60話―そして、断罪の風が吹く
『なんだと? 貴様、自分の立場を分かっているのか? ワタシがその気になれば、貴様の内蔵をズタズタに出来るのだぞ!』
「そ、そうだよエステルちゃん! ここはおとなしくしてた方が……」
「問題あらへんわ。オラクル・アムラ、アンタはウチの身体には傷一つ付けられへんのやからな!」
体内に潜り込まれるという、絶体絶命の状況に追い込まれながらもエステルの自信は消えない。どうやら、何か秘策があるようだ。
『ほう、言うではないか。なら、その発言を後悔させてやる! 死ね、こむす……め……!?』
「お? どないしたんや、痛くも痒くもあらへんで。あれだけ大口叩いとったクセに、情けないやっちゃのー」
『何故、だ? 何故動けない!? それに、このザラザラした感触……まさか、貴様!』
「な、なに? 一体なにがどうなってるの? これ」
「わしにも分からぬ。じゃが、一つ言えるのは……エステルが優位に立っている、ということじゃな」
エステルの身体の中で、何かが起きている。それも、オラクル・アムラにとって不利になる何かが。少しして、その全容が判明する。
エステルが上を向いて口を開けると、細長い棒のようなものがにょきっと出てくる。よく見ると、それは大量の砂を固めたものだった。
「ね、ねえエステルちゃん。それ、なぁに?」
「これか? ウチの体内に潜り込んだ敵さんを砂で固めたんや。ウチは自分の体内でも砂を操れるんよ。結構集中力がいるさかい、滅多にやらへんけど」
「な、なるほどのう。確かに、砂で固めてしまえば動けぬ、か」
「……マリス、怖い。肌、ぶつぶつ」
何とも奇想天外な方法でオラクル・アムラを封じ込めてみせたエステル。だが……あまりのとんでもなさにコリンたちはドン引きしていた。
右手に持った砂の塊をゆらゆらさせながら、エステルは頬を膨らませる。
「なんや、そない引かんといてや。とにもかくにも、これでもうこやつは」
「いえ、まだ不完全ですね。さらに封印しましょう。ハンドメイド・ギャラリー……クリエイト!」
これにて一件落着、と思われたその時。砂をこじ開け、オラクル・アムラが外に逃れようとしているのをマリアベルが見つける。
指を鳴らすと、広間の壁や床が剥がれ砂の塊に向かって飛んでいく。内部にいるオラクル・アムラごと砂を剥がれ落ちた岩が包む。
『くっ、何をする! ここから出せ!』
「わあ、凄い! 人型の……なんだろ、オブジェ? になっちゃった」
「オブジェではありませんよ、これは蓄音機です。まあ、奏でられるのは優雅なクラシックではなく……愚者の嘆きの声ですがね」
砂に包まれたまま、オラクル・アムラは人の形をした蓄音機へと変えられた。助けを求めるように、右手を前に突き出したポーズで。
「これこそがマリアベルの持つ魔法よ。限定された空間内に存在するモノを、意のままに家具や娯楽用品に造り変えるのじゃ」
「えげつない魔法やな。こいつ、まだ生きてるんやろ?」
「ええ、もちろん。会話をすることも可能ですし、砕いてしまえばそのまま死にます。お坊っちゃま、せっかくなのでお話してみますか?」
「うむ。この里の者たちを元に戻せないか確かめなくてはならぬからの。これ、聞こえておるか? オラクル・アムラよ」
コリンが語りかけるも、返事はない。そこで、マリアベルが回し蹴りを叩き込む。すると……。
『ぐあああっ! 貴様、何をする!』
「そうそう、言い忘れていましたが。わたくしに家具にされた者は、痛覚が通常の数倍から数十倍に増幅されます。痛い目に合いたくなければ、質問に答えなさい。いいですね?」
『おのれ、よくもこんな』
「返事は?」
『うぐあああ! 分かった、返事をする! だから蹴るのはやめてくれ!』
