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50話―リュミとマリス

 えっさほいさと馬獣人たちに運ばれていったコリンたちは、そのまま国境を通過しガルダ草原連合に入国する。国境付近の集落に案内され、歓迎を受けた。


「なんだろ、みんなボクたちの方見てる……」


「大丈夫、皆珍がってるだけ。危害、加えない。マーマと話、する。少し、待つ」


 マリスはそう言うと、コリンを下ろし大きなテントへ向かう。男たちも一礼した後、マリスに続いて歩いていった。


「むう……少し待てと言われてものう。……さっきから見られておるせいで落ち着けぬわい」


 テントの入り口から、獣人の子どもたちがひょっこり顔を覗かせコリンたちを観察している。耳をパタパタさせ、つぶらな瞳をくりくりさせながら。


 エルフやオーガはおろか、人間すら見たことがないのだろう。好奇心に満ち満ちた視線を受け、コリンたちはむず痒さを覚える。


「せやなぁ、そないジロジロ見られると落ち着かへんわぁ。ウチ、ジロジロ見られるのに慣れてないねん」


「うふふ、わたしはもう慣れっこだから~。この子たち、みんな可愛いわね~。仲良くなったらお歌を教えてあげたいわ~」


「フッ、可愛いものではないか。この僕の溢れ出るカリスマで、子どもたちを魅了してみせようではないか!」


「あ、フラグ立った。なんかこう、ドギツイの」


 カッコいいところを見せ付けるべく、ハインケルは意気揚々とリヤカーから降りる。アニエスが呟く中、ハインケルは子どもらがいるテントへずんずん歩いていく。


「やあやあ、ガルダ族の子どもたちよ! 僕の名はハインケア゛ア゛ァ゛ーーー!!」


「わーい、ひっかかったひっかかったー!」


「いたずらだいせいこー! わーいわーい」


「あーあ、やっぱり……」


 颯爽と歩き出したものの、十歩も歩かないうちに地面に仕掛けられていた落とし穴にハマった。すっとんきょうな声を出すハインケルを見て、子どもたちは大はしゃぎだ。


「それー、かかれー!」


「わー!」


「ま、待ちたまえ諸君! その棒は何だね!? 何をす……こら、顔をつつくのはやめたまえ! ちょ、まオアァーーー!!」


「あらあら~、すっかりおもちゃにされてるわね~。コリンくん、どうする~?」


「子どもの遊びじゃ、しばらく好きにさせてやってよかろ……ん、マリス殿が戻ってきたぞ」


 テントから現れた十人近い子どもたちに囲まれ、ハインケルは棒で顔をつっつかれる羽目になった。特に介入する気がないコリンの元に、マリスが戻る。


 それと同時に、ハインケルをおもちゃにしていた子どもたちが一目散にマリスの方へ駆け寄っていく。腰から生えた馬のしっぽを振り、甘えはじめた。


「おねーちゃ! あそぼ!」


「かけっこしよー、かけっこ! きょうはまけないよー!」


「ん、マリス、大事な話ある。終わったら、遊ぶ。それまで待つ、出来るね?」


「はーい! わかったー!」


「ふふ。皆、いいこ。いつもの広場、行く。マリス、後で向かう」


「うん!」


 柔らかな笑みを浮かべ、マリスは子どもたちの頭を順番に撫でる。元気よく返事をした後、子どもたちは集落の奥に走っていった。


「待たせた。マーマ、待ってる。皆、案内する。マリス、着いてくる。いい?」


「ん、分かった。カトリーヌ、そろそろハインケルを出してやるといい」


「は~い。よいしょ、それ~」


「もっと早く助けてほしかった……ガクッ」


 リヤカーから降りたカトリーヌは、まるで野菜を収穫するかのようにハインケルを引っこ抜く。散々もてあそばれたハインケルは、そのまま力尽きる。


 置いていくわけにもいかないため、カトリーヌが背負って運ぶことになった。マリスの後に続き、コリンたちは集落の奥へ向かう。


「マーマ、連れてきた。マリスの婿、ここ」


「こら、待てい! さりげなくわしを婿扱いするでないわ!」


「よく来てくれたね、待っていたよ。さ、こっちにおいで。我らガルダ族一同、歓迎させてもらうよ。マリス、こっちに」


「分かった、マーマ」


 広いテントの奥に、ガルダ族ならびに草原の民を束ねる酋長(オサ)――リュミが座っていた。コリンたちに歓迎の言葉をかけた後、娘を呼び寄せる。


「済まないね、娘は昔のどを怪我して喋るのが苦手でね。聞き取りにくいこともあるだろうけど、悪く思わないでおくれよ」


「そうであったか……。ところで、族長殿。わしとマリス殿を結婚させようというのは、どういう腹積もりなのじゃ?」


「そこのところは、食べながらゆっくりとね。皆、もてなしの準備だ! さ、ドンドン料理を持ってきな!」


