53話―天と地の強襲!
「……む。奴め、集落から離れたか。ククク、全てこちらの計画通りだ。ワタシに誘導されているとも知らずに、愚かな奴らよ」
コリンたちが集落を経ってから、一時間が経過した頃。チーター部族の住む里の奥にて、一人の男が呟きを漏らした。
「無事、プランBが成功したか。一時はどうなることかと思ったが、ホッとしたよ。オラクル・アムラ」
「リーファル族長、ここではエゼンケと呼んでいただきたい。部族の者たちは、ワタシの正体を知らないからな」
「なんでもいいがよぉ、早く話を進めようぜ! 俺ぁもう、戦いたくてウズウズしてんだ!」
その直後、側にいた二人の男……リーファルとドヴァジが話し出す。ガルダ部族を始末するため、本格的に動き出したのだ。
コリンに特殊な匂いを着けて居場所を特定出来るようにしたのも、全てはこのため。オラクル・アムラことエゼンケは、ニヤリと笑う。
「そう焦るな、ドヴァジ族長。計画は順調だ、何も問題はない。日没後……二手に別れ襲撃を仕掛ける。そこまではいいな?」
「もちろんだとも、エゼンケ族長。我らコウモリ部族が酋長の一団を、ドヴァジ族長率いるイノシシ部族が連中の里を……だろう?」
リュミやコリンたちが離れた隙を狙い、過激派部族たちはガルダ部族を殲滅するための行動に出るつもりでいるのだ。
「すでに、転移用の魔法陣は完成させてある。ドヴァジ族長はそれを使い、連中の集落を強襲せよ。ガルダ部族の戦士とて、不意打ちには対応出来まい」
「グヘヘヘ、腕が鳴るぜ。でもよぉ、ライオン族やタカ族……ガルダ部族に協力してる連中が黙ってないと思うぜ? そいつらは?」
「問題ない。そちらはヴァスラ教団の部下たちが抑えている。加勢には来られん。絶対にな」
ドヴァジの疑問に、エゼンケは自信たっぷりに答える。すでに万全の準備を整えており、後は襲撃を行うのみ。
「なら、問題はないな。尽力に感謝する、エゼンケ族長。こちらも既に、他の中立部族が介入出来ないよう手を打った」
「何をしたのだ? リーファル族長よ」
「北の帝国のハンターたちを、何人か招き入れた。中立の部族だけを狩る契約をしてな。その対処に追われて、こちらには対応出来まい」
「なるほど。グレイ=ノーザスのハンターは強い。そう簡単に撃退出来る相手ではない……ふふふ。後は夜を待つだけだ。さあ、支度をしよう。この草原を、争いの炎で焼き尽くすのだ!」
エゼンケ――オラクル・アムラの瞳に、野望の炎が燃えていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
その日の夜。コリンたちはガルダ草原の東部にあるシャヤ渓谷と呼ばれる谷で夜営の準備をしていた。崖の上にテントを設置し、夕食の準備をする。
「マーマ、晩御飯狩った。今日、うさぎ食べる」
「お、よくやったマリス。よし、今日はうさぎの串焼きだね!」
「う、うさぎって……。うう、ちょっとショッキングだなぁ……おえっ」
コリンたちがテントを建てている間に、マリスは獲物を狩ってきた。今回仕留めたのは、頭に二本の角が生えたうさぎの魔物だ。
早速血抜きと毛皮剥ぎを始めるリュミを見て、アニエスは顔を青くしている。一から獲物を調理する場面を見たことがないのだろう。
「はん、温室育ちのお姫様は貧弱やなぁ。これくらいで顔青くしとったら、野営なんてやっとられへんでー?」
「むううう……! うわーん、エステルちゃんがいじめるよぅししょー!」
エステルにからかわれたアニエスは、コリンに泣きつき胸に顔を埋める。その様子を、うさぎの毛皮をむしりつつマリスが羨ましそうに眺めていた。
「……マリス、甘えたい。コリン、抱っこ」
「ま、もうしばらくの辛抱だね。お前ももう十九なんだ、我慢は出来るだろう?」
「えっ!? マリスはんってウチらより歳上やったんか……。全く気付かへんかったわ。精々同い年くらいやと思っとったのに」
「ふわぁ、ボクより三つも上……」
「マリス、若く見られる。お得。いえい」
マリスの年齢を知り、エステルとアニエスが驚愕する。和やかな空気が流れる中、コリンは僅かな殺気を捉える。
テントを建てるのをやめ、周囲を見渡す。アニエス以外の三人も気付いたようで、各々がしていた作業の手を止めた。
「なに? なに? みんな、どうしたの?」
「気付かぬか? アニエスよ。どうやら、敵さんのお出ましのようじゃ」
「この気配……間違いない、リーファル族長率いるコウモリ部族だ。全員、構えな!」
リュミが叫んだ、次の瞬間。空中に無数の魔法陣が出現し、その中から槍やクロスボウで武装したコウモリ部族の戦士たちが飛び出す。
