55話―アニエスの試練
ハインケルがドヴァジを討ち取った頃、コリンたちは激戦を繰り広げていた。空から襲ってくるコウモリ獣人たちを、それぞれのやり方で叩き落とす。
クロスボウを得物とする者たちは早々に全滅させられたが、槍を得物とする部隊が次から次へと魔法陣から飛び出してくる。
「ディザスター・ランス! ……全く、これだけの数を相手にせんといかんのは面倒じゃのう!」
「ぐあっ!」
「あの魔法陣が厄介だね。あそこからドンドン援軍が召喚されてる。何とかしてぶっ壊したいトコだけど……そう上手くはいきそうにないね、これは」
どれだけ敵を倒しても、空中に浮かぶ魔法陣から新たな敵が現れ全滅させられない。このままいたちごっこが続けば、コリンたちがジリ貧で負ける。
最悪の事態を回避するには、どうにかして魔法陣を破壊し援軍が現れるのを阻止する必要がある。その役目に、アニエスが名乗りをあげた。
「ししょー、ここはボクに任せて! あの魔法陣、ぱぱーっとぶった斬ってくる!」
「ぱぱーっとって……何をするつもりじゃ、アニエス」
「ふふん、こうするんだよ! それっ、ビッグビーンズツリー!」
「おおっ!? でっかい豆の木が生えおったで! これを登れば、魔法陣に届くかもしれへんな!」
アニエスが剣を地面に突き刺すと、瞬く間に巨大な豆の木が生えてくる。天高く伸びた木は、ちょうど魔法陣の近くまで成長した。
「よし、行くのじゃアニエス! ……ふむ、いい機会じゃ。実戦の中で修行をするとしよう。レッスン・ワンじゃ、『あらゆる方向に同時に気を配れ』! アニエス!」
「ぴぇっ!? こ、こんな状況で!? ……でも、ししょーが言うならボク頑張る! それっ、やぁーっ!」
突然始まった修行に困惑するアニエスだったが、すぐに気を取り直し頷く。豆の木を駆け登り、魔法陣の破壊に向かう。
「来るか、小娘。第一槍部隊、あの小娘を妨害せよ。木から叩き落としてやるといい!」
「ハッ、お任せください族長!」
「私は残りの部隊を率い、地上を制圧する。武運を祈るぞ、行け!」
「げー、もうこっち来た!? しっしっ、あっち行けー! えんがちょー!」
アニエスの動きを見て、リーファルは迅速に判断を下し部下に指示を出す。八人一組の槍部隊をアニエスに差し向け、妨害するつもりだ。
「コリンはん、何人かがアニエスはんのトコに行ったで! ウチらはどないするんや?」
「こちらに向かってくる者たちの撃破に集中するのじゃ、エステル。なに、大丈夫。アニエスならばこの程度のレッスン、クリア出来るぞよ。わしはそう信じておる」
「……分かったわ。なら、ウチも突っ込んでくる連中の処理に当たるで!」
早速敵の洗礼を受けているアニエスの加勢に行くべきか思案するエステル。が、コリンの言葉を受け地上で戦うことを決めた。
「……フッ! 一人、仕留めた。でも、まだ来る。無限ループ、怖い」
「終わらせる方法が一つだけあるぞ、酋長の娘よ。お前が死ねばいいのだ!」
「危ないで! サソリ忍法、流砂滑歩の術!」
延々と敵襲が続く中、マリスは気だるそうに呟く。その隙を突き、リーファルが急降下し奇襲する。エステルは咄嗟に忍術を使い、砂を操る。
マリスの足元に砂の絨毯が生成され、高速で動き出す。リーファルが槍を突き出すより早く、マリスは遠くに移動させられ難を逃れた。
「戦いに集中しな、マリス! じゃないと、命を獲られるよ!」
「マーマ、ごめん。マリス、引き締める」
「チッ、面妖なことをする。だが、数の差で押しきれば何をしようと無意味。このまま全滅させてやる!」
「むう、まずいのう……。アニエス、この戦いの勝敗はそなたにかかっておる。頼んだぞ」
素早く上空へ戻っていくリーファルを横目に見ながら、コリンはそう呟く。一方、豆の木を登るアニエスは、敵の妨害に苦戦していた。
「こいつを食らえ! そりゃっ!」
「わわっ、あぶな! もう、邪魔しないで! てりゃーっ!」
「フン、見え見えの攻撃になど当たるものか!」
魔法陣があるのは、地上から約四十メートル先の夜空。そこにたどり着くためにも、アニエスは必死に登っていく。
しかし、そうはさせまいとするコウモリ獣人たちの妨害を受け思うように登っていけない。このままでは、木から叩き落とされるのも時間の問題だ。
「うう、あれだけ大見得切って登ってきたのに……まずいなぁ、まだ四分の一も登れてな……いたっ!」
