63話―北への旅立ち
あっという間に三日が過ぎ、コリンたちが北へと向かう日がやってきた。約束の日の朝、ガルダ部族の集落に迎えの竜車が降り立つ。
二日かけて北上し、グレイ=ノーザス二重帝国の首都、バラホリックシティへ向かうのだ。マリスやカトリーヌたちと共に、コリンは竜車に乗り込む。
「皆様、準備はよろしいですか? わたくし、御者を務めさせていただくモリアンと申します。お見知りおきを」
「うむ、よろしゅう頼むぞよ。モリアン殿」
「ご丁寧にありがとうございます。それでは、早速参りましょう。国境を越えるまでは窓を開けていても大丈夫ですが、わたくしが汽笛を鳴らしたらすぐに閉めてください。吹雪が入りますので」
「心得た。では、出発しようかの」
「はい、かしこまりました。では、行きますよ! ハイヤー!」
丁寧な口調で、御者を務めるドワーフの男……モリアンは説明を行う。その後、竜車を牽くワイバーンが翼を広げ空に飛び立つ。
見る間に地上が遠ざかり、集落が豆粒のように小さくなっていく。窓を開け、景色を楽しみながらコリンはエステルに声をかける。
「のう、エステルよ。また例によってこれから赴く国の解説をしてもらえないかのう?」
「ええで、暇潰しになるしな。……しっかし、ウチも解説キャラが板についてきたわー。こほん、そんじゃエステルちゃんのためになる解説始めるで!」
新しい国に向かう度、解説役をしている自分に苦笑しつつエステルは話し出す。懐から手帳を取り出し、書いてあるメモを読む。
「これから向かうグレイ=ノーザスは、元は二つの国だったんや。ドワーフたちの暮らす西のグレイヤード王国と、竜人たちが暮らす東のノーザリア皇国っちゅー名前のな」
「ほうほう、なるほどのう。して、何故その二つの国が一つになったのじゃ?」
「元からかーなり仲が悪うてな、しょっちゅう戦争してたんよ。確か、カトリーヌはんトコの家がゼビオン帝国の北に領土を持っとるのも……」
「ええ、元は北の二国の戦争の被害が及ばないようにするための防波堤の役割を持っていたの~。だから、ウィンター領の北端にはその時の名残……防衛用の長城があるのよ~」
エステルから話を振られ、カトリーヌはニコニコしながらそう口にする。コリンは感心しつつ、集落から持ってきた干し肉をかじった。
「ほー、今度その長城を見てみたいのう……って、話が逸れたな。して、その二国は何故一つに?」
「今から八十年くらい前にな、当時の国王同士が会談をしたんよ。これ以上争っても、両国が疲弊して民が苦しむだけやと。んで、話し合いの末に……」
「二つの国が合体したんだね? いい王様たちだねえ、ボクも見習いたいなあ」
それまで景色を眺めていたアニエスが、急に会話に混ざってくる。話の腰を折られたエステルは、若干不機嫌そうだ。
コリンから干し肉を一つもらい、もぐもぐ噛みながら腕を組む。しばらくして呑み込んだ後、話の続きを行う。
「ま、そんなわけで二つの王国が合併したんや。その後、両種族の公平さを保つために王位の世襲制が廃止されてな。今は、四つある選帝侯爵が国家の中枢を担っとるんやわ」
「……マリス、頭痛くなった。話、分かんない」
「簡単に言うとやな、ドワーフと竜人の貴族から二家ずつ皇帝を選ぶための家系を決めたんや。二十年に一度、そこに現皇帝を加えて次の皇帝を決める選挙をする制度になっとるんよ」
元々対立を続けてきた歴史があるだけに、国家運営も慎重に行われているようだ。闇の帝王学を学んできたコリンにとって、とても興味深いらしい。
「ふーむ……奥が深いのう。そのような政治形態があるとは……わしもまだまだ、学ぶことが多くあるわい」
「あらあら、いつになく真面目ね~。そんなコリンくんも、可愛いわ~」
「うんうん、キリッとした顔のししょーも素敵だよ!」
「……アンタらのコリンはん好きも、かなりのもんやなぁ」
やれやれと言わんばかりに肩を竦め、首を横に振るエステル。と、その直後に何か思い出したようだ。ポンと手を叩き、また話しはじめる。
