54話―白バラのハインケル
「魔人、だと?」
「そうとも。キミたちも知っているだろう? 【ベルドールの七魔神】の伝説くらいは。他所の大地の出来事とはいえ、ね」
「確かに、わたしは知っているわ~。邪悪な闇の眷属の王と、創造神を騙る大罪人を倒した英雄たちの伝説はね。でも、さっきのは衝撃の真実過ぎて~、正直信じられないわ~」
ベルドールの七魔神。千年前、とある大地を魔戒王から救った、七人の英雄たちの総称だ。彼らの存在は大地を越え、多くの人々に語り継がれている。
ここ、イゼア=ネデールでも例外ではない。そんな英雄の子孫だと、ハインケルは豪語しているのだ。
「フン、ベルドールだかベルベルベだか知らんがそんなのはどうせデタラメだ! 今のだって、何か魔法で誤魔化しているだけに過ぎん! お前たち、やれ!」
「オオオオーーーー!!!」
「やれやれ、信じるつもりはなしか。フッ、ならば僕の力を見せて差し上げよう! いでよ、風塵の槍!」
ハインケルは、右手を前に突き出しながら叫ぶ。すると、渦巻く風が集まり槍へと変わった。石斧を持った三人のイノシシ獣人が、そこに殺到する。
「死ねえええ!!」
「くたばれ外来種ー!」
「そのスカした顔をへこませてやるー!」
「やれやれ、下品な叫び声だ。こういう時はね、スマートに戦うものだよ。こういう風にね」
やれやれと言わんばかりにかぶりを振った後、ハインケルは優雅に歩き出す。右腕を振ると、ヒュッと風を切る音が響く。
特に何も起こらず、ハインケルはイノシシ獣人たちを通過して背後に出た。カトリーヌが心配そうに見守る中、獣人たちは笑う。
「なんだ、何も起こらねえじゃねえか! ケッ、ただのコケおどしかよ」
「澄ました顔しやがって、ぶった斬ってや……!? グエェッ!」
「お前たち、どうし……んなっ!? の、喉に穴が!」
振り返ってハインケルの背中に斧を叩き込もうとする三人に、異変が起きた。何かに刺されたかのように喉に傷が出来、パックリと穴が空いたのだ。
「ま、こういう風に時間差で攻撃を叩き込むことも可能なのだよ。もっとも、祖先より受け継いだ力を振るえるのは夜の間だけだがね」
「あらあら~、思ってたよりも凄いわ~。コリンくんがいたら、きっとビックリするわね~」
「さ、カトリーヌ君。ここは僕に任せて、キミは外の加勢に向かいたまえ。すぐに終わらせて追い付くから」
「そう? じゃあ、ここはお願いね~。そ~れ、ぴょ~ん!」
ドヴァジたちの相手をハインケルに任せ、カトリーヌはガルダ部族の戦士たちの加勢に向かう。両足に力を込め、勢いよく跳躍し離脱する。
「逃がすな、追えお前たち!」
「おっと、どこに行くつもりかね? キミたちの相手はこの僕……『白バラ』のハインケルだ! フェザージャベリン!」
カトリーヌを追おうとするイノシシ獣人たちに向けて、ハインケルは風で作り出した四つのジャベリンを叩き込む。
「ぐあっ!」
「ぎゃああっ!」
「チィッ、やりたい放題してくれやがって! 弓兵、射てー!」
カトリーヌの追跡を諦め、ドヴァジは先にハインケルから仕留めることを決める。弓を持った部下たちを先頭に出し、一斉に矢を発射させた。
……が、突風の壁が矢を弾き地面に落とす。弓矢などの飛び道具の類いは、今のハインケルには一切効果がないようだ。
「ぐぬぬぬぬ……! 外来種の癖に小賢しい真似をしおって! 憎たらしい……だから人間は嫌いなんだ!」
「おやおや、何を言うのかね。己の身を守るために全力を尽くすのは当然だろう? それとも、黙って殺されろと言うのかい? フッ、何とも都合のいい理屈だな」
「黙れ黙れ黙れ! 矢が効かぬのなら魔法だ! 食らえ! 土魔法、ガイアファング!」
「俺たちも族長に加勢するぞ! それっ!」
ハインケルを倒すべく、ドヴァジらは大規模な魔法を発動する。地面が盛り上がり、岩石で出来た巨大なイノシシの頭部が形成される。
岩石イノシシは大口を開け、ハインケルを呑み込まんと爆走を始めた。地面を裂き、真っ直ぐに突き進んでいく。
「死ねぇぇぇ! 外来種ゥゥゥゥゥ!!」
