56話―決着の時
「気を付けろ、コイツさっきまでと動きのキレが違うぞ!」
「ふふん、ビビっちゃった? いいんだよ、ボクを見逃しても。魔法陣壊しちゃうもんね!」
「チッ、全員奴を追え!」
槍部隊が怯んだ隙を突き、アニエスは豆の木を一気に登っていく。シャカシャカした動きは、昆虫のソレを彷彿とさせる。
一方、地上でも大きな動きが起こり始めていた。アニエスの奮起が、コリンたちにも活力を与えたのだ。
「こちらも負けておられんのう、先に敵を全滅させてやろうではないか! ディザスター・ランス【雨】!」
「せや、ウチらかて負けてられへんで! サソリ忍法、砂時雨の術!」
「ぐあああ!」
「魔法障壁を張れ! 守りを固めるのだ!」
コウモリ獣人たちの頭上に砂の雲が形作られ、針のように細く尖った砂粒が落ちてくる。地上からのコリンの攻撃と合わせ、上下から挟み撃ちだ。
「よし、このまま攻撃を続ければ奴らを――」
「目障りな奴め、まずはお前から消してやる!」
「コリン!」
「コリンはん!」
敵の数を減らし、形勢逆転を狙うコリン。しかし、そこにリーファルの魔の手が伸びる。闇と砂の雨を掻い潜り、コリンの元に到達した。
首元を掴んで上空に連れ去り、崖下の方へ向かう。岸壁にコリンの頭を叩き付け、そのまま真っ直ぐ突き進んでいく。
「むぐうっ!」
「その顔を削り取ってやる! 痛みに悶えながら死ぬがいい!」
「させない! 風爆ぜ射ち!」
コリンを助け出すべく、マリスは崖から勢いよく飛び降りる。落下しながら狙いを定め、リーファル目掛けて矢を放つ。
「何を……ぐっ!」
「風、弾ける。コリン、離れる。マリス、掴む!」
矢が直撃する寸前、パンッと弾け突風が発生する。リーファルが吹き飛び、解放されたコリンが落下していく。
「コリン、手伸ばす! マリス、掴む!」
「くっ、それっ!」
「掴んだ。上、戻る!」
しっかりとコリンの手を掴んだマリスは、強烈な上昇気流を発生させて崖の上に戻ろうとする。しかし、そうはさせまいとリーファルが舞い戻った。
「上に戻られてたまるか! 二人とも谷底に叩き落としてやる!」
「ふん、そうはいかぬわい! さっきの礼じゃ、たんと受け取れ! ディザスター・ランス【二重奏】!」
「なっ……ぐうっ! は、羽根が!」
「しばらくそこで大人しくしておれ。後で直々に始末してやるでな!」
コリンは分裂する闇の槍を発射し、リーファルの羽根を貫いて岸壁に串刺しにする。これでもう、敵のリーダーは動けない。
後は魔法陣を破壊し、コウモリ部族の戦士たちを全滅させるのみ。コリンたちが崖の上に戻った直後、アニエスが豆の木の頂点に到着した。
「やっと着いた! さあ、ぜーんぶ壊しちゃうよ! スピリティアル・ムーン・スレイヤー!」
「まずい、奴を止めろー!」
「ダメだ、間に合わ……ぐあああ!!」
半分にまで減らされた槍持ち部隊の面々は、四方八方から一斉に飛びかかってアニエスを倒そうとする。が、一足遅かった。
両手に剣を持ったアニエスは、コマのように身体を回転させ水平方向に円形の衝撃波を飛ばす。飛び込んできた敵もろとも、魔法陣を打ち砕く。
「やったよししょー! 魔法陣、全部壊したよ!」
「うむ、よくやったアニエス! さあ、後は残りの者どもを始末するだけじゃ!」
「くっ、おのれ……! 酋長よ、聞け! この戦い、我らの敗北を認めよう。私の命と仲間の情報と引き換えに、部下たちの逃走を許してくれ!」
増援は望めず、コリンたちを打ち破る策も尽きた。敗北を悟ったリーファルは、部族の絶滅を防ぐため降伏することを決めた。
「マーマ、どうする?」
「……まあ、いいさ。降伏すると言うのなら、聞き入れてやろう。これ以上、同じ草原の民を殺すのも気が引けるからね」
「なんじゃ、呆気ない幕引きじゃのう。ま、死屍累々の地獄絵図になるよりはマシ、か」