「おお、すっかり忘れとったわ。二重帝国にも、星騎士の末裔が暮らしとるんや。せっかくや、挨拶してったらいいんとちゃうか?」
「ほう! わしの家系を除いて、獅子座と牡牛座、双子座に蠍座と射手座の星騎士と会ったから……残りは六つか。どの星騎士の末裔が済んでおるのじゃ?」
「えーと、なんやったかな。あ、思い出したわ。『処女星』リージア・バーウェイの血を継ぐバーウェイ家がおるんや。先祖代々、歌と踊りを得意とする一族なんやで」
手帳を見ながら、エステルは得意気に語る。話を聞いたマリスは、馬耳をぴこぴこ揺らしながら目を輝かせる。
「マリス、踊る、好き。歌、聴く、好き。バーウェィ、会いたい」
「基本バラホリックシティを活動拠点にしとるからなぁ、その気になればすぐ会いに行けるで? 観客として、やけどな」
「客? その家の人たち、何やってるの?」
「ミュージカルやらオペラやら、色んな歌劇の公演をやっとるんや。ウチも昔、オトンと一緒に観に行ったことがあるんよ。いやー、すっごい楽しかったわぁ」
「むむむ……わしも是非観賞したいのう。謁見が終わったら、劇場に足を運んでみるか……」
エステルの話を聞き、コリンの好奇心がむくむくと膨れ上がる。そんな彼に、カトリーヌたちも同意し頷いた。
「そうね~、わたしも久しぶりにオペラを観たいわ~。もう何年も観てないもの~」
「故郷でも、森の広場で演劇観賞会をしてたんだよねー。他の国の劇、見たいなぁ」
「マリス、賛成。マリスも、踊りたい。一緒、踊る」
「いや、飛び入り参加は無理やでマリスはん……」
自分たちが和平のための使者であることをコロッと忘れ、コリンたちはわいわいはしゃぐ。そんな彼らの願いは、想定外の形で叶うことになる。
誰あろう、これから謁見することになるグレイ=ノーザス二重帝国の皇帝……ダールムーアによって。
◇―――――――――――――――――――――◇
「これでよし、と。後は、彼らの到着を待つばかりだな。二日後が楽しみだ」
コリンたちが空の旅をしている頃、二重帝国の首都にそびえる城の中で一人の男が書き物をしていた。ドワーフ特有の、ゴツゴツした身体付きをしている。
立派な衣服と冠を身に付けた男の名はダールムーア。二重帝国の第四代皇帝だ。現在、コリンたちを歓迎するための準備を行っているらしい。
「失礼致します、陛下。先ほど、使者の送迎に向かわせたモリアン将軍から連絡がありました。使者一行と合流し、こちらに向かっているそうです」
「おお、そうか。万事上手くいっているようで何よりだ。……雪も落ち着いてきたし、明後日は晴れるかもしれないな。うん、いいことだ」
執務室に入ってきた従者から報告を聞き、ダールムーアは口の周囲と顎を覆う、ふわふわの白いヒゲを満足そうに撫でる。
「そろそろ、休憩になさいませんか? 東のドラフェイル地方から取り寄せた、上質なフレアワインを用意していますよ」
「いや、今日は酒は飲まん。使者一行をもてなすための計画書を完成させなければならんからな、出来れば今日じゅうに」
誘惑をはね除け、皇帝は机の上に広げたスケジュール帳を手に持ち従者に見せる。そこには、二日後に行う予定がビッシリ書き込まれていた。
それを見ていた従者は、ある行を見て首を傾げた。本来なら、ダールムーアが絶対しないことが書き込まれていたからだ。
「珍しいですね、陛下がミュージカル観賞をなさるとは。明後日は雪の代わりに隕石が降りますかね?」
「今度来る使者は全員未成年だろ? それだと酒でもてなせん。その代わりに、劇場に連れていってやろうと思ってな。ちょうど、今日から例の歌姫の公演が始まるしな」
「ああ、バーウェイ家のご息女様ですね? 確かに、彼女の美声は客人をもてなすにはピッタリだと思いますよ!」
「ガッハッハッハッ、そうだろうそうだろう! いつもは開幕五分で爆睡しちまうが……客と一緒なら起きていられるだろう、きっと」
自作したスケジュールを眺め、皇帝は満足そうに息を吐く。今この瞬間、二人のオラクルによってとんでもない事が起きているとも知らずに。