「やれやれ、同じセリフしか言えないのかね? もうソレは聞き飽きたよ。風魔法、エア・ハイツ!」
両足に風を纏わせ、ハインケルは空高く跳躍して岩石イノシシをかわす。槍の柄を両手で持ち、下へと向ける。
「邪魔なモノは排除しなければね。いでよ、穿風の大槍! 奥義、ギガゲイルドライバー!」
「んなっ!? や、槍がデカく……お前たち、下がれぇぇぇ!!」
「うわあああ!!」
槍が巨大化し、穂先がドリルのような形状へと変化する。嫌な予感を覚えたドヴァジは、部下たちに後ろへ逃げるよう叫ぶ。
その直後、突風を用いて加速したハインケルが勢いよく落下していく。狙うは、岩石イノシシの脳天だ。
「貫けーーーー!!!!」
「ぐぬぅ、させぬわ! 食い殺せガイアファング!」
ただ逃げるだけでなく、ドヴァジは岩石イノシシの顔を上に向けさせ口を開かせる。岩で出来た鋭い牙を備えた口が、ハインケルを迎え撃つ。
「フッ、面白い。力比べか……望むところだとも! この僕の方が上だということを教えて差し上げよう!」
「調子に乗るなよ、外来種! 岩に食われて死ねぇぇぇ!」
ハインケルが飛び込んだ直後、岩石イノシシは素早く口を閉じて咀嚼し始めた。口内の尖った岩を使い、獲物をぐちゃぐちゃのミンチにしようとする。
「ブァハハハハハ!! いいぞ、そのまま噛み砕いてしま……んん!?」
「フッフッフッ、ムダな足掻きだったね。この僕をディナーにしようなど……百年は早い!」
勢いよく咀嚼していた岩石イノシシの動きが、突如止まった。その少し後、ハインケルの声が響くと同時に、イノシシの表面に亀裂が走る。
内部からかまいたちで岩石を切り裂き、ハインケルが外に脱出してきた。かまいたちの威力は衰えず、ドヴァジの部下たちをも切り裂く。
「ぐあっ!」
「うぎゃああ!」
「お前たち! くっ、よくも俺のかわいい部下たちを!」
「ふむ、少しばかり威力が強すぎたようだね。ま、戦いに死は付き物だ。悪く思わないでくれたまえよ」
崩れ落ちた岩石の中から、ハインケルが姿を現す。無傷とはいかなかったようで、あちこちに岩の破片が食い込み傷だらけになっている。
「こうなれば、直接お前の首を獲って部下たちの弔いにしてやる! 覚悟しろ、外来種!」
「来たまえ。全力でお相手しよう!」
槍を元の形状に戻し、ハインケルはドヴァジを迎え撃つ。風の槍と石斧がぶつかり合い、激しい火花を散らす。
「ぶぁははははは! パワーは俺の方が上のようだなぁ! これならお前の首を獲るのも時間の問題だな、えぇ!?」
「フッ、フッ……そう上手くいくとは思わないことだ。半分とはいえ、この身に流れる神の血を侮らないことだね、ドヴァジ!」
「外来種の分際で、気安く俺の名を呼ぶんじゃねえ! パワフルクラッシュ!」
直接の打ち合いが続く中、全身の怪我に加え、元々の膂力の差が顕著に現れはじめてきた。獣人特有のバカ力に圧され、ハインケルは汗をかく。
「く、う……まずい、脚に力が入らない……!」
「隙アリ! 死ねぇぇぇぇ!」
ハインケルがフラついた一瞬の隙を突き、ドヴァジは石斧を振るい首を切り落とそうとする。間一髪のところで避けるも、脇腹を抉られてしまう。
「うぐぅっ! このままでは、死ぬ……!」
「ぶはははは! コレでトドメだ! 部下たちが味わった痛みを、お前にも味わわせ……!?」
「――なんてね。僕は魔人だ、この程度の怪我で死にはしないさ。ついさっき、頭を射られても生きていたことを忘れたかい? 族長さん」
ドヴァジがトドメを刺そうとした、その時。ハインケルは一瞬で全身を再生させ、瞬きするよりも早く槍を突き刺した。
全ては、ドヴァジが隙を見せるよう仕向けるための策略。勝つためならばどんな怪我も負う、ハングリー精神の表れだ。
「ば、かな……。外来種、なんかに……勇猛さで鳴らしたこの、俺が……がふっ!」
「すまないね、族長さん。僕も負けられないのだよ。この地の守りを任された以上……貪欲に、勝利を求めなければならないのさ。餓えた狼のように、ね」
心臓を貫かれ、絶命したドヴァジを見下ろしハインケルはそう呟く。その瞳には、宝石のように輝く灰色の光が宿っていた。