 リュミが手を叩くと、テントの外から部族の女たちが料理を運んできた。何人かは料理の代わりにハープや笛といった楽器を持っている。


 コリンたちをもてなすために、歌と躍りを披露しようというのだろう。料理が並べられる中、穏やかな音色が奏でられはじめた。


「わあ、美味しそー! これ、全部食べていいの?」


「もちろんだとも、お客人。草原の恵みをふんだんに使った、旅人をもてなすための最高級の料理さ。心ゆくまで味わっておくれ」


「あらあら~、それじゃあお言葉に甘えていただきます~」


「フッ、僕の舌は中々に美食家でね。唸らせることが出来るか賞味してみようか!」


 目の前に並べられた、色鮮やかな野菜のサラダや鹿肉を煮込んだ鍋、大きなふわふわのパン……コリンたちはそれらを口に運ぶ。


「お、こら旨いなぁ。こんなトロトロに煮込んだ鹿の肉、ウチはじめて食べたわ」


「そうねぇ、とっても美味しいわ~」


「むむむ……! 故郷のお野菜よりも、美味しい……悔しい……でも手が止まんない!」


 草原の民の伝統料理に、エステルたちはすっかり魅了されていた。コリンも夢中で料理を口に運ぶが、その途中ふと気付く。


 いつの間にか、マリスが隣に座りしなだれかかっている。ジーッと横顔を見つめられ、コリンはライオンに狙われたうさぎのような気分を味わう。


「……のう、マリス殿。なんでそんな近いんじゃ? あと、そのスプーンはなんじゃ?」


「マリス、あーんする。コリン、食べる。みんな幸せ。はい、あーん」


「いや、流石にそれは……」


「あーん。あーん。あーん」


 ついさっき会ったばかりの人物にご飯を食べさせてもらうのは、流石のコリンも恥ずかしいようで拒否しようとする。


 が、冷静な表情のまま、マリスは恐ろしい勢いでグイグイ詰めてくる。何としてでも、あーんをしたいようだ。


「ちょおぉぉぉっと!? なぁぁぁにやってるのかなぁぁぁぁぁ!? それはししょーの一番弟子であるボクの役目なんですけどー!」


「いや、マリアベルの役目じゃよ」


「がーん!!」


「あーん」


「ああもう、分かった分かった! 食べればいいんじゃろ、食べれば!」


「コリン、いいこ。よしよし」


 アニエスが参戦するも、コリンの一言で即撃沈してしまった。執念深くあーんしてくるマリスに折れ、しぶしぶコリンは肉を食べる。


「もぐもぐ……ごくん。それで、一体何故こんなことを計画したのじゃ、リュミ殿。そろそろ聞かせてもらえぬかのう」


「分かった。そのためには、今この国を取り巻く情勢についても話さなければならない。少し長くなるが、聞いておくれ」


 マリスを引き剥がしつつ、コリンはリュミに問う。頷いた後、リュミはこれまでのいきさつをコリンたちに話して聞かせる。


「この国には、八つの獣人たちの部族が存在している。そのうちの二つ……ドヴァジ族長率いるイノシシ獣人の部族と、リーファル族長率いるコウモリ獣人の部族が反旗をひるがえしたのだ」


「反旗……尋常ではありませんのう」


「彼らは、自分たち獣人こそが八種族の中で最も優れた、全てを支配する存在だと考えている。他国に戦争を仕掛け、大陸に覇を唱えんとしているんだ」


 コリンの顔ほどもある大きな盃に酒を注ぎ、一気に飲み干した後リュミはそう言う。あまりの物騒さに、コリンは眉をひそめた。


「ふむ……それは放っておけませぬな。しかし、それがどうしてわしとマリス殿の結婚に繋がるのじゃ?」


「そーそーそー! ボクもそこんところが知りたいなぁ!」


「二つの部族は、草原の内外に工作員を送り込み種族間の対立を煽っている。すでに、北の国境を接するグレイ=ノーザスとの仲は最悪なレベルにまで冷えきっている。このままでは、獣人狩りが始まりかねない」


「そこで、マーマ考えた。仲悪い、直す方法。他の種族、婿取る。嫁贈る。皆仲良し」


 族長親子の言わんとしていることを察し、コリンは黙り込む。種族間の差別意識が確たるものになってしまう前に、婚姻を元にした和平と交流を築くつもりでいるのだと。


「我ら草原の民は、一度他の者と出来た繋がりを命よりも尊ぶ。ワタシたちが他種族との架け橋となり、平和を取り戻さねばならぬ」


 そう語るリュミの目には、並々ならぬ決意の炎が宿っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど戦争回避の為にこうなったか(ーдー) しかしそう簡単に行かぬのが世の中だし何かこじれる問題も有りそうだな( ´-ω-)y‐┛~~
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