゃ」
「カシコマリマシタ、マスター」
「わあ……! これが噂に聞く闇魔法なのね! うーん、感動しちゃうわ」
「うひゃあ、こりゃ凄い! こんな強そうな死神さんがいてくれれば、後ろは安心だね!」
前身を黒色の鎧で包んだ死神が姿を現し、一行の最後尾に陣取る。後ろの方にいた裏方のメンバーたちやイザリーにも、強そうと好評だ。
死神を残し、コリンはイザリーと共に先頭に行く。到着と同時に闇のバリアを張り、いつ前方から攻撃があってもいいよう備える。
「ガルドー、今どのくらいまで進んだの?」
「もうそろそろ、半分を過ぎるはずですね。壁のところに目印を着けてあ」
「来たぞ! 総員一斉射! てー!」
ガルドーが説明を始めた、ちょうどその時。通路の向こうから、大量の矢が飛来してきた。幸い、矢はバリアに阻まれたため被害はなかったが。
「う、嘘!? なんで通路の向こうから攻撃が来るのよ!」
「……やはり、か。ヴァスラ教団め、本当に……卑劣な手ばかり使いおる。みな、固まるのじゃ。わしからは距離を取っておくとよい、危ないでのう」
狼狽えるイザリーたちから離れ、バリアをより分厚く補強しながらコリンは通路の先を睨み付ける。その直後、無数の足音を近付いてきた。
「チッ、一人も仕留められなかったか。邪魔をしてくれたな、小僧!」
「どうやってこの通路の存在を知ったかは知らぬ。じゃが、彼らには指一本触れさせはせぬ! よいな? クズども!」
ウィンター邸の悲劇を再現するかのように、現れたのはクロスボウを装備した教団の戦士たち。バゾッドとディールがしくじった時に備えて、あらかじめ待機していたのだ。
「バゾッドから任務失敗の報告があったから、この通路を通って脱出するだろう歌姫を殺してやろうと待っていたが……余計な奴までくっついてきたようだな」
「余計? 違うのう。わしは貴様らのような卑劣な悪党から姫を守る騎士じゃ。どこからでもかかってくるがよい、外道ども。返り討ちにしてくれるわ!」
「ガキが、大人を舐めるな! お前たち、射て!」
「ハッ! てやーっ!」
「無駄じゃよ。ディザスター・シールド!」
再び矢が放たれるが、分厚い闇の盾に阻まれ地に落ちる。何度射っても、傷一つ着くことはない。魔力が補充され、すぐ傷が消えるからだ。
「いいぞー、坊やー!」
「そーれ、反撃だ! 今度はそっちから攻めてやれー!」
「ぐぬぬぬぬ、舐めたことを! もう一度だ、あの盾が壊れるまで何度でも射ってやれ!」
「は、はいぃぃぃ!」
誰がどう見ても、一度撤退して仕切り直すべき状況だが……戦士たちの司令塔は、意固地になっているようだ。意地でも盾を突破するつもりらしい。
それを把握したコリンは、ニヤリと笑う。右手に持った杖に魔力を込め、一気に反撃に出ようとする。
「発射ーー!!」
「愚かな奴らよ。これで終いじゃ。ディザスター・シールド【反射】!」
「なっ!? や、矢が跳ね返された!?」
「まずい、逃げ……ぐあああっ!」
盾の表面が淡い銀色に輝き、触れた矢が逆方向を向き跳ね返される。教団の戦士たちは逃げる間もなく、自滅することとなった。
「もう二度と、繰り返さぬ。あのような悲劇はな」
倒れ伏した敵を見ながら、コリンはそう呟くのだった。