「はっははは! やったぞ、背中に一撃くれてやったわ!」
「いたい……くすん、全然動きを目で追えないよ。これじゃあ、ししょーに申し訳が立たないよぉ……」
背中を斬りつけられ、アニエスは弱気になってしまう。幸い、身に付けた鎧のおかげでかすり傷程度の負傷で済んだが次はそうはいかない。
万が一手を負傷してしまえば、地上までまっ逆さま。墜落して死ぬか、落ちている途中で串刺しにされて死ぬか。二つに一つだ。
「いいぞ、お前たち! 小娘は弱気になっている、そのまま叩き落としてしまえ!」
「コリンくん、まずいんじゃないのかい? このままだと、あの娘が殺されちまうよ!」
「大丈夫じゃ、リュミ殿。……アニエス! 公国での修行を思い出すのじゃ! 相手を探る時は! 『目で見る』のではなく『心で視る』のじゃ!」
「目じゃなく……心で、視る……」
コリンの声援を受け、アニエスの脳裏にかつて行った修行の内容がよみがえる。姉テレジアを救うため、コリンに課せられた試練の記憶が。
◇―――――――――――――――――――――◇
少し前。ワルダラ城の修練場にて、アニエスはとある修行をしていた。目と耳を封じた状態で、コリンが放つ闇の槍を全て避ける、というものだ。
アニエスが消しとんでしまわないよう、威力はかなり抑えてあるが……それでも、痛いものは痛い。アニエスの身体は、青アザだらけになっている。
『うぺえっ! む、無理だよぅししょー! 目隠しと耳栓した状態でディザスター・ランスを全部避けるなんてさぁ!』
球状の大きな結界の中を、四つの闇の槍が不規則に反射しながら飛び回る。一度も当たることなく、五分間避けきることか出来れば修行達成だ。
『それはのう、アニエス。そなたが目と耳に頼っておるからじゃ。ほれ、一旦そこを出て封を解け。わしが手本を見せてやるでな!』
『わっ、凄い! あんな猛スピードで槍が飛び回ってるのに、全部避けてる!』
何度も失敗し、ギブアップしかけるアニエス。そんな彼女を励ましつつ、コリンは手本を見せるべく交代で結界の中に入る。
目隠しと耳栓をし、アニエスの時の三倍のスピードで槍を乱反射させるコリン。闇の槍が直撃するどころか、かすりすらしていない。
『とうっ! ……と、こんな感じで全部避けられるのじゃ。肌と心……すなわち精神は、あらゆるモノを教えてくれる。生物や物体の気配、微妙な温度や風圧の変化。それらを敏感に察知出来るようになれば、わしのように楽々避けられるようになるのじゃよ』
華麗なバク転で結界から脱出しつつ、コリンはそう口にした。目隠しと耳栓を取り、アニエスにアドバイスを送る。
『……そっか、なるほど。ししょー、もっかいチャレンジしてみる! 頑張れば、必ず感覚を掴めるはずだもん!』
『うむ、よく言った! 修行を達成出来たら、褒美をやろう。好きなだけわしのほっぺをもちもちしてよいぞ!』
『ホント!? よーし、頑張るぞー!』
やる気をみなぎらせ、アニエスは目隠しと耳栓をして結界に飛び込む。……結局、その日は修行を達成出来なかったが。
◇―――――――――――――――――――――◇
(そうだ。ここで諦めたら、あの時の修行が全部無意味になっちゃう。そんなのは……ししょーの一番弟子として、絶対に嫌だ!)
コリンの言葉で再起したアニエスは、目を閉じつつ魔力で作り出した耳栓で耳を塞ぐ。全神経を集中させて、肌と精神で敵の気配を探る。
「なんだ? あいつ。いきなり目を瞑りやがったぞ。ははあ、さては恐怖でおかしくなったな。なら、そろそろトドメだー!」
そんなアニエスを見て、コウモリ獣人の一人が突撃していく。上下左右に蛇行し、どこから攻撃するか悟られないようにしつつ接近し――。
「今だ! 死――」
「見切った、そこだ! リーフスラッパー!」
「なっ!? うぎゃあああ!!」
槍が突き出される直前、アニエスはす早く振り向き剣を振るう。剣は吸い込まれるようにコウモリ獣人に直撃し、身体を真っ二つに切り裂いた。
「バカな、これまでかすりすらしなかったのに!?」
「で、出来た……! 出来たよ、ししょー! あの時の修行の成果、掴んだよ!」
動揺するコウモリ獣人たちを尻目に、アニエスは地上にいるコリンに向かって叫ぶ。愛弟子の成長を見たコリンは、ニコッと微笑んだ。