「お久しぶりですね、酋長。二年前の族長会合以来ですねぇ、こうして直接顔を合わせるのは」
「やっぱりアンタも来てたか。こりゃまた随分なご挨拶だね。え? リーファル族長」
雲一つない夜空に浮かぶ満月が、数十人のコウモリ獣人たちを照らし出す。リーファルは口ひげを撫でながら、地上にいるリュミたちを見る。
「用事は手短に済ませる主義でね。これ以上の言葉は交わさない。お前たち、地上にいる連中を殺せ!」
「ハッ! お任せを!」
「おおーーー!!」
族長の命令を受け、槍を持った戦士たちが地上目掛けて急降下していく。コリンたちはそれぞれの武器を呼び出し、即座に応戦する。
「せっかくのディナーを台無しにしてくれたね! さあ、皆! 奴らを倒すよ!」
「うむ!」
「任しとき!」
「よーし、やるよ!」
満月の下、ついに穏健派と過激派が武器を交えた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……そして、王子さまとお姫さまは末長く幸せに暮らしました。おしま~い」
「おねーちゃん、もっときかせてー!」
「そとのくにのおはなし、もっとききたーい!」
一方、ガルダ部族の集落ではカトリーヌが子どもたちに物語を聞かせていた。絵本や紙芝居の類いは持ち合わせていないため、氷の魔力を使って自作した絵本を用いている。
「うふふ、いいわよ~。それじゃあ、次はワニとサメの友情を描いた昔話を」
「カトリーヌくん、大変だ! 集落の外をイノシシの獣人たちが取り囲んでいる!」
次の絵本を作ろうとしていた、その時。テントの中にハインケルが飛び込んでくる。ドヴァジ率いるイノシシ部族が奇襲を仕掛けてきたのだ。
「! あらあら、それは嫌な知らせね~。部族の戦士さんたちはどうしているのかしら」
「集落を守るために、すでに応戦している。だが、突然の事過ぎて劣勢に追い込まれてしまっていてね。僕たちも加勢に行こう、カトリーヌ君!」
「分かったわ~。みんな、ごめんね~。お姉さん、お外でわる~い人たちをやっつけてくるわ。みんなはここにいてね」
「うん……わかった、おねーちゃん。きをつけてね」
「みんないい子ね。大丈夫、わたしがみんなを守るから」
子どもたちをテントに残し、カトリーヌとハインケルは外に出る。直後、カトリーヌはテントを分厚い氷のドームで覆う。
これで、イノシシ獣人たちはこのテントを攻撃することは出来ない。集落の外縁部から勇ましい声が響く中、二人は加勢に向かう。
「今はどうにか持ちこたえているけれど……防衛を破られるのは時間の問題ね。急がないと!」
「うむ、僕たちも外に……カトリーヌ君、危ない!」
「きゃっ!」
集落の外に向かおうとした、その時。夜空を切り裂き、二人の元に矢が飛来する。真っ先に気付いたハインケルは、カトリーヌを突き飛ばし――頭に矢が刺さり倒れた。
「ハインケル!」
「ぶあっはっはっはっはっ! これで一人仕留めたそぉ! 邪魔な外来種をなぁ!」
「……あなたね? ハインケルを射ったのは」
「ぶぁっふぁふぁふぁ! そうだとも! 誇り高きイノシシ部族の長! このドヴァジ様だ! 入り口を守っていたら奴らは蹴散らした……次はお前の番だ、外来種!」
ドヴァジの後ろからは、石斧や弓矢で武装した屈強なイノシシ獣人の戦士たちが着いてきている。ハインケルの遺体を守るように、カトリーヌが立ちはだかる。
「絶対に許さないわ。ハインケルを殺したこと、後悔させてあげる」
「ぶぁっははは! やってみろ外来種の女! 駆除してやるぜ。この草原から、骨の」
「全く、皆して酷いものだね。勝手に僕を殺さないでくれたまえよ。傷付くじゃあないか。え?」
一触即発の状況で――するはずのない男の声が、場に響く。頭を射抜かれ、死んだはずのハインケルが立ち上がってきたのだ。
「!? い、生きてるの……? ハインケル……」
「あ、有り得ねえ! お前はついさっき俺が頭をブチ抜いてやったんだぞ!? 生きていられるわけがねえだろう!」
「フフ、そうさ。僕が普通の大地の民ならね。だが違う。僕はね……この大地の外から来た、特別なルーツを持つ一族の末裔なのさ」
ゆっくりと引き抜いた矢を放り投げ、ハインケルは優雅に微笑む。その直後……狼の遠吠えにも似た、風が逆巻く音が集落を包み込む。
ドヴァジやカトリーヌたちが動揺する中、風がハインケルの肩に集まり……そして、小さな灰色の狼へ姿を変えていく。
「僕はね、神の血を継ぐ半神なのさ。それも、ただの半神じゃあない。偉大なる【ベルドールの七魔神】の一角……風を司る神の子孫。言うなれば……『魔人』ってところかな」
そう口にし……ハインケルは、笑った。