「いいえ、まだ足りません。お坊っちゃまが傷を負うことになった元凶でもありますし……『仕置き』をしなければなりませんね」
反抗的な態度を取るオラクル・アムラに、マリアベルは何度も蹴りを叩き込む。地獄のような痛みに悶え、アムラはあっさり従う。
いや、従わざるを得ない状況に追い込まれたのだ。それを見たアニエスたちは、恐怖に身を竦める。
「こ、こわい……。こんな拷問、ボクだったら絶対受けたくないよ……」
「マリス、そう思う。でも、あいつはそれだけの業、積んだ。可哀想、思わない」
しばらくして、蹴りの嵐が終わった。蓄音機にされているため表情は変わらないが、アムラが憔悴しきっているのはハッキリと見て取れた。
『ぐ、うう……』
「さて、そろそろ質問させてもらうぞよオラクル・アムラ。正直に答えれば、楽にしてやろう。チーター獣人たちをどこにやったのじゃ?」
『やつ、らは……ワタシの神託魔術で霧に変えた。我が力を増幅させるために、取り込んだよ……ククク』
コリンの問いに、オラクル・アムラはそう答える。ある程度予想していたコリンは、次の質問を投げ掛ける。
「では、部族の者らを元に戻すことは可能か?」
『神託魔術を解除すれば、元に戻る! さあ、正直に話した、早く元に……うぎゃあああ!』
「口を閉じろ、クズが。貴様のような外道、人に戻してやる道理などない!」
返答を聞いたコリンは、オラクル・アムラに蹴りを叩き込む。アニエスやエステル、マリアベルたちも無言で構える。
一人として、オラクル・アムラの所業を許すつもりはないのだ。特に、マリスの怒りは凄まじいものがあった。
「これまで戦ったベイルやロルヴァは、本人が死ねば魔法が解除されていた。つまり、わざわざ貴様に解除してもらう必要はない。死ね、オラクル・アムラ」
『や、約束が違う……』
「黙れ。お前、草原を汚した。お前のせいで、血がたくさん流れた。マリス、お前許さない。死をもって償え!」
そう叫ぶと、マリスの腹に光が灯る。二重の円で囲まれた弓と矢の形をした紋章……【ガルダの大星痕】が怒りに呼応し、浮き上がったのだ。
「マリス、今回のトドメはそなたに譲ろう。存分に怒りを叩き付けてやるのじゃ!」
『ま、待て! やめろ、まだ蹴られた場所が焼けた鉄を押し付けられたように痛いんだ! これ以上やられたら……』
「構わない。草原の掟、ある。罪犯した者、傷付けた分だけ、同じ傷負う。それが、定め!」
そう叫ぶと、マリスは風の弓を呼び出し天井の穴に向かって矢を放つ。天へ向かって飛翔する矢は、勢いよく突き進み頂点に達した。
その直後、矢じりが下を向き物凄い勢いで分裂をはじめた。総数、実に百はくだらない。無数の矢が、草原を乱した悪しき者に降り注ぐ。
「ゲイル・エンド・アロー。風と共に、散れ。オラクル・アムラ!」
「みな、通路まで下がるのじゃ! 矢に巻き込まれてしまうぞ!」
「うん! それっ、逃げろー!」
巻き添えを食らわないよう、コリンたちは通路の方へ避難する。一人残されたオラクル・アムラは、誰にも与えられることのない救いを求め叫ぶ。
『待て、行くな! ワタシを置いて行くなァァァァァ!! こんな、こんな死に方だけは……したく、な』
「ジ・エンド。草原は、お前、許さない」
最後まで言い切る前に、矢の流星が降り注ぐ。想像を絶する苦痛を味わいながら、オラクル・アムラは風の裁きを受けた。
瓦礫を除去して外に出ると、すでに霧が晴れていた。里のあちこちで、チーター獣人たちが唖然としたまま座り込んでいる。
何が起きていたのか、全く覚えていないようだ。
「終わったのう、全て。これでもう、草原が脅かされることはあるまい」
「うん。全部、コリンたちのおかげ。マリス、感謝する。ありがとう、コリン」
命が戻った里を眺めながら、マリスはそう呟いた。




