59話―霧に包まれた里
翌日の朝、コリンたちは元いた谷に戻りチーター部族の里への歩みを再開する。正午を回る前には、里に到着出来たが……。
「……おかしい。里があまりにも静か過ぎる。それに、見張りすらいないというのはどういうことだ?」
「ウチの勘が告げてるで、こらヤバイってな。コリンはん、どないする? このまま里に入りまっか?」
「うむ、何が起きているのか確かめねばなるまい。……少し待っておれ、マリアベルと相談してくるでな」
一晩経ち、傷が癒えて包帯を外したコリンはドアを造り出し向こう側へ消えた。しばらくして、マリアベルを伴い戻ってくる。
「ミセス・リュミ。お坊っちゃまと協議した結果、貴女は城に残り待機するべきとの結論が出ました」
「リュミ殿はガルダ部族をまとめる長じゃ。万が一のことがあれば、わしは顔向け出来ぬ。マリアベルの目を通して里の様子を見てもらう故、城で待っていてはもらえぬじゃろうか」
「そうだね、二人の言うことも一理ある。……でも、大丈夫なのかい? そっちの召し使いさんはちゃんと戦えるのか?」
コリンたちの説得を受け、リュミは安全な場所から一部始終を見ることを決める。しかし、自分の代わりに里に向かうマリアベルが心配なようだ。
「問題ありません。わたくし、こう見えて大いなる魔の貴族……大魔公ですので。実力はあると自負しております」
「そうか、分かった。皆、くれぐれも無理だけはしないでおくれよ。特にマリス、闇雲に突っ走ることはしないように。いいね?」
「分かってる。マリス、そこまでバカ違う」
「さ、行こうぞ。里で何が起きておるのか、確かめねばなるまいて」
リュミが城に入ったのを見届けたコリンはドアを消し、仲間を連れ里に入る。チーター部族の暮らす里は、濃い霧に覆われていた。
どこか生暖かい霧に不快感を覚えつつ、一行は誰かいないかあちこちを探す。しかし、里には生き物の気配が全くない。
「ししょー、絶対おかしいよここ。ネズミ一匹いないなんて、普通じゃないよ」
「あちこちのテントに食べかけの食事やら飲み物やらがあったわ。確実に、少し前まで獣人たちがおったんやと思う。それが、何かの理由で消えてしもうたんや」
彼女らの言う通り、里の至るところに日常の痕跡が残されていた。顎に指を添え、マリアベルは真剣な表情を浮かべる。
「……例のオラクル、何かを行ったようですね。微弱ですが、この霧から生命反応を感じます。お坊っちゃま、向こうに見える洞窟から霧が発生しているようですが……如何致しましょう?」
「行ってみるしかあるまい。ここで話していても、解決しないからのう」
失踪の謎を探るため、コリンたちは里の奥にある洞窟へ向かう。マリス曰く、この洞窟はチーター部族が雨乞いの儀式をするために使う場所らしい。
「……今のところ、霧以外の異変はありませんね。わたくしが先導します、お坊っちゃまたちは後ろから着いてきてください」
「分かった。しかし、霧のせいで薄暗いのう。転ばぬように気を付け」
「! みんな、危ない! エアスライド!」
五人が洞窟に足を踏み入れた、次の瞬間。突如として、洞窟入り口の天井が崩落し始めたのだ。間一髪、マリスが突風を起こして全員を吹き飛ばしたことで生き埋めにはならずに済んだ。が……。
「入り口が塞がってもうたで。これじゃ、外に出られへんな」
「そうじゃな。じゃが、これで疑惑が確信に変わったぞい。この霧、確実に意志を持っておる。それも、わしらへの強い敵意と悪意を。霧よ、正体を現せ!」
『ク、ク、ク、ク、ク。流石、ベイルとロルヴァを倒しただけはある。こうも早く見破られるとはな』
「し、ししょー! 霧が人の形になってくよ!」
コリンが叫ぶと、霧が集まり不気味にうごめく。少しして、崩れた岩の前に――オラクル・アムラが姿を現した。
「ようこそ、我がチーター部族の里へ。もっとも、部族は今日で根絶されたがね」
「お前、なにした? 何で、みんないない?」
「決戦に備え、ワタシの養分になってもらったのだよ。我が神託魔術、【スモーキング・ストーキング】を用いてな!」
「また霧になった! ししょー、どうするの!?」
「ここは狭い、一旦奥へ向かう。そこでオラクル・アムラを迎え撃つのじゃ!」
雨乞いの儀式を行う祭壇の間へ続く道は、細く狭い造りになっている。そこで戦おうものなら、同士討ちになってあっという間に全滅だ。