コウモリ部族の降伏、という予想外の形で戦いに決着がついた。崖の上に引き上げられたリーファルは手足を縛られ、地面に座らされる。
「族長……俺たちのために……」
「済まねえ、済まねえ……不甲斐ない俺たちを許してくだせぇ……」
「気にするな、お前たちはよく戦った。我が命を以て、敗北の責任を取る。さ、行け。奴らの気が変わらぬうちにな」
戦いが終わり、生き残った部族の戦士たちは集落がある南の方角へと翔び去っていく。一人残ったリーファルは、コリンたちに囲まれる。
「さて、早速情報を吐いてもら……む、ぐっ」
「コリン、無理ダメ。怪我、酷い。手当て、する。きて」
「こっちはワタシたちに任せておきな、マリス。傷が残らないように、丁寧に治療してあげな」
「分かった、マーマ。コリン、こっち」
リーファルへの尋問をリュミたちに任せ、マリスは傷の手当てをするためコリンを連れテントの中に入る。腰のポーチを開け、数枚の薬草と磨り潰し用の道具一式、包帯を取り出す。
「これ、凄い薬草。傷、塗る。たちまち治る。コリンびっくりする」
「ふむ、それは楽しみじゃのう。かなり痛むでな、やさしーくしてほしいのう」
「ん。努力、する」
石製の器で半液状になるまで薬草をゴリゴリ磨り潰した後、マリスはそっと指で掬い取る。岸壁に擦り付けられて傷だらけのコリンの額に、薬液を塗る。
「んぬうっ! くう、結構染みるのうこれ……」
「だいじょぶ、コリン強い。耐える。でも、痛い、泣く、していい」
「むうう……! わしとて男子じゃ、これくらい我慢してみせる!」
傷口が染みるせいで、コリンは顔をしかめる。痛みを我慢しようと努めるも、目尻にはうっすらと涙が滲んでいた。
「……のう、マリス殿。そなた、本当にわしと結婚するつもりかえ? そのようなことをせずとも、過激派の部族を鎮圧すればよいのではないか?」
「マリス、最初そう考えた。でも、コリン会う。考え、変わった。コリン、笑わなかった。マリスの、話し方」
顔の左半分に広がる擦過傷や裂傷に薬液を塗りながら、マリスは自身の想いを口にする。治療を受けながら、コリンは黙って聞いていた。
「マリス、八歳の時のど怪我した。それから、上手く話せない。みんな、マリス笑う。庇う、マーマと子どもだけ。草原の内、外。変わらない。みんな、笑う」
「……酷い話じゃ。そなたには何の非もないというのに。辛いことじゃのう」
「辛かった。でも、コリン来た。コリン、話し方、笑わない。マリス、普通に接してくれた。……とても、嬉しかった」
マリスは傷口に薬液を塗り終えたあと、今度は包帯に残りの薬草を擦り付ける。そんな彼女を見て、コリンは複雑な表情を浮かべた。
「マリス、酋長の娘。いつか、婿取る。でも、笑う奴、やだ。婿、マリスのこと笑わない人、望む。だから、コリン、望む」
「しかし、本当にわしでよいのか? 十一歳も歳が離れておるのじゃぞ、わしらは」
「関係、ない。マリス、悟った。コリン、好き。お喋りする、楽しい。ずっと、側、いたい。包帯、巻く。こっち、来る」
ちょいちょいとコリンを手招きしつつ、マリスはあぐらをかく。足の間に座れ、という意志表示だ。拒むわけにもいかず、コリンはちょこんと座った。
「いいこ、いいこ。包帯、巻く。傷、すぐ治る。だから、安心」
「うむ、優しく頼むぞよ。……なんだか、マリス殿はいい匂いがするのう。お日様と草の、柔らかい香りがするわい」
「コリン、かわいい。……も一つ、コリン選んだ理由、ある。コリン、マリスと同じ匂い、する。悲しい、匂い」
股ぐらに座るコリンの額に包帯を巻きながら、マリスはそう話す。少しして、コリンはポツリと呟いた。
「……そう、じゃな。わしも昔、たった一度だけ仲間外れにされたことがある。……聞きたいかえ? わしの過去を」
「聞きたい。思い出、共有する。悲しい、軽くなる」
コリンの言葉に、マリスは頷き肯定する。少しして、コリンは語り始める。誰にも語ったことのない、己の過去を。