52話―記憶に潜む真相
無事敵を捕らえたコリンたちは、集落に戻り女を縛り上げる。抵抗出来ないよう武器を全て取り上げ、床に転がす。
「ぐっ、くそっ……!」
「さて、名も知らぬチーター部族の女よ。お前に名乗ることを許そう。名は何だ?」
「……メギル」
「ではメギルよ。他の部族の集落で悪事を為そうとしてはならないという、草原の法を犯したお前をこれより裁くことになる。覚悟はよいな?」
リュミはメギルを見下ろし、厳しい声でそう告げる。メギルは答えず、ジッとリュミを睨み付けるだけだった。
「族長殿、ここはわしに任せてはもらえませぬかのう? この者とて、そうそう自白しますまい。わしならば、記憶を抜き出して目的を暴けますが」
「へえ、そうなのか。じゃあ、力を借りようかね。客人がいる時に、血生臭いことは極力したくないしね」
「では、わしが。さて、この者はどんな秘密を抱えておるのか……見せてもらおうかのう」
そう言うと、コリンはメギルに近付き屈み込む。こめかみに左手の人差し指を伸ばし、闇魔法を使って記憶を取り出そうとする。
「やめろ、来るな! 私に触れたら大変なことになるぞ!」
「ふん、そんな程度でわしが怖じ気づくわけなかろうて。さ、大人しく記憶を――!?」
大慌てしながら警告するメギルだったが、コリンは気にせずこめかみに指先を当てる。その直後、コリンとメギル以外の時が止まった。
メギルの耳から黒いもやのようなものが吹き出し、上空に立ち昇っていく。もやはチーターの頭部に形を変え、話し出した。
『プランAは失敗したか。だが、こうしてワタシが表に出てこられたということは……プランBが成功したというわけだ!』
「なんじゃ、貴様は……むっ、身体が動かぬ!」
「だか、ら……言った、のに」
金縛りにあったかのように、二人は動けなくなってしまう。もやはコリンの顔に近付き、ささやくように言葉を伝える。
「自己紹介しておこう。ワタシはオラクル・アムラ。ヴァスラ教団の最高幹部だ」
「ほう、自ら仕掛けてくるとはのう。中々肝の座った奴じゃな」
『お褒めにあずかり光栄だ、我らの宿敵よ。本当は、お前を利用してさらに国際問題を根深いものにしようと思っていたが……作戦変更だ。これを食らえ!』
「む、わっぷ!」
オラクル・アムラを名乗るチーター頭のもやは、口から白いガスを吐き出しコリンに浴びせる。特に変化は現れなかったが、目的は達成されたらしい。
『お前に匂いを着けた。もう我々から逃れることは出来ない。忌々しいガルダ部族共々、滅ぼしてやる。その時を待つがいい! ははははは!』
「くっ……消えおったか。珍妙な魔法を使う奴め……」
もやが消え、再び時が動き出す。何かが起きたということは皆理解しているようで、動揺しながら周囲を見渡している。
「コリンはん、今何が起きたんや? 変なことがあった、ってのは何となく分かるんやけど……」
「どうやら、敵に一杯食わされたようじゃ。教団の幹部が一枚噛んでおったわい。この女は、もう死んだわ」
尋ねてきたエステルに答えた後、コリンはメギルを見下ろす。もやが消える際、口封じのために命を奪っていったのだ。
だが、いいようにしてやられるコリンではない。メギルが死ぬ寸前、ギリギリで記憶を抜き取ることに成功していた。
「客人、そのもやもやは?」
「こやつから抜き取った記憶じゃ。死の寸前で取り出したから、あちこちが抜け落ちた不完全なものではあるが……無いよりはマシじゃろう」
コリンは自身の魔力を使い、球状の器を作り出しその中に抜き取った記憶のもやを入れる。不完全というだけあって、器は満たされない。
「その記憶を見れば、この女……メギルの背後にいる黒幕が分かるってことかい?」
「不完全なモノ故、保証は出来ませぬ。が、何かしらの手がかりを得られるということは確かです。では、早速……」
コリンが魔力を器に流すと、メギルから抜き取った記憶が映像となって空中に投影される。……ところどころノイズが混ざり、モノクロになってはいたが。
『メギル、お前に使命を与える。ガルダ部族の集落に向かい、ある工作をしてもらいたい』
『かしこまりました、族長。して、私は何をすれば?』