おまけに、相手は霧の状態。なんとかして実体化させなければまともに攻撃を叩き込むことも出来ない。そのための策を練る時間稼ぎの意味もあった。
「逃げるか? クク、いいだろう。祭壇の間の先に道はない。追い詰められたネズミの処理など、赤子の手を捻るより簡単なことだ」
「余裕かましとるで、あいつ。わざとノンビリ追ってきとるんや、ウチらを小バカにしとるで!」
「虫テルさん、焦ってはいけません。どんな人物、能力も完全無欠ということはありませんよ。必ず弱点や欠点があります。そこを突けば、奴を倒すことも可能です」
「マリス、あいつ許さない。草原、乱す。部族の仲間、殺す。掟、破った。死で、償わせる」
祭壇の間に向かう途中、マリスは顔をしかめそう口にする。罪無き者たちを平然と殺したオラクル・アムラに強い怒りを抱いていた。
「着いたよ、ししょー! ……で、どうやってあいつを倒すの?」
「霧の状態では、物理的な攻撃はまず効かないじゃろう。魔法による攻撃なら、効果はあるかもしれぬが……一つひとつ、試しながら戦う他あるまい」
「いいだろう、試してみるがいい。ただし――ワタシの攻撃から生き延びられるのならばな!」
「エステルちゃん、危ない!」
目的の場所に到着し、どうやってオラクル・アムラと戦うか話し合うコリンたち。だが、そこにくぐもった声が響く。
祭壇の間を構成する石畳の隙間から、霧が吹き出した次の瞬間。鋭い刃物に変わり、エステルに襲いかかる。
「まずはお前から死ね!」
「そうはいくかい! サソリ忍法、砂蝉の術!」
心臓を狙って突っ込んでくる霧の刃を前に、エステルは忍術を発動する。身体が砂へと変わり、致命的な攻撃を回避してみせた。
「ぬうっ、面妖な避け方を!」
「今じゃ、ディザスター・ランス!」
砂になったエステルを突き抜け、方向転換しようとするオラクル・アムラに向けコリンは闇の槍を放つ。しかし、槍は霧をすり抜けてしまう。
魔法攻撃であっても、実体化していない状態ではまるで効果がないようだ。コリンの攻撃を無効化したオラクル・アムラは、さらに攻勢に出る。
「どうした、今ので終わりか? なら、今度はワタシの番だ! ミストソード・トルネード!」
「全員、避けよ!」
霧が拡散し、空中に無数の剣が発生する。それらが一斉にコリンたち目掛けて放たれた。祭壇の間を逃げ回るコリンたちを見ながら、アムラは笑う。
「ハハハハハ! 実態の無いものは斬れない、叩けない、壊せない、殺せない! お前たちはここで死ぬのだ!」
「むむむ、これはちとまずいのう。マリアベル、あの魔法は使えぬのか?」
「現在、この広間と同期している途中です。同期が完了すれば、恐らく奴にも効くかもしれませ……くっ!」
「ゴチャゴチャとうるさい奴らだ。まずはお前たちから殺してやろう。ベイルとロルヴァの仇を……? ん、なんだ? 風が……」
何と逆転の策を捻り出そうとするコリンたちだが、霧の刃に斬られダメージが蓄積していく。そんな中、動きを見せたのはマリスだった。
「お前、厄介。攻撃、当たらない。でも、無敵違う。霧、散らす。分散、動けない。バイルサイクロン!」
「身体が、散らばる……! この風を止めろ! これ以上霧散するのは……!」
「散れ! 風と共に永遠に!」
渦巻く風がオラクル・アムラの身体を構成する霧を吹き飛ばしていく。どうやら、他者の力で霧を拡散させられるのはまずいようだ。
必死に抵抗するも、風の勢いが強くどんどん霧が薄くなる。雨乞いのために空けられた天井の穴から、ドンドン外に飛ばされていく。
「まず、い……! 仕方ない、こうなれば!」
「なんや? あいつ、こっちにき」
「まさか、あやつ……! エステル、砂で顔を覆え! そやつはそなたの体内に逃げ込む気じゃ!」
「バカめ、もう遅い!」
突風から逃れるべく、オラクル・アムラは近くにいたエステルの鼻から体内に潜り込む。人質にすることで、風を止めさせるつもりなのだ。
『ハハハ、これでワタシの勝ちだ! さあ、この女を殺されたくなければ、言うことを聞いてもらおうか!』
「フン、なーに寝言ホザいとるんや。この程度で勝利宣言するなんて、早すぎやでボンクラ! ウチの本当の力、見せたるわ!」
勝ち誇るアムラだが、エステルは動じない。彼女の操る砂の力が今、その真価を発揮する。