「わあ、ビンゴだよししょー! やったね!」
「ふむ、素晴らしい。だが、話をしている相手の顔は映らないようだね。これでは、正体が分からないのではないかな?」
記憶の再生が始まり、メギルが何者かと話をしている場面が映る。それを見たアニエスは喜ぶが、ハインケルが懸念を口にした。
「いや、問題はない。声のトーンで分かる。この声はチーター部族の族長、エゼンケのものだ。だが、あの部族は今回の争いに中立の意を表明していたはず。何故こんなことを……」
「もしかしたら、裏で過激派の部族と繋がっているのかもしれないわね~。コリンくん、この先も見れるのかしら~?」
「もちろんじゃとも。少々映像が乱れるが、我慢しとくれ」
しかし、懸念はすぐ消えた。リュミの証言により、今回の騒動を起こすよう指示した相手が明らかとなったからだ。
さらに手がかりを得ようと、コリンは記憶を先に進める。が、欠落した部分が多くすぐに映像と音声が乱れてしまう。
『――をして、対立するよう仕向けろ。――と――が敵対すれば、今回の動乱を収めることは不可能になる』
『かしこまりました、族長。例の少年を――してしまえばいいのですね?』
『そうだ。我々の邪魔はさせぬ。絶対に――』
「終わったのう。これ以上は、記憶を再生出来ん」
極めて断片的な情報しか手に入らなかったが、これまでの状況と照らし合わせることである程度エゼンケの狙いが見えてきた。
「恐らく、エゼンケはワタシたちとコリンくんを敵対させてこちらの策を潰すつもりでいたのだろうね。その方法も、ある程度察しはつくが」
「ふーむ。何やらキナ臭い流れになってきたのう。族長殿、ここは一つエゼンケ本人に問い質してみるのはどうじゃろうか? 証拠はバッチリ掴んでおる故、言い逃れも出来ますまい」
「マリス、賛成。チーター部族の里、一日あれば行ける。直接、聞く。一番。楽」
コリンたちの提案を受け、リュミは考え込む。過激派の部族と協力し、今回の騒動を起こしたのか。それを確かめるには、方法は一つしかない。
「……こりゃ、直接聞きに行くしかないね。まだ陽は高い……今出発すれば、明日の昼にはチーター部族の里に到着出来る。よし!」
「マーマ、行く? なら、マリス、行く。真相、知りたい」
「もちろんさ。着いといで、マリス。エゼンケのところに行くよ」
「なら、わしらも同行させてもらえますかのう。先ほど記憶を抜き取る時、ヴァスラ教団の幹部を名乗る者がもやとなって現れた。今回の一件、確実に奴らが絡んでおる。見過ごすわけにはいきませぬ」
チーター部族の元に行くことを決意したリュミに、コリンは同行させてほしいと願い出る。乗りかかった船から降りることは出来ないのだ。
「もちろん、一緒に来てほしい。道中、何が起きるか分からないからね。過激派部族の襲撃も有り得る。護衛として手を貸してくれないかい?」
「ん、承知しましたぞよ。とはいえ、全員連れていくのもこの集落の守りが不安じゃな。よし、カトリーヌとハインケル、二人は残ってくれぬかの?」
「うふふ、任せて~。集落の守りは、わたしたちがキッチリ固めておくわ~」
「フッ、任せてくれたまえ。白バラのハインケルの名にかけて、必ず集落を守り抜いてみせよう!」
万が一の事態に備え、カトリーヌとハインケルが防衛のために残ることとなった。リュミとマリスは手早く支度を整え、外に向かう。
コリンもエステルとアニエスを連れ、二人を追ってテントを出る。目指すは、西にあるチーター部族の住む里だ。
「皆、留守は任せたよ。頼もしきガルダの戦士に、草原の加護があらんことを!」
「ハッ! 行ってらっしゃいませ族長! 草原の加護があらんことを!」
集落の入り口を守っている屈強な戦士たちと言葉を交わした後、コリンたちは西に向かって旅立つ。全ての真実を、明らかにするために。
「さあ、行くぞよ! 西に向けて出発じゃ!」
「れっつごー! 張り切っていこーね、ししょー!」
「今度は、コリンはんの前でウチの実力見せたるわ。楽しみにしといてや」
意気揚々と出発するコリンたち。だが、彼らはまだ気付いていなかった。彼らが集落を離れた時点で、オラクル・アムラの次なる作戦が始まっていたことを。




